学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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〇〇がさびついてきた!?

2010.11.30日

以前、親しくお付き合いさせていただいていたある方がおっしゃいました。
「最近は英語がさびついてきて、あまりしゃべれなくなってきた」
実はこの方、アメリカに何年も住んで現地で仕事もしていて、その後アメリカ人の女性と結婚し、日常から結構英語を使っていらっしゃったのです。
こういう人ですら、「英語がさびついてきた」とおっしゃったのでとても驚きました。


別の知人は、大学生の頃ボディビルディングをやっていて筋骨隆々でした。
ところが大学を卒業して、就職し、さらに家庭を持つと、もうすっかりボディビルディングなど忘れてしまって、かつてのあの肉体美はどこに行ったのというほど体型が崩れてしまいました。


何でもそうですが、現役でやっているうちは結構できるものですが、しばらくそれから離れていると知らず知らずにさびついてきて、そのうちに使い物にならなくなります。
これは、自転車や車、電化製品などの機械類や、ボールペンなどの道具の場合も同じ。
使わないと使えなくなるのです。


私たちの頭も同じです。
使えば使うほど役立つようになりますが、使わないで放っておくとどんどんさびついていき、やがては使い物にならなくなる。
心もそう。
人に優しくするよう普段から努めていると優しくできますが、いつもとげとげしい言葉使いをし、荒々しい態度で人に接していると、誰に大しても優しくなれなくなります。
これは心がさびついたからです。


アフリカのマサイ族は、いつも遠くを見て目を訓練しているので、3.0〜12.0というずば抜けた視力を持っているそうです(「得意技」)。
その道でできる人というのは、みんな例外なく自分の技を常に磨き、絶えず上を目指して努力しています。


ちなみに私の場合、大学で英語を専攻し、その後アメリカに留学して7年間言語学や心理学、教育学、キリスト教神学などの学びをしました。
アメリカ人の学生と討論したり、クラスでプレゼンテーションをしたり、ペーパー(論文)もたくさん書きました。
さらに翻訳や通訳の仕事もしていました。
アメリカ人の友人と一緒に遊んだり、旅行に行ったりもしました。
そして日本に戻ってきてもうすぐ30年になろうとしています。
私の英語はさびついたでしょうか?
いいえ、正直なところ、現役時代以上に今のほうが力があると思っています。
今からでももう1度アメリカに留学してもっと学びたいと思っているほどで、またそれができる自信もあります。
それはなぜか?
常に英語の本を読み、英語のCDを聴き、ネットで英語に触れ、またときにアメリカ人やほかの外国人と会って、あるいは電話で話したり、チャットをしたりして常に英語に触れているからです。


さびつかないようにするには、いつも使っていることです。


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幸運とは準備がチャンスと出会ったときに起こるもの

2010.11.29日

アメリカの名フットボール選手・コーチだったダレル・ロイヤル(1924-)が言った名言があります。
それが今日のブログタイトルの
「幸運とは準備がチャンスと出会ったときに起こるもの」
です。
("Luck is what happens when preparation meets opportunity.")


これは実に真理をついています。
成功した人を見て、「あの人は運がいい」と言う人がよくいますが、これは当たっていません。
成功に至る過程で十分な準備がなされているのです。
そしてちょうどよいタイミングでチャンスが巡ってきたときに、その準備がうまく活かされて成功という当然の結果が生まれるのです。
これは以前書いた記事「幸運 vs 努力」「勉強するのは...」の内容とも合致します。


幸運とは、ある日突然、空から降って湧いてくるようなものではありません。
人目に幸運と映ることの背後には、必ず普段からの周到な準備があり、そしてその準備したことを活かす最善のタイミングを見抜く目があります。


準備ができていないと、目の前にチャンスがやってきても、それがチャンスだとわかりません。
こういう人がどれほど多いことでしょう(「はげの女神?」)。


しかし、チャンスがやってきたからと言って、一発でそのチャンスをものにできるとは限りません。
そしてチャンスを逃したからと、あきらめてしまう人もとても多いのです。
でも、チャンスは何度もやってきます。
大切なのは、簡単にあきらめないで、また次のチャンスに備えて準備することです。
このような人に幸運の女神は微笑みます。
勉強でも仕事でもスポーツでも何でもそうです。
冒頭の「幸運とは準備がチャンスと出会ったときに起こるもの」は、まさにトップアスリートが自らの体験を綴った言葉です。


成功とはあきらめないことです。(エントリー検索→「成功とはあきらめないこと」)


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成功する人に共通していること

2010.11.28日

昨日、書店で面白い本を2冊見つけました。
1冊は『一流になる選手 消える選手』(上田 武司 著)
もう1冊はすぐ隣に置いてあった『なぜイチローはチャンスで最高の力を出せるのか』(児玉光雄著)。
2冊を手にとってパラパラと見てみたところ、両方に共通することが書かれていました。
それは、「成功の鍵は、能力ではなくその人が持つセルフイメージ」だということです。
セルフイメージについてはこれまでこのブログで何度も取り上げてきました(エントリー検索→「セルフイメージ」)。


実は、私もずっと前から成功の秘訣はセルフイメージだと考えていましたが、まさにそのことをスポーツ選手にスポットライトを当てた上の2冊の本が具体的な例を挙げて実証していました。
成功者に共通するセルフイメージって何なのでしょう。


高校野球で大活躍して鳴り物入りで巨人に入って全然結果を出せないままで終わる選手とイチローのように世界を舞台に活躍する選手の違いは何か。
ひとことで言うと、「自分はできる」「絶対にやる」という信念、すなわち「高いセルフイメージ」です。
前掲書『なぜイチローはチャンスで最高の力をだせるのか』の最後のところに次のことが書いてありました。
スポーツ心理学のドクター・レーヤー氏が提唱した教えを著者がアレンジしたもので、これを毎朝読み、1日に何度も読み返すことを勧めています。


「やる気を高めるメッセージ」
 1.今日も素晴らしい1日にしよう
 2.私の人生はどんどん良くなっていく
 3.仕事は順調で楽しい
 4.毎日が楽しくて仕方がない
 5.私には幸運の神がついている
 6.困難な仕事ほどやりがいがある
 7.いい仲間、友達に恵まれて私は幸せ者だ
 8.私は具体的な夢に向かって邁進している
 9.すべてのことに感謝!感謝!
10.私に不可能なことはない
11.仕事ができることに感謝しなければ
12.どんなときでも私は笑顔を絶やさない
13.どんなときでも私はベストを尽くす
14.うまくいかないときこそ飛躍のチャンスだ
15.節制して健康を維持することに努めよう
16.家族がいるから私はがんばれる
17.私はなんて幸せ者なんだろう
18.今日も最高の1日だった。明日が楽しみだ


これを読んでいて、「あれっ?」。
過去の記事をいくつか拾って読んでいただいたらすぐおわかりいただけると思いますが、実は、これこそ私がいつもこのブログで繰り返し言っていることで、私の人生の信条です。
私自身もこれまで親や恩師やさまざまな人、本などから教えられてきたことです。
学んだことを自分のものにし、それを日々の生活の中で実践するかどうか、これが人生の分かれ目です。


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教師は教えるな!

2010.11.27日

来週から中1・2の中間テストが始まります。
毎回、定期テスト前は2週間前から対策授業のほか、補習の時間をたっぷり取っています。
補習は自由参加で、各自の必要に応じて勉強できるようになっています。
試験前で部活がなくなった今日は、土曜日で昼から夜遅くまで多くの生徒が補習に参加しました。
先生達も大勢駆けつけ、生徒一人ひとりにプリントを出したり、個々に質問に答えたりして指導しました。


昨日から体験で来ている生徒が英語をやっていて、私も横について教えました。
英作文の問題で「教える」という言葉が分からなくて、手がつけられない状態でした。
私は「教える」は英語で何と言うの?と聞いたところ、「わからない」という返事。
そこでその子に尋ねました。
「じゃあ、教える人のことを日本語で何と言う?」
「先生」
「先生のことは英語で何?」
「えーと。思い出せない」
「じゃあ、紅茶のことは英語で何て言う?」
「ティー」
「そう。『ティー、茶』と先生が教えてくれた?」
「あっ、そうだ。ティーチャ」
「そう。ティーチャが教える人だったら、『教える』は英語で何?」
「ティーチ」
「そのとおり。じゃあ、ティーチを英語で書いてごらん」
「書けない」
「紅茶のティーを書いてごらん」
「tea」
「そう。よく書けたね。じゃ、チという音はどう書くと思う?」
「??」
「さっき、watch って言葉が出てきたでしょ。それがヒント」
「あっ、ch だ!」
「そうそう。じゃあ、ティーチって英語で書いてごらん」
「teach」
「ほら、書けた!」


数学の比例・反比例のところをやっていた生徒が、割合を求める問題がわからないと言ってつまずいていました。
生徒x人のうち、12人が鉛筆を持っているとき、その割合○%の○をyとして求める問題です。
このときも私は教えずに、本人に答えを出させました。
「もし、生徒が100人だったら12人は何パーセント?」
「12%」
「そう。12%は数字で書くとどうなる?」
「0.12」
「じゃあ、0.12はどうやったら出てくる?」
「12÷100」
「そうだよね。でも、この問題では100という数字はどうなってる?」
「x。あっ、そうか!12÷xだから、12/x」
「そう。だけど、ここで気をつけなければならないのは、問題は0.12という数字を求めているんじゃなくて、○%で12という数字を求めている」
「あっ、だったらy=1200/xだ」
「正解!」


教師に限らず親もそうですが、子どもに何か尋ねられると、すぐに答えを教えたくなります。
しかし、そこをぐっとこらえて、子どもが自分で答えを導き出せるように教えるのが「うまいやり方」です。


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褒美と罰

2010.11.26日

ずいぶん前のことですが、ひとりの生徒が私に言いました。
「学院長、今回英検に合格したら褒美に1000円もらえるんだ」
「へえー、それはすごいね」
「でも、もし不合格だったら逆に親に1000円取られるんだよ」
「えーっ!? そんなのあり?」


別の生徒が私に言いました。
「うちの親は英検に合格しても何も褒美をくれない。
褒美は『合格』で、『あなたのためだ』って」


今回、英検2次試験の合格発表があり、今日合格証書が届きました。
3級受験者は全員合格でしたが、その中のひとりT君は小学5年生。
しかも非常に高い得点で1次も2次も合格しました。
今日の英語のクラスで合格証書を手渡すとみんなから拍手が起こりました。
T君の英検の動機付けは「褒美」でも「罰」でもなく、自らチャレンジして少しでも向上したい、という正攻法です。


三者面談をしていると、親子関係がよくわかります。
親が一方的に子どもを自分の思いどおりに操ろうとしているケースと、逆に子どもが親を操ろうとしているケースがあります。
ときどき、私の目の前で親が子どもを叩いたり、中には逆に子どもが親に対して手を上げることもあります。
お互いに叩き合いしているケースもありました。
しかし、ほとんどの場合、親が子どもを動かしています。
そしてその方法が「褒美と罰」です。
冒頭の生徒の場合、まさに英検の合格が1000円の褒美で、不合格は親に1000円取られるという罰です。
まあ、これは極端なケースとしても、似たり寄ったりのことが多くの家庭で行われているのではないでしょうか。


「多くのお母さん・お父さん方が、子どもの教育に対して熱心なあまり、子どもに過剰な期待をかけて、叱ったり、脅したり、褒美でつったりと、という方法で子どもを自分の思うように操ろうとしています。これらは逆効果です」と、以前「餅は餅屋」という記事に書いたことがあります。


褒美と罰は一見効果的な動機付けのように見えるのですが、実は逆効果になるケースのほうが多いです。
いつも「褒美でつる」という方法を取っていると、褒美があるときだけ何かして、褒美がなくなると途端に何もしなくなるものです。
また、失敗したら「罰」を与えるという方法は、子どもが(子どもに限らず誰でもですが)罰から逃れようとして嘘をついたり、失敗を隠したりするようになり、不誠実を助長し、これもあまりいい結果を生みません。
ところが、いまだに家庭だけでなく、教育の場でもこの「褒美と罰」が多く使われています。


「褒美と罰」は勉強に限らず、何においても正しい動機付けにはならないのです。
動機付けは自らの内から出てくるものでなければなりません。
そうでないと、まるで水族館のイルカショーや、サーカスのライオンや熊や象の芸と変わらなくなります。
人間は人格や尊厳を持っているので、このようなやり方で操られていると、後になって必ずと言っていいほど「恨み」や「憎しみ」「憤り」という形になって表れ、人間関係を壊すことにもなります。


親に限らず、人を指導し、リードしたり、統率する立場にいる人は、褒美や罰や脅しといったやり方で、人を操ろうとするのではなく、むしろ自らお良い手本となり、正しい動機付けをし、コーチンングをすることが大切です。


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一時の労苦は後の果報を生み出す

2010.11.25日

ブライアン・トレーシーのセミナーCDを聴いていたら、次のような表現に出会いました。
"Short-term pain for long-term gain."
(短い苦しみは長い果報を)
"Short-term gain for long-term pain."
(短い果報は長い苦しみを)


次に挙げるのは、有名な英語の格言。
"No pain, no gain."
(苦なくして楽なし)
日本では「まかぬ種は生えない」という諺(ことわざ)として知られています。
上のふたつの表現は、この格言をもとにして作られたものです。
いずれも基本的には同じことを教えています。
しかし、上のふたつはより具体的でわかりやすいです。


まずふたつ目の、
"Short-term gain for long-term pain."
ですが、これは私たちみんなが気をつけなければならないことです。
多くの人が、目先の楽なことに流されやすいです。
人は誰でも苦労することを嫌うからです。
目の前の楽しいことや楽なことは誰にとっても誘惑です。
しかし、この楽しみや楽なことはほんの一時的なもので、これにうつつを抜かして(夢中になって)いると、あとでそのつけが回ってきて長い間苦労し、苦しむことになります。


これは学生であれば、普段遊んでいると試験前に大変になるということですし、社会人で働いている人であれば、普段あまり一生懸命仕事に取り組んでいないとあとで収入や昇進やあるいは退職後の生活にまで影響を及ぼすことになります。
家庭においてもしかりで、家族をないがしろにして自分の趣味や遊びに心奪われていると、家庭が崩壊するという結果につながったりします。
みんなわかっているのですが、ついつい流されてしまい、あとになって後悔し、その後ずっと苦しみを味わい続けることになるわけです。


さて、最初の
"Short-term pain for long-term gain."
ですが、自己管理、自己訓練ができている人にとっては目の前の短い間の苦しみは、将来、豊かな実を結ぶことになるのを知っているので、それほど苦痛になりません。
子どもにとって、勉強もある意味、一時的には遊ぶ時間を削られることであり、苦痛になります。
しかし考えてみれば、小中高から大学までの18年間もしくは22〜3年というのは、長い人生で考えるとごく短い期間です。
この間にしっかり勉強して人生の土台を築いておいた人は、将来安泰です。


日本では「苦あれば楽あり」と言いますが、勉強や仕事やスポーツの練習そのものを苦と思わなければ、さらにやりがいを感じるようになります。
イチローのようなトップアスリートは、普段の練習すら「苦」ととらえずに、むしろ楽しんでいます。
このようになれば、人生さらに一瞬一瞬を楽しむことができるようになりますね。


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数学を勉強する目的

2010.11.24日

小学生のうちは算数が好きという子がとても多いのですが、中学生になって数学を学び始めると段々難しくなってきて苦手になる生徒が増えます。
そして高校生になると、理系の生徒以外はほとんどが数Uあるいは数Bあたりからさっぱりわけが分からなくなり、「数学は死んだ」という状態になります。
小学生時代の算数は計算が中心なので、機械的にやってもある程度できますが、中学の数学になると考え方が大切になってきます。
大学レベルの数学になると、高校の数学の10倍ぐらい(?)難しくなり、その中心はまさに抽象的な論理思考になります。


アカデミーで数学を担当しているJ先生と、数学を勉強する目的について話し合いました。
J先生曰く、
「数学の目的は、物事にいろいろな見方や考え方があるということを知ることにある」。
確かにこれも大切な数学の学びの目的のひとつです。
また、論理的思考を訓練するという目的もあるでしょう。


それもこれも大切なのですが、私がいつも言うのはすべての勉強に共通することで、生活との接点を見出すということです。
これがないと、「なぜこれを勉強するのか」という疑問に明確に答えることはできません。
人間は意味がわからないことをやるのは苦痛に感じるからです。


一つの学問と別の学問をまるで「国際的」な感じでお互いに関連づけて学ぶ「学際的」な学びが近年ますます大切になってきます。
私の場合は言語学を研究していましたが、文化人類学、心理学、社会学、歴史、ほかの言語との関連などを研究する文化人類言語学や心理言語学、社会言語学、歴史言語学、比較言語学などがこの「学際」に当たります。
言語学プロパー(言語学専門)をやっているよりもうんと面白いと感じましたし、言語学が具体的に役立つと思いました。


数学の場合も同様で、物理学や化学、生物学や天文学などの自然科学に限らず、政治学、社会学、経済学、言語学や心理学など人文科学にも応用するようになると、その意義がますます大きくなってきます。
数学はこのように具体的に、学際的にいろいろな学問に役立てられています。
これがある意味、生活との接点になり、子ども達に具体的な数学の面白さを教えることができるようになるのではないかと思います。


去る11月21日の読売新聞33面に「数学大国ハンガリー『育てる伝統』」という記事が載っていました。
京都賞を受賞したハンガリーの数学者ラースロー・ロバース博士は、グラフ理論をほかの数学分野に応用し、アルゴリズムや計算科学の発展に貢献し、今日その成果がバスなどの公共交通の最適なダイヤ作りにも生かされているそうです。
数学が社会で果たすべき役割として、同氏は次のように述べています。
「科学はますます複雑になっていく。絡み合う要素をときほぐさないといけない。この解決に数学は不可欠だ。脳神経細胞の機能や、温室効果ガスを吸収する森林の働きは、巨大なネットワークであり、グラフ理論が使える。人文科学にも応用できる。数学者は一分野に特化する誘惑を振り切り、隣接分野も勉強してほしい。異分野の融合が、科学の発展を促すからだ」


勉強とはこのように一つひとつが具体的に私たちの生活に役立つものであり、機械的に暗記して試験で点数を取り、受験のために苦しみながら仕方なくやるものでは決してありません。
このことを教育の場で、あるいは家庭でもっと子どもに伝えることが、彼らを勉強好きにする鍵だと私は思います。


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補い合う

2010.11.23日

夫婦関係や友人関係で大切なのは「補い合う」関係です。
お互いに同じような性格で、補い合うところがあまりないと、ぶつかることが多くなります。
そして相手の欠点が目につき、相手を責めて衝突を繰り返し、結局別れることになるというケースが多々あります。


人間だれしも自分の価値観というものがあります。
そしてその価値観に合致しないものがあると、相手を変えようとします。
ところが人というものはなかなか簡単に変わるものではありません。
大切なのは、相手を変えようとするのではなく、むしろ相手の弱さをありのまま受け入れて、欠けているところを補うという心構えです。
これがうまく機能するようになると、人間関係はスムーズになります。


この世の中、みんな一人ひとり長所もあれば短所もあります。
そして特技もみんなそれぞれ違います。
いわばみんなデコボコです。
デコボコは「凸凹」と書きますが、それぞれの凹の部分に凸が入ると関係はうまくいくのです。
凹ばかりでもうまく噛み合わないし、また凸ばかりでも衝突します。
確かに、世の中を見てみると、男女の関係も、また植物のめしべやおしべも、また雄ネジと雌ネジも、原子同士の結びつきも、その他すべて凸と凹の関係です。


以前、ブログに「パズルのワンピース」という記事を書きましたが、パズルのピース一つひとつは凸があったり凹があったりしますが、だからこそみんながうまく収まってひとつの絵になるのです。
この世界、本当にうまくできています。


保険もお互いに助け合うものです。
税金も富んでいる人がたくさん納めて、貧しい人を助けます。
音楽を演奏する人がいれば、鑑賞する人がいてうまく成り立っています。
スポーツもプレイして楽しむ人とそれを見て楽しむ人がいます。
病人がいるから医者がいます。


人間関係も、夫婦、友人などに限らず、職場での上司と部下や同僚、学校での先輩と後輩、教師と生徒、生徒同士、みんながお互いに助け合い、補い合う関係ができれば、世の中もっともっと住みやすいところになるでしょう。
広く世界に目を向けても同じです。
それぞれの国がお互いに補い合う関係を作るよう努めれば、世界は平和になります。
家庭内の平和のためにも、夫婦、親子、兄弟、みんなお互いに補い合いましょう。


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自分の枠を超えるのだ!

2010.11.22日

私の家のダイニングの出窓の上に、3年前に卒塾した生徒たちがくれた色紙が置いてあります。
卒塾に際して、一人ひとりが寄せ書きしてくれました。
それをときどき見て、今時分どうしているだろうな、来年は大学受験の年だけど、どこを受験するんだろうなどとよく考えます。
いつ頃だったか忘れましたが、妻がその色紙の手前に1枚の紙を重ねて置きました。
その紙には「自分の枠を超えるのだ」と書かれています。
これは、二男が浪人しているとき、受験に向けて自分を鼓舞するために、ある日墨を摺って筆で書いたものです。
字は全然うまくありませんが、自分に活を与えるのには十分役を果たし、翌年志望していた大学に合格することができました。


面白いことに、色紙に書いてある「学院長先生へ」の手前に置いてある紙の「自分の枠を超えるのだ」という言葉がちょうど重なっているので、まるで私宛に「学院長先生へ 自分の枠を超えるのだ」と、卒塾生や息子が語りかけているように見えるのです。
私は毎朝出窓のカーテンを開けるのですが、そのときこの私宛のメッセージが目に飛び込んできます。
そして、1日のエネルギーをもらいます。


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結婚する前、20代から30代にかけて私はあるビジネスをしていました。
全国、あちらこちらでビジネスミーティングを開いてプレゼンテーションをしたり、セミナーをしていました。
そのとき、私が好んで話したのは、次のような内容のものでした。
「皆さんにはどんな夢がありますか?
『自動車』
『世界旅行』
『家』
ありがとうございます。
でも、夢はもっと具体的なほうが実現しやすいですよ。
『ベンツ』
『庭付き5LDKの家』
そうです。
さて、多くの人がこのような大きな夢を持っています。
でも、いつの間にか自分の収入に合わせたものにどんどん小さくしてしまうのです。
そこで、大きな夢を実現するために自分の収入を大きくするためにはどのようにしたらいいのでしょう」


このようにして、人々に夢を実現させるお手伝いをしていました。
しかし、段々年をとってくると体力も衰え、いつの間にか、自分自身の夢が徐々にしぼんできていることに気づきました。
このようなとき、昔、中央大学で教えた教え子(とは言っても今や大学で教えている47歳の働き盛り)から今日メールをいただきました。
その中にこのように書かれていました。
「現役100歳の日野原重明先生を見ていると先生もまだまだ40年もあります。日野原先生の手帳には常に3年先のスケジュールがあるそうです」


これには本当に励まされました。
毎朝、私を励ましてくれる「学院長先生へ 自分の枠を超えるのだ」のメッセージとともに今日、新たな力をいただきました。


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出会い

2010.11.21日

「出会い」 ― ある意味、これが人生を決めます。
人との出会い、国との出会い、仕事との出会い、芸術との出会い、スポーツとの出会い、思想との出会い、ものとの出会い、学問との出会い、動物との出会い、技術との出会い、文化との出会い...。
人は一生の間にいくつも、数えきれないほどの出会いをします。


この世に生を受けて生まれてくるとき最初に出会うのが両親です。
兄弟とも出会います。
友達や先生と出会います。
やがて、成長していく過程で自分にふさわしい人生の道を見つけていきますが、これも出会いです。
そして運命の人との出会いがあり、結婚し、子どもとの出会いがあり、子どもをとおしての出会い、仕事との出会い、仕事を通しての出会い。
人はこのようにして人生を送っていきます。


これら一つひとつの出会いを大切にすると人生は意味あるものとなり、輝きを増します。
これらの出会いは、その人にしかできないものです。
その時代のその場所でなければ、その出会いはありません。


今、日本のフィギュアスケートが熱いです。
しかしほとんどのケース、親がアイススケートの選手で、彼らは子どもの頃からフィギュアスケートを始めています。
野球もしかり、ゴルフもしかり。
学問も、芸術もそうです。


私の場合も、父親のお陰で、そして母方の叔母のお陰で英語との出会いがあり、これが私の一生を決めました。
また妻との出会いがあって今の仕事や家族があります。
出会いは人生でもっとも神聖な、そして尊いものです。
私はこれまでの出会いを一つひとつ心から感謝しています。
出会いを大切にしましょう。


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怠惰と勤勉

2010.11.20日

昨日のブログには「貪欲」について書きました。
その中で、良いことに対しては積極的に「貪欲」になることを勧めました。


今日のテーマは「怠惰(たいだ)と勤勉」です。
怠惰と勤勉は一見、まったく逆のもののように思われます。
一般的には確かにそうです。
人を見て、
「〇〇さんは怠惰だ」
と言えば、その人は「なまけ者でだらしがない」という意味です。
逆に、
「〇〇さんは勤勉だ」
と言えば、真面目にコツコツ勉強し、一生懸命働く、誠実な人をイメージします。


さて、「怠惰」をもう少し深く掘り下げると、「なまけ者でだらしがない」というほかに、「楽をしたい」という人間の本性のようなものが見えてきます。
人間は「基本的に」怠惰です。
ところが、自らを律して勤勉になるのです。
それは自分の目標を達成したいからです。


そこで、「楽をしたい」という「怠惰」な本性をうまく活用して「勤勉」につなげてきたのが人類の歴史です。
たとえば、私が子どもの頃、母親はたらいと洗濯板で、洗濯石鹸をつかって毎日ゴシゴシと衣類を洗っていました「三種の神器」)。
そのため、母の左手の親指の付け根のあたりの手首には洗濯タコと言えるようなコブのようなものができていました。
ところが、やがて洗濯機が、そして電気掃除機や冷蔵庫などが登場し、母の家事は昔と比べるとうんと楽になりました。
これらの便利な電化製品を生み出す動機となったのは、人間の楽をしたいという「怠惰」な本性です。
そして怠惰な本性があるからこそ、これらは人々に重宝され、売れるのです。
人がみんな勤勉で、楽をせずに労働力で全部をカバーしようとしていたなら、文明はここまで発達しませんでした。


しかし、同時にその「怠惰」を具体的な、楽をするためのモノを生み出すために、人は「勤勉」に働くことをいといません。
してみれば、楽をしたいという「怠惰」な本性が、「勤勉」を生み出すという実に面白い関係がわかります。


「アリとキリギリス」のイソップ物語のように、アリは冬に働かなくていいように、暑い夏の間せっせと食料を集めますが、これもある意味「怠惰」と「勤勉」の動物の本能のようなものです。


人が幼いときから大人になって自立するまで勉強するのも、将来少しでも豊かで幸せな人生を歩むためです。
勉強とはそういうものだ、ということがわかっていたら、子どもはもっと一生懸命勉強するようになるのではないでしょうか。


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貪欲とは...

2010.11.19日

「貪欲(どんよく)」は辞書の定義では、
「非常に欲が深いこと。むさぼって飽くことを知らないこと」
となっています。
(デジタル大辞泉より)


「貪欲」という言葉は非常にネガティブ(否定的)なイメージが強いです。
「○○さんは貪欲だ」と聞いたら、誰でも○○さんに対して悪いイメージを持ちます。
確かに一般的には、「貪欲」は人々から好かれるタイプではありません。


しかし、私は三者面談をしているとき、よくこの「貪欲」という言葉を使います。
「○○君は塾ではみんなと仲良くやっているし、優しいし、とてもいい性格の子です。
ただ、勉強に対してもう少し『貪欲』になったら、びっくりするような結果が出るのですがね...」
というような使い方です。
ここでは「貪欲」はいい意味で使われています。


「あの人はお金に関して貪欲だ」
と言ったらもちろん悪い意味です。
しかし、ある意味、「貪欲」はいいことなのです。
上の例のように、勉強に対して貪欲、仕事に対して貪欲、人間関係に対して貪欲、健康増進に対して貪欲、スポーツに対して貪欲、子育てに対して貪欲、これらはみんな素晴らしいことです。
「欲」という言葉からはほど遠いイメージのマザーテレサでさえ、貧民を助けることに対しては誰よりも「貪欲」でした。
昨日のブログ「必見100%成功の鍵」に書いた「コミットメント」と同じです。


突き詰めると、さまざまな物事に対して、あるいは自分が価値観を置くものに対して「貪欲」であることは、むしろ奨励されるべきことなのです。


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必見100%成功の鍵

2010.11.18日

勉強、部活、スポーツ、友人関係、受験、アルバイト、就職、仕事、職場での人間関係、事業、結婚、夫婦関係、子育て、親戚付き合い...
これらすべてに共通する「成功の鍵」があります。
この「鍵」さえ知っていて、それを実践するなら誰でも必ず成功できます。
この「100%成功の鍵」が何だか知りたいですか?


答えをひとことで言うと、
「コミットメント」
です。
コミットメント?
日本ではあまり聞きなれない言葉で、知らない人のほうが多いと思います。
英語の "commitment" は、日本語には訳しにくい言葉です。
英和辞典に載っている訳語を一部挙げると、
「委託、委任、公約、誓約、婚約、義務、責務、責任、かかわり合い、参加、犯行、拘留、投獄...」
これではさっぱりわかりませんよね。
ぴったりした日本語がないので、日本でも一部の人たちは「コミットメント」とそのままカタカナ語を使っているのです。


それでは、この「コミットメント」とは何なのでしょう。
「何かに自分自身を捧げる」ことです。
「捧げる」と言うとき、それは中途半端なやり方ではなく、「徹底的に」「心底から」「命がけで」「全身全霊」という捧げ方です。


これを冒頭に挙げた例に当てはめて考えてみましょう。
「勉強、部活、スポーツ、友人関係、受験、アルバイト、就職、仕事、職場での人間関係、事業、結婚、夫婦関係、子育て、親戚付き合い」
どうですか?
イメージできますか?
学生であれば、「勉強、部活、スポーツ、友人関係、受験、アルバイト、就職」に、社会人ならば「仕事、職場での人間関係、事業、結婚、夫婦関係、子育て、親戚付き合い」などに、自分自身を徹底的に捧げる、命がけで捧げることをイメージしてください。
これで成功しないほうが不思議だとは思いませんか?
逆に、「コミット」して(英語の動詞は "commit")失敗することなど考えられません。


どの世界においても成功する人の割合がほんの数パーセントしかないのは、みんな中途半端で徹底的に「コミット」していないからです。
成功している人はみんなそれぞれの分野で「コミット」しています。
プロのスポーツ選手しかり、音楽家、芸術家、政治家、学者、医者などを見ればよくわかります。
そのほか、大工さんや左官屋さん、ペンキ屋さん、豆腐屋さん、パン屋さんなどを見ても、成功している人はみんな自分の仕事に「コミット」しています。
夫婦関係がうまくいっているカップルは、お互いに「コミット」しています。


Oさんは、将来科学者になるつもりで大学では宇宙地球科学を専攻しました。
ところが大学卒業後、ひょんなことからビジネスの世界に入りました。
何をやってもうまくいかず、貧乏と不幸のどん底で毎日あえいでいました。
いろいろなことを勉強していく中で、Oさんは日本ではまだあまり知られていなかった「ある考え方」に出会います。
彼は直感的に「これだ!」と感じ、これに賭けることにしました。「コミット」する決意をしたのです。
自らのビジネスにこれを応用し、さらにこの「考え方」を日本で普及させるために命をかけています。
そして今やOさんは、日本のダイレクトマーケティングの世界で第一人者となり、月商何千万円です。
さらに友人や家族にも恵まれ、幸せな家庭生活を送っていらっしゃいます(今年6月、塾からディズニーランド遠足に行ったとき、食事の席で偶然にお子様連れのご夫妻にお会いしました)。


Oさんに限らず誰でも、何かに、あるいは誰かに出会ったとき、それ(その人)に「コミット」すれば、必ず(100%)成功できます。
「100%成功の鍵」はコミットメントです。


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カレーライス

2010.11.17日

「カレーライス!」
「チョーカラ、チョーカラ、グーカラ!」
「グーカラ、グーカラ、パーカラ!」
「水!」
小学生達が送迎バスの中でいつもやっているゲームです。
いつもバスの中は耳が痛くなるほどの大きな声がこだましています。
長い生徒は30分以上も乗っているのですが、次から次へとさまざまなゲームをして楽しんでいるうちに家に着きます。
「カレーライス、チョーカラ」はわかるのですが、「グーカラ」とか「パーカラ」は何のことかわかりません。
でもゲームに理屈なんかいらないんです。


これに飽きると今度は、
「グリンピース、グリンピース!」
「グリン、グリン、パリン!」
「パリン、パリン、チョリン!」
「ドン!」。
基本的には「カレーライス」と同じジャンケンのゲームですが、言葉が違うバージョンです。


これが終わると、
「ジャンケンポイポイどっち出すの?」
「こっち出すの」
「あいこでポイポイ、どっち出すの?」
とまた別のゲームが始まります。
そして、
「負けたら勝ちだよ、ジャンケンポイ!」。
私の子どもの頃はこんなにいろいろなバージョンはありませんでした。


このあとは、しりとりゲーム。
まあ、よくこれだけいろいろとゲームを考え出すものだ、と感心します。
しりとりに少し飽きてきたので、私がしりとりの新しいバージョンを提案しました。
「『じてんしゃ』、って言ったら、次の人は最後の2文字で始まる言葉を言うしりとりはどう?
たとえば、『しゃかい』、次の人は『かいがら』、でも『がら』で始まる言葉はあまりないから『から』でもいい。だから『からおけ』。
『ちゃわん』のように最後が『ん』で終わっても『わんこ』があるのでいいけど、『ちゃりんこ』のように『ん〇』で終わったらアウト。
『ん』で始まる言葉はないからね」
といくつか即興でルールを決めてみんなにやらせたところ、難しいにもかかわらず結構みんな楽しみながらやっていました。


子どもは「遊びの天才」です。
そして「遊び」も子どもの成長に欠かせない「勉強」です。
もっと遊びを兼ねた勉強を日常の生活に取り入れたら、子ども達は遊び感覚でどんどん新しいことを身につけていくのではないでしょうか。


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友達を冬期講習に誘ってもいいですか?

2010.11.16日

昨日、中2のS君が、
「学院長、冬期講習に友達を誘ってもいいですか?」
と尋ねるので、
「ありがとう。ぜひ誘って」
と答えました。
するとS君、
「誘える友達がいくらでもいるのでちょっとやばいですよ」


実際のところ、今、中2のクラスはほぼ満杯状態で、これ以上増えたら席がなくなります!(嬉しい悲鳴)。


授業が終わって、個別に来ている高2のMさんとK君が残って話していました。
Mさん 「アカデミーに来ているEちゃんと学校で塾の話をしていたら、聞いていた友達がみんなアカデミーずるいって言うんだよ」
K君  「えっ!? どういうこと?」
Mさん 「アカデミーが楽しいって言ったら、塾でそんなのあり得ないってみんなが言うの」
K君  「うん、確かにそうだよな。塾が楽しいなんてアカデミーぐらいじゃない」
Mさん 「そう。私がアカデミーの先生はみんな優しいし、先生と生徒は仲がいいし、授業もよくわかるって言ったら、友達は自分の行ってる塾の先生のことを呼び捨てにしてむかつくとか言ってた。授業中、先生に馬鹿だって罵倒されたんだって」
K君  「それってむかつくよな。そんな塾やめてアカデミーに来ればいいのに」
Mさん 「私もそう言ったんだけど、家が遠いから来れないって。
私はCちゃんに誘われてアカデミーに来て、アカデミーがとてもよかったのでMさんとOさんを誘ったんだけど、正直、もっと早くからアカデミーに来てればよかったって、いつもそのことを後悔してるの。
私がいつも家でアカデミーの話ばかりするので、来年小4になる妹が早くアカデミーに行きたいっていつも言ってる。
学院長、妹が来年から来るので、よろしくお願いします」


まあ、こんな流れの会話でした。
Mさんは中2のときからアカデミーに来て、イベントには全部参加し、いつもアカデミーが楽しい、楽しいと言っていたのですが、高校生になっても続けて来ていて、今度は妹も来るとのこと。
とても嬉しく思いました。
兄弟姉妹でアカデミーに来ている生徒はとてもたくさんいますが、その背後にはこんなストーリーがあったんだと改めて感動を覚えました。
中には兄弟3代目という生徒もいますし、以前成人英会話クラスをやっていたときには、親子・兄弟家族ぐるみで来てくださっている方も何組かあったほどで、その中の1組は前市長のご家族でした。
姉妹弟の3人で通ってくださっていた方は、今や皆さん結婚して家庭を持ち、お子さん達は小学生。
時の経つ早さに驚かされます。
昨日も、塾という仕事をやっていて良かったなあ、と心底感謝した次第でした。


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素直であることと疑いの目を持つこと

2010.11.15日

「素直であることと疑いの目を持つこと」と言うと、一見矛盾しているように思われますが、このふたつは立派に両立します。
「素直である」とことは、何でもかんでも鵜呑みにするということでは決してありません。
また「疑いの目を持つ」ことは、素直でないということでもありません。
素直でありつつ、疑いの目を持つことは、何事においても大切です。
私は本を読むときなど、素直に新しいことを学び吸収しつつも、絶えず「本当かな?なぜだろう?」と、自問しながら読み進めるようにしています。


ノーベル化学賞を受賞した人たちが口をそろえて言うことは、指導教授の教えに素直に従いながらも、同時にそこに疑いの目を持って自分独自の研究を進めた、ということです。


素直な人は、砂が水を吸い込むように新しいことをどんどん吸収します。
しかし与えられるものをただ受けるだけでは成長がありません。
与えられたものをもとに、「本当にそうなの?」「なぜ?」と疑問を持って掘り下げると、そこから芋づる式に新しいことを次々と発見していくことになります。
これが成長です。


科学技術や学問の世界だけでなく、スポーツや芸術の世界でも、またビジネスの世界でも同じです。
人類のこれまでの成長・発展は、すべてこの「なぜ?」から始まっています。


生徒たちに教えていて感じることは、まず第1に素直な子は伸びるということですが、ただ素直なだけでは伸び方に限界があります。
本当に伸びる生徒はみんな例外なく、「本当?」「なぜ?」という疑いの目も併せ持っていて、そこから自分の納得の行くまで追求していく姿勢があります。
同じことを学んでも、ただ機械的に受け売りで覚えているだけの生徒と、疑問を持って教師に質問する生徒では理解力や定着力が大きく異なります。
この点において、日本の教育は思いどおりに動く素直な子を育てることにばかりエネルギーを使っていて、オリジナリティを追求する学生を育てることに弱いように思われます。
おもに知識力を問う学校の試験や成績の段階ではそれほど大きな差は出なくても、社会に出てからその知識を活用する知恵の差はどんどん大きくなって出てきます。
ですから、子どものときからこのような「素直さと疑いの目を持つ」学習習慣を身につけることが大切なのです。


とどのつまり、人生とは飽くなき真理探究の歩みです。


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英語は...

2010.11.14日

「なんで英語を勉強しなければならないの?日本人だから日本語が話せればいいじゃない」
「英語なんか将来どうせ使わないから、勉強したって意味がない」
という生徒が結構います。
「英語は学校の試験のために、受験のために割り切って勉強している。取りあえず点が取れればそれでいい」
と言う人もいます。


確かにそうかもしれません。
多くの人の勉強法が、英語に限らずほかの教科も含めて、意味が分からずに、そして仕方なくやっているという感じです。
これでは勉強が面白くなく、苦痛になるのは当然のことです。


このブログで繰り返し述べてきているのですが、勉強とは決してそのような無機質なつまらないものではありません。
勉強をつまらないものという印象を子どもたちに与えている日本の教育システムや塾などの教育産業、そして勉強の意味を教えずに無理強いしている親にも責任の一端があると思います。


「英語なんか将来どうせ使わないから、勉強したって意味がない」
と決めつけてしまうことはとても損なことです。
これで将来の可能性の枠を自ら狭(せば)めているのです。


私の場合は、幼い頃、アメリカ人と自由に英語で冗談を言い合ったりして、楽しそうに会話している父を見て、自分も絶対に父のように英語が話せるようになりたい、と思ってずっと英語の勉強に取り組んできました。
そのお陰で、大学では英語を専攻し、卒業後はアメリカに留学もでき、その後ずっと英語を使って生活をしてきています。


ノーベル化学賞受賞者の対談で、野依良治氏が次のように言っています。
「『時代の求める知は何か』。これからは知識、知恵というもので生きていかないといけません。
若い人たちにはぜひ、時代が求める知とは何かを真剣に考えてほしいのです」
それに続いて根岸英一氏は、
「Pursue your lofty Dream with eternal Optimism.
非常に高い夢を持ち、楽観主義でそれを追求しましょう、ということです。
高ければ高いほどいい。夢を追いかけるのは、若者にとって魅力。
あえて英語で書いたのは、それが世界語だからです。英語ができないとついていけません。
その点が、日本は一流国の中で極端に遅れています。
生きた英語を習得できれば、気持ちの上で外国に出やすくなります」
(11月5日付読売新聞13面「若者よ 世界で学ぼう」)


座談会に参加した野依氏、根岸氏、鈴木 章氏は3人ともアメリカに留学した人たちで、自らの研究生活を振り返り、日本が発展するために、科学技術を支える若者らに世界を舞台に羽ばたいてほしいと強く訴えています。


お隣の韓国や中国を始め、東南アジアの国々からはアメリカやヨーロッパに学びに出る人がとても多いのに、日本では最近外国に積極的に出る人が非常に少ないとのこと。
そのひとつの理由が英語力です。
もちろん英語やアメリカがすべてではありませんが、英語ができると世界が広がることは間違いありません。
将来の可能性を大きくするためにも、若者よもっと英語を勉強しましょう。


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自ら進んで...

2010.11.13日

私が小学生から中学生の頃、父は車のセールスの仕事をしていました(「地震、雷、火事、親父」)。
その関係で、父は早くから車を持っていました。
毎週日曜日になると、朝から何時間もかけて私は父と一緒に洗車し、ワックスがけをしていました。
私の友達が不思議そうな顔をして、何が楽しくて洗車やワックスができるの、と尋ねたことがありました。
また、10数年前に車の営業の人にこの洗車とワックスがけのことを話したら、その人が笑いながら言いました。
「それはやっていたのではなく、やらされていたんでしょ」
でも実際、「やらされていた」んじゃなくて、自分から進んで「やっていた」んです。
私は父と一緒に洗車したり、ワックスがけをするのが好きでした。
車がきれいになるのを見るのが楽しかったし、きれいになった車で満足そうな父を見るのが何よりも嬉しかったのです。
車は父の商売道具だっただけでなく、父は車を心底から愛していました。


このことを思い出したとき、あることに気づきました。
多くの人が「勉強」や「宿題」、「部屋の片付け」、「掃除」、「仕事の手伝い」などを「やらされている」と感じているということです。
「やらされている」と思うから苦痛になるのです。
でも、「自分から進んでやっている」と思うなら、それは苦痛にはなりません。
自ら進んで何事かをやるためには、その理由を見出す必要があります。
たとえば、上の洗車やワックスがけの例では、私は車がきれいになるのを見るのが楽しかったし、父の満足そうな顔を見るのが嬉しかった、ということです。


人は誰でも、行動に意味づけがなければ、それは苦痛になります。
また、たとえどのような仕事でも、その中に自分にとって益となることがひとつでも見つかると、それは楽しくなります。
上に挙げた「勉強」、「宿題」、「部屋の片付け」、「掃除」、「仕事の手伝い」のほか、「人を助ける」「ボランティアをする」「道路のゴミを拾う」「人に親切にする」等など、これらは見方を変えると全部意味があり、自分にとって益となることです。


同じするなら、どんなことでも人に強いられていやいややっていると思うよりも、自ら進んで楽しみながらやっていると思うほうが得ですよね。


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求められる以上の○○をする

2010.11.12日

「学院長、宿題やってきたよ。偉いでしょ!」
と言う生徒が時々います。
確かに宿題はやってこないより、やってくるほうが「偉い」と言えば偉いのかもしれませんが、そもそも宿題をやってくるのは当たり前のことです。
言われてもできない生徒が多い中で、やってくるだけでも「偉い」という風潮があるのかもしれません。
でも、言われたことを最低限やるのは「偉い」どころか、全然だめなことです。
言われないことまでやって初めて「偉い」のです。


ブライアン・トレーシーがビジネスセミナーの中で、「求められる以上の仕事をしなさい」と言っています。
あるとき、彼のセミナーに出たひとりの女性が彼に言ったそうです。
「私はある大きな会社で秘書をしています。
あなたのセミナーCDを聴いて、自分の収入を50%増やしたいと思いました。
でも会社の組織や給料体系のことを考えると不可能なことに思われました。
そこであなたの言っていた『求められる以上の仕事をする』ことにしました。
朝はほかの人よりも早く出社して仕事を始め、退社時刻が過ぎても残って仕事をしました。
そして自分の仕事の価値を高めるよう努力しました。
そのようにしていたら、わずか6か月後にそれまで1500ドルだった給料を社長が2250ドルに引き上げてくれました。
私は社長に給料を上げてくれなどとは一言も言ったことがなかったのに、何と目標だった50%増を達成することができたのです」


「求められる以上の○○をする」の○○は、仕事や勉強に限らず、どんなことでも自分から進んでやっていると、それは必ず自分に戻ってきます。
仕事であれば収入や信頼に、勉強であればテストの点数や成績、そして進学に、あるいは将来の豊かな人生に、部活であれば技術や記録、成績という形になって戻ってきます。
一流のスポーツ選手を見るとこのことがよくわかります。
人から言われるだけの○○をやっているうちは、それだけの結果しか出ません。
仕事や宿題や部活をサボるというのは、もってのほかです。自分が損をするだけです。


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お天道様が見ている

2010.11.11日

小学2年生のときのことです。
学校のすぐ近くにお地蔵さまがありました。
ある日、学校の帰り道、いつものようにお地蔵さまの前を通りかかると、お地蔵さまの足元に十円玉が数枚置いてありました。
友達と一緒にそれを見つけた私はその中の1枚を失敬しました。
3人ほどいた友達はそんな私を見ていてただ笑っていました。
私は言いました。
「お天道様(おてんとさま)は見ていないよ」
そしてほんの10メートルほど進んだところで、私は石につまづいてこけてしまいました。
擦りむいたひざから血が出てきました。
そのときハッと気づきました。
「あっ!お天道様が見ていた」
そして、泣きながらお地蔵さまのところに戻り、お地蔵さまに「ごめんなさい」と謝って10円を返しました。
そんな私を友達はまたしてもあざ笑って見ていました。


去る11月7日の大和カルバリーチャペルの礼拝で、大川牧師が説教の中で韓国のある人の話をしました。
ハワイに住んでいたその人は若い頃、起業しました。
そして仕事に必要なカバンと文房具などをいくつか店で買おうとしてレジに持って行ったところ、レジの人が勘違いして文房具のお金だけ計算してカバンの分を打ち込むのを忘れたそうです。
彼は「儲かった。これはついている。幸先がいい」と心の中で思ったそうです。
ところがこの人は韓国に戻り、何年かたってクリスチャンになり、その後牧師になりました。
そしてある日、教会の仕事でハワイに行くことになりました。
彼はクリスチャンになって以来ずっとこのカバンのことが心に引っかかっていました。
それで思い切ってその店を訪ねて、店主に事情を話してお詫びして弁償したそうです。
「万引きしていく人はいっぱいいるけど、こんなことは初めてだ」と
店のオーナーはとても喜んでくれたとのこと。


この話を聞いて、私は上のお地蔵さまの話と、小学4年生のとき近所のお店で飴玉をいくつか万引きしたことを思い出しました。
私もその後クリスチャンになり、20年ほどたったある日、この牧師のようにお詫びするために店を訪ねました。
店にいたおばあさんは、紛れもなくあのときのおばさんでした。
私はとても恥ずかしかったのですが、思い切って事情を話し詫びて弁償すると申し出ましたが、やはり上の話と同じように、逆にお店のおばあさんに「ありがとう」と言われて感謝されてしまいました。
これで、ずっと長い間胸につかえていたものがすっと下りました。


のちになってわかったことは、お天道様(神様)はやっぱり見ていらっしゃったということ。
聖書に、
「神様は隠れたところであなたを見ていらっしゃる」
という言葉があります。
これを意識するとしないでは、人の生き方は大きく変わってきます。


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勉強するのは...

2010.11.10日

「勉強する目的は?」
と尋ねられたら、試験のため、高校・大学進学のため、就職のため、などと答える人がほとんどではないでしょうか。
学校を卒業したら、もう勉強しなくていい、と言う人がたくさんいます。
「大人はいいな。勉強しなくていいから」と子どもが言うのをよく聞きます。


今の学校の教育や塾の勉強がそのようなやり方なので、このように思っている人が多いのだと思います。
しかし、本当に勉強とはそういうものなのでしょうか。


これまでこのブログで何度か取り上げたアメリカの第16代大統領エイブラハム・リンカーンは、次のように言いました。
"I shall study and prepare myself, and someday my chance will come."
(私は勉強して準備しておこう。そうしたら、いつか私のチャンスが訪れるだろう)
これは勉強に対する正しい考え方です。
彼は幼い頃からこのように勤勉だったので、大統領になるまで何度失敗してもへこたれなかったのです(「失敗したとき」)。


日本では最近、ちょっと何かで失敗すると、もうだめだ、とすぐにあきらめたり、やけくそになる人が多いようです。
このような人が反社会的な事件を起こすこともしばしばあります。
人生、長い間生きていれば、チャンスは必ず何度も巡ってきます。
そして、そのようなチャンスが回ってきたときのために、普段からしっかり勉強して備えておくのです。
これが人生です。
小・中・高校や大学でやる勉強は、勉強のほんの一部にしか過ぎません。
人は生きている限りずっと勉強し続けます。
子どもの頃にする勉強は、生涯続ける勉強のための土台作りなのです。
そして、子どものときにしっかりと土台を築いておくと、堅固な人生を歩むことができるようになります。
勉強する目的がわかっているのと、わからないのでは、人生が天と地ほど変わってきます。


親が子どもに勉強を強制的にやらせていると、子どもは勉強嫌いになりがちです。
塾の生徒を見ていても、親がいつでも口うるさく「勉強しろ」と言っている家庭よりも、むしろ勉強の面白さ、楽しさを生活をとおして教えている家庭の子どものほうが、勉強がよくできるケースが多いです。


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テストは嫌いですか?

2010.11.09日

子どものころテストが大嫌いでした。
ですから、生徒たちが「テストが嫌い」と言うのは痛いほどよくわかります。
実際、ほとんどの人が「テストは嫌い」と考えているのではないでしょうか。
「テストが好き」と言える人は、いわゆる頭が良くて、いつもテストで高得点が取れる人です。


去る日曜日は神奈川県模試の日でした。
中3生は明日から後期中間テストが始まります。
そして、今週の中間テストが終わると、土曜日は漢検、日曜日は英検の2次面接試験と、ずっとテストが続きます。
そして1月になると私立の入試と公立の前期選抜、2月には後期選抜学力検査と、まさにテスト漬けです。


テストはやっぱりストレスです。
でも自ら進んで英検や漢検、数検などを受験する生徒も大勢います。
テストはいやだ、と言いながらなぜこれらの検定試験を受けるのでしょうか。
ひとつはチャレンジです。
チャレンジ精神があるから人は伸びるのです。
自分の力を試してみる、そしてさらに上を目指して頑張る。実に素晴しいことです。


もうひとつのテストの目的は、現状を知り、弱点を把握することにあります。
弱点を知らないままで本番の入試に臨むと痛い目に会います。
ですから、テストは点数という結果だけを見て一喜一憂することはまったく意味がありません。
どこができなかったか、どのような間違い方をしたか、どこがしっかり理解できていないかを知り、それに対してどのように対処すればよいか、を知るのがテストの本来の目的です。
これをしなければテストは無駄になります。


身体の定期検診もいわばテストです。
健康に不安のある人は、悪い結果が出るのが怖い、と言って定期健診を受けない人がいますが、これは逆に恐ろしいことです。
検診の結果を見て、今の健康状態はどうなのか、悪いところがあればどこが悪いのかを把握し、それに対してどのような処置をするかということが大切なのです。
安静にしているのか、薬で治すのか、食事や運動療法で治すのか、あるいは手術が必要なのか、これらの対処法を誤ると病気を治すことはできません。


ですからテストも同じなのです。
このようにテストの意味がわかり、その正しい活用法がわかると、テストは実はそんなに恐れたり、嫌がったりする必要はなくなります。
「テストが嫌い」と言う人は、ここでもう1度テストの意味を見直してみたらいかがですか?


具体的なテスト勉強法については、以前書いたブログ「テストを楽しむ」を参考にしてください。


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心の中で決めると...

2010.11.08日

交差点の歩行者用の信号が点滅し始めると間もなく車用の信号が赤に変わります。
それがわかっているので多くの車が点滅を見るとスピードを上げて、なんとか交差点を走り抜けようとします。
見ていると、信号が赤になってからでも交差点にそのまま突っ込んでいく車が結構あります。
交差点内で待っていた右折車が、黄信号を見て曲がり始めたところに対向の直進車が猛スピードで突っ込んでくる危険な状況をよく目撃します。
そして実際、このような状況でよく事故が起きます。
お互いに、相手が止まってくれるだろうと高をくくっているのです。


運転者の心理を考えると面白いことがわかります。
上のようなケースでは、歩行者の信号が点滅し始めたり、あるいは赤になるのを見た運転者は、すぐに信号が赤に変わることがわかっているのですが、交差点を突っ切ることを最初から心の中で決めているのです。
一方、慎重なドライバーは同じ状況で、赤信号に変わることがわかっているので、スピードを落として交差点で止まります。
この場合も、運転者は最初から止まろうと心の中で決めています。


つまり、人は誰でもあらかじめ心の中で決めたことを実行しているのです。
たとえば、今晩は家に帰ったらビールを飲んでテレビを見ようと思っているお父さんは、家に着くとそのとおりの行動を取ります。
最近あまり勉強しない子どもを見てイライラしていた母親は、子どもの顔を見るなりがみがみと説教しますが、この場合もあらかじめ子どもを叱ろうと心の中で決めているからそうするのです。


ということは、人に親切にしよう、優しく接しよう、笑顔を向けようなどとあらかじめ心の中で決めていれば、やはりそのとおりのことができるのです。
穏やかな心を持っていると、穏やかな行動ができるし、心の中で怒っていると刺々(とげとげ)しい言葉遣いをし、荒々しい行動に出ることになります。
人間は感情の動物だから仕方がない、と言う人がいますが、果たしてそうでしょうか。
もしそうだとすると、人はみんな感情に振り回されていて、行動をコントロールできないということになります。
しかし実際には、人には理性が与えられています。
この理性をうまく活用することができるか否かが、良い人間関係を築き、幸せな人生を送れるかどうかを決めます。


自分の人生はみんな自分で選び、自分で決めているのです。
あなたはどのような人生を歩みたいですか?


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夢の実現

2010.11.07日

一昨日のブログには小2のF君の、昨日のブログには中3のT君の夢について書きました。
小6のT君の将来の夢は外科医になることです(「予想外の早い効果」)。
「早く手術をしたいなあ」と彼は今から言っています。
将来はきっと、テレビによく出るゴッドハンド、福島孝徳氏のような医師になるのでしょう。
中3のOさんの将来の夢は保育士になること。
優しいし、明るいし、本当にぴったりだと思います。
同じく中3のFさんの夢は助産師になること。
「なぜ?」と尋ねたら、
「赤ちゃんがとても可愛いから。そしてお母さんがこの仕事をしていた」
との返事。
中学生で、将来助産師になりたいとは本当に立派だと思います。


このほか、将来英語の先生になりたい人や、社会の先生、体育の先生になりたいという人、自動車技師になりたい人、コンピュータ関連の仕事に就きたい人、福祉関連の仕事をしたい人、このほか看護師に、スポーツ選手に、歌手に、通訳に、獣医になりたい人、親の仕事を継ぎたい人等など、挙げ出せば切りがありません。
みんなに、ぜひとも夢の実現を目指して頑張ってもらいたいものです。
そして、その夢の実現のために少しでもお手伝いができるとしたら、これほど嬉しいことはありません。


自分には将来の夢がない、と言って悩む人もいます。
でも心配無用。
焦る必要はありません。
親の職場を見たり、職場体験やアルバイトなどをとおして、さまざまな仕事を見てみることも役立つでしょう。
いろいろと経験を重ねていくうちに、これがしたい、こんな仕事に就きたい、という願いが起きてくるものです。
卒塾生で大学卒業後、高い倍率の中、念願の独立行政法人に勤めたけれど、別の夢ができたと言って、今ではその夢の実現のために準備を始めている人もいます。
また会社に就職したけれど、やっぱり教師を目指してもう1度頑張ると言っている人もいます。
本当にやりたいことが見つかるまでいろいろ試してかまいません。
自分に合った仕事を見つければいいのです。
就職してもすぐに結婚して家庭に入る女の人もいますが、それはそれで素晴らしいことです。
母親として、また妻として頑張ればいいのです。


夢はどんどん変わっても何ら問題ありません。
これまで勉強したこと、経験したことが無駄になるようなことは決してありません。


私は小学生の頃、最初はテレビタレントになりたいと思っていましたが、次に科学者になりたいと夢が変わり、さらに中学生時代は英語がペラペラになって外交官か通訳のような仕事がしたいと思うようになりました。
高校生になると芸術家になりたいと思い、次に弁護士を目指した時期もありました。
大学に入ってからは、最初は貿易商事に勤め商社マンになりたいと思い、次に大学教授になりたいと夢が変わりました。
そして大学卒業後、アメリカに留学し、専門の言語学を学んでいたときクリスチャンになり、ここで牧師になりたい、とまたまた夢が変わりました。
そして聖書の学びをし、心理学やカウンセリングを学び、カウンセラーやセミナー講師になりたいとも思いました。
そして、卒業後帰国して、外資系企業に勤め、通訳や翻訳をしながら英語を教える仕事に就き、同時に牧師になり、そしてカウンセラーや大学講師も、そしてセミナー講師の夢も実現しました。
そして、最後に落ち着いたのが今の塾の仕事です。
ずいぶん回り道をしてきたような気もしますが、自分のしたいと思ってきたことは全部果たし、またこれまでやってきたことが今、すべて役立っています。
そして今の仕事を心から愛しています。
ですから何一つ後悔していません。ひとつとして無駄なことはなかったと思っています。
まさに、「我が人生、悔いなし」です。


好きなことをしてきて、楽しませてもらい、しかもたくさんの恵みをいただいて、本当に感謝に堪えません。
皆さんも、ぜひ自分の夢実現のために、一歩一歩前進してください。
信じて疑わずにコツコツ努力し続けるなら、仕事に限らずどんな夢でも必ず実現します。
「夢を実現させること」―これが人生における最大の喜びになります。


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将来は作曲家になりたい

2010.11.06日

昨日は小学2年生のF君が「将来は本を書いて出版する」と言った話を書きました。
今日は、中3のT君を教えていたときに、「高校卒業後の進路は考えてるの?」と尋ねたところ、
「芸大に進みたいと思っています」
という返事が返ってきました。
「芸大に進んで音楽を勉強するの?」
「はい。将来は作曲か編曲の仕事をしたいと思っています」。


T君はピアノをやっていて、中学に入ってからは吹奏楽部でトロンボーンを演奏しています。
今年、T君の学校の吹奏楽部は金賞を取って県大会に出場し、今月の14日にはまたアンサンブルのコンテストに出るとのこと。
同級生で同じ吹奏楽をやっている友達の話によると、T君のピアノもトロンボーンもやばいそうで、学校祭では自分で作曲した音楽を顧問の先生にプレゼントしたとか。
学校の中間・期末テストでは全教科満点かそれに近い点数で、成績もオール5。
小学3年生のときに、漢字が好きで漢字を勉強したいと言って入塾してきました。
とても真面目で、一生懸命頑張る子で、教えがいがありました。
目標になるからと、漢検を受験することを勧めました。
6年生で4級、中1で3級、中学を卒業するまでに準2級を目指そう、と言ったところ忠実に漢検を受験してきました。
ところが、ちょっと私の計算違いだったのは、何と一足早く中1で2級(高校卒業程度)に合格し、現在準1級を目指して頑張っているのです。
準1級というのは、正直私でも歯が立たないレベルで、問題集には見たこともないような漢字すらたくさん出てきます。
T君は、漢字や熟語を書いた単語帳をすでに何十個も作っています。
電子辞書を片手に漢字を教えていたのですが、もうとっくに私の漢字レベルを超えています。


どの教科も穴がなくとてもできる子で、地元のトップ校を目指しているので、きっと将来は学者にでもなるのではないか、と思っていたのですが、音楽家というのは予想外でした。
私は彼に尋ねました。
「指揮なんかにも興味ある?」
「はい。あります」
「じゃあ大学で指揮も勉強してみたら?将来は第2の小澤征爾になれるかもしれないよ」
T君は笑いながら「いえ、無理です」と言っていましたが、私は大いに可能性があると思いました。


またまた私の将来の新しい夢ができました。
教え子たちが社会に出て、どんどん活躍する姿を見届けたい。
それまではくたばらないで頑張るぞ、と。
塾の仕事がこんなに楽しい、やりがいのあるものになるとは、始めたころ思ってもみませんでした。


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将来本を書いて出版するよ

2010.11.05日

「将来本を書いて出版するよ。
そして金持ちになるんだ」


今日、国語を教えていたとき、小学2年生のF君が言った言葉です。
小学2年生です!
F君は最初、塾で使っている国語のワークの表紙をコピーしたものを持っていて、そこに色鉛筆でぬり絵をしていたのですが、そこに自分のオリジナルの絵を描き加えたりしているうちに、「自分で本を書いて出版しよう」と閃(ひらめ)いたようです。
F君についてはこれまでも何度かこのブログの中で紹介してきました(「しりとりの効用」)。
F君の語彙力の豊富さにはいつも驚かされています。
さらに2年生で将来本を書くと言うのは、その発想だけでものすごいことです。


昨日、作家の村上龍さんが、電子書籍の制作会社を設立するというニュースをテレビで見たばかりで、私はF君の言葉を聞いたとき、この村上龍とイメージが重なりました。
そしてF君に言いました。
「君は頭がいいからきっと夢がかなって、大きくなったら本を書いて出版することになると思う。
先生は今から楽しみだ。
でも、本を書くためにはしっかりと勉強して、今よりもっと頭が良くならなければならないんだよ」
F君、「うん」とうなずいて、そのあとはいつもよりも勉強に力が入っていました。


私は自分が小学2年生だった頃のことを考えました。
本を書くどころか、本というものの存在すら知らないほどのぼんくらでした。
それにしてもF君はすごい!
今からこのようなことを言っていたら、大人になると本当に本を書くようになるだろうと本気で思いました。


それは、人は誰でも心の中で考えているような人になるからです(「頭の中にあることは」)。
ということは、大きいことを考えていたら本当にそのとおりになるし、否定的なことばかり考えていたらこれもそのとおり実現するということです。
ならば大きく考えなければ損じゃないですか。


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トライアスロン

2010.11.04日

1977年、ハワイのアメリカ海兵隊員達が宴会の席で、「マラソン、遠泳、サイクルロードレースのどれが最も過酷か」と議論。
競技特性が全て違うのだから比較のしようがなく、「この際まとめてやってみよう」という事で考え出された。
翌1978年に、ハワイで最初の主要な大会であるアイアンマン・トライアスロンが行われた。
このレースは競技制限時間が17時間に渡る過酷なものであり、鉄人レースとしても知られている。
現在では世界各地で多数のアイアンマン大会が、ハワイ島で行われる世界選手権の予選として開催されている。(ウィキペディアより)


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初めてトライアスロンのことを聞いたとき、これは人間業ではないと思いました。
こんなことができるのか、と信じられませんでした。
マラソンの42.195kmだけでもすごいと思っていたのに、なんとこれにスイム3.8km、バイク180kmも一気にやるというのです。
まさに「アイアンマン」(鉄人)です。


ところが、これがすごい人気を呼び、日本でも鳥取、長崎、宮古島、佐渡で行われているといいます。
「なんでわざわざこんなにしんどいことを」と私のような運動音痴は考えてしまうのですが、やる人にとっては体力の限界にチャレンジし、やり遂げた時の達成感を味わうときっと病みつきになるのでしょう。


今では、さまざまな距離のコースが生まれ、ジュニア(16〜19歳)、ユース(11〜15歳)、キッズ(7〜10歳)などもあります。
ちなみに、キッズコースはラン1km、スイム100m、バイク5kmで、私などはこれでもアウトです!
7歳〜10歳の子どもがこのようなトライアスロンをやるというのは、私にとっては驚き以外のなにものでもありません。


さて、なぜこのようなハードなスポーツができるのかと言えば、運動音痴の門外漢の私が言うのも何ですが、それぞれに距離が決まっていて、それを目標に頑張れるからです。
もし目標の距離がわからないまま、
「さあ、今から走り、泳ぎ、自転車をこぎ続けてください。ゴールはこちらから言うので、それまではただひたすら走り、泳ぎ、サイクリングし続けるように」
などと言われたら、もうこれは拷問のようで誰にもできません。
どこまでやっていいのかわからないからです。


これはスポーツに限らず、勉強においても、仕事においても当てはまり、何か具体的な目標を立てると非常にやりやすく、そして楽しくなるものです。
よく言われるように、最初に大きな目標、あるいは長期目標を立て、次にそれを達成しやすくする中期目標、そしてもっと細かい具体的な短期目標を立てると、さらにどんなことでもうんとやりやすくなります。
そしてトライアスロンのように不可能に思えることでも練習の結果できるようになるのです。


私たちもこのように、トライアスロンの理屈を日常の生活の中に活かすことができます。


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〇〇の恩返し

2010.11.03日

1羽の鶴が子ども達にいじめられているのを見た青年が鶴を助けました。
鶴はお礼を言って空に舞い上がっていきました。
翌日の夕方、青年の家の玄関の戸を叩く音が聞こえ、開けてみると美しい女性が立っています。
「今晩一晩泊めていただけませんか?
料理もしますし、掃除も、何でもします」
青年はこの女性を家の中に招き入れると、ご馳走を作ってくれ、家の中の掃除もしてくれ、すっかりきれいになりました。
寝る時間になると、女性が青年に言いました。
「夜、ガタガタゴトゴトと音がしますが、決して戸を開けないでください」
青年はしばらくして我慢できなくなり、そっと戸を開けて中を見ると、何と...
女性がタンスを開けて、中から金目のものを風呂敷に詰め込んでいるではありませんか。
それは鶴ではなく「サギ」でした。


去る10月31日の大和カルバリーチャペルの礼拝での大川牧師のジョークです。
教会というと堅苦しいイメージを持っている人がいるかもしれませんが、ここはいつも笑いに包まれている明るい教会です。
大川牧師が小学生の頃、詐欺(さぎ)に会って「父さん、倒産した」とジョークが続きました。
文無しになった大川牧師のお父さんは戦前、牧師をしていたので、この倒産を通してもう1度牧師になる決意をしたそうです。
その結果今日、大川牧師だけでなく、お兄さんも牧師、妹さんも牧師夫人となって教会の仕事に就いていらっしゃいます。
私もこのご兄弟3人に大変お世話になり、親しくさせていただいています。
大川牧師のキャッチコピー(?)は、
「マイナスは必ずプラスに変えられる」
です。
私も同じ信仰を持っています。


さて、「鶴の恩返し」じゃないですが、私たちはみんな数え切れないほどの多くの人たちのお世話になって今日の自分があります。
幼い頃は両親に、物心ついてからは学校の先生や友達などに、社会に出てからは会社の同僚や先輩、上司、仕事をとおして出会った人などから教えられ、育てられます。


ノーベル賞受賞者の使命は、次の世代の研究者を育てることだそうです。
私たちの多くはこのような大きな勲章はないでしょうが、しかし、多くの人々のお世話になってきたことに対して、さまざまなところで恩返しをする使命が与えられています。
このようにして社会は成り立っているのです。
「恩返し」というと大げさに聞こえるかもしれませんが、人は誰でもその一生のうちでその年齢に応じて、持ち場立場においてできる恩返しはたくさんあります。


恩を受けた人に直接返すという方法もありますが、そうでなく受けた恩をほかの人に返すという方法もあります。
これはまさに「ペイ・フォーワード」の精神です。
このような使命に生きていると、不思議なようにして次々と「マイナスはプラスに」変えられていき、結局は自分のところにまた祝福が戻ってきます。


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不可能を可能に

2010.11.02日

昨日の読売新聞夕刊8面の「本よみうり堂」に、『不可能は、可能になる』(古田貴之著)の書評が載っていました。
その一部を以下に抜粋します。
「『余命は8年。運が良くても一生車椅子だろう』。ロボット博士に憧れていた14歳の少年は、ある日突然歩けなくなり、医師から宣告を受けます。原因は、脊髄をウイルスに侵される難病でした。それから四半世紀―。奇跡的に回復を遂げた少年は、世界的なロボット研究者となります。
(中略)
本書は『不可能は、可能になる』という強い信念を貫き、難病と闘い、少年時代のいじめ、研究者人生の危機など、様々な困難を克服したロボット研究者の感動的な自伝であると同時に、『人生を切り開くためのヒント』に満ちた1冊にもなっています」


この書評を読んだだけでもう十分感動的です。
でも、興味ある人はぜひ本を読んでくださいね。


私はこの類(たぐい)の話が大好きです。
これほどドラマチックではないにしても、私自身も感動的な体験は数えきれないほどしてきています。
2003年8月6日に、ある志を立てて紙にそれを宣言し日付を記入しておきましたが、すでにその目標を達成しています。
7年前には不可能に思えたことですが、信じて行動したところ実現できました。


人類は古代から空を飛ぶ鳥を見て、自分も鳥のように大空を自由に飛びたいという願いを持っていました。
しかし、昔は人間が空を飛ぶなんて絵空事(えそらごと)でした。
今から500年少し前に、かのレオナルド・ダ・ヴィンチは今日のヘリコプターやハンググライダーのような飛行物体の原案をデザインしています。


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以来、数えきれないほど多くの人が「不可能を可能に」しようと思って、空を飛ぶことにチャレンジしてきました。
この夢を追い求めて、実験で自らの命を落としてきた人も大勢います。


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そして、今から約300年前、スイスの数学者・物理学者のベルヌーイが揚力を発見し(ベルヌーイの定理)、航空力学はここから大きく発展します。


ご存じ、ライト兄弟がエンジン付きの飛行機で初めて有人飛行をしたのは、ほんの100年ほど前(1903年)のこと。
この100年の間に航空力学は信じられないほどの発展を遂げ、今では人類は宇宙にまで行けるようになりました。


一昨日の10月31日、NHKのBS hiで「空飛ぶ人間」が放映され、そこでウィングスーツが紹介されていました。
10年少し前にスカイダイバーによって発明されたウィングスーツを身につけて、まるでムササビのように大空を自由に滑空しているのです。


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何と時速200キロから250キロのスピードで断崖絶壁を縫うようにして人が飛んでいるのです。
これは本当に驚きでした。


人は、何か目標を持つと、とてつもない力を発揮し、「不可能を可能に」してしまうのです。
明確な目標を持ち、信じて疑わずに目標に向かって努力し続けるなら、あなたも「不可能を可能に」することができます。


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打たないシュートは100%はずれる

2010.11.01日

日本にも根強いファンはいるのですが、一般的にアイスホッケーは日本人の間では少し馴染みが薄いようです。
でも、カナダではアイスホッケーは国技で、ものすごい人気です。
アメリカでも人気のスポーツで、小説 Love Story (邦題『ある愛の詩』)の中で主人公のオリバーがハーバード大学のアイスホッケーの選手です(「昔を懐かしむ」)。


カナダのアイスホッケー選手で、知らない人がいないという伝説的な人物がいます。
ニックネームは The Great One (すごいやつ)で、史上最も優れたホッケー選手と呼ばれ、現役引退後は3年間の待機期間を経ずに特例でホッケー殿堂入りしています。
彼の名はウェイン・グレツキー。
グレツキーの有名な言葉が、今日のブログタイトルの
「打たないシュートは100%はずれる」
(英語では、You miss 100% of the shots you never take.)
です。


グレツキーはこの精神でシュートを数え切れないほど打ち、そしてほかのどの選手よりもダントツにたくさん得点したのです。
得点王の彼の言う言葉ですから重みがあります。
言われてみればそのとおりで、シュートは打たなければ成功率は0%です。
しかし、たとえ無理と思われるような状況でも、打てばゴールする確立は1%でもあります。


これを私たちの人生に当てはめてみるとどうなるでしょうか。
何かことをするときに、私たちはよく迷います。
受験、就職、結婚、起業等など、人生の節目節目で。
いえ、このような大きな決断でなくても、毎日の生活の中で私たちは絶えず大小さまざまな決断をしています。
そして決断に迫られるとき、私たちはしばしば迷うのです。
失敗したときのことをつい考えてしまい、弱腰になってしまいます。
英検や漢検、数検を受験しようかどうしようか。
不合格になるのを恐れて受験しない人がたくさんいます。
しかし、受験しなければ100%合格しません。
受験すれば合格する可能性がたとえわずかでもあります。
今回も、かなり難しいと思われていたのに本番で最高の力を発揮して英検に合格した人が何人かいます(「英検合格者氏名発表」
まずはやってみることです。
「当たって砕けろ」と言うではありませんか。


人が後悔するのは、何かをやって失敗したからではなく、やりたいことややるべきことをしなかったからというのが一番多いそうです。
確かに失敗もするでしょう。
しかし、失敗を重ねていくうちにだんだん賢くなって、成功するようになるものです。
そもそも、失敗しない人なんてこの世にいません(「失敗したとき」)。
失敗から学んで成功するのです。
「下手な鉄砲打ちも数打ちゃ当たる」で、やってやってやりまくる。
そのうちに当たるようになります。
でも、「打たないシュートは100%はずれる」のです。


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