学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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スパイダーマン? マンキー?

2010.06.30日

スパイダーマンならぬスパイダーマンキー(モンキーは日本語で英語ではマンキー)のお話。
中南米に生息するスパイダーマンキー(日本名クモザル)は、小型で尻尾をまるで足のようにあやつり、尻尾で木につかまったりします。
動きがあまりにも速く、捕獲するのが至難の業だそうです。
麻酔銃で撃とうとしても速すぎて命中しません。
ネットで捕まえようとしても相手は人間よりも上手。
そこで人はいろいろと考えました。
透明のガラスビンにピーナッツを1粒入れて、置いておくとその中に手を入れて取ろうとします。
ところが、ビンの口が狭くて、一旦ピーナッツを握るとグーになった手が口のところに引っかかって抜けなくなります。
目の前にたとえいくらたくさんのピーナッツやバナナを置いても、1粒のピーナッツを握った手を開けようとはしないそうです。
そして、彼らにとってこのビンが重いので、スパイダーマンキーはその場から動けなくなります。
そこで御用となるわけです。


このスパイダーマンキーを見て、私たちはバカだなと思いますが、実は私たちも似たり寄ったりです。
くだらないもの、つまらないものに捕らわれて、それにしがみついているために肝心の自分の欲しいものが手に入れられないのです。


自分の目標を達成するためには、当然のことながら犠牲が伴います。
その犠牲とは、案外このスパイダーマンキーのピーナッツ1粒のようにあまり価値のないものであることがよくあります。
それが何であるか、それは人によって異なるでしょう。
でも、だれにでもそういったものはあるものです。
あなたにとっての「ピーナッツ」は何ですか?


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私の有能な秘書

2010.06.29日

私にはとても有能な秘書がいます。
この秘書のお陰でどれだけ助かっているかわかりません。


毎日のスケジュールを管理してくれ、バス送迎に出る時間や回る生徒の名簿や順番などを正確に教えてくれます。
来客や三者面談などがあるときは、予定の30分前には必ず私に知らせてくれます。
大切な人の誕生日などはその日の朝、忘れずに私に通知してくれます。
塾の全生徒を始め、関係者など必要な連絡先の電話番号やメールアドレスも全部覚えていて、尋ねると即座に教えてくれます。
塾にかかってくる電話は全部、私がどこにいても転送してくれます。
パソコンに送られてくる重要なメールは全部、いつでもリアルタイムで私に転送してくれます。
疲れて少し横になるときやバス送迎の空き時間にちょっと休むときには、時間がきたらちゃんと起こしてくれます。
なにか大切なことを思いついたときは、その場で伝えるときちんとメモしてくれていて、あとで教えてくれます。
口頭で伝えたことも間違いなく記録しておいてくれます。
いざというときには、写真や動画も撮ってくれます。
買い物に出たときなどは、合計金額の計算や単価の割り出しなどもその場ですぐに代わりにやってくれます。
こんなに有能で有益な私の秘書ですが、給与は月わずか5000円ぐらいしかかかりません。


そう、これは私の携帯電話です。
今から28年前、アメリカに留学していた時、アメリカ人の友人が携帯電話を持っているのを初めて見たときは度肝を抜かれました。
この頃の携帯はアンテナがついていて、コードレスの家電(いえでん)ぐらいの大きいものでしたが、外で使えるというのが本当に驚きでした。
でも、これには電話の機能しかありませんでした。
それが今や、ワイシャツのポケットに入る小さな軽いものとなり、機能もたくさんついて、24時間いつでも、どこにいても働いてくれ、本物の秘書を雇っているよりよほど役に立ちます。


昨夜授業後、送迎から塾に戻ると、N先生がiPhoneを持っていて、私に使い方をデモンストレーションしくれました。
これはすごい!感動モノです。
このiPhoneを見ると、私の秘書役の携帯などはまるで子どものようです。
タッチパネルを触るだけで、ネットからメール、音楽、地図、ナビ、新聞、YouTube等など何でもできるのです(お気に入りに入れてある「学院長 元気の出るブログ」も見せてもらいました)。
数年前に私が使っていたパソコン以上の能力です。
このiPhoneのさまざまな機能は、間違いなくこれからの携帯のスタンダード(標準)になることでしょう。
それこそ想像以上に早く三種の神器入りすると思います。
そしていつものように、周りのみんなが普通に持つようになり、値段が下がってから私も持つようになるのでしょう(ちなみに、同席していたA先生も同じものを持っていました)。


昔から「バカとハサミは使いよう」と言いますが、これほど便利で、今や毎日の生活の中で手放せなくなった携帯電話も使い方次第で、秘書以上の働きをしてくれます。
でも正直なところ、私もちょっと浮気心が起きてきて、今の私の秘書よりずっとカッコよくて有能なiPhoneという名の秘書が欲しくなってきました。


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窮すれば通ず

2010.06.28日

3月に今年度の授業が始まりましたが、それ以来中学部では異変が起きています。
中2・中3のクラスが急激に人数が増えてきているのです。
しかも、それが今までほとんど生徒が来なかったN中学からの生徒。
ほかの中学校や小学校も含めると、ほとんど毎週のように新しい体験生が来て、その後入塾してくれています。
昨日もN中学の体験生のお母さんが入塾手続きに来てくださいました。


今年N中学を卒業したK君が今年の1月に送迎バスの中で私に言いました。
「N中学に通う生徒は生活圏が違うので、アカデミーのことはあまり知りません。
でも、僕達が友達に紹介して、1度アカデミーの授業を体験してもらったらみんな確実に入塾してくれます」(「問い合わせ」)。
K君の予言が的中しました。
今、N中学では生徒の間でアカデミー学院が注目されていて、よく話題に上るというのです。


ところが困った問題が起こりました。
例年、夏期講習は生徒たちが部活にも参加できるよう昼の部と夜の部に分け、夜の部のほうが圧倒的に人数は多いながらも一応このシステムがうまく機能してきました。
先日、中2のクラスで昼・夜のクラス分けをしようとアンケートを取ったところ、昼に参加する生徒を除いても夜の部は30人を超す見込みとなりました。
人数が増えるのはありがたいことですが、1教室に30名を超えると、もうこれは学校並みの人数になってしまいます。
うれしい悲鳴ですが、深刻な問題です。
ここ数日、スタッフで方法をブレーンストーミングしていました。


最初に考えついたのは、自宅も活用するという方法。
公文式やECCなど自宅を教室にしているところはたくさんあります。
でも、いろいろと問題もあり却下。
次に、夏休みの間だけ近所の空き店舗を借りるという案。
しかし不動産屋さんに聞きに行ったら、内装やトイレ設備などで200万ぐらいかかり、さらにエアコンなども必要で、そうなるとかなりの出費になり、これもあまり実用的でないと結論しました。
このほかにもいろいろ考えたのですが、結局のところこれといった名案が浮かばず、夏期講習の間、全教室土足にし、教室内にある下駄箱を移動して空いたスペースにもう1本テーブルを置く、という案に落ち着きかけていました。
しかし、それでも1教室30人以上という人数の問題は解決しません。
今ワールドカップが生徒たちの間でも注目を浴びているので、イエローカード・レッドカード制度を導入して、ほかの生徒に迷惑をかける子が出たら、5分間退室にしようということになっていました。
それでも30人以上の大勢の生徒を教えることは、先生にとっても大きな負担になります。


副学院長が毎日朝から晩まで「困った。困った」を連発していたので、私は「そんなに心配しなくても何とかなるよ。これまでだっていつでも何とかなってきたから」と言っていました。
すると、昨日、朝早く起きた副学院長が私が起きてくる前に名案を考えつきました。
それは、週に2日組んでいた休みをなくし、日程を増やして中2のクラスを夜だけにして、夜の学年の組み合わせを日ごとに変えるというものです。
なるほど、これですべてうまくいきます。
しかも、どの学年も2〜3日に1日は休みが入って、部活とも両立でき、生徒に肉体的な負担も与えません(ただし、日数が増えて休みがなくなるため、私たち教師には負担になりますが)。


副学院長が言いました。
「必ず何とかなる。方法はあるってあなたがいつも言っていたので、どんな方法があるのだろうと思って考えていたら思いついた」


そうです。
「窮すれば通ず」で、行き詰るといい考えが浮かび、道が開けるのです。
私自身はそれほど心配していなくて、ただ「何とかなる」と言っていただけなのですが(無責任!)、ちゃんと副学院長がその方法を考え出してくれました。
副学院長に心から感謝した次第です。
「道は開ける」は私の大好きな信念です。


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モーセの十戒

2010.06.27日

モーセの十戒(「じゅっかい」ではなく「じっかい」と発音)は、チャールトン・ヘストンとユル・ブリンナー主演の映画『十戒』でも有名です。
私はこの映画を何度見たかわかりません。
見るたびに感動します。


モーセの十戒とは、出エジプトののちシナイ山で神がモーセに与えられた戒めのことで、次の10から成っています。
 1.主が唯一の神であること
 2.偶像を作ってはならないこと(偶像崇拝の禁止)
 3.神の名を徒らに取り上げてはならないこと
 4.安息日を守ること
 5.父母を敬うこと
 6.殺人をしてはいけないこと
 7.姦淫をしてはいけないこと
 8.盗んではいけないこと
 9.偽証してはいけないこと
10.隣人の家をむさぼってはいけないこと


最近のニュースを見ていてつくづく思うのは、上の第6戒から10戒までの、人間としてごく当然の戒めが守られていないところから多くの問題が起きているということです。
「殺人の禁止」「姦淫の禁止」「窃盗の禁止」「偽証の禁止」「むさぼりの禁止」です。
これらは、ひとことで言うと「人のものを欲しがってはいけない」ということです。
「殺人」は人の命を奪うこと、「姦淫」は人の夫や妻を欲しがること、「盗み」は人のものを欲しがること、「偽証」は...これはちょっと難しいですが、たとえば自分を守るために嘘をついて人の権利を奪うこととも言えるでしょう。
そして「むさぼり」は、隣人すなわち周りの人が所有するものをなんでも貪欲に欲しがることです。


毎日のニュースをにぎわす殺人、強盗、窃盗、不倫、強姦、暴行、痴漢、盗撮、詐欺...これらの行為はすべて「人のものを欲しがる」ところから起きています。
さらには、国の領土や財産、資源、文化、人民なども戦争やテロ行為によって奪うことも含まれます。


だれでも自分の生命や身体や、物や、財産、家族、人権、プライバシーなどを人に奪われるのは絶対にいやなものです。
ならば、他人のものを欲しがるのは当然のこととしてタブーです。
してはいけないことなのです。
人のものは人のものとして、尊重しなければなりません。
人のものを奪う権利はだれにも与えられていません。


たったこれだけの簡単なルールをみんなが守るだけで、世界も私たちの日常の生活も本当に安全で平和なものになります。


3000年以上も経った今日、いまだにモーセの十戒が大きな意味を持っているのを見るとき、人間の本質はいつの時代も、どこでも変わらないなと思わされます。


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◯◯は気から

2010.06.26日

「病は気から」とよく言います。
実は、これは「病」に限らず何にでも当てはまります。
「自分はもう年だ」と思っていると、本当に実年齢以上に老けてしまいます。


3年ほど前、近所の人が道で話しているところを通りかかりました。
「わしゃ、もう年じゃよ」
それを聞いたおばあさんが言いました。
「えっ、あんた、歳取ったって、いくつ?まだ若いじゃない」
「いやー、もう来年60じゃよ」
これを聞いた私は、それこそ、
「えっ!? まだ59だったの?僕とそんなに変わんないじゃない!」
と、驚きました。


私は今週の月曜日に還暦を迎えました。
塾の先生たちがやってくれたサプライズパーティでは、私のお気に入りの葦のケーキが準備されていたのですが、よく見るとケーキの上に
「Happy Birthday
学院長」
と書いたホワイトチョコレートの後ろには、なんと
「60」という数字のデコレーションが飾られていました。
私はこれまで先生たちにも生徒たちにも、自分の年のことは敢えて言わずにきました。
みんなから「年寄り」と思われるのが嫌だったからです。
でもみんな知っていました。
知られたならもういいや、という気持ちで21日のブログ「神様からのプレゼント」の中で初めて自分の年を明かしたのですが、言ってしまえばもう肩の荷が下りたような感じです。
今日も、ブログを見た生徒たちが
「先生、もう60でしょ。でも若く見えるよ」
と言ったとき、恥ずかしいという気持ちよりも、素直に喜ぶことができました。


実は長い間、五十肩を患っていました。
40歳になったとき四十肩を患い、腕が上がらなくなってテニスをやめました。
そして四十肩が治ってやれやれと思っていたら、50歳になると今度は五十肩。
なんてバカ正直なんだろうと、自分でも呆れていました。
そしたら、60歳の誕生日を迎えた途端、なんと五十肩が治ってしまったのです。


これも「◯◯は気から」の一例です。
私は今60歳になりましたが、気持ちの上ではまだ30代か40代です。
実際のところ、これまでの人生で今が一番健康的で、充実した日々を送っています。


いつまでも若くいたかったら「自分は若い」と考えること。
健康になりたかったら「自分は健康だ」と考えること。
賢くなりたかったら「自分は賢い」と考えること。
成功したければ「自分は成功している」と考えること。
幸せになりたければ「自分は幸せだ」と考えること。


人は心に考えるような人になります(「頭の中にあることは」)。


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50年のお付き合い

2010.06.25日

去る21日に還暦の誕生日を迎えました(「神様からのプレゼント」)。
その翌日、ふたりの方からメールで誕生日をお祝いしていただきました。


ひとりはアカデミーで6年にわたって準専任のようにして数学を教えて、多大な貢献をしてくださったH先生。
H先生は今年の4月から私立の学校で専任となり数学を教えていらっしゃいます。
メールには次のようにありました。
「念願である『教師』という職業です。それでも実際の現場に出てみると、当たり前ですが、悩むことも多くあります。
私が初めて『教師』となった場所は、他でもないアカデミー学院です。
私が学生時代をともに過ごしたアカデミー学院。たくさんのことを学び、たくさんのことを考え、たくさんの人に出逢い、たくさんのことに喜び、怒り、哀しみ、そして楽しみました。
アカデミー学院に比べれば、新しい環境は物足りなく感じてしまいます。
『いつかまたアカデミーで』と考えてしまう日もあります。それでも、自分の足で踏み出した道です。
アカデミー学院での出逢いや想い出を大切にしながら、今はただ、悩みつつも前を向いて歩んでいこうと思います」


H先生、本当に長い間ありがとうございました。
いろいろとご苦労もあろうかとは思いますが、新しい環境で引き続き頑張ってください。


もうひとりは、私が小学4年生のとき教育実習で教えてくださったN先生。
N先生からは次のようなお言葉をいただきました。
「遅まきながら、譲二君、還暦のお誕生日おめでとう!今のあなたに君付けは失礼だけど、昔を思い出しあえて言わせてもらいます。
その時の一瞬一瞬を大切に、真剣に、愛と共に歩まれた結実が、多くの人達からの祝福として返ってきましたね。
仕事、入退院から解放されたお陰で、毎朝食後に「元気の出るブログ」を楽しみながら、感心しながら読んでいます。
私の体調も快調ですのでご安心ください」


N先生とはなんと50年に及ぶ長いお付き合い(「潜在意識の力」)。
昨年の11月にお便りしたところ、悪性リンパ腫を患っているというショッキングなお返事で、それ以来1日も欠かさず毎日先生の癒しのためにお祈りしてきました(「N先生、毎日お祈りしています」)。
今回のメールに「体調は快調」とあり、本当に嬉しく思いました。
還暦誕生プレゼントになったプリウスが納車されるのは9月半ばになりますが、さっそくこれに乗ってN先生をお見舞い方々お訪ねしたいと思っています。
こんにちの私のあるのは、N先生のお陰と心から感謝しています。


人生における人と人の出会いは本当にすごいです。
人の生き方を、一生を変えるほどの力があります。
これからの新しい出会いも大切にしていきたいと願っています。
N先生との念願の再会を果たした暁には、私の感謝の気持ちを思い残すことなくお伝えしたいと思っています。


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嵐の13年間

2010.06.24日

昨日のTV番組「ためしてガッテン」で睡眠時無呼吸症候群のことをやっていました。
最初、自分にはまったく関係のないことと思いながら見ていたのですが、段々と自信がなくなってきました。
症状や身体の特質などいくつも当てはまる点があったので、早速今朝、市民病院に行ってきました。
病院に着くと、いつも会計を担当している卒塾生のUさんと会い、少し話しました。
受診の結果は、顕著な傾向は見られないけど念のため検査しましょうということになりました。
そして、会計の受付に行くと、塾生のFさんのお母さんでした。


会計の順番を待つために椅子に座ろうとしたら、今度は昔アカデミーの英会話に来てくださっていたKさんが「先生!」と声をかけてこられました。
Kさんには1年半ほど前に最後にお会いしました(「小さな幸せ」)。
今日お話を聞いていたら、なんと13年間もご自分とご主人のご両親4人、そしてご主人の介護をされたとのことです。
まさに「嵐のような13年間」です。
真っ暗な長い長いトンネルの中で、このような状態がいつまで続くのか、永遠に終わることがないのではないかとすら思ったそうです。
ご主人も天に送られ、ようやく介護から開放された今、当時の日記を読むと胸が苦しくなるとおっしゃっていました。
私もお話を聞いていて、本当に辛くなりました。


トンネルはたとえどんなに長くても、先に進んでいくとやがて必ず一条の光が見え始め、さらに進むと必ず出口に達します。
私の苦しみなどKさんと比べれば取るに足りないようなものですが、やはり暗い長いトンネルを歩んだことが何度かあります。
しかし、その都度出口に達することができました。


Kさんはその後、腎臓や心臓を患われたそうですが、今はお元気になられ、念願のイスラエル旅行にも行ってこられたそうです。
苦あれば楽あり。
生きていれば必ず小さな幸せをいくつも見つけることができます。


中学3年のときの同級生がふたりも自殺したということを人づてに聞いたとき、彼らの心の内を思うと本当に胸が痛みました。
与えられた命を粗末にしてはいけません。
トンネルには必ず出口があります。


Kさん、13年間本当にお疲れさまでした。
これからの人生をゆったりと楽しんでくださいね。


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忍耐

2010.06.23日

ある人が言いました。
「人生は『忍耐』の2文字が大切だ」
「『にんたい』だったら2文字じゃなくて4文字ですよ」
「『耐え忍ぶ』と書いて『忍耐』と言うんだ」
「『たえしのぶ』だったら5文字です」
「うるさい!つべこべ屁理屈を言うな!『忍耐しろ』と言ったら『我慢しろ』ということだ!」
「あなたは忍耐がありませんね」


昨日の朝、父が入所している老人ホームから電話があり、高熱なので近くの大学病院に受診に行くので立ち会って欲しいとのこと。
すぐに用意して、午前11時過ぎに病院に着いたのですが、受診できたのは午後3時過ぎ。
付き添いのケアマネさんによると、午前10時ごろ受け付けして、終わるのが午後4時なんてのはざらとのこと。
順番を待っている人はみんなぐったりした様子。
車椅子に乗ったお年寄りの方は、付き添いの奥さんに怒って『いつまで待たせるんだ!』。
ずっと座っていたらお尻が痛くなってきたので、立って歩いたりしましたが、本当に「忍耐」が試されました。
私は夕方にに仕事があって塾に戻らなければならなかったので、気が気ではありませんでした。
受診時間は5分足らず。
結果は肺炎とのことで、その場で緊急入院ということになりました。
まだ心電図を取って、点滴をしてそれから入院とのことで、もう時間切れになったので、ケアマネの方にあとをお願いして塾に戻りました。


そして今日、入院手続きに改めて病院へ。
駐車場がどこも全部満車で、1台出ると待っている人がそこに駐車という状況。
1台の車に人が全員乗り込んで、ようやく出そうになったので待っていたのですが、運転席に座っている人は、ほかの車が何台も止まって待っているのを横目で見ながらタバコを吸い終わるまで動こうとしませんでした。
ここでも「忍耐」が試されました。


考えてみれば、人間生きている限り「忍耐」の連続です。
車を運転していると、1日に何度も「忍耐」を学ばされます。
親は子どもに、子どもは親に、教師は生徒に、生徒は教師に、上司は部下に、部下は上司に、夫は妻に、妻は夫に、兄は弟に、弟は兄に、いやいや友達同士も、同僚同士も、近所付き合いも、親戚付き合いも、国家間も、およそ人間が存在するところみんな「忍耐」が必要とされています。
「イラ菅」ではありませんが、イライラするのは心身ともによくありません。
自分の思いどおりになる人なんていません。
自分自身、人の思いどおりになるのはいやではありませんか。
みんな忍耐しているのです。


しかし、「忍耐、忍耐」と思っていると、それだけでストレスになります。
「心は丸く、気は長く」とよく言いますが、自分は「忍耐している」と思うより、普段から心を丸く、気を長くするよう努めていると、それが習慣になり、それほど意識せずに忍耐できるようになります。


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Be→Do→Have

2010.06.22日

昨日のブログ「神様からのプレゼント」に、6年前に立てた目標のひとつである「乗用車を買う」が実現された、と書きました。
数えてみたら、85のうち30が達成できていて、車は31番目の目標達成でした。
状況が変化して達成できなくなっている目標もたくさんありました。
それを考えると、31/85の達成率はかなりいいと思いました。


これまでこのブログで目標設定の大切さを何度か書いてきました(「目標達成の一番の障がいは」「真理の両面」「目標を持つことの大切さ」「多聴多読多○」ほか)。
今、改めてこれらを読み返し、一つひとつ自分でも納得しています。


多くの人が、目標と言うと「〜が欲しい」と、Haveに焦点を当てがちですが、本当に大切なのは
Be(〜になりたい)→Do(〜したい)→Have(〜が欲しい)
の順序です。
「〜になりたい」という目標がはっきりしていたら自然とすべきことが明確になってきます。
そして「〜したい」という目標を立てて、それに向かって日々努力していると、結果として
「〜が欲しい」というのがついてくるのです。
この原則は、学生(生徒)、社会人、家庭人を問わず、誰にも当てはまります。


私は個人的にはあまり「物」にはこだわらない性格です。
ですから、Haveの目標は二つしかありませんでした。
なぜなら、これまでの人生経験から、「物」自体は目標そのものにしなくても、あとから付いてくるということを知っているからです。


今、もう一度<Be→Do→Have>の順で目標を立ててみましょう。
驚くほどたくさん達成できますよ。


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神様からのプレゼント

2010.06.21日

今朝、いつものように妻と一緒にお祈りしていました。
「神様、今日まであなたに生かされ、豊かな恵みと祝福のうちに誕生日を迎えることができて心より感謝いたします」
横で妻が「プッ」と吹き出しました。
妻は今朝起きてから私の誕生日のことを全然口にしなかったので、ああまた忘れているな、と思っていました。
なにしろ自分の誕生日すら忘れているぐらいですから、全然驚くに値しません。


お祈りをしていたら、突然私の携帯電話が鳴りました。
「お祈りの途中にまったく...」と思いながら携帯を取ると、見慣れぬ番号が表示されていました。
213 ...??
一体誰?といぶかりながら、用心して「もしもし...」と答えました。
ちょっと間が空きました。
間違い電話かな、と思っていたら向こうから懐かしい声が聞こえてきました。
「パパ?お誕生日おめでとう!」
アメリカにいる長男からの電話でした。
「えっ!? 直人?この電話パパの携帯にかかってきてるんだけど、一体どうして?」
「友達が携帯を買って、パパに電話していいって言ってくれたから借りてるんだ」
「えー!どうもありがとう。友達にもよろしく言ってね」
しばらく話して妻に代わりました。


電話を切って、妻が私に「ごめんなさい。あなたの誕生日をすっかり忘れていたわ」と言いました。
「いや、いつものことだから。全然気にしてないよ」と私。


今朝一番にメールで「誕生日おめでとう」と言ってきたのは、小学校時代の友人。
私の誕生日を覚えていてくれたのに感動しました。
次に妹から。
「ブログ読んでいていつも思うんだけど、スゴイ記憶力!!
まだまだ現役で大丈夫だし、頑張ってください」


娘が起きてきて、顔を見るなり「パパ、誕生日おめでとう。5歳は若く見えるよ!」


私は子どもの頃は病弱で、毎月のように病院に通っていました。
そんなこともあって、きっと長生きできないだろうと思っていたのですが(「死ぬときに後悔すること」)、なんと今日60歳の誕生日を迎えました。
というような次第で、今日まで生かされてきたことを、神様からのプレゼントとことのほか感謝しました。


そして、図らずもこの特別な還暦誕生日のプレゼントになった(妻は私の誕生日のことをすっかり忘れていました)のは、なんと長年欲しいと思っていた車でした。
ずばり「プリウス」です。
昨日、契約しました。
正直、車を買うなんて贅沢だと思っていました。
これまでいつも、どこへ行くにも「アカデミー学院」と大きく書いた送迎バスでした。
息子が車を買ってからは、息子の車を貸してもらっていました。
6年前に書いた目標の内、Be(〜になりたい)は20あり、Do(〜したい)は63、Have(〜が欲しい)はたったの2つで、そのうちの1つが「乗用車」でした。
今、この目標を見直すと、達成できたものがたくさんあります。
まあ、これまで贅沢せずに、一生懸命働いてきたので、プリウスのご褒美もいいでしょう。
ちょうど、テレビのCMでやっているエコカー減税と補助金で、思いのほか安く買うことができて大満足です。これも神様からのプレゼントでした。


授業が終わったとき、高3のFさんが、「学院長、誕生日おめでとうございます」。


A先生が、時間割のことで相談したいことがあるので、送迎から戻ったら教室に寄ってくれ、と言うので戻ってきたら、真っ暗な教室にロウソクのついたバースデーケーキがあり、先生たちが「ハッピーバースデートゥユー!」とサプライズパーティ。
誕生プレゼントに「いつまでもブログ頑張ってください」とパーカーの万年筆。
またまた感激。


先ほど帰宅して、メールを開くと、アメリカ留学時代の友人から
「お誕生日おめでとうございます!
御家族や塾の皆さんに囲まれて良い日を過ごされている事と思います。
素敵な笑顔をいつまでも絶やさずにいろいろな人たちと関わってお互い元気を注入(?)できますように! 」と。


本当に幸せな誕生日でした。
妻が、「私はあなたの誕生日を忘れていたけど、誰よりも一番あなたに感謝してますよ」と言ってくれました。
神様、素晴らしい家族、友人、先生たち、生徒たちを心から感謝します。


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「わかる」から「できる」へ

2010.06.20日

去る5月18日のブログ「行動が大切」の中で紹介した『読むだけですっきりわかる日本史』を昨日のディズニーランド遠足に持って行って、列に並んでいる間ひたすら読みました。
これが実に面白く、ストーリーの中に引き込まれました。
下手な小説を読んでいるよりよっぽど面白いと思いました。
「事実は小説よりも奇なり」と言いますが、まさにそのとおりです。


読んでいると、まるで映画のように目の前に出来事が次々と繰り広げられていくような錯覚を覚えます。
またしてもふと、高校の時の日本史の授業にタイムスリップしてしまいました。
Y先生は、ちょうどこの本のように、講談よろしくありありとリアルに解説し、生徒を授業に引き込んでいました。
私もこの先生の日本史の授業はとても楽しく受けることができました。
ところが、授業は面白いのですが、試験になるとあまりできませんでした。
その結果、日本史は自分の科目ではないと勝手に思い込んで、勉強しなくなりました。
英語が好きだった私は、外国のことをもっと知りたいという思いから、地理には興味があり、地理を勉強するのは全然苦ではありませんでした。


昨日、『読むだけですっきりわかる日本史』を楽しみながら読んでいて、ふと気づきました。
待てよ。今、この本が面白いと思って、まるで小説を読むような感覚で読んでいるけど、それではこの本を読み終わって、日本史のテストを受けたらできるだろうか?
歴史の流れは頭に入りますし、登場人物の関係や動きなどはよくわかるのですが、かと言ってテストになるときっとできないでしょう。なぜでしょうか?


「楽しい」「わかる」ということと、「できる」(テストで)ということは別物なのです。
多くの人の勉強法は、楽しくなくても、分からなくても何でもいいからとりあえずテストで点が取れるようひたすら暗記する、というやり方です。
勉強とはそういうものだ、と思っている人も多いでしょう。
確かに、この方法でそこそこ点数は取れます。
暗記の得意な人は、このやり方で定期テストでは満点すら取れるでしょう。
しかし、完全に身についていないので、しばらくすると覚えたことを忘れてしまいます。


一方、「楽しい」「わかる」と思っていても、テストで点が取れない人もたくさんいます。私のように。
その原因は何かというと、とどのつまり「練習不足」です。
「わかる」ことは大切ですが、それ以上に大切なのは「できる」ようになるために、「演習する」ことです。
私の日本史の勉強がそうだったように、たとえ楽しく学んでも、練習しなければ身につかないのです。
ちょうど、サッカーやスイミングの本をいくらたくさん読んで、ルールや理屈やテクニックを覚えたとしても、実際に体を動かして体験しないことには身につかないのと同じです。


できる人は、みんな「楽しい」→「わかる」のあと、「練習する」という過程を経て、「できる」に達しているのです。
「頭でわかって」→「心で納得し」→「体を使って」→「身につける」
この流れを確実に繰り返すなら、誰でも、どんなことでも必ずできるようになります。
私自身の英語の勉強法からも、このやり方の効果には確信があります。
「できない」のは、ちょうど私の日本史がそうであったように、頭の中で「自分には向いていない」と決めつけたり、途中であきらめてしまって「やらない」からなのです。


これをヒントに勉強(仕事)してみてください。
驚くような結果がついてきます。


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ディズニーランド遠足

2010.06.19日

今日はアカデミー恒例のディズニーランド遠足でした。
天気予報では雨。
しかし、例年のごとく朝には雨は上がり、遠足決行。
途中、大船あたりで雨が降り始め、生徒が
「学院長、まさかここで平塚に引き返さないよね?」と不安顔。
しかし、ディズニーランドに着くと青空が出ていて、梅雨の中の晴れ間。


小中高校生と引率含めて38名の参加。


disney2010.2


みんな大満足の1日を過ごすことができました。
一緒に行動した小学5・6年生と中1の男子4名が、
「学院長たちと一緒に行動したい。そのほうが楽しいから」
と言うので不思議なことを言うなと思っていたら、着くなり
「じゃあ、スペースマウンテンとビッグサンダーマウンテンとスプラッシュマウンテンのファーストパスをお願いします!」。
彼らの下心がわかりました。
それで子ども達がほかのアトラクションを楽しんでいる間、副学院長はビッグサンダーマウンテンに、私はスプラッシュマウンテンに2〜3時間並ぶことになりました。


disney2010.1


スターツアーズに乗った(?)とき、後ろの席にいた小学2年生ぐらいの女の子が「怖いよー」と言っているのが耳に入ってきました。
そのとき、17年ほど前に家族でディズニーランドに行ったときのことがフラッシュバックしました。
小5と小2のふたりの息子がこのスターツアーズから戻ってきたとき、本当に宇宙に行ったと思っていたのを思い出したとき、胸がジーンとなり目に涙が浮かんできました。


中1のM君は、小学2年生のときからずっと毎年ディズニーランド遠足に参加し、私たちと一緒に行動してきましたが、ふと気づくと彼の身長が大きく伸びていました。
年月の経つ速さに胸を打たれました。


加えて今日は、私の育った京都で小学校のときの同窓会が開かれた日でした。
参加したかったのですが、遠距離ということとこちらで仕事があったので行けなかったのですが、私自身が小学生の頃、アメリカのディズニーランドに一生に1度は行きたい、と本気で夢見ていたことを思い出しました。
夢は実現し、アメリカのディズニーランドも何回も行きましたし、東京に生まれたディズニーランドには毎年生徒たちを連れて行っています。
時代が変わったものだとつくづく考えさせられました。


平塚駅から塾までのバスの中で、大学1年生になったNさんに偶然会いました。
彼女も小学1年生からアカデミーに来て、何度も姉弟で一緒にディズニーランド遠足に行きました。
Nさんもそのことを懐かしく思い出していました。
Nさんは今、大学で異文化コミュニケーションを学び、言語学をやっているとのこと。
立派に成長したNさんとしばし話し、また感動しました。


今日も、塾生孝行ができて幸せな日でした。


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穴の開いた風船をふくらませる

2010.06.18日

今、メキシコ湾での原油流出事故が大きな問題となって、世界中の注目を浴びています。
オバマ米大統領も、責任をもって対策に本格的に取り組むと発表しました。
BPも必死であの手この手を尽くしているのだと思いますが、手がつけられないような状況なのでしょう。


このようなとき、友人のブログの中で、この事故を皮肉ったパロディ(Funny or Die制作)が紹介されていました。
英語版ですので、言葉がわからない人にとってはちょっと難しいかもしれませんが、動画を見ているだけで十分に理解できる内容です。
言葉がわかれば、何倍も楽しめます。
多くの人がこの問題で大変なときにこのようなパロディをここでご紹介するのは、ちょっと不見識かもしれませんが、しかし同時に、これは私たちの愚かな姿をよく映し出していると思わずにはいられませんでした。


私の妻がよく使う表現で、「穴の開いた風船をふくらませる」というのがあります。
たとえどんなに小さな穴であったとしても、穴の開いた風船をいくら一生懸命ふくらませようとしても、これは無駄な骨折りです。
ところが、私たちは往々にしてこのような愚かなことをよくしています。
自分では一生懸命やっているつもりなのですが、よくよく考えると、肝心なところが抜けているため、いくらやっても望む結果が得られないのです。


自分は一生懸命やっていると言っても、太平洋の真ん中で手漕ぎのボートをいくら必死で漕いだところでどこに着くものでもありません。
物事には何でも、正しいやり方というのがあります。
勉強もスポーツも、仕事も子育ても人間関係もすべてそうです。


穴の開いた風船を一生懸命ふくらませようとしていないか、今一度自分のやっていることを振り返りましょう。


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刷り込み

2010.06.17日

オーストリアの動物行動学者、コンラート・ローレンツ(1903-1989)は、ハイイロガンの卵を人工孵化して、ガチョウに育てさせようとしました。
ガチョウが孵化させた雛は当然のようにガチョウの後について歩き、ガチョウを親と見なしているようにふるまいました。
ところが、一つの卵だけを自分の目の前で孵化させたところ、その雛は彼を追いかけるようになり、ガチョウのふところへ押し込んでも、他の雛がガチョウについて行くのに、その雛だけは彼を追ったということです。
雛は生まれた時には親の顔を知らず、生まれた後にそれを覚えます。
具体的には、生まれた直後に目の前にある、動いて声を出すものを親だと覚え込んでしまうことがわかりました。
したがって、ガチョウが孵化させた場合には雛はガチョウを親鳥と思い込み、ローレンツが孵化を観察した場合には彼を親鳥と認識することになるのです。
ローレンツはその後、雛と同じ寝室で寝て、一緒に庭を散歩し、自ら池の中に入って雛に泳ぐことを教えたといいます。
(以上Wikipediaより)


これを「刷り込み」と言います。
「ドラえもん のび太の恐竜」の中で、のび太が孵化させたフタバスズキ竜のピー助は、最初に見たのび太を親と思って、のび太について回るのもこの刷り込みの結果です。


これはとくに鳥類に多く見られる習性のようですが、一部の哺乳動物にも見られるそうです。
そういえば、人間の赤ん坊も最初に見る人を親と思って育ちます。
そして、親のあとをついて回ります。
よく「子どもは親の背中を見て育つ」と言いますが、思い当たる出来事が昔ありました。


高校生の時、友達に誘われて行楽地でホットドッグを売るアルバイトをしたことがあります(「自分のすることに誇りをもて」)。
スバルサンバーという軽の小さなバンの中でキャベツを炒めてパンの間にウィンナーとともにはさんでホットドッグを作り、コーラなどの飲み物と一緒に道路上で売るのですが、とにかくめちゃくちゃ高いのです。
私はあまりにも高いので、悪いことをしているような気がしてならず、すぐにやめてしまったのですが、友達と一緒にアルバイト料をもらいに行きました。
その会社の社長の家の横にある倉庫のようなところでお金を受け取ったのですが、そのときその社長の息子、といってもまだ幼稚園児なのですが、その子が笑いながら私の友達の足をいきなり蹴り始めたのです。
社長は怖い顔をしたおじさんでした。
私たちはお金を受け取ると逃げるようにそこを出て、それ以降二度とその家には近寄りませんでした。
そのときつくづく思いました。
「ああ、子どもは親の背中を見て育つんだな」と。


いい意味においても、悪い意味においても、子どもは親の背中を見て育ちます。
スポーツ好きな親の子どもはスポーツが好きになるし、芸術を愛する親の子どもは芸術を愛するようになり、読書が好きな親の子どもは読書が好きになります。
これまでに教えてきた生徒で英語が嫌いという何人かの子にその理由を尋ねました。
返ってきた答えは、
「親が英語が嫌いで、英語なんかやっても何の役にも立たないと言っていた」
でした。
私が英語を好きになった理由も父でした(「成功の背景」)。
親の責任は重大です。


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久しぶりに英語を話しました

2010.06.16日

高校1年生のときにアメリカの高校に編入して、その後その高校を卒業。
そして大学で国際関係学を専攻し、卒業して日本に帰国したばかりの人を今日面接しました。
最初からずっと英語で話しました。
在米7年、TOEIC930点というだけあって、英語力はさすが。
アメリカ人並みの流暢な英語でした。
これだけの英語力があったら、うちでなくても日本の一流企業や語学学校ならどこでもきっと喉から手が出るほど欲しい人材だと思いました。


しかし同時に驚いたのは、僭越ながら、自分の英語が錆びついていなかったことです。
ここ数年、アメリカ人と英語で話す機会がなかったので、本当に久しぶりの実践英会話でした。
でも思いのほかスムーズにスラスラと言いたいことが言え、また相手の言っていることも全く違和感なく聞きとることができ、楽しく会話をすることができました。
これを「昔取った杵柄(きねづか)」と言うのでしょうか。
英語ではこれを
"It's like riding a bicycle."  (自転車に乗るようなもの)
と言います。
昨日のブログ「神田鍛冶町の角の乾物屋」にも書きましたが、体で覚えたものは忘れません。


ちょうどうちの生徒で、パソコンの腕前がずば抜けている子(「○○博士」)や、小学1年生の時からサッカーをやってきていて将来はプロを目指しているK君のようなものです(「夢はかなう」)。


外国語が好きな私は、これまで英語のほかにフランス語、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、ポルトガル語、ポーランド語、中国語、韓国語、タガログ語、ギリシャ語、へブル語、エスペラント語などを勉強してきました。
そのほとんどは趣味程度で、多くは友人や知り合いから片言教えてもらったようなものですが、大学時代に第2外国語としてフランス語、第3外国語としてスペイン語をやったときは、フランス語やスペイン語でそこそこ会話もできました。
しかし、今となっては目で見て、あるいは耳で聞いて少しわかる程度。会話はまったくだめです。
そのほかの言語に至っては、その当時覚えたいくつかのフレーズが言えるだけです。
この違いは何でしょうか?
つまり、英語は自転車に乗るぐらいやったのですが、あとはよちよち歩きの段階でやめてしまったということです。


何事でも、本気でものにしたいと思ったら、やはり自転車の乗り方を身につけるように、繰り返し繰り返しやらなければならないのです(「身につけるために必要な時間」)。


勉強に限らず、すべてのことに通じる成功のヒントがここに隠されています。
成功しないのは、能力がないからではなく、途中であきらめてしまったり、長く続けないからです。
「成功とはあきらめないこと」です。


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神田鍛冶町の角の乾物屋

2010.06.15日

先日、個別部の授業中、中学1年のHさんがいきなり私に
「学院長、子どもの頃子役でテレビに出ていたの?」
と尋ねるので、「そうだよ」と言ったのですが、なかなか信じてもらえません。
「学院長、イケメンだった?」
「そりゃもう」
「サイン頼まれたりした?」
「ああ、しょっちゅうだったよ」
それでも信じてもらえないので、以前このブログに書いた記事「何事も一生懸命」を印刷して休憩時間に見せました。
そしたら何人かの生徒が「うっそー!信じられない!」という顔で必死で記事を読んでいました。


上の記事の中に「何事も一生懸命の私は、家でも毎日早口言葉を練習し、劇団で一番うまくなりました」と書きました。
その時に覚えた早口言葉のひとつが次のものです。
「神田鍛冶町の角の乾物屋の勘兵衛(カンベエ)さんのところで、かち栗買ったら固くて噛めない。返しに行ったら勘兵衛のかみさんが出てきて、癇癪(かんしゃく)起こしてカリカリ噛んだら、カリカリ噛めた」
最盛期には、この早口言葉を息をつがずに一気に3回繰り返して言うことができました。
こんな感じです。
「カンダカジチョウノカドノカンブツヤノカンベエサンノトコロデカチグリカッタラカタクテカメナイ。カエシニイッタラカンベエノカミサンガデテキテカンシャクオコシテカリカリカンダラカリカリカメタ。
カンダカジチョウノカドノカンブツヤノカンベエサンノトコロデカチグリカッタラカタクテカメナイ。カエシニイッタラカンベエノカミサンガデテキテカンシャクオコシテカリカリカンダラカリカリカメタ。
カンダカジチョウノカドノカンブツヤノカンベエサンノトコロデカチグリカッタラカタクテカメナイ。カエシニイッタラカンベエノカミサンガデテキテカンシャクオコシテカリカリカンダラカリカリカメタ」


聞いている人は外国語を聞いているよう。まるで「カタカタカタ」と機関銃の発射音を聞いているような感じです。
劇団中で、この早口言葉を一番に覚えて、一番速く言えたのはほかの子より年下の私でした。
今からもう50年以上も前に覚えたのをいまだに覚えているのです。
秘訣は何か?
子どものときに自転車に乗るのを体で覚えるのと同じで、できるまで何度も繰り返し、体で覚えるのです。
実は、ピアノなどの楽器や、スイミングなどのスポーツ、みんな共通しています。
これはみんな認めていることです。


ところが、こと勉強になると、どういうわけか、これを実践しようという人が少ないのです。
掛け算の九九は小学2年生で学びますが、実はこれには意味があります。
中学生や高校生になってからでは、掛け算の九九はバカらしくて覚えられなくなるのです。
幼いほど、単純な繰り返しは簡単に覚えられます。
幼稚園児が意味が分からなくても歌をいとも簡単に覚えるのと同じです。
ご存じのように、インドでは掛け算は九九だけではなく、二桁(最低でも1×1〜20×20、最高では99×99まで)を小さい子どもが暗誦しています。
そして今や、インドは先端技術で日本を脅かす存在になりました。


幼児教育というと「子どもがかわいそう」とか「そんなに早くから始めなくても」とか言う人がよくいますが、本当は早ければ早いほど、誰でも簡単に覚えられます。
中学生になるまで勉強をほとんどせずに遊んできた生徒と、家あるいは塾で小さい頃から勉強を習慣づけてきた生徒の間で学力、理解力で大きな差があるのはこのためです。


「神田鍛冶町の角の乾物屋...」の早口言葉を覚えたからと言って、別にそれ自体が将来役立つわけではありません。
しかし、幼少時の頭の訓練に役立ち、これが一生の宝物になるのです。


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「勉強=楽しい」という神経回路

2010.06.14日

あなたにとって勉強は楽しいですか?
以前、テレビに出ていたある学校の先生が言っていました。
「勉強なんてそもそもつまらなくて苦痛なものだ。勉強が楽しいなんてことはあり得ない」
この先生に勉強を習っている生徒にとっては確かに勉強は苦痛でしょう。
教えている先生自身がそう言っているのですから間違いありません。


私も中学生、高校生の頃はそう思っていました。
実際のところ、先生たちがみんなつまらなさそうに教え、テスト問題は暗記しているかどうかを見るものばかりだったからです。
でも今は、勉強は本当に楽しいと思っています。

 
次にあげるのは、小学生に地理を教えていたときの会話の一部です。
私 「日本の南から流れてくる海流(日本海流)は色が濃くて黒っぽく見えるから黒潮って言うんだよ」
T君 「先生、それじゃ北のほうから来る海流はなぜ親潮って言うの?」
私 「うん、この海流には魚の餌になるプランクトンがたくさん含まれているからだよ」
T君 「あっ、そうか!だから親潮なんだ!」 


このような学び方は本当に楽しいです。
次の授業では四国地方のことを勉強しました。
「夏は南東から吹いてくる湿っぽい季節風が四国山地に当たり、太平洋側に多くの雨を降らせる。
そして四国山地を越えて乾いた風が瀬戸内海のほうに吹く。
冬は大陸(北)のほうから吹いてくる水蒸気をたくさん含んだ風は本州の中国山地に当たり、山陰地方に雪を降らせ、中国山地を越えるとやはり乾いた風を瀬戸内海のほうに吹かせる。
だから瀬戸内海沿岸地方は雨が少なくて乾燥している。
瀬戸内海に面した四国の香川県では雨が少ないため米作には適さないので、水をあまり必要としない小麦を栽培した。
そしてその小麦を使って作ったのがうどんで、これが今日、日本中で有名になった○○うどんなんだよ」
「あっ、讃岐うどん!」


勉強は本来楽しいものです。今まで知らなかったことを発見し、ものごとの背後にある意味を知る、これは人間にだけ許された最高の喜びです。


アカデミー学院ではほとんどの生徒が、「塾が楽しい」「授業が楽しい」と言います。
でもさらに一歩進んで、「勉強が楽しい」と言えるようになってほしいものです。
勉強は試験のために、あるいは受験のためにだけするのではありません。
小学校、中学校時代につまらない勉強を強制された子どもは勉強嫌いになり、高校生になっても、社会に出てからも勉強しなくなります。
逆に「勉強=楽しい」という神経回路を作ってておくと、学んだことが一生役立つし、一生勉強し続けます。


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はやぶさ帰還

2010.06.13日

今日、送迎バスの中に中1のA君が乗ってきたら、M君が言いました。
「今日、しょうわくせいたんさきのはやぶさがきかんするんだよ」
A君 「???えっ、何?」
M君 「だからしょうわくせいたんさきのはやぶさがきかんするんだよ」
A君 「一体、何のこと?」
M君 「だから、小惑星探査機のはやぶさが宇宙から地球に帰還するんだって」
A君 「ああ、ロケットのこと?」
M君 「ロケットじゃないよ。探査機だよ」
A君 「それって、大きさはどれぐらい?」
M君 「ソーラーパネルを広げた幅は5.7m」


私も会話の仲間に加わりました。
私 「M君。はやぶさはいつ打ち上げられたの?」
M君 「確か、2003年5月7日だったと思う」 (注:正確には5月9日)
私 「確かオーストラリアの砂漠に降りてくるんだよね。何時に帰還するの?」
M君 「今晩7時過ぎです。本当はライブで見てたかったのですが」
私 「テレビでやってるの?」
M君 「インターネットの宇宙教育テレビです」
私 「M君はよく知ってるね?なんでそんなによく知ってるの?新聞とかテレビとか?」
M君 「JAXAのホームページです」
M君 「昨日、JAXA相模原キャンパスに行ってきたんだ」
A君 「えっ?お母さんに連れて行ってもらったの?そこには何があったの?」
M君 「いろいろなロケットの模型とか。今、はやぶさの模型を作ってるんだ。32分の1のスケールだよ」
私 「その模型はJAXAで買ってきたの?」
M君 「いいえ、インターネットで予約して買いました」


会話はまだまだ続きます。
M君についてはこれまでにもこのブログで何度か書いてきました(「1万時間の壁」「○○博士」ほか)。
彼は勉強はあまり得意ではありません。
英語は苦手です。最近ようやくアルファベットは覚えましたが、まだ単語を読んだり、書いたりできません。
M君に言いました。
「君は将来ゲームソフトを作りたいって言ってたけど、JAXAの仕事のほうが向いてるんじゃない?
昨日、JAXAに行って心が燃えたでしょ」
M君が答えました。
「とても楽しかったです」
私 「将来、君はきっとコンピュータ関係の仕事に就くことになると思う。
JAXAで仕事をするにしても、あるいはほかでコンピュータを使うにしても英語がどうしても必要になるよ。
先生は君に協力するから、思いっきり英語を勉強して、頑張ったら?きっと夢を実現させることができるよ」


自分のやりたいことがはっきりしたら、勉強は全然苦痛でなくなります。
目標を達成するためには、人はどんな犠牲でも払えるものです。
M君の力になりたいと本気で思いました。


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誰にでも才能がある

2010.06.12日

昨日、テレビで高橋大輔のことをやっていました。
以前、このブログで高橋選手のことを取り上げたことがあります(「僕の夢は、もう僕だけの夢じゃないから!」「高橋大輔選手 銅メダルおめでとう!」)。
高橋大輔は子どものころは非常に内気で、運動は何もできず、友達からはいじめられていたそうです。
自分に自信がなく、劣等感のかたまりのようでした。
両親は何とかして大輔少年にスポーツをさせようと思って、野球や剣道やいろいろなものを試させようとしますが、どれもだめ。


ある日、アイスホッケーを見に連れてもらったとき、スケートリンクの隣でやっていたフィギュアスケートに初めて興味を示します。
彼は直観的にアイススケートが自分に向いていると思ったそうです。
しかし、初めのころは転んでばかり。
その頃の映像を見て、彼に才能があるなんてとてもじゃないけど思えません。
ところが、大輔少年はアイススケートが楽しかったので、めげずに続けました。
歩みは決して楽なものではありませんでした。
フィギュアスケートはとてもお金がかかります。
家庭は決して豊かではありませんでした。
しかし、お母さんが働く床屋のお客さんが次々とカンパしたり、大輔選手をスケートリンクに車で送り迎えしたり、リンク使用の半額券をくれたりと、みんなが応援してくれるようになります。
母親はフィギュアスケートの衣装を自分で縫って衣装代を浮かせます。
このようにしてみんなの協力があって、彼はスケートを続けることができました。
そのうちに才能が芽生えてきます。
やがてジュニア選手権で優勝を遂げます。
そして、今年のバンクーバーオリンピックでは銅メダル、世界選手権優勝、と頂上を極めます。


これを見ていて思いました。
誰にでも隠れた才能があるのだと。
大輔少年をアイスホッケーに連れていかなかったら、彼のフィギュアスケートの才能は発見されないままだったでしょう。
また、みんなの協力がなくて、途中であきらめていたら今日の成功はなかったことでしょう。


あきらめずに頑張り続ければ、天もあなたに味方して成功に導いてくれます(「成功とはあきらめないこと2」)。


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しりとりの効用

2010.06.11日

小学生の頃、しりとりが好きで、友達や大人を相手にしょっちゅうしりとりをしていました。
その時の私の裏技は、相手を「リ」で攻めることでした。
たとえば次のようにです。
「ラッパ」(相手)→「パリ」(私)→「理科」→「狩り」→「リス」→「スリ」→「リンゴ」→「ゴリ」(魚の名前)→「リュックサック」→「栗」...
この辺までくると相手も気づいて、「ずるいよ!『リ』ばっかりじゃない!」と言います。
ついこの前も、送迎バスの中で小学生たちとしりとりをやったとき、この手を使いました。
小学生の語彙だと、「リ」で始まる言葉はすぐに底をつきます。


今日の読売新聞に、「しりとり必勝法!?」(13面)という記事が載っていました。
この記事によると、奈良時代より前、日本語にはラ行で始まる言葉がなかった、ということです。
ラ行で始まる言葉は、ほとんどが外来語なのです。
なるほど、カタカナ語が多いですよね。
「らっきょう」や「陸」のような日本語と思われるものも、実は中国語から入ってきたものなのです。
「『まくら』『ユリ』など、ラ行で終わる言葉を言えば、相手をこまらせることができますよ」というのがこの記事の結論でした。
これを読んで、昔よくやった相手を「リ」攻めにするやり方は正解だったんだと思いました。
このほか、ガ行などの濁点、パ行などの半濁点で始まる言葉も数が少ないのでしりとりには有効です。


「雑草にも栄養が必要!?」の中で紹介した小学2年生のF君は語彙が豊富です。
送迎バスの中でしりとりをしたりすると、本当にたくさん言葉を知っているなと驚かされます。
つい先日も、まさか知らないだろうと思って「検索」という言葉を使ったところ、即座に「調べることでしょ」という答えが返ってきました。


いつも言うことですが、私たちはみんな頭の中で言葉を使って物事を考えています(「語彙力強化」)。
ですから、語彙が豊富なほど、思考力もつくわけです。
そのような意味で、しりとりは語彙力増強にもなる、しかもいつでもどこでも誰とでもできる手軽でお金のかからないゲームです。
英語も同様で、とどのつまり英語力は語彙力であると言っても過言ではありません。
私の場合は、小学生のころに覚えた単語で中学は全部間に合いました。


英語の語彙力をつけるゲームとして、Scrabble (スクラブル)というのがあります。
これはボードゲームで、アルファベットのコマをプレイヤーがマス目の上に置いて、クロスワードのような感覚で単語を綴っていくもので、以前アカデミーで大はやりしたことがありました。
このスクラブルもお薦めです。


国語力・英語力をつける第1歩は語彙力をつけること。
そのためには、日常の会話の中で親が子どもに言葉を教えることがとても大切です。


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親にできること

2010.06.10日

昨日のブログ「警告!警告!」に、日本でもドラッグの問題は侮れないと書きました。
実際のところ、アメリカでも昔はごく一部の問題のある家庭でのみ見られていたドラッグの問題が、今ではブライアン・トレーシーや心理学者、大学教授のような親の下でも、どの家庭でも起こりうる問題だと言っていました。
また、日本でも昨年当たりから兵庫県の中学生の間でドラッグがかなり行き渡り、興味本位で始めていた生徒が結構いて、親や学校の教師を驚かせていたと、ニュースで報じられていました。
昨日の記事の中に書きましたように、日本もアメリカのあとを追うように、同じような問題が次々と確実に広がってきていますので、私たちも気をつけなければなりません。


昨日、ご紹介した How to Raise Happy, Healthy, Self-Confident Children のCDの中で、ブライアン・トレーシーは子どもをドラッグから守るために、次の3つが大切だと言っています。
1.両親の愛情
2.子どもの高いセルフイメージ
3.子どもの将来の夢


一般的に言って、上の3つのポイントは、子どもをドラッグから守るためだけでなく、子どもを健全に育てるために必要不可欠なものです。
これまでにもこのブログの中で語ってきましたが、親が子どもに深く係わること(「上質な時間」)、子どもをほめること(「賢い親はほめ上手」)、子どもに夢を持たせること(「視野を広げる」)は、子育てのABC、基本中の基本です。


そして、これらは一朝一夕にできることではありません。
親自らが、普段から上の3つを意識して子どもに接しなければできません。
しかし、やらなければならないことであり、誰にでもできることです。


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警告!警告!

2010.06.09日

鳩山さんが首相を下りて、菅新首相による新内閣がスタートしました。
首相と閣僚の平均年齢は59歳という若さ。
最年少の蓮舫行政刷新相(42歳)など、新鮮さをアピールしています。
菅首相を始め、みんなやる気満々という感じで、大いに期待したいと思っています。
しかし、かつての自民党政権や前鳩山政権の過ちから学んで、同じ過ちを繰り返さないように気を引き締めなければなりません。


島田洋七著『佐賀のがばいばあちゃん』の中に面白いエピソードが記されています。
「スポーツ万能だった俺だったが、勉強はイマイチだった。...
俺はばあちゃんに泣き言を言った。
『ばあちゃん、英語なんかさっぱり分からん』
『じゃあ答案用紙に、「私は日本人です」って書いとけ』...
『でもばあちゃん、俺、漢字も苦手で...』
『「僕はひらがなとカタカナで生きていきます」って書いとけ』...
『歴史も嫌いでなあ...』
『歴史もできんとか?』...
『答案用紙に、「過去には、こだわりません」って書いとけ』...
俺は本当にこれを書いて、結果は......
殴られた。...」(「過去にこだわらない」)。


「過去にこだわらない」のは大切ですが、「過去から学ぶ」をことはもっと大切です。
ブライアン・トレーシーの How to Raise Happy, Healthy, Self-Confident Children (幸せで、健康で、自信ある子どもの育て方)というCDを今、送迎バスを運転しながら聴いているのですが、その中でブライアンが、学校における学業以外の問題で、1940年代に問題とされたものと1980年代のものとを比較しています。


1940年代の1位 『授業中のおしゃべり』       1980年代の1位 『ドラッグ』
1940年代の2位 『授業中のガム』          1980年代の2位 『アルコール』
1940年代の3位 『授業中に騒音を立てる』     1980年代の3位 『妊娠』
1940年代の4位 『廊下を走る』            1980年代の4位 『自殺』
1940年代の5位 『順番を守らず割り込みする』   1980年代の5位 『強姦』
1940年代の6位 『服装の乱れ』            1980年代の6位 『窃盗』
1940年代の7位 『くずかごに紙くずを捨てない』  1980年代の7位 『暴行』


左側の1940年代に問題になったものを見ると、私の子どもの頃のことを思い出します。
右側の1980年代の問題は、今や日本でもしばしば見かけるようになってきました。
1位の「ドラッグ」こそ、日本ではまだそれほど大きな問題にはなっていませんが、アメリカではドラッグはかつて大学生の間の問題だったのが、やがて高校生から中学生の問題になり、今や小学3〜4年生にまで下りてきているそうです。
ドラッグ問題は、日本でも決して対岸の火事視できません。


かつて、日本の高度成長時代、あちらこちらで水質汚染などの公害問題がたくさん起こりました。
中国が今ちょうどかつての日本のような高度成長時代を迎えていますが、日本の失敗から学ばなければ同じ道を歩むことになります。


歴史から学ばないものは、同じ過ちを繰り返します。


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究極の贈り物

2010.06.08日

『究極の贈り物』は、昨日のブログ「盲目にならなくても見える!」の中でご紹介した全盲の作家ジム・ストーヴァルによるものです。
私は原作の The Ultimate Gift を数年前に読んだのですが、そのときの感動は今でも忘れることができません。
読み始めると引き込まれてしまって一気に読んでしまいました。
これまで読んだ中でもっとも感動した本の1冊です。
その後、本を朗読したオーディオ版でも聴いて感動を新たにし、また日本語版でも読みました。
長男はこの映画版をDVDで観たそうで、やはりとても良かったと言っていました。


著者のジム・ストーヴァルは、自分は目が見えないために、人一倍人の心が見える、と You Don't Have To Be Blind To See の中で述べています。
確かに、『究極の贈り物』の中に登場する人物の性格や心の動きは、まるで目の前に状況が繰り広げられているかと思うほど見事なまでに鋭く描かれています。


ストーリーをここに紹介するとネタバレになってしまいますので、ここでは敢えて書きません。
ひとりでも多くの人にぜひとも読んでいただきたいと思っていますので。
英語が少しでもできる人には、英語で原作を読むことをお勧めします。
原作で読むほうが翻訳で読むより何倍も何十倍も面白いです。
英語に関して発展途上の人は、辞書を引きながら英語の勉強を兼ねて読んでもいいでしょう。
でも、原作を読む醍醐味は、辞書を引かずに没頭することです。
ですから、そのためにも英語は勉強しなければなりません。
英語ができるようになると世界が広がります。
日本では、ほとんどの人の英語を勉強する動機は試験のためですが、このような勉強法は「労多くして実少なく」、本当にもったいないです。
本来、英語を勉強するのは、英語を使って何かができるようになるのを目標とすべきだと思うのですが。


それはさておき、この本はとくに若い人にお薦めの1冊です。
人生観、価値観が根底からひっくり返されるかもしれません。
これからの人生が豊かになること請け合いです。
でもご年配の人が読んでも、得るところははかり知れません。
私から皆さんへの「究極の贈り物」です。
読んだ方はぜひ感想をお寄せくださいね。


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盲目にならなくても見える!

2010.06.07日

以前、このブログ「本は心育む栄養」でご紹介した『究極の贈り物』(原題 The Ultimate Gift)の著者、Jim Stovall (ジム・ストーヴァル)は全盲です。
17歳の時、大学に進学する際身体検査をしたところ目に異常があることが発覚しました。
医者の診断では、徐々に視力が衰えていき、やがては完全に視力を失うということでした。
そして29歳になったある日、朝目覚めると目を開けているのに真っ暗。
彼はその時絶望のどん底に突き落とされます。


しかし、その後ジムは
「目が見えないからと言って、これで人生が終わりではない。
目が見えないからこそ、見える世界がある」と発想を転換させます。
そして彼の書いた本が You Don't Have To Be Blind To See です。直訳すると「見るために盲人になる必要はない」というような意味で、意訳して「盲目にならなくても見える」と今日のブログタイトルにつけました。
なんとも刺激的な、私たちの目を開くタイトルではありませんか。


私は何年か前にこの本のオーディオ版(カセットテープ)を入手してバス送迎をしながら聴きました。
数年間1回も聴いていなかったので、懐かしくなって数日前から再び聴き始めました。
ジムはある日、昔よく見ていたハンフリー・ボガード主演のお気に入りの映画をビデオで見て(聴いて)いました。
何度も見たことがあったので、ストーリは隅々までよく知っていたのですが、最後のほうのシーンで、複数の人たちが大声で叫び、銃声が聞こえた時、頭が混乱しました。
誰が何をしてどうなっているのか、さっぱり分からなくなったのです。
その時、彼にひとつの新しいビジョンが与えられました。
全米に1300万人以上いる盲人および視力障がい者たちに、テレビを見させてあげたい、と。
人々からは、「盲人がテレビを見るだって!?」と最初は相手にされませんでしたが、彼はめげずに、試行錯誤を重ねた後、脚本のト書きに当たる、登場人物の動きなどをナレーションで説明するという手法を考案し、ビデオを作成します。
のちに、Narrative Television Network (NTN)というテレビ局を開局し、今日アメリカだけでなく、世界中の国々に盲人のための放送を流しています。


ジム・ストーヴァルは、大学をトップの成績で卒業し、名誉博士号まで授与されました。
本もたくさん書き、モチベーションスピーカーとして全国で大きく用いられています。
さらに彼は功績が認められて、「傑出した米国青年ベスト10」に選出された後、1997年度の「ザ・イヤー・オブ・アントレプレナー」(年間最優秀起業家)にも選ばれ、2000年にはマザー・テレサも受賞した「国際人道賞」も受賞します。


私もNTNの制作したビデオソフトをいくつか見ましたが、これが実に素晴らしいのです。(よろしければぜひご覧になってください)


目が見えなくなって初めて見える世界というのがあります。
ちょうど盲目のピアニスト、辻井伸行さんが心の目で展覧会や、キエフの大きな門や、青い空をイメージして素晴らしい演奏をされるのと同じです(「みんな天才!」)。
また乙武洋匡さんが、「障がいは不便です。しかし、不幸ではありません」(「五体不満足」)と言っているのも共通する考えです。


私たちはもっと謙虚に、私たちの周りを見なければなりません。
そうすれば、もっともっと新しい面が見えてくることでしょう。


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罪の呵責(かしゃく)

2010.06.06日

昨夜はなかなか寝つけませんでした。
最後に枕もとの時計を見たときは4時でした。
そして、7時に父に起こされました。
「ジョージ、もう起きなさい!」
「はい」
「グッモーニン...」
アレっ?父の姿が見えません。
なんと夢の中で父に起こされたのです。
父には一昨日、病院で診察を受けるときに会ったばかり。
車椅子に座った父は、アルツハイマーが進み、私のことも分からず、何を話しかけても反応がありません。
かつて太っていた父は、今や手足もやせ細り、昔の面影はありません。
その父が、昔の若いときの元気のいい声で私を起こしてくれたのでした。
高校生の頃にタイムスリップしたような感じでした。


早く目覚めたので、犬を散歩に連れて行きました。
歩きながら、父のことや母のことを思い出していました。
すると幼稚園の頃のことがフラッシュバックしてきました。


IMG_0006.jpg


これは私が4歳の頃の写真です。
母が営んでいた洋裁店の前で撮ったものです。
手に持っているのはおもちゃではなく、本物のカメラ(ただし壊れていましたが)。
髪はパーマをかけて、七三で横分けしていました。
虫も殺さないような可愛い(!?)顔をしていて、近所の人たちの間で人気者でした。
母の洋裁店の筋向いには小さな会社があって、みんなが「組合」と呼んでいました。
私はしょっちゅうそこに遊びに行きました。
その「組合」の人たちが、交互に私を家に泊めてくれて、あちらこちらに連れて行ってくれました。


IMG_0005.jpg IMG_0004.jpg


左:「組合」の人たちに囲まれて  右:慰安旅行に一緒に連れて行ってもらったときの写真


ところが、表とは裏腹に私の心の中にはすでに悪い心がありました。
今でもそのシーンをはっきりと覚えています。
三輪車に乗って、住んでいた家の向かいにあった商店の玄関の大きなガラス戸に石を投げつけて割ったのです。
石を投げつければガラスが割れることはわかっていました。
「ガシャーン」という大きな音とともにガラスは粉々になって下に落ちたかと思うと、店の人が飛び出してきました。それも予期していました。でも、逃げようとしませんでした。
親を呼ばれて、こっぴどく店の人に叱られました。
もちろん、親からもさんざん叱られました。


ある日、近くの神社で縁日があってたくさんの露店が出ていました。
私は親からお小遣いをもらったことがなかったので物を買うということすら知らなかったのですが、なぜか露店で買い食いしたい衝動に駆られました。
日曜日の朝早く、親がまだ寝ているときに、そっと食器戸棚に入れてあった母親の財布から小銭を盗んだのです。
胸がドキッドキッと大きな音を立て、親に気づかれるのではないかと恐れました。
そして盗んだ小銭を持って縁日に行き、何か買い食いしたのですが、それがとてもまずくて
「しまった。悪いことをしてしまった」と、とても後悔しました。
そして、家に戻るとすぐに両親にそのことを涙ながらに打ち明けて、「ごめんなさい、ごめんなさい」と謝りました。
普段優しかった両親はこのとき烈火のごとく私を叱りました。


これらの苦い思い出は、成人してからもずっと私の心を苦しめ続けました。
つい数日前、読売新聞の「人生案内」に、50代主婦の方が出来心で万引きをして、警察に通報され、その後、家族にもその店の人にも、近所の人にも顔向けができなくて、辛くて死んでしまいたい、と相談していました。
私はこれを読んで、その人の気持ちが痛いほどよくわかりました。
私自身がかつての罪の呵責から解放された、「赦しの福音」があることをその人に伝えたい、と心から願いました(「訓練していたことを実践しただけです」)。
そして、その人に声をかけてあげたいと思いました。
「死なないでください。生きていれば必ず『小さな幸せ』がいくつも見つかります。
そして、生きていて良かったと思う日がきます」と。


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成功者の言に耳を傾ける

2010.06.05日

高校生の頃、愛用させたいただいた赤尾の豆単
この豆単を作ったのは赤尾好夫氏
その赤尾氏の「勉強十戒」というのがあります。


 1.学習の計画を立てよう
 2.精神を集中しよう
 3.ムダをはぶこう
 4.勉強法を工夫しよう
 5.自己のペースを守ろう
 6.断じて中途でやめるな
 7.成功者の言に耳を傾けよう
 8.現状に対し臆病になるな
 9.失敗を謙虚に反省しよう
10. 大胆にして細心であれ


今、地元の各中学校では中間試験の真っ最中。
普段は休みの土曜・日曜も返上して、今日も明日も試験対策授業が入っています。
明日は、アカデミー名物の技能教科(音楽・美術・技術家庭)の対策授業もあります。
このようなとき、上の赤尾氏の勉強十戒は本当にツボをついた名言です。


一つひとつを取り上げれば長くなりますが、今日はそのうちの7番目の
「成功者の言に耳を傾けよう」
に注目したいと思います。


これは、勉強に限らず、人生のすべての面に通じる大切な教えです。
学校でも社会でも家庭でも、成功者というのはまず例外なく「成功者の教え」に従っています。
今日も三者面談で話したことですが、勉強において成果を上げるには、やはり正しいやり方というものがあります。
すべてのことには原因があり、そして結果があります(「頭が良くなりたかったら...」)。
自分の望む結果を得たければ、同じ道を進んで成功した人の方法から学ぶのが一番です。


学校や塾で先生たちが教え、話すことは素直に聞くのが一番です。
職場においても上司や先輩の経験から学ぶことはほかの何よりも大切です。
成功した人の言葉を聞かないで、自分のやり方でやろうとすると、遠回りする結果になります。
メンターの役割はまさにここにあります。


このブログでこれまで何度も読書の大切さを語ってきましたが、本を読むことはまさにそのような意味において、いながらにしていつでもどこでも、その道のメンターから学ぶことができるので大切なのです。
金持ちはお金ができたから本を買ったのではなく、本を買ってたくさん読んできたから金持ちになったのです(「もっと本を読みましょう!」)。


「成功者の言に耳を傾けよう」− これは成功の鍵です。


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思いやりの心 3

2010.06.04日

今読んでいる『世界一の子ども教育モンテッソーリ 12歳までに脳を賢く優しく育てる方法』に面白いことが書いてあります。
少し長くなりますが、以下に引用します。
「しんじ君は、台所に用意してあったケーキを後で食べようとして、緑の戸棚の中に入れました。しんじ君が台所から出た後で、お母さんがそのケーキを青の戸棚の中に移してしまいました。その後、しんじ君が台所に戻ってきました。さて、しんじ君はどちらの色の戸棚にケーキを取りに行くでしょう。
という質問を、3歳から9歳の子どもにします。
その結果、4歳未満では「緑の戸棚」と正しく答えられた子どもはほとんどいませんでした。しかし、4歳から5歳では57%が、6歳から9歳では86%の子どもが正しく答えることができました。
(中略)
4歳以上の子どもの半分以上は、ケーキが青の戸棚に移されたことは自分にはわかるが、しんじ君にはわかっていないはずだということを理解しているのです。彼らには他者の立場に立って考えることができる、『心の理論』があると考えられます。心の理論の獲得は、他者を理解するために必須のものであり、その獲得によって子どもは、他者への思いやりや共感といった対人関係を形成する心的機能を発揮できるようになるのです」


普通の子どもは大体年齢とともに自然と他者の立場に立つことができるようになり、それが他者の理解につながるというのです。
ここで注目したいのは、上に挙げた「6歳から9歳では86%の子どもが正しく答えることができた」という点で、9割近くということはほとんどの子どもということですが、同時にそれが理解できない子どもが14%もいるということです。
これはどこから来るのでしょうか。
遺伝の要素もまったく否定することはできません。
しかし、もっと大きな要因となるのは、やはり子どもに対する親の係わりだと思うのです。
子どもが小さいときに、親が子どもと係わりをたくさん持てば持つほど、知能は発達するし、他人の立場の理解や他者への思いやりができるようになります。
親の係わりについては、昨日のブログ「上質な時間」にも書きましたが、親は意識して子どもと上質な時間を共有して、価値観を教え、喜びや悲しみなどを子どもと一緒に体験することがとても大切です。
「忙しい」「疲れた」と言って、子どもと係わる時間が少なくなればなるほど、子どもは頭脳だけでなく、精神的にも健全に成長することができなくなります。


これまで多くの子ども達と接してきて、やはり親や祖父母とのつながりや信頼関係が固い子どもほど、頭脳も精神面も成長していることがよくわかります。
高校を中退する生徒の9割近くが、親や学校の教師が自分のことを心にかけてくれていない、と言っているそうです。
思いやりの心を持った子どもに育てるには、まず親自身が子どものことを思いやれるようにならなければなりません。


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上質な時間

2010.06.03日

子ども手当が一部の自治体で支給され始めました。
子どもの前でニコニコしながらお札を数えているお母さんの写真が新聞に載っていました。
またテレビのニュースを見ていたら、子どものために子ども手当を使うと言って、家族旅行を予約する人が大勢いると言っていました。
また、子ども手当を狙った新しいビジネスがたくさん生まれているようです。


ひとりのアメリカ人の父親が言いました。
「私には3人のティーンエージャー(十代)の息子がいるけど、3人ともアルコールやタバコ、ドラッグ、暴走、その他の問題を起こしたことはないし、毎晩夕食の時間には家に帰ってきて家族一緒に食事をする。反抗期というものを経験したことがない」
それを聞いた人が言いました。
「お子さんが小さいとき、きっとコミュニケーションをとても大切にされたのですね」
「私は息子3人に、それぞれ毎週2時間の時間を費やしました。
あるときは、一緒に散歩しながら話し、また別のときは夕方ポーチで座って何時間も一緒に話し、というふうに一人ひとりとたっぷり時間を過ごしました」


一般に、反抗期は子どもから大人に成長する過程で、自立するために必ず通るべきところだ、とよく言われます。
確かにそのような一面があります。
しかし、だからと言って、誰しもが反抗期を通らなければならないというわけでは決してありません。


小学生の頃はとても素直で、親の言うことを何でもよく聞いていたのに、中学に入ると急に親の言うことを聞かなくなった、という話をよく聞きます。
ある意味、素直で親の言うことを何でも聞いていた子どもほど、時計の振り子のように大きく反対側に振れて反抗期に突入するケースが多いようです。
知り合いだった人の娘は、高校を卒業するまで本当にお手本のようないい子でした。
しかし、大学に入ったとたん、無断外泊したり、親に逆らったりするようになり、親は戸惑って右往左往していました。
子どものうちでは親に対する反動が大きかったのでしょう。


実は、子どもの頃に大切なのは、親の言うことを何でも聞く素直な子に育てることではなく、子どものために親が十分に時間を取って、何でも話し合えるような信頼関係を築いておくことです。
このようにしておくと、子どもは反抗期を通らずに済み、親子ともに辛い、苦しい嵐のような数年間を避けることもできます。


ある人が次のように言っていました。
「子どもの頃、家はとても貧しく、父は毎日一生懸命働いていました。
11歳の誕生日のとき、父は私にプレゼントと言って誕生カードだけをくれました。
私はとてもがっかりしました。
でも封を開けてカードを取り出すと、その中に
『お父さんはお前のために何も買ってあげることはできない。
でも、毎日お前のために1時間は必ず使ってあげる。これがお前への誕生プレゼントだ』
と書いてありました。
父は、仕事が終わって家に帰ってくると、本当に毎日必ず最低1時間は私のために使ってくれました。
この時間は私にとっては宝物のようでした。
これが今日の私を形作ってくれたと言っても過言ではありません。
ですから、私は父親になった今、子どもに同じことをしています」


子ども手当をもらってそれを家族旅行や塾の費用に回したり、物を買い与えたり、といろいろ活用法はあるでしょうが、子どものためにもっと大切なことは、お金を使うことではなく、上質な時間(クォリティ・タイム)を子どもとともに過ごすことです。
そのためにお金を使うのもいいでしょうが、お金がなければできないということはありません。


そして、これは子育てだけに限らず、夫婦関係にも当てはまります。
テレビのCMで、夫が妻にダイヤモンドの指輪をプレゼントするシーンがありますが、ダイヤモンドの指輪よりも大切なものは、夫婦間のコミュニケーションと相互理解です。


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本当に大切なことは

2010.06.02日

鳩山首相と小沢幹事長が辞任するというニュースが、今朝インターネット上で報じられました。
民主党両院議員総会で鳩山首相が、「職を引かせていただく」と辞任の意向を表明するシーンをテレビで見ました。
政治のことをここで云々するつもりはありませんが、私が感じたことは「やっぱりなるべくしてなった」ということです(「夢を実現させたければ」)。


私たちの行動は、そのときどき「もっとも良い」と思うことを選択した結果のものです。
これは必ずしも、道徳的に良いとか、倫理的に良いという意味ではありません。
自分にとって「良い」と思って行動しているのです。
たとえば、嘘をつくのもそれが自分にとって「最善」「益」だと思うからです。
物を盗んだり、人を傷つけたりというようなことさえ、人はそれがそのときの「最善」の行動と考えて選択しています。
鳩山首相も、そのときどき、最善と思うことを精一杯やってきたのだと思います。
でも、当然のことながら、取った行動の結果はついてきます(「蒔いた種を刈り取る」)。


ブライアン・トレーシーが次のような体験談を語っています。
子どもがまだ3〜4歳ぐらいだったとき、家族で散歩を楽しもうと思って出かけました。
しばらく歩いていると、子どもが道端に落ちていた棒切れを拾い、それを振り回して道路脇の草花や茂みをたたいたりし始めました。
子どもがそのことに夢中になって、それまでのようなペースで歩けなくなったことにいらだったブライアンは、大声で子どもを叱り、持っていた棒を取り上げて思いっきり遠くに投げて、子どもの手を引っ張ってさっさと歩き始めました。
子どもは大声で泣き叫びました。
ブライアンは子どもをまた叱って言いました。
「今は、みんなで散歩するために来たんだから、さっさと歩きなさい」
子どもはブライアンの投げた棒のほうを見ながらいつまでも泣いていました。
また子どもに説教し始めたブライアンはふと、自分の子どもの頃の経験を思い出しました。
父親はいつも自分のことを叱るとき、自分の大切にしていたものを取り上げてそれを捨て、自分に痛い目をさせて罰していたそうです。
その父親の姿と自分の姿がダブって見えたその瞬間、ブライアンは自分のしたことの間違いに気づき、放り投げた棒切れのところに走って行ってそれを拾うと、子どものところに戻ってきて言いました。
「ごめんね。お前の大切なものを取り上げて。さあ、気が済むまでいつまでもこの棒を持っていていいよ」
ブライアンは気づいたのでした。
家族で楽しむために散歩に出かけたのに、いつの間にか散歩が子どもよりも大切になってしまっていたと。
このとき以来、ブライアンは何か行動を取るときには、この問題の本質は何か、ということを必ず考えるようになったそうです。


親のメンツにかけて子どもに謝れない、というのはあまりにも度量が小さいです。
子どもだけでなく、部下に対しても、生徒に対しても、間違っていたことは間違っていたと素直に認め、謝り、行動を改める。そこから真の信頼関係が築かれていきます。
これこそ本当に大切なことではないでしょうか。


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やっぱり「5月未決着」

2010.06.01日

1か月ほど前のブログに「5月末決着 or 未決着?」という記事を書きました。
その中に、「鳩山首相の言う『5月末決着』は、最初から『未決着』に見えて仕方がなかったのですが、いよいよ『末』から『未』になりそうな様相です」と書きましたが、「やっぱり」という感じで、5月「未」決着という結果になりました。


読売新聞の今日のUSO放送には次にようにありました。
「5月決着
沖縄でなく福島
鳩山首相」


実にうまいですね。


ところで最近、市役所など役場に「すぐやる課」というのがよくあります。
お役所仕事というのは一般に、何か問題が起きてから動き出すまで時間がかかるということで有名ですが、市民などから声が寄せられると「すぐにやる」というのが売りの課で、市民の間ではなかなか評判もいいようです。
でも、本当は「すぐやる課」でなくても、どこの課でもすぐにやらなければならないのですがね...。
鳩山首相も、もっと早くに、というか「すぐに」動き出していればこんなにこじれることにはならなかったのではないでしょうか。


「すぐやる課」はお役所だけのトレードマークではありません。
私たちも、日常生活の中で大切なことは「すぐやる」ように努めるなら、物事はすべて大きく変わってきます。
実際のところ、成功する秘訣は、しなければならないことやしたほうがいいことなど、何事も「すぐやる」ことだ、とブライアン・トレーシーなど経営コンサルタントは口をそろえて言っています。


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