学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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信じる者は...

2010.01.31日

今日の読売新聞24面に、精神科医 香山(カヤマ)リカさんの言葉が載っていました。
「診察に訪れる人の中には、自分に自信のない人が多く、さかのぼると、学校時代から先生に認められた経験がないという人もいます。逆に言えば、先生には、たった一言で子供達に自信を与えるチャンスがあるということ。『君は出来る、大丈夫だ』と肯定する言葉をかけられることで、子供の心に自信が芽生え、その子にとっては一生の宝ものになり得ます。学力にはすぐに反映されなくても、大人になってからの人生で、困難に直面した時の心の支えになるのです」


これまで多くの受験生を指導してきた経験からも、上の言葉は真実だと確信を持って言えます。
学校の成績が志望校合格に足りなくて、学校の担任からも校長からも無理だから志望校を変更しなさい、と何度説得されても首を縦に振らずに、信念を貫いて志望校合格をものにした生徒が数え切れないほどいます。
逆に、だれから見ても絶対に大丈夫と思われるような力がありながら、本人が不安で、落ちるだろうと信じていると、果たして結果はそのとおりになります。


冒頭の香山さんの言うように、教師や親が「大丈夫」と声をかけて自信を持たせると、本人のうちに確信が生まれて、それを実現できるようになるのです。
「自信」とは、自分を信じることです。
「信じる者」という二つの漢字をくっつけると「儲ける」(もうける)という漢字になります。
「儲」という字は、もともとは「人」(にんべん)が「諸々」(多くの物)を持つ、という組み合わせから成り立っていますが、ちょっと見方を変えると、「信じる者は儲ける」というふうに受け止めることもできます。
つまり、「信じない者」は「損」をするのです。


聖書の中に次のような箇所があります。
「イエスは言われた。
『できるものなら、と言うのか。信じる者には、どんなことでもできるのです』」 (マルコの福音書9:23)
ここでは病気の癒しのことを言っているのですが、これはどんなことにも通じます。
病気も信じなければ治りません。
成績も、志望校合格も、就職も、結婚も、家庭を築くことも、みんなそうです。
こうなりたい、自分にはできる、必ずそのようになる、と信じているなら、本当にそのとおりになります。


信じる者は、さまざまなことを「儲ける」ことができます。


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○○博士

2010.01.30日

先日、送迎バスの中で小6のM君が隣に座っている友達に話していました。
「お年玉全部なくなっちゃったよ。使い方を間違った。買わなきゃよかった」
「えっ、何に使ったの?」
「ビデオカードとメモリーとWindows 7を買ったんだけど、Windows 7がマザーボードに適応してなくてCDとか読み込めないんだ」
「...」
これを聞いていた私は、せこい親だ(ゴメンナサイ)と思い、M君に尋ねました。
「M君、子どもは普通、パソコンのソフトとかは親に買ってもらうよ。親と一緒にパソコン使ってるんじゃないの?」
「いいえ、自分の専用パソコンです」
「へぇー、自分専用のパソコンを持ってるんだ」
「自分で組み立てました」
「えっ!自分で組み立てたの?すごーい!マニュアルを見ながら、それとも親に教えてもらったの?」
「4年生のときに親が組み立てているのを見て覚えました」
「!!!!!」

M君は前にもこのブログで書いたように(「1万時間の壁」)、いわゆる「パソコンおたく」です。いえ、私は「○○おたく」という表現はあまり好きではないので、彼のことを「パソコン博士」と呼ぶことにしましょう。
将来、パソコン関係の仕事につくの、と尋ねたところ、ゲームソフトを作りたい、という答えが戻ってきました。


ハーバード大学の心理学部教授、ハワード・ガードナー氏によると、人間には8つの才能があるそうです。
1.言語能力
2.音楽的能力
3.論理的・数学的能力
4.空間識別能力
5.運動能力
6.内省的能力(自分の内を深く掘り下げて見つめる能力)
7.人間関係能力
8.自然・環境能力
そして、ガードナー氏が言うには、人はだれでもこれらの1つや2つの才能は持っているそうです。
上の8つのほかにも能力の分野はあると思いますが、氏の言う「人間はだれでも天才の要素を持っている」という考えには、私もまったく同感です。
これまで、「あなたも天才!」や、「天才少年、18歳で博士号」など、このブログで何度も触れてきましたが、みんな天才の素質を持っていると私は確信しています。
それにいかに気づき、伸ばし、開花させるかが鍵を握っています。


一般的には、学校のテストで良い点数を取り、いい成績で、いい学校に進む人を、この世では頭がいいと言っていますが、人間の能力には上に挙げたようにいろいろな分野があり、必ずしも「学校の成績がいいこと=頭がいい」ということにはなりません。
それぞれ、自分の持っている能力をいかに見出し、それを自分の人生に活かすか、それが自分自身の幸せに、そしてこの世にも貢献できることになるのではないでしょうか?


あなたも○○博士です!
(上の○○に当てはまることばを見つけましょう)


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記憶力

2010.01.29日

今日もまた歯医者に行ってきました。
まだしばらく通い続けなければなりません。
今日、待っている間に読んでいた本は『記憶力を奇跡的に伸ばす技術』でした。


第3章に「楽しみながら覚える これがポジティブ記憶術」というのがあって、そこに次のように書いてありました。
「ほめられると記憶力はアップする」(p.91)
生後1か月に満たない赤ちゃんでも、ミルクを飲んでいるとき、「上手にミルク飲むねぇ」とほめられるとニコッと笑うそうです。「ほめられるとうれしい」という感情が赤ちゃんにも芽生えているというのです。
「ましてや、小学生や中学生になると、ほめられ続けることで記憶力がアップして、成績が上がることが知られている」


これはちょうど3日前の私のブログ「ほめてやらねば 人は動かじ」の中で書いたこととも符合します。
先日、送迎バスの中で中3生が話していました。
以前、大手の塾に通っていたそうですが、そこでは「できる子」ばかりに力を入れて、授業の進度も優秀な生徒に合わせるので、わからない子はどんどん置いていかれるということです。
そこで、その生徒は別の塾に変わったそうです。
そこは、「脅し」と「罰」のやり方だったため、勉強が苦痛になったそうです。
アカデミーの授業はどう?と尋ねると、先生達はみんな丁寧でわかりやすい授業をしてくれるし、勉強が楽しくなった、という答えが戻ってきました。


実は、これが一番大切なことなのです。
新年度チラシに何人かの卒塾生の体験談が載っていますが、これを読むとみんな口をそろえて「勉強が楽しい」と言っています。
上掲書(p.88)には、
「脳は好きなことをどんどん覚え、嫌いなことは覚えない」
とあります。
勉強とはそもそも楽しいものなのに、子どもを勉強嫌いにさせているのは教師や親の責任のように思われてなりません。


新着情報に「入塾説明会のお知らせ」を載せましたが、ここで「勉強嫌いを勉強好きにする子育て法」についてお話しします。
ぜひ、塾生のご父母の皆様もいらっしゃってください。
きっといろいろとご参考になるかと思います。


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羊達は幸せじゃない?

2010.01.28日

小学生や中学生の多くが、「達」という漢字を間違えて覚えています。
つくりを「幸」と書いて、横棒が一本足りないのです。
何度言っても間違えて書いています。
中3生の書いた自己PR書には、毎年この間違いが何人か見られます。
ところが驚いたことに、学校の担任の先生がこの自己PR書を添削して生徒に戻したものを見ると、みんなこの間違いが見落とされているのです。
先日、近くの銀行に行ったとき、入金票の書き方見本に書いてあった名前「○○達也」の「達」のつくりがやはり「幸」になっていました。
そこで、ちょっとお節介かと思いましたが、窓口の女性にそのことを伝えました。
そして今日、その銀行に行ったところ見本の入金票は替えられていて別の名前が書かれていました。


小学6年生のMちゃんが何度注意しても「幸」と書いてました。
気がつくと今度は、横棒がなんと4本になっていました。
そこで私は言いました。
「達という漢字のつくりは『幸』じゃなくて、『土』の下に『羊』という字を書くんだよ。
『羊達』って覚えれば忘れないでしょう」
それからMちゃんは間違えなくなりました。


ところがふと考えると、人によっては「私達は幸せ」と思ってそのように書いている人もいるかもしれない。
「羊達」だけじゃあまりインパクトがない。
それじゃあ、ということで覚えやすい方法を思いつきました。
「羊達は『幸せ』じゃない。毛を刈り取られるから」
ここまで言えば絶対に間違えないだろうと思いました。


漢字に限らず、なにかを覚えようとしたら、自分の知っていることや、意味をつけて覚えたりすると印象に残り簡単に覚えられます。
これはいろいろな教科の勉強に活かすことができます。


英語の助動詞を教えるとき、いっぺんにたくさん出てきて、多くの生徒が混同し、覚えられなくなります。
たとえば、
May I 〜? は「〜してもいいですか?」
Shall I 〜? は「私が〜しましょうか?」
Will you 〜? は「〜してくれませんか?」
Must I 〜? は「〜しなければなりませんか?」
Shall we 〜? は「〜しましょうか?」
これが全部ひとつのレッスンに出てくるので、覚えられないのです。


そこで私の名物語呂合わせが生徒の助けになります。
May I 〜? は「メイ、愛(メイアイ)してもいいですか?」
Shall I 〜? は「私が支払い(シャルアイ)しましょうか?」
Will you 〜? は「Wiiいるよ(ウィルユー)。貸してくれませんか?」
Must I 〜? は「マスター、愛(マスタアイ)しなければなりませんか?」
Shall we 〜? は「シャルウィダンス、踊りましょうか?」


生徒たちはみんな思わず吹き出して、半分あきれながらも楽に全部覚えてくれます。


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五体不満足

2010.01.27日

『五体不満足』は乙武洋匡(おとたけ ひろただ)さんの書いた本で、日本で売り上げ第3位の記録をもっています。
乙武さんは言います。
「障がいは不便です。しかし、不幸ではありません」
「五体不満足」というのは「五体満足」をもじった表現です。
親は赤ちゃんが生まれるとき、「五体満足」(身体全部に障がいがないこと)ならば何も言うことはありません、とよく言います。
「それでは五体不満足だったらどうですか?」と乙武さんは問いかけているように感じるのです。


先日テレビを見ていたら、ある人がひとりの作家の話を紹介していました。
その方は仕事柄、アフリカに行くことがよくあるそうです。
そしてアフリカに行って、現地の子どもたちが食べ物や飲み物にも困る貧しい生活をしていて、エイズなどの病気を患っているのを見るたびに、日本の子どもたちはなんて幸せなんだろうと思う、と語っておられたと言っていました。
そして、その人もまったく同感だと言っておられたのですが、私はこの話を聞いていて釈然としないものを感じました。


「日本の子どもたちは恵まれていて幸せだ」というのは事実です。
しかし、ここで「アフリカの子どもたちと比べて」というのが腑に落ちないのです。
「アフリカの子どもたちがかわいそうだ」というのはわかりますが、彼らと「比べて」と言うと、アフリカの子どもたちのことがより一層気の毒になるのです。
「彼らがかわいそう」という見方をすると、彼らの人生や生活、この世に生まれてきたこと自体を否定しているように感じるのです。
それは、ちょうど冒頭の「五体満足」の考え方に共通するものです。
「五体満足」でなければ「不幸」という見方です。


このような考え方は、「貧しければ不幸だろう」という見方に通じると思うのです。
アフリカの子どもたちは確かに劣悪な環境の中で生活していますが、そのような人生は不幸なのでしょうか?
彼らはその貧しさや苦しみの中でも家族愛の中で育てられていて、その環境の中でも彼らなりに一生懸命生きているのです。
それを、第三者の私たちが「不幸」と見るのは、ちょうど「五体不満足」の乙武さんは「不幸だろう」と見るのと同じではないでしょうか?


乙武さんは一般の人と同様に、あるいはそれ以上に幸せな人生を生きておられると私は思うのです。
逆に「五体満足」でも、「不幸な」人生を歩んでいる人はたくさんいます。
人の幸不幸は、「五体満足」であることや、「豊かな生活」をすることにあるのではないと思います。
幸福か不幸かは、他人が決めることではなく、自分がどのように自分自身を見ているか、ということによるのではないでしょうか?


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ほめてやらねば 人は動かじ

2010.01.26日

「やってみせ 言って聞かせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ」
これは山本五十六の有名な言葉。
親の多くが、毎日、子どもに対して口うるさく、○○しなさい、△△するな、などと言っているのではないでしょうか?
親はどうしても自分の子どもの欠けているところが目につき、何とかして少しでも良くなって欲しいと思って愛情から言うのですが、子どもにはその親心はなかなか伝わりません。
むしろ大切なのは、「ほめる」ことです。


昨日、たまたま中1のデータベースのクラスを通りかかったとき、K君がもくもくと問題に取り組んでいる姿に気づきました。
彼の書いている答案の文字を見て驚きました。
お手本のような、ものすごく丁寧できれいな字なのです。
K君は塾ではみんなの人気者で、とても明るく愉快な子なのですが、勉強に関してはこれまであまり意欲的でなく、家庭学習のほうは...。
そこで私は、K君に言いました。
「K君、きれいな字を書くね!中1の男子でこれほどきれいな字を書く子はいないよ」
「えっ、そうですか?」
「習字習ってるの?」
「いいえ、習ってません」
「習字習ってなくてこんなきれいな字が書けるなんて、君すごいよ!」
「ありがとうございます!」
「これは頭のいい子の書く字だよ。君には素質がある。これから勉強頑張れば、きっとものすごく伸びる!」
「わかりました!頑張ります!」


私は生徒に限らず、だれでもその人のいいところをできる限り見つけて、ほめるようにいつも心がけています。
ほめられて腐る人はいませんが、注意されて腐る人はいくらでもいます。
ほめられるとやる気が出てきて、その人の期待に応えようとさらに努力するようになります。
集団の授業でも、個別の授業でも、少しでも頑張っている生徒を見たらその場でほめます。
すると、ますます頑張るようになります。
これが「ほめてやらねば 人は動かじ」です。


親も、もっともっと子どものいいところを見つけてほめるようになると、子どもは親の期待に応えようとして、ますます頑張るようになります。
「あなたは何をやってもだめね。何よ、これは!」
と言われるのと、
「おお、すごーい!よく頑張ったね。前よりうんとよくできるようになった。もうちょっと頑張ったら、きっともっともっとうまくなるよ!」
と言われるのでは、あなたならどちらが気持ちいいですか?


「やってみせ 言って聞かせて させてみる」。ここまでなら誰にでもできます。
このあとの「ほめる」ことが一番大切なのです。


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夢を実現させる

2010.01.25日

今日届いたメルマガに次のような記事がありました。


アメリカの18歳のひとりの青年は仕事もなく、ダンボールの家に住み、全財産はわずか数ドル(日本円で千円足らず)というホームレスでした。
もちろん、彼女もいません。
そして、19歳の誕生日を迎えた日の夜中、12時を回ったとき彼は自問しました。
「自分は何が欲しいのだろう?」と。
このようなことを考えたのは、そのときが初めだったそうです。
彼の出した答えは、仕事と住む家と彼女でした。


なんと、それからわずか2週間後に彼はそのすべてを手に入れたというのです。
仕事と住む家と彼女です。
そして、35年後の今では億万長者になっているのです。
果たしてこのようなことは可能なのでしょうか?


そんなことはあり得ない、と思う人には確かに不可能です。
可能だ、と思う人には可能です。
今の自分を見て、自分はこんなものだ、と思ったらまさにそのとおり。
その程度の人間です。それ以上になることは決してありません。
しかし、「今のあなたは過去のあなた!?」ではないということを悟り、上にあげた青年のように、このままで人生を終えたくない、変わりたいと真剣に願うなら、その瞬間から180度違う人生を歩むことも可能なのです。


私自身、貧しい子ども時代を過ごしましたし、頭もそれほど良くありませんでしたが、自分はこんなものではない、と信じて立ち上がりました。すると、そこから人生がどんどん開けていきました。
そして、これは誰でも経験できることです。
生まれつきの能力や、遺伝や、家系によるのではありません。
あなたの人生はあなたの手の中にあります。(「不可能を可能に」


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いざ、出陣!

2010.01.24日

去る16日の面接練習に引き続き、昨日2回目の中3面接練習を行いました。
そして昨日少し不安だった生徒は、さらに今日もやりました。
「先週言われた注意事項は何だったっけ?」
と尋ねると、ちゃんと覚えていました。
なんと、みんなものすごく上手になっていて、本当に驚かされました。
先週、少し危ないかな、っと思っていた生徒も、自然体でスラスラと自分をうまくアピールできるようになっていました。
前回、緊張のあまり言葉が出てこなくて泣き出したというKさんは、少し笑顔を浮かべて、言いたいことが言えるようになっていてものすごい上達です。
聞くと、家で妹を相手に何度も練習したとのこと。それこそ、犬や猫を相手にしてでもいいのです。
Practice makes perfect. (練習を続ければ完璧になる。「習うより慣れろ」)ということわざがあるぐらいですから。
「免許皆伝!合格!」
と思わず何人かに言ってしまいました。


そして、今晩の授業が終わって教室を出るとき、みんな口々に
「明日、頑張ってきます!」
「昨日やった練習どおりに、自然体でね!」
「はい、頑張ります!」
まるで出陣式です。
2月1日の前期選抜合格発表で、彼らの笑顔を見るのが楽しみです。


今日はまた、英検の日でもありました。
小中学生が5級から2級まで受験しました。
最初、英検対策授業を始めた頃は20点台とかで、ほとんどできなかったのに、回を追うごとに力をつけてどんどん伸びてきて、最後のほうはほとんどの生徒が合格圏の40点台に達しました。
当たり前のことですが、しっかりと復習と宿題をやってきた生徒は驚くほど伸びました。
そういえば、今回英検を受験した中1のT君は、先日お母さんがメールで
「復習・宿題は習ってから24時間以内にやろう!という学院長との約束は、すべての教科で習慣となりました」とお知らせいただき、本当に嬉しく思いました。
T君はどの教科もどんどん力をつけてきています。
24時間以内の復習・宿題を確実にやるなら、実力も成績も絶対上がります。
部活が忙しい、云々は言い訳です。
言い訳をして、行動しない間は絶対に伸びません。


前期選抜と英検の好結果、そして全生徒のさらなる飛躍を期待しつつ、私も心の出陣式をしました。


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問い合わせ

2010.01.23日

昨日の夕方、ひとりのお母さんが塾に問い合わせに来られました。
いろいろお話を伺っていると、うちの塾生のT君のお母さんからご紹介いただいたようで、また卒塾生のK君R君兄弟のこともよくご存じでした。
そして3月から新年度が始まります、とご説明したところ、今すぐにでも入りたいとのお返事。
本当に嬉しくなりました。
こちらが何も宣伝しなくても、説明しなくても、問い合わせに来られる前からすでに入塾を決めていらっしゃったのです。


最近、このような方が増えてきて、冬期講習ではお二人の方がちょうどこんな感じでした。
入塾される前から、すでにアカデミーに何年も通っているファンのような感じなのです。
ほとんどのケース、やはり塾生やご父母の方のご紹介が一番説得力があり、○○さんが言われるのなら間違いない、といったふうです。
また、近辺の塾のホームページを全部見て、その結果アカデミーに決めた、という方も何人かありました。
ホームページ効果が現れてきているのです。ホームページはコンビにじゃないですが、それこそ24時間働いてくれています。
感謝なことです。


そういえば、このホームページのトップページにもうすぐ新しいバージョンが登場します。
アメリカ留学中の長男が昨年来制作してくれているものですが、近々出来上がると先日連絡がありました。
皆さん、お楽しみに。


さて、いよいよ中3生は来週の月曜日には前期選抜の面接試験があります。
入試直前特訓が終了すると、2月18日には後期選抜試験。入試本番の日です。
そして2月26日は合格発表。中3生全員の進学先が決まり、卒塾していきます。
毎年のさびしい別れのときです。


そして、3月1日にはアカデミーの新年度が始まり、また新しい出会いがいくつも生まれます。
毎年同じことを繰り返しているのですが、相手が物ではなく人なので、新しい出会いはいつでも感動的です。


塾のいのちはやはり生徒で、その生徒に来てもらうために問い合わせが鍵を握っています。
そして問い合わせの前にあるのが、今の塾生と卒塾生、そして彼らのご父母の方々です。
ですから、私達教師は普段から生徒に喜んでもらえ、力をつける授業を行い、ご家族の方々とも信頼関係を築いておかなければなりません。
考えてみれば、塾の仕事に限らず、すべては人と人の間の信頼関係が基になっています。


一昨日、帰りのバスの中で、中3のK君が言っていました。
「N中学に通う生徒は生活圏が違うので、アカデミーのことはあまり知りません。
でも、僕達が友達に紹介して、1度アカデミーの授業を体験してもらったらみんな確実に入塾してくれます」
K君は3人の友達を紹介してくれました。
そして彼の1年先輩のS君もやはり3人紹介してくれました。


ひとりの生徒を大切にすること。これが塾の生命線です。


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仕事がひとつずつ片づいていく!

2010.01.22日

山ほどあった仕事がひとつずつ片づいていき、とても充実した気持ちを味わっています。
まだまだ仕事はいっぱいあるのですが、できるのは1度にひとつずつ。
焦らず、コツコツやっていこうと思っています。
パソコンのソフトのトラブルや、システム上のさまざまな問題があって、随分時間がかかって遅れに遅れましたが、今週はようやく12月分の成績表とアカデミー通信1月号を発送することができ、また元旦に思いついた新年度の生徒募集チラシの準備もずっとこれまで進めてきて、ようやく大体出来上がりました。
ご協力してくださった方々、ありがとうございました。
お陰さまでイメージしていたものができました。
数日のうちにこのホームーページにもアップしますので、ご覧になってください。


今日、送迎中に聴いていたジェームズ・アーサー・レイのオーディオブックの中に、次のような言葉がありました。
アメリカのベスレヘムスティールという鉄鋼会社の社長であるチャールズ・M・シュワブという人が、ビジネスコンサルタントに仕事の効率を上げるヒントをもらったそうです。
それは何かというと、毎日しなければならないことを6つ挙げて優先順位をつけて順番に片づけていく。そしてその日のうちにできないことがあったら、翌日のトップにできなかったことを持っていって、それができるまでは次の仕事に手をつけない、という非常に単純なものだったそうです。
シュワブ社長は忠実にこの助言を実行し、そしてみるみるこの鉄鋼会社の業績は上がっていき、数年で世界のトップにまでなったとのこと。
シュワブ社長はこのコンサルタントに感謝し、ほんの少しですがと言って、25,000ドルの小切手をお礼として送ったそうです。
25,000ドルと言えば当時のお金としてはとてつもない巨額です。
しかも、こんな単純なアドバイスで、と思いがちですが、実はこれほど大切で、実行するのが難しく、しかも忠実に行えば恐ろしいほどの結果が出る方法というものはありません。
私も頭の中ではわかっているのですが、今まで実行に移したことがありませんでした。
このCDを聞いて、私も今日から実行しようと決意しました。


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英語がうまくなりたかったら

2010.01.21日

昨日、中1のクラスで英語を教えていました。
三省堂の New Crown English 1 の Lesson 8 "Language Games" に、主人公の久美とアメリカから来ているポールが、お互いに日本語と英語を教えあっているシーンが出てきます。
そのとき、今から30数年前にアメリカに留学していたときのことをふと思い出しました。
ある日、大学のキャンパスを歩いていると、向こうから来たアメリカ人の青年がいきなり「日本語話しますか?」と聞いてきたのです。
私は驚いて、とっさに英語で "Do you speak Japanese?" と尋ねました。
すると、「はい、日本語少し話します。高校生のときに日本に行ったことがあります」という答えが返ってきました。
そこで私が、"You speak Japanese very well!"
彼が、「どうもありがとう!」


これがきっかけで、私たちは親友になり、毎日一緒に食事をしたり、映画を見に行ったり、パーティに行ったりと、ベッタリの仲になってしまいました。
面白かったのは、上の会話のように私は彼に英語で話し、彼は私に日本語で話すといった具合だったことです。
そしてお互いに英語と日本語を教え合いました。
そして彼の名前がポールだったのです。
そこでそのことを思い出し、クラスの生徒に「実は先生も同じような経験をして、アメリカ人の友達に日本語を教え、彼は先生に英語を教えてくれた。そして彼の名前がなんとポールだったんだよ」と言ったところ、あまりにも話がうますぎてうそだ、と言われてしまいました。


ある日、ポールとキャンパス内のエレベータに乗っていたとき、ひとりの年配の女性が乗ってきました。
するとポールが「この人古いですね」と言いました。
周りがアメリカ人ばかりで日本語を話してもわからないと思って、彼は平気で失礼なことも言いました。
私は彼に、"You don't say a person is 'furui'. 'Furui' is used only for things. You say people are 'toshi totteiru', OK?" (人には「古い」とは言わないんだよ。「古い」は物に使う。人には「歳取っている」って言うんだ)
と教えました。
するとポールは年配の人を見るたびに、「この人は歳取っていますね」を連発して面白がっていました。


そういえば、先日このブログの中で紹介したデーブ・スペクターさんも日本語ができるようになったきっかけが、日本人の「ワタル君」という少年に、ガイドブックで丸暗記した「郵便局はどこですか?」と話しかけて、彼と友達になったことだったと言っていました。


私の友人のポールは、その後も日本語を一生懸命勉強して、大学卒業後はロサンゼルスの日系企業に就職し、何年か後に会ったとき、日本語がペラペラになっていて本当に驚かされました。


人の出会いというのは本当に不思議です。
「人との出会いで人生が変わる」と言っても過言ではありません。


出会いを大切にしましょう。
また、英語がうまくなりたかったら、英語を話す外国人と友達になることです。


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人生の山と谷

2010.01.20日

今朝、また歯医者に行ってきました。
順番を待っている間、スペンサー・ジョンソンの『頂きはどこにある?』を読んでいました。


スペンサー・ジョンソンの本はこれまでにも何冊か読んできて、また彼自身が吹き込んだCDブックも何度も繰り返し聴いていますが、波長が合い、好きな作家のひとりです。
今回も、この本を読んでいて、書いてあること一つひとつに「うん、そうだ、そうだ!」とうなずいています。
私自身、これまでこのブログで繰り返し書いてきたことが、この本の中に別の表現で書かれていて改めて嬉しくなります。


今日読んでいたところで、まったく「そのとおり!」と思った言葉に次のようなものがありました。
「外部の出来事はかならずしも思いどおりにはならない。
しかし、心の中の山と谷は考え方と行動しだいで思いどおりになる」
「逆境にひそむ利点を見つけ
それを活かせば、谷を山に変えることができる」
「順境に感謝し、賢明に対処すれば、逆境はほどんど経験しなくてすむ」
「山にいるときには、物事を実際よりもよく思ってはならない。
谷にいるときには、物事を実際よりも悪く思ってはならない。
現実を味方にすべきである」


人生の山と谷を寓話でわかりやすく教え、山にいても決して油断したり、高慢になることなく感謝し、谷間にいるときには決して悪いことばかり見るのではなく、いいことに目を向け、感謝していると道は開ける、といった内容が語られています。
薄くてとても読みやすい本です。
お薦めの1冊です。


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今のあなたは過去のあなた!?

2010.01.19日

多くの人が、「今の自分」を見て、自分はこういう人間だ、と思っています。
しかし、正確にはこれは間違っています。
実は「今の自分」はすでに「過去の自分」です。
どういうことかと言うと、「今の自分」は、これまでの「過去の自分」の「結果」なのです。
たとえば、学校の成績がオール3の生徒は、「自分はこんなものだ」と思っていますが、オール3というのはこれまでの自分の努力や理解力の結果の数字に過ぎません。
社会人で年収が500万円の人は、これまでの働き、努力の結果が年収500万円ということです。
つまり、「今の自分」がこれらの成績や年収をどのように見るかによって、これから先をいくらでも変えていくことができるのです。
もし、「自分はこんなものだ」と思っていたら、これから先もずっと「こんなもの」で変わることはありません。
しかし、「自分はこんなものではない」と考え、行動を変えるなら「これからの自分」はいくらでも変わっていきます。
自分の考え方次第で、自分の将来を好きなように変えることができるのです。


だから人生は面白いのです。
もしも、今の自分で「将来の自分」が決まっているとしたら、人生はとてもつまらないものになってしまいます。
昨日のブログにも書きましたが、人生とは「今」の積み重ねです。
「今」何を考え、どのように行動するかで、これからの人生はいくらでも変えることができます。
先ほどの例で、オール3の成績の生徒は、考え方や行動を変えれば、成績をオール4に、オール5に変えることだって可能なのです。
志望校を2ランクも3ランクも上げた人がいくらでもいます。
現在年収500万円の人は、それを1000万円、1億円にすることだって可能なのです。
生まれつき成績がオール5の人や、年収が1億円の人なんてひとりもいません。
みんな、かつてはそこまで達していなかったけど、考え方や行動を変えることによって、目標を達成したのです。
つまり、だれにでも無限の可能性が秘められているのです。
自分の頭の中で「自分はこんなもの」と考えたら、そのとおりになってしまいます。
自分の将来の無限の可能性を信じましょう。
そして、将来のために、「今」考え方や行動を変えましょう。
驚くような結果が出ます。


今のあなたが、たとえどのようであっても、そんなことはかまいません。
あなたのこれからがどんどん開かれていくことを心から願っています。


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時間管理 その2

2010.01.18日

昨夜は結局寝たのが午前3時、というか、ほとんど毎晩3時です。
時間管理がいかに下手かという証拠のようなものです。
昨日のブログに書いた「時間の価値」についての詩を下にご紹介します。


1年の価値を知るには
卒業試験に落ちた学生に 聞いてみなさい
1ヶ月の価値を知るには
未熟児を産んだお母さんに 聞いてみなさい
1週間の価値を知るには
週刊誌の編集者に 聞いてみなさい
1時間の価値を知るには
会うのが待ちきれない恋人達に 聞いてみなさい
1分の価値を知るには
電車やバス、飛行機に乗り遅れた人に 聞いてみなさい
1秒の価値を知るには
事故で生き残った人に 聞いてみなさい
千分の1秒の価値を知るには
オリンピックで銀メダルを獲った人に 聞いてみなさい
時間は待ってくれません
あなたの持っている全ての時間を大切にしなさい
そしてここで全てを発散しなさい


そうです。昨日はもう過ぎ去ってしまいました。
いえ、1分、1秒前さえ過ぎ去り、2度ともとに戻すことはできません。
明日がどのような日になるのか、だれにもわかりません。
私たちは、明日も今日と同じように、朝が来て、1日無事過ごし、夜を迎えるであろうと、当たり前のことのように考えていますが、それすら何の保証もありません。


ですから、与えられている「今」を大切にしましょう。
私たちが生きているのは、「今」しかないのです。
「今」の積み重ねが人生です。
「今」のことを英語で present (現在)と言いますが、「今」はまさに神様からのプレゼントです。


私も時間の価値を知った今、もっと時間管理をしっかりできるようになろうと、新たに決意した次第です。


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時間管理

2010.01.17日

1月に入って中3の入試直前特訓が始まり、1週間7日間毎日の仕事で、そこへもってきて成績表やアカデミー通信の作成、そして新年度生徒募集チラシの作成など、一度に全部の仕事が重なり、正直アップアップの状態です。


時間管理の難しさを思い知らされています。
時間の価値については今朝、礼拝メッセージで聞いたばかりで、まだまだ自分の時間に対する甘さを思い知らされた次第です。
今朝聞いた時間に関する詩についてはまた後日ご紹介します。


遅くなりましたが、ようやく明日の朝、1月号の通信と成績表を発送します。
生徒の皆様のご家庭には火曜日には着くと思います。
本当に遅くなりまして申し訳ありません。


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面接は自分を売り込むこと

2010.01.16日

今日は、中3生の面接練習をしました。
中3生が全員、学校の制服を着て集合すると壮観です。
1月25日の前期選抜の対策として、今日と来週の2回にわたって練習します。
必要な生徒はさらに予備日の24日も活用して練習を重ねます。


全員でオリエンテーションをしたあと、二つのグループに分かれてひとりずつ面接練習しました。
外からドアをノックして部屋に入り、「失礼します」と一礼して、椅子の左横に立って氏名・出身校・受験番号を言った後着席し、面接官に扮した私たち教師の質問に答えていきます。
ほとんどの生徒がかなり緊張していて、普段見られるのとはまったく違う顔を見せてくれました。
落ち着いて、少し笑顔を浮かべながら答えられる生徒もいれば、顔がこわばって、焦って早口になる生徒もいました。


そもそも面接とは「自分を売り込む」場です。
自分はなぜこの学校に入学したいのか、入学したら高校ではどのようなことをしたいのか、卒業後はどのような進路を考えているのか、自分はどのような性格なのか、中学校ではどのようなことに力を入れてきたか等などを面接官に訴えます。


自分を売り込むのですから、遠慮していてはだめです。
かと言って、売り込みすぎると相手に不快感を与えることにもなりかねません。
胸を張って、堂々と、自信をもって自分を売り込み、相手に自分を欲しがらせなければなりません。
これは就職試験にも通じることです。


自分を売り込むのは苦手だという人も中にいますが、結婚相手を見つけるときはだれでも大なり小なり自分を売り込んでいます。
実は、仕事においてもやはり自分を売り込んでいます。
製品やサービスを売る前に、自分を買ってもらわなければならないのです。
一昨年の12月のブログ「自分を買ってもらえ」「自分を買ってもらえ その2」にも書きましたが、普段から自分を磨くように努力していると、自分を売り込もうとしなくても、自然と自分を相手に買ってもらうことができます。


とどのつまり、いつも言っていることですが、やるべきことをやってセルフイメージを高め、自分に誇りをもつこと、そしてそれを相手にアピールすること、これが面接の極意です。


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いつでも、どこでも

2010.01.15日

今朝はまた歯医者の予約で、去年の12月15日以来1か月経ってもまだ通っています。そして、まだ当分の間かかりそうです。


私は電車に乗るときだけでなく、買い物に行くときも、歯医者に行くときも、どこかに出かけるときはいつでもポケットに文庫本を忍ばせて、ちょっとの時間でもあったら読んで、そこから何かしら学ぼうと心がけています。
今日、読んでいた本『思考の整理学』(外山滋比古著)の中に、中国の欧陽修という人が「三上」ということばを残したとありました。
三上とは、「馬上」「枕上」(ちんじょう)、「厠上」(しじょう)のことで、それぞれ今日流に言えば「通勤電車や車の中」「ふとんの中」「トイレの中」というようなことになります。
つまり、「いつでも、どこでも」創造的思考をせよ、という意味です。


1.「馬上」
私は生徒をバスで送迎するとき、クラシック音楽をかけているか、それとも英語の本の朗読やセミナーCDを聴いています。
ここでいろいろなヒントを得ることがよくあります。
これはいいな、と思ったときには、信号で止まったときに、紙にメモしたり、携帯電話のボイスレコーダーに録音したりして記録しておきます。
散歩するときも常に携帯を手放さず、思いついたアイデアを携帯のメモ機能のところに記録します。
そこでメモしたことがこのブログの中でもよく活かされています。
また仕事や個人的なことでも活かすよう努めています。


2.「枕上」
私は夢の中でもいろいろなアイデアがよく浮かびます。
生徒募集のチラシのヒントや仕事の新しい試みなどもよく夢の中でヒントをもらいます。
このブログの中でもこれまで何度も夢のことを書いてきました。(「すごい夢を見よう!」ほか)
普段考えていること、潜在意識が夢の中に現れるという信念が私にはあります。
今日、送迎中に聴いていたCDの中でも、「神経を集中しているところにエネルギーは流れ込む」と言っていましたが、これは真実で、夢にさえ現れるのです。
ときどき、眠りに落ちる前や目覚めた直後にアイデアが浮かぶこともあります。
このようなときは、ふとんから出て机のところに行って忘れないうちにメモします。


3.「厠上」
朝起きてから私は必ず朝刊と携帯電話を持ってトイレに入ります。
新聞の中に紹介されている新刊書などで目を引くものがあると、携帯の写メで撮ります。
また新聞を読んでいて、そこから得たヒントやアイデアも携帯のメモに記録します。
新聞は政治、経済、社会、教育、文化、スポーツ、健康、地域などひと通り全部目を通します。
また広告なども必ず見ます。
ありとあらゆるところに学ぶべきことが隠されています。
それを発掘するのがとても楽しいです。
トイレの中では、新聞のほか、いろいろな本もよく読みます。
トイレの中だけで読み上げた本もたくさんあります。
思考が中断されず、集中できるのでお勧めです。


勉強は机に向かってだけやるものではありません。
いつでも、どこでも、生きている限り私たちは常にいろいろなところから学ぶことができます。
これが動物と異なる人間の偉大なところです。


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ピースサイン

2010.01.14日

写真を撮るとき、日本人(とくに若い人)のほとんどがピースサインをします。
人差し指と中指の2本を立てて、ジャンケンのチョキのサインを顔の横に出すアレです。
アカデミーのイベントなどで集合写真を撮ると、みんなこのピースサインをします。
これは実は日本独自の文化です。
欧米では一昔前、ベトナム戦争に反対する人たちがさかんに「平和」をアッピールするためにやっていましたが、その後この習慣はすたれてしまいました。
ピースサインのルーツは、イギリスのチャーチル首相がナチスドイツ相手の戦争に勝利したときに、勝利(Victory)したと言ってサインしたのが始めと言われています。
それが回り回って日本で復活し、「勝利」「平和」の意味もなしに、写真を撮るときのかつての「はい、チーズ」に代わって習慣化したのです。


アカデミーの成人英会話クラスに長年通ってくださっていたKさんが、20年近くも前のことですが、友達と一緒にハワイ旅行に行ったとき、海岸でみんなでピースサインをして写真を撮っていたそうです。
すると、現地のガイドさんがあわてて言いました。
「皆さん、ここでピースサインをしてはいけません。ハワイではそのサインはサメが出た、ということを意味するのです。だから、皆さんがピースサインをしたら、海岸にいる人たちがパニックして大騒動になりますよ」
これを聞いたKさん、日本に帰ってきてから得意になって、友達みんなにこの話をしていたそうです。
そしてある日、英会話のクラスでこの話題が出ました。
私はこの話を聞いて吹き出してしまいました。
「Kさん、そのガイドさんにかつがれたのですよ。日本人がみんなピースサインをしているのを見て、そのガイドはふざけて言ったのですよ」
「えーっ!そんなんですか?」とKさん。


実はこれに類する話はよくあります。
だれかが冗談半分で言ったことが、いつの間にかまことしやかに語られるようになって、そのうちにそれが真実のようになってしまうのです。
1月7日のブログ「案ずるより横山やすし」の中に書いたデーブ・スペクターさんは、あまりにも日本語がうまいため、「埼玉県出身、生粋の日本人」とか、「英検3級を持っている」、「元・暴走族の総長」などのうわさがあとを絶たないようです。


そう言えば、今思い出したのですが、私は小学校を卒業してすぐに引越し、まったく知らないところの中学校に通い始めました。
そのときやはりうわさ話が広がりました。
私が「街」からやってきた、大会社の社長の息子で、大金持ちで、ヘリコプターもあるなんて、まったく他愛のない話なのですが、これがしばらくの間、私の知らないところで語られていたのです。
知って驚きました。とにかく、私の家はその当時、とても貧しい生活をしていたのですから。


まあ、いずれにせよ、戦争のない平和な日本で、多くの日本人が写真を撮るときにピースサインをしているのは、まさに平和を象徴しているように思います。


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成功するってどういうこと?

2010.01.13日

成功するってどういうことでしょう?
学校でいい成績を取って、いい会社に就職し、昇進して給料をたくさんもらうこと?
自分で会社をおこして、社長になり、たくさん儲けること?
有名人になること?
素敵な人と結婚し、幸せな家庭を築くこと?
確かにこれらは成功のひとつでしょう。
でも、人生における成功とは、ただ単にお金を儲けて、有名になって、幸せな家庭を築くことだけではありません。


この世の中では、上に挙げたような人を成功者と呼んでいます。
でも、学校でいい成績を取って、素晴らしい大学を卒業し、政治家になり、大臣にまでなりながら、自分の過去の失敗が暴かれて自殺してしまった人もいます。
誰もこのような人を「成功者」とは呼ばないでしょう。


一方、まったく名もない人で、世間の注目を集めることなく、また大きな業績を上げることもなく、金持ちになることもなく、結婚せずに家庭を築くことのないまま人生を終える人もたくさんいます。
それでは、これらの人は人生の「失敗者」なのでしょうか?
決してそうではありません。


たとえ他者の評価を得なかったとしても、自分が人生を振り返って、本当に充実した、幸せな人生だったと思うなら、その人は「成功者」ではないでしょうか?


ということは、必ずしも人との比較において秀(ひい)でる必要はないということです。
むしろ、自分に与えられた能力や特徴、性格などを最大限に活かした人生を送るなら、その人は幸せであり、「成功者」なのです。
多くの人が、自分を他者と比較するため、高慢になって人を見下したり、逆に卑下(ひげ)して低いセルフイメージに苦しむ人生を送っています。
いずれも幸せとはかけ離れた人生です。


もちろん、自分を高めようとする努力は必要です。
現在の自分に満足して、高い目標を目指して成長しない生き方も同様に間違っています。


これは学生にも社会人にも、あらゆる人に当てはまると思います。
「うぬぼれ」はだめですが、上を目指して努力しつつ、正しいセルフイメージを持って、胸を張って生きることは大切なことです。
このような生き方ができる人こそ本当の「成功者」ではないでしょうか。
一昨日のブログ「幸せと感じたことがない」に書いたアシュリー・ヘギさんも、「絶対にあきらめない!」の中で紹介した栗城史多さんも、等しく立派な「成功者」です。

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カラスの勝手でしょ

2010.01.12日

今日はゴミ収集の日でした。
ゴミを出しに行くとカラスがゴミ袋をつっついて、道路中にゴミが散乱していました。
どこでもよく見かける光景です。
いつもなら私は、家にほうきとちり取り、トング、ゴミ袋などを取りに戻って、きれいに掃除するのですが、今日は午前中早くに税務署に行かなければならず、仕方なくゴミを出したまま出かけました。
ゴミが散乱しているのを見ながら出かけるのは、なにか後ろめたい気がしたのですが、今日だけはごめんなさい、どなたか代わりに掃除してください、という思いで家をあとにしました。


以前は、ゴミを荒らすカラスに腹を立てていたのですが、考えてみたらカラスも命がかかっているわけで、彼らにはゴミを散らかしているという意識はまったくないのです。
ただ、全身が真っ黒で、カーカーと大きな声で鳴き、しかも汚いゴミをあさるので、私たちはカラスを気味悪く感じ、嫌います。
でも、カラスにしてみれば、ゴミをあさろうとなにをしようと、「カラスの勝手でしょ」と言いたいことでしょう。


1970年代から80年代にかけての国民的人気番組だった「8時だよ。全員集合」の中で、ザ・ドリフターズの志村けんが、「カラス、なぜ鳴くの、カラスの勝手でしょ」と替え歌を歌い、一時期これが小中学生などの間で大流行しました。
童謡をふざけた替え歌にしたということで、これはずいぶん叩かれました。
確かに、この替え歌を子どもたちが歌ったり、大人に叱られたときに「カラスの勝手でしょ」と答えたりしているのを見て私も不愉快になりましたが、歌の内容のとおりカラスが鳴こうが、ゴミをあさろうが、そんなことはカラスの勝手です。


問題なのは、人間の「自己チュー」という虫が、なんでもかんでも「カラスの勝手でしょ」と言わんばかりに大きな顔をしていることです。
毎日、ブンブン、ブンブンと爆音を立てながら、赤信号も無視して道路を我が物顔に走り回る暴走族。
赤信号で止まった車の中から灰皿の中の吸殻をドアを開けて捨てる人。
狭い道路で対向できないのがわかっていながら突っ込んできて、相手の車をバックさせる人。
車の運転マナーだけではありません。
歩きながら道に空き缶やペットボトル、ゴミなどを平気で捨てていく人。
レストランなど大勢の人がいるところで、周りの迷惑を考えないで大声で話す人たち。
挙げだせば切りがありません。
人に迷惑をかけるこのような「自分勝手」は、「カラスの勝手でしょ」では済まされません。
最近、とくにこのような自己チューが増えてきているような気がしてなりません。


カラスではなく、万物の霊長と呼ばれる一番知恵のある人間がこのようなことをするのは、本当に情けないと思います。
小学生に聞くと、最近学校では学級会などがなく、道徳的なことを話し合う場がないそうです。
やっぱり、家庭で、子どもたちが幼い時期から、マナーをしっかりと教える必要があるのではないでしょうか。


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幸せと感じたことがない

2010.01.11日

今日の読売新聞の「人生案内」から。
「20代の会社員女性。今まで幸せと感じたことがありません。ずっと不幸です。名前の画数さえ大凶です。
小さい頃は闘病のため好きな食べ物は禁止でした。いじめにも遭いました。大人になってからも父が借金を残して出て行き、家族を扶養しなければならなくなりました。最初に就職した会社では体調を崩すほど嫌な部署に配属され、人間関係も最悪でした。限界を感じ1年でやめました。今の会社も将来性はありません。しかしこの不景気、ほかに仕事もありません。
友人たちは病気もせず職場にも恵まれています。どうして私ばかりこんな目に遭うのか。「すごい不幸だね」と言われます。毎日将来の不安を感じています。いつかは幸せにと願い続けてきましたが、選択するたびに悪い方向に行くのです。どう生きていけばよいのでしょう。(大阪・A子)」


これに対する回答者(野村総一郎・精神科医)の答えは、
「確かに大変なご苦労を重ねておられる。それでも健気(けなげ)に頑張ってきたあなたに心から応援のエールを送りたいです。ご質問は『不幸な運命の中でどう生きるべきか?』というものですが、これは大げさに言えば、人類の一大テーマ。古今東西の哲学者が考え続け、文学の主題にもなっています。
もちろん、『正解はこうです!』と発表できるようなものでもありませんが、『幸福か不幸かが問題ではない。とにかく生きることに人間の価値あり』という意見が多いようです。もっと積極的に『苦労するほど人格が磨かれて、人間として完成される』という見解もあります。これはどちらかと言うと西欧的価値観ですかね。東洋的には「災難は災難として受けるべし。それもまた良き哉(かな)」という一種諦観(ていかん)ですか……。
ここまで読んで、私は答えを出せず、他人の意見を紹介して逃げようとしていると思われたかもしれません。ただ、『自分は不幸だな』と思った時に、屁(へ)理屈でも良い、気休めでも良い、私は右に述べたような先人の結論を思い出すようにしています。すると不思議に勇気が出ます。この方法があなたにとっても、前向きに生きるきっかけになると良いのですが」


上の回答でこの方が、悩みから開放されてお元気になられれば本当に言うことないのですが、果たしてそう簡単にいくでしょうか。
世の中、見回すと「自分は不幸だ」と思っている人がいっぱいいます。
かたや、カナダのアシュリー・ヘギさん(1991年5月23日 - 2009年4月21日)のような人もいます。
生後3か月ごろから皮膚が硬くなりはじめ、さらに髪の毛が抜けはじめ、プロジェリア症候群という難病だということが判明します。
この病気は、全身の老化が異常に進行する早老症疾患で、平均寿命は13歳ぐらいと言われています。
父親は彼女が1歳のときに家を出て逃げます。母親はアシュリーが不憫で何度も親子心中しようと考えます。
しかし、母親は彼女の積極的な姿勢に助けられて、一生彼女と一緒に生きようと決断します。
アシュリーのことを取り上げたテレビ番組が何度も日本でも放映され、多くの人の感動を呼びました。
私も見るたびに泣かされました。
その中で彼女の言っていた言葉がいまだに私の脳裏から消えません。
「もう1度生まれ変わってくるとしたら、やっぱりこの同じプロジェリアの病気も持って、同じお母さんから生まれたい」
また次のようにも言っていました。
「わたしは、人の前で悲しい顔はしたくない。笑顔でいると、みんながハッピーになるでしょ」


人生の幸不幸は考え方次第なのです。
「辛い、辛い」と言っていたら、余計に辛くなります。そして辛い顔をした人と誰も一緒にいたくないので、人は去っていきます。
つまり、ここでも「引き寄せの法則」は働き、不幸が不幸を引き寄せるのです。
上の相談者のA子さんは、人から「すごい不幸だね」と言われているようですが、これは自分から「私は不幸だ」と人に言っているからです。
まず、これをやめたほうがいいでしょう。
そして、自分に与えられている良いことにひとつでも目を向ける。そうすると、案外二つ、三つと良いことが見つかるものです。
すなわち、自分が恵まれていることに目を向け、そのことを感謝するのです。
そうすると、引き寄せの法則で、良いことがさらに良いことを引き寄せます。


昔、ある人から「辛い」という漢字の上に「十」という字を付け足してごらんと言われました。
そこで「辛」の上に「十」を書き足したところ、なんと「幸」という字になったのです。
この「十」は何を意味しているのでしょう。


「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげよう」 (マタイの福音書11:28)
はイエス・キリストの有名な言葉です。
自殺するつもりで死に場所を求めてさまよっていた人が、岬の断崖絶壁のところにあった看板に上の言葉を見つけ、教会を訪ねて信仰を持ったという話をよく耳にします。
「辛い」の上の「十」はキリストの十字架だった、というわけです。
キリスト教がいやだと言う人は、「十」をプラスのサインと見てもいいでしょう。
すべてのマイナスはプラスに変えられる、と。(まあ、これにも信仰が必要ですが)


私の知人のTさんは、子どもの頃両親に捨てられ、高校を中退して働きに出ました。
彼は苦労に苦労を重ねた後、会社をおこしますが最初のうちは何年間も赤字続き。
でもそのうち徐々にその会社は大きくなり、いまや大会社の社長で、ご家族にもとても恵まれて、人がうらやむような豊かな、幸せな毎日を送っていらっしゃいます。
一方、もうひとりの知人のHさんは、苦労の連続の後病気を患い、ずっと生活保護を受けてひとりで生活していらっしゃいます。
人の目から見ると、貧しい、気の毒な生活です。
しかし、Hさんは毎日の生活の中でいつも「小さな幸せ」と見つけることを心がけていらっしゃいます。
そしていつも満面笑みで、幸せに、明るく生きていらっしゃいます。
おふたりに共通しているのは、「辛い」人生に、「十字架」を見出されたことです。


一見、避けたいと思われるようなものでも、それを受け入れることによって、それが後に祝福のもとになる、というようなことは私たちの人生の中でしばしばあります。
今日の「人生相談」に投書した人がこのブログを読むかどうかはわかりませんが、もし似たような境遇にある人がお読みになったなら、「意味のない人生なんてない」「あなたも世界という巨大なジグソーパズルの中の欠けてはならないひとつのピース」「万事が相働いて益となる」ということを信じて、力強くこれからの人生を生きていただきたいと心から願うものです。


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信頼関係

2010.01.10日

私の住んでいる町には、農家の近くに無人の野菜果物販売所が結構たくさんあります。
最近、とくに増えてきたようで、バス停のすぐそばにも小さな台の上にみかんと代金入れの鍵付の筒が置いてあったりします。
中には、農家の入り口に「米あります。5キロ1600円」とダンボールの上に書いたものが貼ってあったりして、こうなるともう立派な商売です。


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初めて見たときは、微笑ましいなと思うと同時に正直少し驚きました。
代金を入れる空き缶やかごが商品の横に無造作に置いてあって、これでみんな正直にお金を入れるのかな、と思いました。
また、缶やかごの中のお金を取る人はいないのだろうか、と。
でも、この手の無人販売所の数が増えてきているということは、ほとんどの人が正直に代金を支払っていて、お金を盗む人もあまりいないのだろうと想像しています。
中には、防犯カメラが設置してあるところもあり、やはり不安な人もいるのでしょう。
でも、おそらく全国的にこの無人販売所の数は増えてきているのではないでしょうか。


しかし、私が本当に不安に思うのは代金のことではありません。
スーパーの食品の中に針がいたずらで入れられていることが最近よくあります。
昨日も埼玉のスーパーでまぐろの刺身やうどんに針が混入しているのが発見されました。
幸い事故には至りませんでしたが、危険極まりない悪質ないたずらです。
もとは1984年〜85年頃のグリコ・森永事件が発端です。このときは、お菓子などに青酸カリが混入されていました。
この事件がきっかけで、お菓子を始めあらゆる食品がフィルム包装されることになりました。
今では当たり前になった食品のフィルム包装は、何と25年ほど前まではまったくなく、無防備だったのです。


昔、アメリカにいた頃、ハロウィンになると、近所の子どもたちが "Trick or treat!" と言ってうちにもやってきて、用意しておいたキャンディをあげたものでしたが、ちょうどこの頃、子どもたちがもらったお菓子や果物にやはり毒が入っていたり、カミソリの刃が入っていたりして、社会問題化したことがありました。
これなどは、人の信頼を根底から覆すまことに卑劣な事件です。


私が心配するのは、無人野菜果物販売所に置いてある商品がまったく無防備な点です。
だれかがいたずらで針など危険なものを入れはしないか、ということを恐れているのです。
これは本当に信頼関係の上に成り立っていることです。
日本は世界的に見て、本当に平和で安全な国だと思うのですが、スーパーの針混入事件などが最近増えてきているので、やはり私たち一人ひとりがもっと注意しなければなりません。
無人販売所の近辺に不審な人がいないかどうか、また商品を買った場合、やはり安全性を確かめる必要があるでしょう。


このようなことをしなければならなくなったということは本当に残念なことですが、ただ平和だ、安全だ、と言って慢心するのでなく、このような卑劣な行為は絶対に許さないと決意し、みんなで協力し、安心して暮らせる社会を作っていくことが大切です。
信頼関係はその上に築かれるものです。


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絶対にあきらめない!

2010.01.09日

今日の夕方、4:45〜6:00、NHKで「7サミット」という番組が再放送されていました。
―世界7大陸の最高峰へ若き登山家の全記録―という副題のとおり、27歳の青年、栗城史多(くりきのぶかず)さんが、7大陸の最高峰の山々を登頂していく記録です。
栗城さんは、フリーター・ニート生活をするなかで人生の意味を求めて、大学の山岳部に入り、登山開始後2年目の22歳のとき北米の最高峰マッキンリーの単独登頂に成功。
その後、南米の最高峰を始め次々と6大陸を制覇します。
そして昨年9月、世界の最高峰エベレストにチャレンジします。
彼のすごいところは、シェルパを伴わず単独で、しかも無酸素(酸素ボンベなし)で、自分でカメラ撮影しながら登るところです。
普通の人は、7500mを超えるところでは酸素ボンベなしでは生きていけないといいます。


常に死と隣り合わせの栗城さんの勇気あるチャレンジに、多くの人たちが背後で応援しています。
去年、エベレスト登頂に失敗しましたが(状況を計算して引き戻すという勇気ある決断でした)、今年の4月には再度チャレンジするそうです。


彼のモットーは、
「人に感動してもらう冒険を行い、一歩踏み出す勇気を与える」(ウェブサイトから)
で、実際のところ彼のインターネット生中継を見て、生きる勇気を与えられたり、うつ病から立ち直る人などが大勢いるそうです。
本当に、限界の状況での彼の挑戦を見れば、私たちの苦労などは取るに足りないものだ、ということがよくわかります。
私も死にもの狂いでロッククライミングを体験したことがありますが、これなどは栗城さんの登山と比べるとまるで赤ちゃんのはいはいのようなものです。(「満天の星」にそのときの経験を記し、<「宝探し」に写真を掲載しました)


番組の最後に、彼が叫んでいました。
「ぼくは絶対にあきらめない!」
私も今日のTV番組を見て、彼の無事を祈らずにはいられませんでした。
頑張れ、栗城さん!
でも、命を大切に。絶対に無理はしないでくださいね!
栗城史多さんのウェブサイトで、今日のTV番組でも紹介された感動的な動画が見られます。
皆さんも、ぜひ応援してあげてください。


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愛は寛容であり...

2010.01.08日

中学3年のときのことです。
国語の時間、T先生が私たちに尋ねました。
「君たちにとってこの世で一番美しいものは何だ?」
みんなしばらく考えました。
先生は一人ひとりに答えを求めました。
答えられない生徒も結構いました。
いろいろな答えが出ました。
私の番がまわってきたとき、胸をドキドキさせながら答えました。
「愛が一番美しいです」
中学3年の男子が言うようなことではありません。
一瞬空気が凍りつき、静まり返りました。
T先生は、「ほう、愛が美しいか。はい、次」
と言うだけで、ほとんど反応しませんでした。
私と同じ美術部に属し、将来芸術家を目指していた親友のK君が自信を持って答えました。
「秋の柿の葉っぱです!」
ところが、T先生のお気に入りのK君の答えにもT先生はあまり関心を示しませんでした。
私はちょっと驚きました。
そして生徒が次から次へと自分の考えを述べていきました。
そしてI君の番です。
「女の裸!」
「キャー!」「ウォー!」と教室が騒然としました。
T先生は真顔で答えました。
「うん、女の裸は確かに美しい!先生も君の考えに賛成だ」
今でも鮮明に覚えている中学のときの思い出のひとコマです。


K君はその後、卓越した芸術センスを活かして広告宣伝会社を立ち上げました。
私も昔はよく彼の会社に仕事を依頼しました。
そして現在、その会社は大きく発展し、人材教育・販売促進・マネジメント会社となっています。
I君は、その後...
いえ、優秀だったI君は大学卒業後、日本のトップ企業に就職し、数年後私が学んでいたUCLAに会社から派遣してもらってMBA(経営学)を学びに来て、私の住んでいたアパートにルームメイトとして転がりこんできました。
「愛が一番美しい」と答えた私は、十数年後、聖書の中に描かれている「愛」に出会い、感銘を受け、自分は一生この信仰に賭けて生きていこうと決心することになります。


結婚式などでよく引用される有名な聖書のことばに次のようなものがあります。
「愛は寛容であり、愛は親切です。また人をねたみません。愛は自慢せず、高慢になりません。礼儀に反することをせず、自分の利益を求めず、怒らず、人のした悪を思わず、不正を喜ばずに真理を喜びます。すべてをがまんし、すべてを信じ、すべてを期待し、すべてを耐え忍びます。愛は決して絶えることがありません」 (コリント人への手紙 第1 13:4〜8)


『ザ・シークレット』の中には次のように書いてあります。
「人の表現を通して愛の証(あかし)を見る事はできますが、愛は感情であり、その感情を放射、発信できるのはあなただけです。愛の感情を作り出すあなたの能力は無限です。あなたが愛している時、あなたは、宇宙と完全に調和が取れているのです。愛することができる全ての物を愛してください。愛することができる全ての人を愛してください。あなたが愛するもの、愛を感じる物だけに焦点を合わせれば、その愛が何倍にもなってあなたに返ってくるのがわかります。『引き寄せの法則』があなたに愛することができるものをより多く引き寄せてくれます。あなたが愛を放射すると、あたかも宇宙全体が、あなたのために何かをしてくれているように感じます。すばらしいことの全て、良い人たちみんなを、あなたのもとに連れてくるように感じます」 (p.197〜198)
この本は、多くのページを「愛」のテーマに割いています。


私はこの本に書かれていること、そして聖書の中に書かれていることを毎日実感しています。
中学3年のとき、恥ずかしい思いで「愛がこの世で一番美しい」と言いましたが、今では胸を張ってそう言うことができます。


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案ずるより横山やすし

2010.01.07日

「案ずるより横山やすし」
は、放送プロデューサー、TVコメンテーターのデーブ・スペクターさんの生み出したダジャレです。
昨日の読売新聞夕刊8-9面にデーブ・スペクターさんのことが紹介されていました。
彼はシカゴにあった仏教会の日本語学校に毎週日曜日に1時間、6年間通い続け主席で卒業したそうです。
日本語弁論大会で「三島由紀夫の生涯と自殺」と題してスピーチし、優勝したとのこと。
彼の手書きのスピーチの原稿の写真が載っていました。


デーブ・スペクターさんは11歳のとき、ガイドブックで丸暗記した日本語で「郵便局はどこですか?」とひとりの日本人少年「ワタル君」にシカゴの街で話しかけ、それがきっかけでワタル君から日本の漫画や雑誌を借りて読み漁り、やがて「座頭市」「若大将」などの映画にはまり、小説を読み始め、どんどん日本文化に浸かっていきます。


彼の日本語の勉強法は、毎日新たに覚えた日本語を手帳に書いて、自分の辞書のようなものを作ることです。これは今でも続けているそうです。本当に脱帽です。
ローマ字での読み、漢字、英語の意味のみならず類義語までぎっしり書き込んでいるそうです。


今から20数年前、親しくしていただいた立川駅前キリスト教会のリーズナー牧師も、戦後日本に宣教師として来たとき、常に手帳を持ち歩き、電車の中で、街角で、いつでもどこでも耳にした日本語を全部ローマ字で書きとめ、家に帰って辞書で引いて意味を調べ、自分の辞書を作ったと言っていました。
リーズナー先生の日本語も驚くほど流暢(りゅうちょう)でした。


私も小学生の頃、アメリカ人の叔父のところで夏休みを過ごすとき、いつでも聞き覚えた英語を手帳にカタカナで書きとめ、自分の辞書を作りました。
「ケロスィーン」(kerosene)は当時覚えた単語で、「灯油」のこと。おそらく日本人の子どもで「ケロスィーン」なんて知っている子はいなかっただろうと思います。
手帳は何冊にもなり、この頃覚えた英単語の数は相当なもので、その後中学・高校、場合によっては大学に行ってからでも間に合ったほどです。


語学の学習の基本は、単語です。
自分自身の単語帳を作ることはとてもいい方法です。
英語が苦手な人はまず例外なく語彙力がありません。
語呂合わせでも何でもいいので、まずは単語を一つひとつ覚えていくこと。
その積み重ねが実力につながっていきます。


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Mさん、8年間ありがとう!

2010.01.06日

今日は冬期講習の最終日でした。
昨日は高3のMさんの最終授業でした。今月から大学入試が始まる、ということで昨日までとなった次第です。
使っていた英文法問題集も昨日、ちょうど最後のページを完成させ、本人も充実感を味わっていました。
思い返せばMさんが最初にアカデミーに来たのは小学5年生のとき。それ以来8年間の長きにわたるお付き合いでした。
Mさんはお兄さんも小学校から中学校まで通ってくれて、今は大学生です。
授業が終わってお別れするのが少しつらかったです。
大学受験での健闘を祈り、「ときどき顔を見せてね」と言って送り出しました。


今日、最後の冬期講習まとめ学力テストが終わってバス送迎しているとき、中2のU君と話していました。
U君も現在高1のお姉さんが中学校の時アカデミーに通ってくれていました。
「お姉ちゃん元気?」
「はい、とっても元気にしています」
実は、アカデミーはU君やMさんのように、兄弟姉妹できてくれている生徒がとてもたくさんいます。
U君にMさん兄妹のことを話して、Mさんは8年間通塾してくれた、と言ったらびっくりしていました。
8年間と言えばU君の人生の半分以上です。
現在中1のT君は幼稚園の年中のときから来てくれているので、なんとすでに9年になる、とU君に言ったら、
「そのうちに高校、大学を卒業したらそのままアカデミーに就職して、ずっといたりして」
なんて冗談を飛ばしたほどです。
兄弟姉妹3代にわたってアカデミーに来てくれている生徒も何人かいます。
U君に、「君のところはもう下に弟妹はいないの?」と冗談で言ったら、
「さすがにもういないっす」
と笑いながら答えていました。


冬期講習に体験に来ていた中2のFさんが、今日バスに乗るなり、
「1月からも継続します」と言ってくれました。
そして、
「同じ部活の友達が、今までいろいろな塾に通ったけど、アカデミーが一番楽しかったと言っていました」
と言うので、
「だれ?」
と尋ねると、やはり姉妹で来てくれていた、また別のMさんでした。
Mさんもお姉さんは今や大学生。
時の経つ速さに驚かされます。


アカデミーを巣立っていった生徒たちが、立派になっていくのを見ると、本当に我が子のように嬉しくなります。
Mさん、8年間ありがとう。
受験頑張ってください。志望校合格をお祈りしています!


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N先生、毎日お祈りしています

2010.01.05日

昨年、3月10日のブログ「潜在意識の力」の中に書いた、小学4年生のときに教育実習に来てくださった西村隆宏先生のことがいつも心にあり、昨年の11月末にメールで近況をお伺いしました。
西村先生から戻ってきたお返事はショッキングなものでした。
「私は今年1月に悪性のリンパ腫が判明し、入退院を繰返しながら化学療法を受けています。リスクもありますが、しっかり現実を受け止め、明るく前向きの姿勢を発揮出来るよう祈り努めています。貴方も健康にはくれぐれも気を遣って下さいね。先ずは、ご報告まで」


西村先生は、私の大切なメンターのひとりです。
なんとしても西村先生に、元通りのお元気な姿になっていただきたいと心から願っています。
そこで、私はこのメールをいただいた日以来、毎日欠かさず西村先生の癒しのためにお祈りしています。
このブログでも何度か書きました寿美江先生も、悪性の脳腫瘍で余命6か月と医師に宣告されたにもかかわらず、手術後2度のMRIで医者が驚くほど経過が良好ということです。(「体温を上げると健康になる」
信じられないような奇跡というのは実際のところ枚挙にいとまがありません。
そして、信じて疑わないなら、そのようになります。


西村先生からのメールに、「明るく前向きの姿勢を発揮出来るよう祈り努めています」とありましたが、これは本当に大切なことです。
『ザ・シークレット』の中に登場するキャシー・グッドマンさんは乳癌と診断されましたが、癌はすでに癒されたと心の中で本当に信じ、「癒されたことを感謝します」と毎日唱えました。
そして、面白い映画を見て、笑って、笑って、笑い続けました。
放射線治療も化学療法もまったく受けず、三か月後完全に癒されていました。
「キャシー・グッドマンの美しく感動的な話は、3つの偉大な力が働いていることを証明しています。それは、感謝の力、良くなると信じる力、病気を消滅させる喜びと笑いの力です」(同書p.208〜209)


西村先生、持ち前の明るさと積極思考で、病を忘れて、身体から追い出してください。
必ず癒されます。


西村先生からの年賀状には次のように書いてありました。
「まだまだ先は長いようですが、焦らずしっかり前向きに立ち向かってまいります」


陰ながら毎日祈り、そして応援しています。
そして再会しましょう。お元気になられてから。
楽しみにしています。


「ブログ、ときどきですが拝読しています。文章、内容、継続、全てに感服しています」とのお褒めのお言葉をちょうだいし、恐縮しています。
私も頑張ります。先生も頑張ってくださいね。


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英会話の基本はここで学びました

2010.01.04日

月曜日の1時間目、大学で初めての記念すべき授業でした。
講師名は Paul Winn と書いてあります。
「外人の先生だ!」
私は先生が教室に入ってくるのをワクワクしながら待っていました。
チャイムが鳴って教室に入ってきたのは頭が半分禿げて、お腹が突き出た初老のアメリカ人でした。
その風貌に親しみを感じました。
Winn先生の話す英語は初めから全部わかりました。(大して難しいことは言っていませんでしたが)
英語に関しては、それまでにかなり勉強していたので結構自信がありました。


授業が終わると、私は教壇にいる先生のところに行って英語で話しかけました。
「先生、どこにお住まいですか?先生の家を訪問して、いろいろとお話したいのですが」
先生はニコニコしながら答えました。
「私のうちは○○の近くです。毎週、水曜日の夜7時半にほかの学生も来ていますから、あなたもそこに来ませんか?」
私は嬉しくて、ぜひ伺います、と即座に返事しました。
そして早速、その週の水曜日、先生の家を訪ねました。
外人の家の一種独特の匂いがしました。
Winn先生に歓迎され、玄関から居間に通されると、すでに数人の学生がソファや椅子に腰かけていました。
白髪のAnn夫人も一緒にいらっしゃいました。
しばらくすると集いが始まりました。
私は英会話のクラスかと思っていたところ、なんとそれは英語の聖書研究会でした。
一瞬「ハメられた」と思いましたが、気を取り直して、仲間に加わりました。
聖書の学びが終わると、自由に会話するのですが、このときAnn夫人の手作りのケーキとコーヒーが出て、これもとても楽しかったです。
あとでわかったことですが、Winn先生ご夫妻はアメリカから日本に遣わされてきていたキリスト教の宣教師だったのです。
おふたりはそれぞれ違う大学でアルバイトで英会話を教えていらっしゃいました。


Winn先生は、キリスト教の宣教師らしくない一面もあって、そこにとても親しみを感じました。
あるとき、私たち学生を前に先生は真面目な顔をして言いました。
「私はアメリカからPlayboyという雑誌を毎月とっているけど、この中に載っている女性のヌード写真は、日本で売っているもののように黒く塗りつぶしてなくて自然のままでとても美しい」
私たちは思わず吹き出してしまいました。
Ann婦人は横でただニコニコしているだけです。
またあるときは、
「自分は毎年宝くじを買っているけど当たったためしがない」と言いました。
へぇ〜、宣教師でも宝くじを買うんだ、と私は驚きました。
私が
「先生の名前はウィン(Winnとwin「勝つ」の語呂合わせ)というのに、1度も勝ったことがないのですか!?」
とジョークを言ったら、先生は大うけしていました。


それから、4年余りにわたって、私は毎週ほとんど欠かさずに Winn先生の聖書研究会に出席しました。
その間、大学を卒業して去っていく人もいましたが、新しいメンバーが加わったりして、そこで何人かの親しい友人もできました。
そのうちのひとりは、現在静岡のある大学の英語の教授になっています。
私はここで英会話の基本を学びました。
大学の授業よりもこちらのほうがはるかに楽しかったし、学ぶこともたくさんありました。
アメリカの大学院に留学しても、困ることはほとんどないほど会話の力をつけることができました。
留学の途中、私用で一時帰国することになり、Winn先生に手紙を書き、自分がクリスチャンになったこと、そして帰国した際ぜひお会いしたい、と伝えたところ、先生から返事が戻ってきました。
「君がアメリカで信仰に導かれるよう祈っていました。おめでとう!とても嬉しいです。
残念ながら、君が戻ってくる頃には、私たちは退職してアメリカに帰国しています。それで家の裏庭にある物置小屋に私の本がたくさん残してあるので、それを好きなだけ持っていってください。私からのプレゼントです」
帰国して先生の家を訪ねると、果たして、小屋の中にはうずたかく積み上げられた洋書が足の踏み場もないほどたくさんありました。
その中から気に入ったものを何冊かいただき、お礼状を書きました。
が、それ以降Winn先生とは音信が途絶えてしました。


聖書研究で使用していたテキストは今でも私の手元にあります。
The Living Story of the New Testament と The Living Story of the Old Testament というもので、大学卒業後アメリカに留学し、先生とお別れしてから4年後にキリスト教の信仰をもったとき、この聖書研究会で学んでいた点と点がようやくすべてつながって線となり、意味が理解できるようになりました。
今、テキストを手にとってページをめくると、その当時の聖書研究の様子や部屋の匂いや、ご夫妻の声が鮮やかによみがえってきます。
もう40年以上も前のことです。
Winn先生も私のかけがえのないメンターのひとりです。


「どうしても英語が自由に話せるようになりたい」という私の思いが私を駆り立てて、Winn先生に近づかせました。
このほか、キャンパスで見かけた外国人の先生にはほとんどみんな自分のほうから声をかけて親しくなり、そのうちの何人かはうちに食事に招いたり、その先生の家に泊めていただいたり、一緒に旅行に行ったりもしました。
「意思あらば道通ず」です。


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中1 「図る」を「ズる」!

2010.01.03日

今日の読売新聞38・39面に連載「学力考」第1部が載っていました。
ご覧になった方も大勢いらっしゃることと思います。
昨年の秋、兵庫県の中学1年生の社会の授業で、生徒が「改革を図る」を「改革をズる」と読んだそうです。
教師が、「図は訓読みでは、はかるって小学校で教えてもらっただろう」と言って、教室を見渡すと、何人もの生徒が首をひねったといいます。


これは本当にショッキングな出来事です。
そして読売新聞の上記記事には次のようにあります。
「今、公立高校入試に“推薦追放”の波が押し寄せている。読売新聞の調査では、07年度以降だけで13都県が推薦方入試の廃止や推薦枠削減を決め、9県は学力試験を必須化した。
背景には、やはり義務教育段階の学力低下への危機感がある。小1から内容を大幅にひらした教科書で学んだ『本格ゆとり世代』が今春、中3になる。この間、公立高入試では『ゆとり』の一環で推薦など学力試験以外の選抜方法拡大が続き、試験のために勉強するという『強制力』が弱まった」


戦後教育は、知識偏重→個性重視→学力低下→軌道修正という道をたどり、結果的に「ゆとり以前」に近づけられるといいます。
日本人は長い目でものを見ることができません。
「偏差値重視だ」と批判が出ると、あわてて「ゆとり」にし、国際学力テストの結果「学力低下」がわかると、また「偏差値重視」に戻すとは、まさに笑止千万です。
私はこのようになることは、初めからわかっていました。塾で催す父母会では、十数年前から必ずこのようになると私は予言していました。


しかし、「ゆとり以前」にもどし、学力を取り戻そうとしても、問題は解決しません。
また、同じことになるからです。結局、振り子のように右へ左へと大きく揺れるばかりです。
上に引用した記事の中の、「試験のために勉強するという『強制力』が弱まった」という発想自体が間違っているのです。
勉強とは「試験のためにする」ものでも、「強制して」無理やりさせるものでもありません。


頭のいい人たちが集まった文部科学省は、そもそも「勉強=競争」で育ってきたので、そのような発想しかできないのです。
大切なのは、「試験のための勉強」でもなければ、「偏差値重視」でもないのです。
勉強は「自分の将来のため」にやるものであり、「楽しく」学ばなければ身につきません。
勉強とは「競争」ではありません。「勉強=競争」という位置づけをしていると、子どもたちは入試が終わり、競争が終わるとたちまち勉強しなくなります。今の大学生の多くがそうであるように。


うちの塾の生徒は「勉強が楽しい」と言います。
ですから、去年の中3生は前期選抜(他県の推薦入試に当たる)で合格を決めたあとも、全員が後期選抜の生徒と机を並べて、最後まで一緒に勉強しました。
それが自分のためだということがわかっているからです。
勉強に対する考え方をみんなが根本的に変える時が来ています。


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慈しみの心

2010.01.02日

昨年の6月9日のブログに、私たちはみんなパズルの中のワンピース、不必要な人などひとりもいません、と書きました(「パズルのワンピース」)。


詩人、絵本作家の谷川俊太郎さんが「みんなちがって」と題して、次のように書いています。
「たとえれば
この世は複雑精緻(せいち)なジグソーパズル
ありとある生きものがパズルの一片
風に乗るもの 地をはうもの
砂にひそむもの 岩に棲(す)むもの
水に潜るもの 草原を駆けるもの
ピースひとつがまた枝分かれして
数え切れないピースがひしめき
どんなに小さいピースが欠けても
世界はその傷口から病んでゆく


たとえれば
この星は和音に満ちたオーケストラ
そこではひとつひとつのいのちが楽器
囀(さえず)るもの 吠えるもの
コトバもつもの うめくもの
黙っているもの 地響き立てるもの
繊細微妙(せんさいびみょう)ないのちの波動が
スコアに書けないいのちのとどろきが
太古から豊かな調べを奏でている
確かなリズムを刻み続ける


自然が生んだ生きものたちの
さまざまな形さまざまな色さまざまな性(さが)
ヒトの都合で左右できない天与(てんよ)の豊穣(ほうじょう)
それをかつて一人の娘はこう記した
『みんなちがって みんないい』」
(末尾のことばは、金子みすずの詩「私と小鳥と鈴と」より)


この世の中の生きとし生けるものへの賛歌です。
そしてこれは、冒頭に引用した私のブログの「この世に不必要な人」などひとりもいない、に相通じます。
私たち一人ひとりが、あらゆる生きものに対して、また地球上のすべての人に対して、このような慈しみの心をもつならば、この世から争いやテロや殺し合い、妬み、嫉妬、騙し合い、奪い合いなどが消えることでしょう。


私たちみんなが耳を傾けるべきメッセージが上の詩の中にあります。


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新年明けましておめでとうございます

2010.01.01日

新年明けましておめでとうございます。


ご家族お揃いで、すがすがしい元旦の朝をお迎えになられたこととお慶び申し上げます。


新しい年に期待することがきっとたくさんあることと思います。
期待することはとても大切で、「どうせこんなものだろう」と思って、期待しないでいると、まさにそのとおりの結果になってしまいます。
期待していると、宇宙があなたに味方して、あなたの願いに応えようとしてくれます。
そして、人や境遇や出来事さえも動かして、あなたの夢を実現させてくれます。


政府がが年末に、経済成長戦略を発表しました。
GDP名目3%成長、470万人雇用創出など、素晴らしい目標がたくさん挙げられていました。
読売新聞は、目標達成への具体策がない、と酷評していましたが、まずは大きな目標を掲げること。
そうすれば、自然とその目標を達成するための知恵はあとから生まれてきます。
新しい年、ちょっと頼りないですが、鳩山政権にも期待しましょう。


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