学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

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来年はきっといい年

2009.12.31日

皆さん、この1年いかがでしたか?
「人生山あり、谷あり」。嬉しいこともあれば、辛いことや苦しいこともあったことでしょう。
来年はどんな年になるのでしょうか?


きっといい年になります。
いえ、正確には「いい年になる」と思っていたら、必ずいい年になります。
「きっと大変な年になるだろう」と思っていたら、そのとおりになります。
人の幸不幸は、その人の考え方次第です。
「自分は幸せだ」と感じている人は、たとえ境遇がどうであれ、幸せです。
逆に、どんなに恵まれた環境の中にあっても、「自分はなんて不幸なんだ」と思っていたら、まさに不幸な人生を歩むことになります。
自分は幸せだと思っている人は、ますます福を引き寄せます。
自分は不幸だと思っている人は、自分の身の回りに起こることすべてが不幸に見え、ますます不幸の穴の中に落ち込んでいきます。


ということは、来年いい年になって欲しい、と願っていたら、「来年は絶対にいい年になる」と信じなければなりません。
信じているとそのとおりになります。
ならば、「来年はきっといい年」と信じなければ損ではありませんか?


野球選手がホームランを打つとき、決してまぐれで打っているのではありません。
ホームランを打つイメージを頭の中に描いてバッターボックスに立ちます。
ひょっとしたら三振になるかも、と思っていたらそのとおり、三振になります。
フィギュアスケート選手が、競技中ミスなくうまくいっているとき、ふと不安になります。うまくいき過ぎている、もうぼちぼち失敗するのではないか、と考えた途端ジャンプで失敗してしまいます。
スポーツだけではありません。
学生ならば受験、商売をやっている人なら自分の商売、なんでもそうです。


ありのままの自分を受け入れ、自分を愛しましょう。
このようにしてセルフイメージを高めていると、そのとおりの自分になっていきます。
そして自分を愛するように、隣人を愛しましょう。
自分を愛せない人に、隣人を愛することはできません。
自分を愛し、隣人を愛していると、人間関係は自然とうまくいきます。
人間関係がうまくいくようになると、幸せになります。


来年は必ずいい年になります。
なぜなら、あなたは来年がいい年になることを期待しているからです。


年賀状、遅くなりましたが、ようやく今日作って(そう、「書いて」ではなく)投函しました。
プリンターのインクが切れて電気店に買いに行ったら、プリンターを買って帰る人と入れ違いました。
実質的にはあまり変わらないですけどね。


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仕事納め

2009.12.30日

今日はアカデミーの仕事納めの日でした。
塾は因果なビジネスで、ほかの人が休んでいる夏休みや冬休みに仕事があり、年中休みなしです。
とは言っても、大晦日と正月三が日、お盆をはさんで1週間は休みをいただいていますが。


塾に来ている生徒たちも、休みを返上してこの冬期講習、毎日頑張ってくれたので、せめてこの4日間の休みは家族と一緒にゆったりとくつろいで欲しいと思っています。
塾によっては大晦日も、三が日も「正月特訓」という名目で勉強というところもあります。
それもひとつのやり方でしょうが、大学受験でなくまだ高校受験なので、そこまでしなくてもいいんじゃないか、ってつい思ってしまいます。
それよりもむしろ、家族で年末年始を過ごして気分転換を図るほうが、また勉強へのエネルギー充填(じゅうてん)につながるのではないかと思うのです。
実際、今日の最終授業が終わって家族で伊豆旅行に出かけ、正月を過ごしてくるという中3生と小6生の受験生姉妹がいますが、とても嬉しく思います。


そして、先生たちにもやはり同じように、家族や友人との親しい団欒(だんらん)の時を持ってもらいたいと願っています。
先生たちもこの1年間、本当にお疲れさまでした。
皆さんのご労を、そして生徒たちへの献身を心から感謝します。
最後の授業が終わって、みんなで大声で
「1年間ありがとうございました。どうぞ良いお年を」
とお互いに挨拶して、教室をあとにしました。
先生たちは今ごろ、おそらくみんなで打ち上げをやっているのでしょう。


私も今年の仕事納めの授業が終わり、「やったー!」という満足感に満たされました。
そして1年間守られ、豊かに祝福されたことを神様に感謝しました。
あっという間の1年間でした。
春には卒塾した中3生を送り出し、さびしい別れがありましたが、神様は新しい生徒を大勢お送りくださいました。
そして、新しい出会いを感謝しました。


今日の夕方、高1のKさんが、使えるものがあったら使ってくださいと言って、自分が使った高校受験の過去問題集や英検・漢検・数検の問題集をどっさりと塾に持ってきてくれました。
先生方でどうぞ、とお菓子まで持ってきてくれました。
高校の様子を聞くと、大変だけど頑張っているとのこと、心から応援したくなりました。
そういえば、同じ高1のMさんは、引き続きアカデミーの個別部に来てくれていますが、「先生たちに」と言って先日来、手作りのアップルパイやクッキーを持ってきてくれています。
私もいただきましたが、そのおいしかったこと!
Mさんは自分が食べることよりも作ることのほうが好きとのこと。いい趣味です。


ときどき、卒塾生が顔をのぞかせてくれるのがとても楽しみです。
塾に来るといつも、「高校生ノート」にいろいろと落書きをしていってくれます。
生徒たちの成長振りを目の当たりにして、いつも驚かされ、ついつい顔が緩んでしまいます。


この冬期講習に体験で来た中2のFさんは、帰りのバスの中で、
「今まで勉強がよくわからなくて嫌いだったのですが、塾に来てわかるようになってきて勉強が好きになってきました。それに先生たちがみんな面白くて、とても楽しいです」と言ってくれ、これも大きな励みになりました。
同じく冬期講習から個別に来ている中2のY君は、これまで英語が苦手だったのが、昨日、今日と続けてやって手ごたえを感じているようで、目に見えて力がついてきています。
このような生徒を教えるのは、まさに教師の特権、最高の喜びです。


また来年も頑張ります。
よろしくお願いいたします。


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体温を上げると健康になる

2009.12.29日

去る10月18日のブログ「幸せって何だっけ」の中に、親しくさせていただいている柿谷寿美江先生が脳腫瘍で倒れて手術を受けられ、リハビリに励んでいらっしゃると書きました。
そして、その後のことを「余命6か月!」に書きましたが、何人かの方から寿美江先生はその後いかがですか、とメールでお問い合わせがありました。
私たちも毎日欠かさず寿美江先生の癒しのためにお祈りして、近況を知りたいと思っていたのですが、今日、柿谷先生の教会に通っていらっしゃる山下先生からメールをいただき、教会員宛に送られたメールが添付されていました。
その一部を以下に引用させていただきます。
「昨日のMRIの結果は手術を担当した医師がびっくりして『非常にいい状態です』とおっしゃる位良好でした。たくさんの方々の励ましやお祈りに心から感謝致します。両親を始め多くの方々に心配をかけましたが、無事新しい年を元気で迎えられる事、神様が奇跡を起こして下さった事、生かし続けて下さっている事に感動を覚えます。油断しないでこれからも体にいい事を心がけながら第二の人生を歩んでいきたいと思います」


私はこれを読んで全身が震えるほどの感動を覚えました。
私のブログの愛読者の方で、ご心配してくださっている方に、ぜひともこの感動と喜びを共有していただきたいと思ってここにお知らせします。


寿美江先生は抗がん剤治療や放射線治療を拒否して、ビタミン療法やその他、体によいと言われることは何でもやってみる、という姿勢で今もご自分で治癒に励んでいらっしゃいます。


寿美江先生に薦めていただいた本『体温を上げると健康になる』を私も読みました。
この本によると、体温が1度下がると免疫力は30%低下するそうです。
逆に体温が1度上昇すると、免疫力はなんと500〜600%、すなわち5〜6倍も高くなるというのです。
この本の中には、健康になるための食事や生活、運動、睡眠、ストレスなどについていろいろ書かれていて示唆に富みます。ぜひご一読を私もお薦めします。


同書によると50代を過ぎると低体温からさまざまな病気の発症率が上がるとありましたが、私の場合は逆に30代〜40代に多くの病気を体験しました。
今から考えると、この頃、確かに極端な低体温でした。
冬になると手足が氷のように冷たくて、下着は2枚重ね、普通の靴では足が冷たくて防寒ブーツを履き、夜寝るときには靴下を履かなければ眠れませんでした。
原因を探ってみると、やはりストレスでした。


そして今の健康の原因を考えてみると、今は実に低体温ならぬ高体温なのです。
夜は服もふとんも薄くしているのですが、熱いぐらいなのです。
夜中に熱くて目覚めることもしばしばです。
「体温を上げると健康になる」は本当です。


それと同時にひとつ考えたことがあります。
それは、「体温を上げると健康になる」ように、「心温(心の温度)を上げると幸せになる」ということです。このことはなかなか言う人はいません。
「健全なる精神は健全なる身体に宿る」という言葉は有名ですが、実はこれは古代ローマの風刺詩人、弁護士だったユウェナリスの言葉を、ナチス・ドイツなどによって軍国主義に利用されて本来の意味と異なった意味で使われるようになったのです。
人間の基本は精神と身体のバランスです。
体温を上げて体を健康にすると同時に、心温も上げて精神をも健康にする必要があります。


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あなたの望みをかなえよう

2009.12.28日

アラジンの魔法のランプをご存じでしょう。
以前、このブログでも書きました。「魔法のランプ」)
一昨日のブログの中で書きましたように、今また The Secret のオーディオCDを聞いています。もう何十回にもなります。
この中で著者ロンダ・バーンが繰り返し言っているメッセージは、
「求めなさい。そうすれば与えられます」です。
別の言い方をすれば、アラジンの魔法のランプのジニーの言う
「あなたの望みをかなえよう」
です。


著者は言います。
「第1に求めること。第2は信じること。第3は受け取ること」
まずは求めなければ何も得られません。
ここで気をつけなければならないことは、「否定的なことを考えないこと」です。
「○○は欲しくない」と欲しくないものを考えていると、それを引き寄せることになります。
学生ならば、「悪い成績」や「入試の不合格」などです。
引き寄せの法則は、これらの否定的なものすら引き寄せてしまいます。
現状がたとえどのように否定的に見えても、それは過去の結果が現在あるだけで、今、肯定的に考えるなら、この先肯定的なものを引き寄せることができるようになるのです。


第2の信じること、実はこれが難しいのです。
みんな第1のステップの「求めること」はするのですが、それが必ず与えられると信じられないのです。
信じなければ与えられないのは当然のことです。
与えられると決まっているわけでもないのに、どのようにして信じられるのか、と言う人がいますが、わからないからこそ信じるのです。
わかっていることは信じるとは言いません。
信仰とはそういうものです。いわば、一種の賭けのようなものです。
結婚する相手を決めるとき、この人は将来絶対に裏切らない、と一体誰が断言できるでしょう?
誰にもできません。しかしそれにもかかわらず、結婚に踏み切るのは信じているからです。
これと同じことです。
もし、信じていなければ、相手は信じられていないということをすぐに悟り、そのような行動を取ることになります。
固く信じているなら、そのとおりになります。


そして第3はただ受け取ること。
「求めて」「信じている」なら、与えられます。
ですから、あとはただ素直に、そして感謝して「受け取る」だけです。
ひとことで言うと、これが「引き寄せの法則」です。
詳しく知りたい方はぜひ『ザ・シークレット』を読んでください。
私のこれまでの人生は、まさにこの「引き寄せの法則」の連続でした。
あなたの人生も変わることを保証します。


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心身ともにリラックス

2009.12.27日

今日は久し振りの休みです。
先週はキッズクラブのクリスマス会があり、連日そのための買い物に出かけたり、準備をしたりで忙しくしていて、昨日の夜まで休む暇なく働いていました。
朝、中2の生徒がメールで「今日、塾ありますか?」と聞いてきました。
「いい加減にしてよ!」とは言いませんでした。
「今日はお休み。12月号のアカデミー通信の裏に冬期講習の時間割表が載ってるよ」
と返事しました。
これが今日の唯一の仕事、というわけではありませんが、やはり週に1日の休息日が必要です。
今日は、家族孝行の日。
家族で一緒に買い物に行ったり、伸びていた髪の毛のカットに行たりして、夜はテレビで「坂の上の雲」と感動の全日本フィギュアスケート選手権を家族で見ました。(「メンター」「僕の夢は、もう僕だけの夢じゃないから!」参照)
1日をとてもゆったりと過ごし、心身ともに十分にリラックスできました。
さあ、明日から仕事納めの30日まで3日間、頑張るぞ!


いくら仕事が忙しいから、楽しいからと言っても、休む暇なく働いていたら、それこそ心も体も壊してしまいます。
「忙しい」という字は、りっしん偏(心)に亡と書きますが、「忙しい、忙しい」と言っていると、心を滅ぼしますよ、という警告の文字です。
これは仕事に限らず、学生の場合の勉学やスポーツにも当てはまります。
「経験者語る」です。
実は私自身、今から20年近く前、ストレスと過労で心筋梗塞一歩手前というところまでいったことがあるのです。
人に勧められて血液検査をしたところ、危機一髪のところでした。
このときビタミン療法を始めて、以来ずっと忠実に続けています。
そしてこの20年間、今までに経験したことがないほどの健康に恵まれています。
もちろん、たまに風邪をひいたり、頭痛になったり、お腹をこわしたり、五十肩で腕が上がらなくなったり、喉を痛めて声が出なくなったりするようなことはありますが、こんなのは私にとっては取るに足りないほどのものです。
(実際、風邪でここ数日毎日喉が痛かったのですが、今日は朝から声が出なくなっていて、改めて今日は塾が休みで良かったと思った次第です)


私たちの健康のためには、十分な栄養と休息と適度な運動が必要です。
上のどれが欠けても健康がそこなわれます。
しかし、一般にはあまり言われていませんが、それと同じぐらい大切なのが、精神の健康です。
その基本は良好な人間関係です。
人間関係(夫婦・親子・兄弟・友人・親戚・先輩後輩・上司部下・教師生徒等など)がうまくいかなくなると、栄養・休息・運動の健康の3大原則をきちんと守っていても、精神的に不安定になり、体の調子も悪くなります。
現に、それが原因で自殺する人が、国内だけで毎年3万人以上もいます。
この中には、健康に恵まれていた人もたくさんいます。
精神の健康がいかに大切かということがわかります。


私がこのブログで繰り返し人間関係の大切さや、心の健康の大切さを訴えているのはそういう意味からです。
「たとい人が全世界をもうけても、自分の命を損したら、なんの得になろうか」 (マタイ16:26)
と聖書にも書いてありますが、お金を儲けることよりも、頭が良くなることよりも、いい学校に進学し、いい会社に就職することよりも、もっと大切なのは「命」です。
あなたの命はあなたのものだけでなく、あなたの家族や友人にとっても大切なもので、大げさな言い方をすれば社会・国家にとっても、また世界にとっても大切なものです。


皆さん、ご自分の命を大切に。


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不愉快なことがあったとき

2009.12.26日

今日、バス送迎をしていて何度か不愉快な思いをしました。
まず最初は、朝、最初の小学生を迎えに行くとき、狭い道路で対向車が来て、行き違えないので、私のほうが広いところまでバックしたのですが、相手の人はお礼どころかこちらを見もしないでさっと通り過ぎていきました。
まあ、これぐらいのことはしょっちゅうなので慣れています。
次に、やはり狭い道路に大きなダンプカーが止まっていて動こうとしません。
しばらく待っているとようやく動いてくれました。
まあ、これも想定の範囲内でそれほど頭にはきませんでした。
徐々に乗せる生徒の数が増えてきて、かなり大勢乗せて走っていたとき、右前方の一旦停止を無視して通りに猛スピードで入ってきた車と私のほうに向ってきていた対向車が衝突しそうになりました。
私はとっさにブレーキを踏んでハンドルを左に切りました。
ほんの何分の1秒の違いで大きな事故になっていました。
もし前方の2台の車が衝突していたら間違いなく私の運転するバスに突っ込んできて、こちらも巻き添えを食らうところでした。
本当にヒヤッとしました。そして一旦停止しなかった危険な運転者に腹立ちを覚えました。


昼に授業が終わって生徒を送っていくとき、朝ダンプカーが止まっていた同じところに、さっきとは違う大きなトラックが止まっていました。
運転席に座っている人は、私がすぐ前まで来て待っているのを見ながらしばらく動こうとしません。
ようやく動いたのですが、私に広いところまでバックさせ、しかもまたしてもお礼も言いません。
このあたりから結構不愉快な思いになってきました。
そして教室に戻ると、うちの駐車場によその車が、しかも2台分の真ん中に止めていてバスを止めることができません。
しばらく待っていると、近くの商店で買い物をしていた人が戻ってきました。


このようなとき、だれでも頭にきます。
バス送迎をしているとこのようなことは日常茶飯事です。
今日も、内心穏やかではありませんでしたが、今までとひとつ違うことがありました。
先日からまた The Secret (邦訳『ザ・シークレット』)のCDを繰り返し繰り返し聴いていたのです。
その中に、次のような箇所があります。
「警告、警告!思考を今すぐ変えよ。否定的な周波数が出ている。すぐに周波数を変えよ!」
これがワゥワゥワゥという警告音と共に流れてきます。
これを何度も聞いていたので、今日、心の中に不愉快な思いが持ち上がってきたとき、すぐに上の警告を思い出し、思考を変えました。
そして結果は...。
大成功。
すぐに穏やかになりました。
とどのつまり、イライラしたり、怒っていたりすると、自分自身が損をするのです。
「引き寄せの法則」「引き寄せの法則 2」を参照)


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クリスマスの心

2009.12.25日

今日12月25日はクリスマス。
子どものみならず、ほとんどの人が大好きな日です。
多くの家庭ではクリスマスケーキを家族で食べ、プレゼントをあげたり、もらったりします。
最近はクリスマスツリーだけでなく、豪華なイルミネーションで家全体を飾っているのもたくさん見かけます。
デパートなど商店ではクリスマスセールが行われ、多くの人が買い物に足を運びます。
クリスマスは世界中で祝われています。


私も子どものころは、クリスマスがとても楽しみでした。
最初のうちは、サンタさんがどんなプレゼントを届けてくれるのかと楽しみにしていましたが、サンタの正体を知ってからは、親からどんなプレゼントがもらえるだろうか、といつもワクワクしていました。
つい先日、妻が
「私たちのクリスマスは1年で一番忙しいわね。私たちもクリスマスを楽しみたいわ」
と言ったので、私は、
「いや、クリスマス会で子どもたちに楽しんでもらえるというのは、最高のクリスマスだよ」
と答えました。


クリスマスというと、ほとんどの人はプレゼントに何がもらえるかに心をはやらせます。
でも、クリスマスの本当の目的は、もらうことにあるのではなく、与えることにあります。
そもそも、クリスマスとは「Christ + mas」、すなわち「キリストのミサ(礼拝)」です。
主人公はサンタクロースではなく、キリストです。
クリスマスは、キリストが今から約2千年前にこの世に来てくださったことをお祝いする日です。
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである」(ヨハネの福音書3:16)
は「聖書の中の聖書」と呼ばれる聖句です。
神様がご自分のひとり子を私たちにプレゼントして、ご自分の愛を表してくださった。これがクリスマスです。
ですから私たちも、互いに愛を表すために、そのひとつとしてプレゼントを交換するのです。


クリスマスの心は、プレゼントをもらうことにあるのではなく、あげることにあるのです。
聖書には、「与えよ。さらば与えられん」(与えなさい。そうすればあなたも与えられます)とありますが、
与えられることを期待せずに一方的に与える。そうすれば、自分も与えられる。


クリスマス。
人を幸せにする。それが自分の幸せにつながるのです。


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集中力

2009.12.24日

小学3年生の頃、理科の時間に虫眼鏡を使って黒い紙に太陽の光を集めて穴を開けました。
煙が上がり、こげくさい臭いが鼻をつきました。
もちろん初めての経験で、かなりショックでした。
私は家に帰って同じ実験を自分でしてみました。
やはり同じように煙が上がり、穴が開きました。
「すごーい!」
虫眼鏡で太陽の光を集めて黒いものに当てたら何でも燃えるんだろうか?
いたずら坊主の私は、このとき恐ろしいことを考えつきました。
なんと、地面を這って歩いているアリに虫眼鏡を近づけたのです。
急に熱くなって驚いたアリは「アチチ、アチチッ!」と言いながら(実際には声は聞こえませんでしたが)、必死で逃げようとしながらのたうちまわりましたが、あっという間に煙が出て動かなくなりました。
今から考えると、とても残酷なことをしたわけで、たとえアリ1匹と言えども、やはり可哀想なことをしたと後悔しています。


集中力の大切さを説くときに、この虫眼鏡の集光力がよくたとえに引き出されます。
地球の上に巨大な虫眼鏡のようなものがあって、地球に太陽の熱が集中して注がれたら、それこそ私たち人間はみんな先ほどのアリのように黒焦げになってしまいます。温室効果ガスを閉じ込める二酸化炭素の層などもそのひとつで、これが地球温暖化の原因になっています。
それほど集中力というのは大きな力を生み出すのです。


これまで30数年にわたって数千人の子どもたちや大学生、一般成人の方々を教えてきて思うのは、やはりこの集中力の大切さです。
確かに、持って生まれてきた遺伝的な能力というものもあります。
しかし、それ以上に大きな違いをもたらすのが、この集中力です。
学校でも、社会でも、できる人というのは、集中力がみんなものすごいです。
東大に現役で合格する人に共通しているのは、学校から普段の授業に集中していて、学んだ内容を1回で理解し覚えてしまいます。すごい集中力です。
うちの塾で毎日生徒たちに教えていてもやはり同じことが言えます。
講義に集中している生徒は、解説が終わって問題を解く段になると、何も見なくてもスラスラとすぐに解けます。


今晩、中3のクラスでNさんに、「今から学力を上げる方法は何ですか?」と尋ねられました。
私は迷うことなく、「集中力だ」と答えました。
多くの問題をいっぺんに解いてしまわずに、少しずつを集中して解き、解き終わったらすぐに復習してその場で確実に覚える。そして覚えたら次に進む。
このようにしてしばらく進むと、また戻ってきちんと身についているか確認する。
これを繰り返せば、これからの2か月間で驚くほど実力をつけることができます。


中3のK君は中2のとき塾に入ってきましたが、英語に関しては基本がまったくわかっていなくて、単語を読むこともつづりを書くこともできませんでした。
自分は英語は捨てた、と言っていました。
ところが中3になって学んだ現在完了形は、ほぼ完璧にできます。
これには本人も驚いています。理由を尋ねると、現在完了は簡単だ、と答えます。
実は、現在完了が簡単なのではなく、現在完了を学んだとき彼が特別に集中していたからです。


勉強に限らず何事でもそうですが、何かものにしようと思ったら、この「集中力」が鍵を握っています。
ちょうど虫眼鏡で太陽の光を一点に集めるのと同じです。


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今日はクリスマス会

2009.12.23日

昨日は、送迎から戻って夜中の1時過ぎまで今日のクリスマス会の会場作りをして、帰宅してからもまだ準備して寝たのは3時ごろ。
そして今日も早くから教室に行って準備。
夕方4時から5時半までキッズクラブのクリスマス会でした。
1年で最大の小学生のイベントです。


去年のクリスマス会と同じように、今年も学院長のクリスマスメッセージで始まりました。
私のこれまでの人生で一番印象に残っているクリスマス会は、なんと○○年前の幼稚園のときのものです。
このときの話をしました。


kinderxmas.jpg


本物のサンタクロースがうちの幼稚園に来てくれた!と思って本当に感激しました。
その時の「可愛〜い」学院長の写真です(真ん中のお行儀のいい子)。


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メッセージに続いて、キャンドルライトサービス。
みんなで O Come, All Ye Faithful をアカペラで歌いました。
このときの動画はまた後日、塾生専用ページにアップしますのでまたご覧ください。


このあと、各グループごとに英語の歌を披露。


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このあと、ゲーム。
最初はアンスクランブル。英語の文章をバラバラのカードに書いたものを正しく並べ替えるゲームです。


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最後のゲームはクリスマスジャンケン。


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そしてサンタクロースがやってきて、リフレッシュメントタイム。
ケーキやお菓子とジュースをいただいて、そのあとプレゼント交換とサンタさんからのプレゼントもらって、みんなで We Wish You a Merry Christmas! を歌って、また来年!


帰りのバスの中でも、子どもたちの興奮はまだずっと続いていました。
みんなに楽しんでもらえて、本当に嬉しかったです。
このキッズクラブのクリスマス会が終わると、これで1年が終わりと実感します。


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メンター

2009.12.21日

「メンター」という言葉はアメリカで20年ほど前からよく使われるようになり、日本でもここ数年とくにビジネス界で頻繁に聞かれるようになってきました。
メンターとは、ある特定の分野において知識、技術、経験、人脈などにおいて豊富な成功体験を持ち、手本を示しながら指導や助言などを行う人のことで、「師」とか「指導者」「助言者」「支援者」などの意味です。


ビジネス・セミナーなどに行くと、ほとんど必ずと言っていいほど、「あなたにはメンターがいますか?メンターを持ちなさい」などと勧められます。
アメリカでは、このメンター制度がかなり進んでいて、ビジネス界のみならず、学生でも誰でも、かなり多くの人が自分専属のメンターを持っていて、定期的にミーティングをもって目標の進捗状況や達成度を確認しながら、具体的なアドバイスをもらったりしています。


今、NHKの『坂の上の雲』が熱いです。
皆さんの中にも見ていらっしゃる方が何人もあることでしょう。
私はテレビはニュース以外はほとんど見ないのですが、この『坂の上の雲』は実に面白いです。
面白いというよりも教えられることがたくさんあります。
これはもちろん司馬遼太郎の原作をテレビドラマ化したもので、2009年度に第1部全5回が放映され、第2部は2010年度に4回、第3部として2011年度全4回放映されるという、スケールの大きいものです。
総制作費は当初の計画では200億円というとてつもない金額だったのですが、予算を随分絞って数十億円規模になるだろうと言われています。
俳優も、セットも、海外ロケも、すべてにおいてお金をかけているだけあって、確かに素晴らしい出来栄えです。
私はこの番組を見ていて、何かとても親近感を感じるのです。
この親近感がどこから来ているのかよくわかりません。
昔、テレビや映画に出ていたことがあるので、舞台裏がわかるからなのか、あるいは夏目漱石や森鷗外、正岡子規、高橋是清、伊藤博文、東郷平八郎等など、登場人物に知っている人(もちろん個人的にではなく、勉強をとおして学んだという意味において)がたくさん出てくるからか、あるいは俳優がよく知っている人ばかりだからなのか...。
でも、よくよく考えてみると、多分自分の数代先の先祖で明治時代に生きていた人たちがいて、彼らも同じ時代の空気を吸い、同じ光景を目にし、この時代の流れの中を生きてきたからだろう、そして綿々と今日の自分にまでその血が受け継がれているからだろう、と思うのです。


さて、このドラマの中で正岡子規が次のように言っている箇所があります。
「人間は友を選ばんといけんぞな。日本には羯南(かつなん)翁がいて、その下には羯南翁に似た人がたくさんいる。正しくて学問のできた人が多いのじゃが、こういう人々を周りに持つのと、持たんのとでは、一生がちごうてくるぞな」(『仕事で大事なことは「坂の上の雲」が教えてくれた』p.54(古川裕倫著、三笠書房)
これは、まさにメンターのことを言っています。
良き師に恵まれること、これは人生で欠くことのできない大切な要素です。
一般的に、人は大学を卒業するまでに約100人の恩師に巡り会うと言われています(上掲書)。
私などは34歳までさまざまな学校で学んでいたので、恩師の数たるやおそらく200人ぐらいになるのではないかと思います。
そして、自分の場合メンターは誰だろうと考えてみたら、結構たくさんいます。
このブログの中で挙げてきた人たちはみんな広い意味において私のメンターです。
メンターというとき、必ずしも冒頭に書いたように、直接師事する人でなくてもいいのです。
このように考えてみると、私たちは身の周りの多くの人々から、本当にたくさんのことを学ぶことができます。
いえ、学ばなければならないのです。
私たちの人生は、学びの一生です。
死ぬまで私たちは学び続けます。


あなたのメンターは誰ですか?


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高速道路無料化?

2009.12.20日

鳩山政権がマニフェストの目玉のひとつに挙げていた高速道路の無償化がだんだん怪しくなってきました。
ガソリンの暫定税率廃止も同じです。
子ども手当ての所得制限なしも、制限付きの方向に進んでいます。
鳩山首相は、これらの政策実施のための財源は十分にある、と繰り返し言っていましたが、十分どころかまったく足りていない状況です。
人の心を惹くおいしい政策ばかり挙げて、実際に政権を取ったらやっぱりだめだった、と言うのなら誰にだってできます。
でも、それではあまりにも無責任なのではないでしょうか?
それが支持率の急下降に表れていると思います。


高速道路の無料化に関しては、私は最初から反対でした。
まず、無料にすれば高速道路に車が集中してCo2(2酸化炭素)の排出が増えて、鳩山政権が挙げる90年比25%削減の目標と合致しませんし、受益者負担の原則からはずれ、高速道路を利用しない人から取る税金を高速道路を利用する人の無料化に回すことになるからです。これはどう見ても不公平です。


ところで、今日の読売新聞7面に面白い記事が載っていました。
「米 高速無料の功罪」と題されていて、カリフォルニア州ロサンゼルス市ではこれまで無料だった高速道路を11年1月から市中心部を有料化にする方向に進んでいる、という内容です。
ロサンゼルスは昔、路面電車など鉄道網が結構充実していたのですが、モータリゼーション(自動車の普及)にあわせて、石油会社と自動車会社が協力して鉄道会社を買収して、次々と電車を廃線にもっていって、車と石油の売り上げを伸ばしたと言われています。
もともとロサンゼルスで始まったフリーウェイ(高速道路)は、全米でもトップの高速道路網で有名です。


800px-Sandiegofreeway.jpg


片道は普通で4車線、広いところだと6〜8車線もある広い高速道路は、朝夕のラッシュアワー時には全然動かなくなる大渋滞です。
車があふれるロサンゼルスはスモッグもひどく、80〜90年代に入ってようやく鉄道が見直され、地下鉄が作られるようになってきたような次第です。


渋滞緩和と排ガス削減を狙って連邦政府は、高速道路の有料化に補助金を出しているほどです。
日本はほとんどすべての面で、アメリカのあとを追っているので、アメリカのモータリゼーションの反省から学んでいるはずなのに、時代に逆行する「高速道路無料化」の政策を挙げて票取りをしたのは実に問題だと思います。


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1000人にひとり

2009.12.19日

去る15日のブログにF歯科で歯の治療をしてもらったことを書いたのですが、その翌日からものすごい腹痛と下痢と吐き気に襲われ、ここ数日とても苦しんでいました。夜中もずっとです。
ひょっとしてインフルエンザ?と思って、熱を測るのですが熱はありません。
あまりにもひどいので医者に行こうと思ったのですが、「ちょっと待てよ。ひょっとしたら...」。
昨日、F歯科に電話してF先生に事情を伝えました。
F先生は、処方した化膿止めの抗生物質はとても弱いもので、まずそのようなことはないと思うけど、念のためメーカーに問い合わせてみます、との返事。
そして今朝、F先生から電話があり、このようなケースはこの20年間1度もなかったけれど、調べたところ0.1%〜3%の割合で腹痛・下痢・嘔吐の副作用が出ると言ってこられました。
0.1%というのはなんと1000人に1人です。1000人に1人から30人、というものすごく狭き門をどうやら私はくぐったみたいです。
昨夜までの症状は今朝ほぼ治まり、まだ少しお腹が緩いものの今日から普通に食事ができるようになりました。
良かった!


そして、今日久し振りに銀だこを食べました。
そのおいしいこと、おいしいこと。感動でした。
銀だこに行ったところ、レジの人がこう言いました。
「お待ちしていました」
この言葉にも感動しました。
そして品物を渡すときには、
「どうぞ、おいしく召し上がれますように」。
もちろん、全部マニュアルどおりの言い回しで、どこの店に行ってもみんな同じことを言うのでしょうが、でも嬉しいですね。このように対応してもらうのは、客として。


上に書いたF先生と、そしてこの銀だこの店員さんに共通していること、それは「サービス精神」です。
サービス精神は人の心を和ませ、幸せにしてくれます。


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人はおよそ...

2009.12.18日

「人はおよそ、その人が1日中考えていることだ」と、かのアメリカの随一の哲学者エマソンがかつて言いました。
まさにそのとおりです。
その人が常に考えていること、それがその人を形成しています。


それでは何を考えるか。
何を考えるのも私たちの自由です。
自分の考えを他人に強制されることは、よほどの状況(洗脳)でもない限り、まずありえません。
ということは、私たちは一瞬一瞬、自分の考えることを、自分で選択しているのです。
同じ選択するなら、賢い選択をするほうが得に決まっています。
常に否定的な考えや、消極的な考え、敗北主義的な考えをしていたら、そのとおりの人になります。
攻撃的な考え方をしていると、そのとおりの人になります。
いかにして人をだましてお金を取るか、ということばかり考えている人は、振り込め詐欺をやっている人のようになります。


その逆に、いかにして幸せになるか、有意義な人生を送るか、あるいは周囲の人を幸せにするか、ということを考えている人は、まさにそのような人生を歩みます。
どのような生き方をしても、同じ1回限りの人生。
ならば、周りの人を幸せにし、自分も幸せに生きる、これが一番幸せな生き方ではないでしょうか?
あなたの頭の中には何がありますか?


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婚活

2009.12.17日

最近「婚活」という言葉をよく聞きます。
「結婚活動」のことで、就職活動が「就活」と言われているのをもじって、「婚活」と呼ぶようになったようです。
昨日のブログにも書きましたように「少子化」がどんどん進んでいますが、その原因のひとつが「晩婚」です。
昔と比べると、格段に女性が社会のいろいろなところに進出し、社会で重要な役割を占めるようになってきました。
今や女性の働きなしに日本の社会は考えられません。
そして、女性の社会進出に伴って、女性の価値観も変わってきました。
結婚して子どもを産み、家庭を築くというかつての女性の美徳、あるいは夢(?)が崩壊し、むしろ仕事に生きがいを感じ、結婚よりも仕事を取る人が増えてきたのです。
その結果、晩婚化が進んでいます。
晩婚化が進むと、女性が生涯で産む子どもの数も当然減ります。
そこへもってきて、昨日も書きましたように、自分たちの生活を楽しむことを優先する人が増えてきていることも、少子化に拍車をかけています。


そういう意味において、婚活が盛んになって結婚する人の数が増えることは良いことです。
ただ、何か釈然としないのは、就活で仕事を探すような感覚で婚活をして、結婚相手を探そうとすることです。
結婚ってそのようなものなのでしょうか。ちょっと首を傾げたくなります。


10月5日のブログ「『考える』習慣を身につけよう」の中で紹介しました『思考の整理学』という本の中に、「セレンディピティ」というちょっと聞きなれない言葉が紹介されています。
この言葉の語源はここでは省略するとして、その意味は
「何か探し物をしているときに、偶然に予期していない物を発見する」
というような感じです。


結婚もそのような要素が強いように思われます。
たまたま引っ越した先のアパートの隣の人と顔を合わせ、あいさつをしているうちに親しくなって結婚したとかいうようなものです。
私の小学校時代の親友のS君も、そんな予想だにしなかった人生を歩みました。
もうすぐ小学校卒業という頃、近くの中学校が学校の説明に来ました。
そのとき吹奏楽部が素晴らしい演奏をしてくれました。
S君と私はとても感動して、中学に入ったら吹奏楽部に入ろうと誓い合いました。
しかし、私は引っ越して別の中学校に進み、自分の好きだった英語部に入りました。
S君は吹奏楽部に入り、トロンボーンを演奏するようになりました。
やがて彼は音大に進んでトロンボーンの演奏を続け、卒業後はパリの音大に留学します。
ここで彼はフランス人の女性と知り合い結婚し、その後フランスのオーケストラの団員になったと、風の噂に聞きました。
これなどもまさに「セレンディピティ」です。


結婚とは、自分が一生懸命何ごとかに取り組み、やるべきことをやっていると、神様がもっともふさわしい出会いをちゃんと用意してくださっていると私は思うのです。自分の経験からも。
婚活を否定するわけではありませんが、婚活にかけるエネルギーをもっとほかに回したほうがいい結果がついてくるような気がしてなりません。


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少子高齢化

2009.12.16日

最近、夕方(4時〜6時半頃)の小学生のバス送迎をしていて気づいたことがあります。
この時間帯、以前は塾の送迎バスがいっぱい走っていたのですが、最近は塾のバスの数がめっきり減りました。
夕方、送迎していて出会うのは塾のバスではなくて、デイケアセンターなど老人のための送迎バスなのです。
この老人のための送迎バスの数が半端じゃありません。
ちょうど以前の塾バスの数に匹敵するのです。
これに気づいたとき、「ああ、ここでも少子高齢化が進んでいるのが実感できるな」と改めて驚きました。


送迎バスだけではありません。
公園で遊んでいるのは子どもたちではありません。やはり老人です。
川沿いのサイクリングロードもそうです。自転車に乗っている子どもを見つけるのは困難です。ほとんどは散歩している老人です。
プールに行っても、利用客のほとんどは老人です。
図書館でもそうです。
以前、子どもがたくさんいたところは、そのほとんどで子どもの姿が老人に変わっているのです。
本当にあっという間のことです。
いつの間にこんなふうになったのか、気づきませんでした。


老人が増えたことが悪いのではありません。
素晴らしいことです。
日本は世界1の長寿国。
日本の気候や食生活、飲料水、ライフスタイル、医療等など、どれもが老人の数の増加に一役買っています。
これは誇るべきことで、何も恥ずべきことではありません。
私自身も、気持ちはいつまでも若いのですが、いつの間にか「老人」のグループにあと一歩のところまで近づいてきました。
だから、というわけではありませんが、老人は今後ますます大切にし、老人が安心して住まうことのできる社会を築いていかなければなりません。


問題は「少子化」です。
原因はいろいろあるでしょう。
先行き不透明な経済が原因だとか、将来の年金だとか、子育てにお金がかかるだとか、いろいろ言われています。
確かにこれらも原因のひとつでしょう。


しかし、一番大きな原因は、日本人が全体的に「自己チュウ」になってきているということだと思うのです。
経済的なことを言うなら、昔の日本はものすごく貧しかったけれど、どこの家も子沢山でした。
今でも、世界の国々を見ると、貧しくても子どもがたくさん生まれている国はいくらでもあります。
子育ては経済的に大変と言いながら、一般的な日本人の生活は世界的に見て、とても贅沢です。
家の中にはどの部屋にもエアコンがついていて、大型冷蔵庫があり、パソコンや大型テレビがあり、と立派な家電で溢れています。
また、ファミリーレストランなど、どこの外食産業も人で溢れています。
小学生から老人まで、ほとんどの人が携帯電話を持っています。
旅行やその他の趣味にお金をかける人もいっぱいいます。
それでいて、子どもを生んで育てるお金がない、というのはちょっとおかしいのではないでしょうか。
みんながみんな、自分の生活を第1にする、このような考え方で子どもを生まないことを選択していったら、将来の日本はどうなるのでしょうか。
今でも、アジアの周りの国々にどんどん追い越され、取り残されるようになってきているのに、このまま進むと、日本は確実に「沈没」してしまうでしょう。


少子化の問題を解決するのは、決して「子ども手当て」ではありません。
日本人みんなの再教育が必要だと思うのです。
一人ひとりが自覚し、協力していかなければ、この問題は絶対に解決しません。
あなたには何ができますか?


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大丈夫

2009.12.15日

先週、突然歯が折れて(予告して折れることなどありませんが)、歯医者に行きました。
そして今日は2回目の予約。
麻酔注射を打ってから、残っている根を抜いてもらいました。
F先生は、いつも顔を見ると「どうですか?」と声をかけてくださいます。
今日も麻酔を打つ前に「大丈夫ですか?」と尋ね、麻酔を何ヵ所か打ちながら「大丈夫ですか?」、打ち終わってからも「大丈夫ですか?」、しばらくして見に来て、「大丈夫ですか?」、根を抜きながら何度も「大丈夫ですか?」、抜き終わってからも「大丈夫ですか?」と、何度も何度も「大丈夫ですか?」と尋ねてくださいました。


私は幼稚園の頃行っていた歯科医の光景にタイムスリップしました。
M歯科医院のM先生は若くてきれいな女医さんでした。
私はこの先生が大好きで、歯医者に行くのは全然苦痛ではありませんでした。
小学1年のとき随分遠くに引っ越しましたが、小学生の間はずっとM先生を慕って、電車を乗り継いで通っていました。
M先生はいつでも、笑顔で優しく、「大丈夫?」と尋ねてくれ、治療が終ると決まってキャラメル1個をくださいました。
もうこれだけで、私はいつも痛みにも耐えられ、「大丈夫」になるのでした。
このことがあって、私は歯医者は全然怖いと思ったことがありません。
歯の調子がちょっとでもおかしいと思うと、すぐに歯医者に行きます。


先日のブログ「ありがたい、ありがたい」の中で、普段からの口ぐせが大切だ、というようなことを書きましたが、私の口ぐせは何かと考えてみたら、「ありがたい」と、「大丈夫」でした。
困ったときや、行き詰ったときも、苦しいときも、私はいつも「大丈夫」と自分に言い聞かせます。
また周りの人たちにもいつも「大丈夫」と言って励まします。
実際のところ、「大丈夫」と思っていると、不思議と道が開けていくのです。


また、この「大丈夫」は人間関係においても大切な役割を果たします。
それは「信頼関係」です。
私が歯医者を恐れないのは、この「大丈夫」のお陰で、歯医者を信頼しているからです。
信頼していると、歯医者に行くのは苦痛でなく、あまり痛くもなく、しかも早く治ります。(実際、今朝治療していただいたところは、かなり深い根を抜いて、歯茎を縫っていただいていたのですが、ほんの数時間で止血し、痛みもありません)


塾も同じで、信頼してくださっている親御さんのお子さん(または塾を信頼してくれている生徒)は力がつき、成績もぐんぐん伸びます。そして志望校に合格します。
信頼してくださっていないと、なかなか伸びません。(信頼されていないということは、コミュニケーションのまずさなど、こちらの努力不足やもあるのでしょうが)


親子や夫婦、兄弟などの家族関係、学校での友達関係、教師と先生との関係、職場での同僚同士、上司・部下の関係、親戚づきあい、近所づきあい、さらに国と国との関係等なども、全部この信頼関係の上に成り立っています。


鳩山首相がオバマ大統領に「大丈夫。私を信頼して」と言ったそうですが、後になってその約束を翻せば、当然信頼関係は壊れてしまいます。


あなたは、自分の周りの人に「大丈夫」というメッセージを送っていますか?


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「知識は力なり」?

2009.12.14日

今日、バス送迎のとき、小6のA君に久し振りに英語の単語テストをしました。
「月の名前を1月から12月まで言ってごらん」
「はい。January, February, March, April, May, June, July, August, September, October, November, December」
「素晴らしい。よく覚えていたね。じゃあ今度は週の名前を言って」
「Sunday, Monday, Tuesday, Wednesday, Thursday, Friday, Saturday」
「正解!じゃあ、May I 〜? ってどういう意味だった?」
「〜してもいいですか?」
「よく覚えているね。A君は記憶力がいいね」
「はい」


実は、A君に英語の単語をバスの中で教えたのは今年の春のこと。もう半年以上経っています。
最初は「3月春休みがマーチどおしい」「May I (メイ、愛)してもいいですか?」のように語呂合わせで教えていたのですが、何度か繰り返しているうちに語呂合わせは必要なくなって、いつの間にか完璧に覚えていました。
A君に言いました。
「記憶力がいいと、テストもよくできるでしょう?」
「はい」
「学校では記憶力のいい人やテストでよくできる人は、みんな頭がいいって言ってるでしょ。でも、本当は記憶力がいい人が頭がいいとは限らないんだよ」
「えっ、本当ですか?」
「そう。じゃあ、本当に頭がいい人、というのはどういう人だと思う?」
A君、随分考えて、
「わかりません」
「ものを知っているだけでは頭がいいとは言わない。頭がいいとは、その知っていることをどれだけ実際の生活の中で活用できるかだよ」
「う〜ん。あまりよくわかりません」


イギリスの哲学者フランシス・ベーコン(1561〜1626)が
"Knowledge is power." (知識は力なり)
と言ったそうです。
日本は、とくに知識信奉が強く、学校教育の内容はもとより、普段のテストも、入学試験も、就職試験も、ほとんどが知識を問うタイプのものです。
そして、記憶力がよく、テストはいつも高得点で、成績のいい人、偏差値の高い学校に入学する人を、一般に頭がいいと言います。
確かに、このような人は「頭はいい」のでしょうが、ただ単に物事をたくさん知っているだけの百貨事典のような人は社会ではあまり役立ちません。
むしろ、社会で必要とされるのは、問題解決能力のある人、協調性のある人、独創性のある人、リーダーシップのある人などです。
これらは「知識」とは言わず、「知恵」と呼びます。


そろそろ日本の教育も、フィンランドのような「考える」ことを訓練する形に変わっていかなければ、やがて世界から取り残されるようになると思います。


「知識は力」ではなく、その知識の使い方、すなわち「知恵」が力なのです。


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まるであほ

2009.12.13日

今年生れた赤ちゃんにつけられた男女の名前ベスト10(ベネッセコーポレーション調べ)が先日の新聞に載っていました。
それによると、男子1位は4年連続で「大翔(ひろと、はるとなど)」、女の子は前年4位の「凛(りん)」だったということで、ベネッセは「経済情勢が厳しい中、困難に立ち向かう『強さ』を感じさせる名前が好まれた」と言っています。
男子ではこのほか、翔太、蓮、颯太、蒼空、悠斗、悠人、悠真、瑛太、翔、
女子では、さくら、陽菜、結愛、結菜、美羽、結衣、葵、美優、美咲がそれぞれベスト10入り。


うちの塾にも、上に挙げた名前の子が何人かいます。
私が子どものころの、〇〇子は姿を消して久しくなります。
名前は時代を表すのですね。


ところで、今日の読売新聞14面の文化のページに『世界でもっとも阿呆な旅』(安居良基著)が紹介されていました。
著者は変わった名前の地名を地図で見つけてはそこを訪ねて、それを写真入りで本にしたというのです。
国内外100か所以上を巡っているというから驚きです。
読んでいて思わず吹き出しました。
今日のタイトルの「マルデアホ」はアルゼンチンにあるそうです。
このほか、バヌアツのエロマンガ島、バリ島のキンタマーニ高原、アメリカのオナラスカ、トルコのシリブリ、国内では珍小島(ちんこじま)、笑内(おかしくない)、鼻毛、南蛇井(なんじゃい)、上間久里(かみまくり)、下井尻(しもいじり)、向津具(むかつく)などが紹介されていました。


yarikirenai.jpg
こんな名前の川のそばに住んでいる人は「やりきれない」ですよね。


著者名でネットを検索したら、あるわあるわ。
オランダのスケベニンゲン、アイルランドのボイン川、貧乏山(北海道)、裏金山(新潟県)、昼寝山(香川県)、快楽(佐賀県)、寿命(福岡県)、面白山(山形県)、小浮気(茨城県)等など。
私も中学1年の頃、休み時間になるといつも友達と一緒に、地図で変わった名前探しをやりました。
アフリカのマリという国にあるトンブクツーはこのとき知った地名で今でも印象に残っています。
私はこれがきっかけで地理が好きになりました。
しかし、こんなにたくさんあるとは、恐れ入りました。
まあ、贅沢な趣味ですが、著者のユニークさには脱帽です。


親は子どもにいろいろな願いを込めて名前をつけます。
皆さん、親からつけていただいた名前を大切にし、誇りを持ちましょう。
名は体を表すとも言いますから。


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ユニクロ、ニトリ、ぎょうざの王将

2009.12.12日

新聞やテレビのニュースで不景気のことが毎日のように報道されている中、ユニクロ、ニトリ、ぎょうざの王将が一人勝ちしているそうです。
確かに不景気の時代に強い企業というのがあります。
上の3つの会社に共通していることは、ニトリの宣伝文句ではありませんが、
「お値段以上」
でしょう。
人は誰でも「お値段以上」の価値あるものは好きです。
ユニクロはヒートテックが大当たりで、「懐(ふところ)が温かいです」といつかの読売新聞のUSO放送に載っていましたが、実にそのとおりでしょう。
ぎょうざの王将は、私が高校生の頃、住んでいた京都の街に生まれた小さな中華料理店です。
それがいつの間にか、チェーン店になって全国展開。
私はこれまでぎょうざの王将で食事したことがなかったのですが、最近試しにテイクアウトでぎょうざ、チャーハン、かに玉を食べてみたらこれが確かにおいしい。しかも安い。
これは流行るはずです。


商売をするうえで大切なことは「お値段以上」のものを顧客に提供することです。
世界で最高級ブランドのザ・リッツ・カールトンホテルは、宿泊料金も食事の料金もほかのホテルよりもダントツに高いので有名です。
しかし、その高い料金よりもさらに高いサービスをして「お値段以上」の価値をアピールし、顧客の満足を得ています。
この辺のところは、『リッツ・カールトンが大切にする サービスを超える瞬間』に詳しく書かれています。お薦め図書のひとつです。


商売の世界だけではありません。
「値段」で計れない価値というものは、人間関係においても存在します。
「期待されている以上」のことをする。
実は、これが家族関係や友人関係、職場の人間関係などすべてに通じることなのです。
これをしっかりと普段から実践している人は、信頼が厚く、みんなから尊敬されます。


みんなが「期待されている以上」のことをするようになったら、家族も、学校も、会社も、社会も、国も、世界もきっと大きく変わることでしょう。
そして将来、人類が栄えていくためにはこの精神が不可欠です。
誰もが自分のことばかり考えていたら、人類は必ず滅亡します。


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現在は過去の結果、 未来は...?

2009.12.11日

今日の読売新聞8面に「少年オバマも祝福」と題して、次のような記事が載っていました。
「オバマ米大統領が少年時代を過ごしたインドネシアのジャカルタの公園で10日、10歳当時の大統領をモデルにした銅像の除幕式が行われた。
大統領は1967年から4年間同国で過ごし、インドネシア人の間でも人気が高く、テレビ局や慈善団体が資金を集めて建立した。
『オバマ少年』は、左手にとまったチョウにほほ笑みかけている。除幕式が、大統領のノーベル平和賞授賞式の日と重なったことは『偶然』としている。地元の関係者は『どんな境遇に置かれた子供でも一生懸命努力すれば、夢をかなえられることを伝えたい』と話している」


ノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領が今日あるのは、インドネシアで少年時代を過ごしたときの経験があってのことです。
つまり誰でも、現在の自分というのは、これまでの過去の経験や境遇、学んできたことなどすべての結果です。


「生んでくれと頼まなかった」
という子どもに対して、親が
「頼まれていたら生まなかった」
と答えた、というまるで笑い話のような「悲しい」話を以前、新聞で見かけました。
確かに、子どもは自分の親を選ぶことはできません。
そして、かなりの部分、親の育て方が子どもの能力や好み、性格や人格、容姿にまで影響を及ぼします。


しかし、かと言って私たちは決して親や環境の犠牲者ではありません。
たとえ現在の状況がどれほど好ましくないものであったとしても、それでこれから先の将来が決まっているわけではないのです。
つまり、未来は今、自分の手でいくらでも変えていくことができるのです。
自分は犠牲者だ、と思って現状を否定的に見ている限り、決して明るい未来を切り開くことはできません。
現在は過去の結果です。しかし、未来は過去や現在の境遇の結果ではないのです。


たとえば、学生で今、成績が悪い人はこれまで勉強をしてこなかった結果に過ぎません。
成績が悪いのを、親の遺伝のせいにしたり、家庭の経済的な理由で塾に行けないせいにして、今勉強しなければ、これから先もずっと勉強ができないままです。
商売をやっている人も、たとえ今がいくら大変でも、それを社会のせいにしたり、人のせいにしている間は、決して商売は好転しません。


このことに気づいて、早く手を打てば、現在がたとえどのようであっても、未来を変えることはできます。
ちょうどオバマ大統領のように。


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キスの洗礼

2009.12.11日

私は毎日、仕事を終えて家に戻るとキスの洗礼を受けます。
キスしてくれるのは、愛犬ラブです。
庭で放し飼いしているのですが、夜遅くに帰ってきても、わざわざ小屋から出てきてしっぽを振りながら私を温かく出迎えてくれます。
ラブのキスは、鼻をくっつけてくることです。
スーツやズボン、手に鼻をすり寄せてきて、「ベチョ」っとキスしてくれます。
本当はちょっと迷惑なのですが、ラブのほうはお構いなしです。
ラブは鼻を私にくっつけてきて、自分の愛を精一杯表現しているのです。


犬は3日世話をしてもらうと一生その恩を忘れない、と私の尊敬するHさんが昔言っていました。
本当に犬は飼い主に忠実です。


私たち人間はどうでしょう。
3日どころか、3年、あるいは30年世話してもらった相手に、平気で恩をあだで返す恐ろしい事件が毎日のように新聞で報道されています。
なんと悲しいことでしょうか。
「人間は万物の霊長」と言われていますが、万物の中で最もすぐれている人間がなぜ感謝の心を忘れるのでしょうか。


今晩のTVのニュースでアフリカ北東部のソマリアの海賊のことが特集されていました。
海賊行為の原因は貧困であると言われています。
確かにそうでしょう。テロもそうです。
でも、貧しいからといってみんながみんな海賊行為やテロ行為をしているわけではありません。
もっと根源的な問題があるように思われてなりません。
それは人が信頼できない、人の愛情を知らないからではないでしょうか。


逆境の中で感謝することは確かに難しいです。
でもたとえ小さなことでも、気をつけて自分の周りを見ると、感謝できることはたくさんあります。
古代ローマの哲学者キケロは、「感謝はすべての美徳の母である」と言いました。
小さなことで感謝していると、感謝できることがさらにたくさん生まれてきます。
逆境の中で不満を募らせていると、さらにどんどん不愉快なことが起こり、悪循環します。


「万物の霊長」である私たちは、たとえ小さなことでも感謝できることにもっと目を向け、その感謝の心を具体的に表すことが必要なのではないでしょうか。
そのような小さな行為の積み重ねが、人の信頼を呼び起こし、さらに愛情を伝え、家庭を、そして社会を、さらに世界を平和に導いていくのす。


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子どもの教育費

2009.12.09日

今日の読売新聞の「人生案内」から。


「40歳代の母親。小学生と中学生の子どもがいます。上の子はコツコツと勉強するのは苦手ですが、のみ込みは早いほうです。塾に通い始めて、成績は伸びてきたと思います。
教育にはお金がかかります。もともと、夫の収入は低いほうでしたが、最近の不況でさらに収入が減りました。残業や休日出勤がなくなり、家に居る時間が長くなりました。
夫はいい人で、子どもたちにも優しくしてくれます。ですが収入が少ないのです。私もパートに出て頑張っています。子どもには、してやりたいことがいっぱい。それなのに、お金がないことで才能の芽をつぶしてしまうかもしれないと思うとイライラします。夫の顔を見ると、憎しみさえこみ上げてきます。
夫婦関係がぎくしゃくし、このままだと子どもたちにも悪い影響を与えそう。何より、夫に笑顔で接することができない自分が嫌で苦しいです。(大阪・O子)


わが子の将来を思い悩む母親の気持ちはとてもよくわかります。ですが、不況といわれる中、給料が下がるどころか、職を失った父親も大勢います。また、教育費をかけようと思えばきりがありません。子どもには、夫婦が自分のできる範囲のなかで、精いっぱいのことをしてやればそれで十分です。
ここはひとつ、心の持ち方を変えてみましょう。逆の状況を考えてみませんか。高収入だけれど、家族に愛情をもてず、子どもにも無関心な夫でもいいのですか。お金ですべては解決できないですし、完璧(かんぺき)な夫はいません。
新聞記事を読んだりテレビのドキュメンタリー番組を見たり、お金をかけずに学力をつける手段はいくらでもあります。また、コミュニケーション能力など学力以外で人生で役に立つ力をつけてやることも必要です。困難を乗り切る精神力や他人を思いやることのできる優しさが人間力であり、それがお子さんの将来の財産になります。あなたやあなたの夫のまじめな生き方をお子さんに見せてやることこそ、最大の教育ではないでしょうか。 (山田 昌弘・大学教授)」


100年に1度の不景気と言われる今日、上の相談者ような方がきっとほかにもたくさんいらっしゃることと思います。
確かに、子どもを育てることにはお金がかかり、また教育費も大変です。
回答者の「新聞記事を読んだりテレビのドキュメンタリー番組を見たり、お金をかけずに学力をつける手段はいくらでもあります。また、コミュニケーション能力など学力以外で人生で役に立つ力をつけてやることも必要です」は、まことに正論です。


以前にもこのブログでも書きましたが(「教育における新聞の活用法」)、お金をかけなくても家庭でできることはいくらでもあります。
私のもうひとつのおすすめは作文です。
これまで多くの生徒を指導してきて痛感することは、作文力と学力は比例するということです。
私が今読んでいる『子どもの頭は「作文力」で決まる!』という本もおすすめです。


要するに、教育は学校や塾でだけやるものではないということです。
まずは家庭から始めるべきです。そして家庭でできることはたくさんあります。
親子・家族間でのコミュニケーション、これが一番大切です。
「うちの子どもは勉強があまりできません」と入塾のときにおっしゃる親御さんがいらっしゃいますが、これまで放ったらかしにしておいたのならできないのは当たり前です。
石川遼選手は自然とゴルフができるようになったのではありません。
今回の史上最年少賞金王というタイトルは、長年かけてずっと練習を積み重ねてきた結果です。
何事でもそうです。普段からの積み重ねです。
漢字が苦手なら、家族で漢字のことを話題にし、また一緒に覚えたり、お互いにテストし合ったりといくらでもできることがあります。
私は中学1年の時、父に新聞を見せられ「この字が読めるか」と聞かれました。
「荼毘」という字でした。
こんな字、中学生が読めるわけありません。
「学校で習ってないよ」と答えたら、父は
「だったら今、ここで覚えればいい」と言いました。
それで覚えました。
ちなみに、上の字は「荼毘に付す」(だびにふす)と言って、「火葬にする」という意味です。


テレビのニュース番組やNHK「週刊こどもニュース」を始め、さまざまな番組からいくらでも話題は生まれます。
大切なのは、見っぱなしにするのではなく、それを材料に話し合い、考え方を訓練することです。
本を読むことも大切です。そして、作文を書くことも。
このようなことを家庭でやってきた子どもは、中学で初めて塾に来てもすでに基礎力がしっかり身についています。


お金をかけなければ教育はできない、という考え方は間違っています。
でも、子ども手当てが下りるようになったら、それは生活費や遊興費に回すのではなく、やはり子どものために使ってあげて欲しいものです。


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死ぬときに後悔すること

2009.12.07日

今日の新聞の第2面の下段3分の1を占める広告に『死ぬときに後悔すること25』という本の案内がありました。
アマゾンランキング総合1位ということです。
「人は死ぬ間際にこんなことを後悔しています」とあって、その下に25項目挙げてあります。
<健康・医療編>
1 健康を大切にしなかったこと
2 たばこを止めなかったこと
3 生前の意志を示さなかったこと
4 治療の意味を見失ってしまったこと
<心理編>
5 自分のやりたいことをやらなかったこと
6 夢をかなえられなかったこと
7 悪事に手を染めたこと
8 感情に振り回された一生を過ごしたこと
9 他人に優しくなかったこと
10 自分が一番と信じて疑わなかったこと
<社会・生活編>
11 遺産をどうするかを決めなかったこと
12 自分の葬儀を考えなかったこと
13 故郷に帰らなかったこと
14 美味しいものを食べておかなかったこと
15 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと
16 行きたい場所に旅行しなかったこと
<人間編>
17 会いたい人に会っておかなかったこと
18 記憶に残る恋愛をしなかったこと
19 結婚しなかったこと
20 子供を育てなかったこと
21 子供を結婚させなかったこと
<宗教・哲学編> 
22 自分の生きた証を残さなかったこと
23 生と死の問題を乗り越えられなかったこと
24 神仏の教えを知らなかったこと
<最終編>
25 愛する人に「ありがとう」を伝えなかったこと


上の項目を一つひとつ読みながら、「へぇ〜、人が死ぬときに後悔するのはそういうものなのか」と変に感心しました。
自分に当てはめてみたところ、まだ実現していない21番目の「子供の結婚」はどうしようもないこととして、そのほとんどはクリアしているな、と思いました。
すなわち、私の場合は「死ぬときに後悔する」ことはない、いつ死んでもいい、いやまだやらなければならないことがあるからまだ死ぬわけにはいかない、などと考えました。


考えてみると、私は十代の頃「二十歳まで生きられないんじゃないか」と思っていたのですが、いつの間にか二十歳を越え、三十代を越え、四十代を越え、...と今日まで生きてきました。
先日、塾の生徒が私のことを50歳くらい、と言ってくれたのが嬉しくて。
自分の気持ちの中では、まだ三十代なのですが。
余命6か月と医師に診断された柿谷寿美江先生は、50歳の誕生日を迎えられたとき自分は100歳まで生きる、とおっしゃっていました。
つい先日、森繁久弥さんが96歳で亡くなられました。
なんだか私も勇気が出てきて、90代まで生きようと思うようになってきました。
というか、この世に貢献できる限り生き続けようと決心しました。


そして、後悔することのない人生をここまで歩んでこられたことを改めて心から感謝しました。
もちろん今までの人生を振り返って、失敗したことはたくさんあります。
でも私はそれを後悔しません。それらの失敗から学んで立ち直り、前よりも強く生きられるようになってきました。
転んでもただでは立ち上がらない、石でも何でもを拾って立ち上がることを学んできました。
その延長線上にある現在の命を大切にし、これからの残された人生を歩んでいこうと、新聞の広告を見て決意を新たにしました。


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初めてのアルバイト

2009.12.06日

中学を卒業して高校に上がる直前の春休み、初めてのアルバイトをしました。
厳密に言うと、小学1年生のときにカレンダーのモデルになり、3年生から6年生まではテレビドラマやコマーシャル、映画、舞台にも出ていくらか稼いでアルバイトをしていたのですが、この頃はまだ仕事という意識はなく、趣味の延長のような感じでした。(「何事も一生懸命」
しかも稼いだアルバイト代も全部親の懐に入っていましたし。


中学生の頃、すぐ近所に大学生のお兄さんがいました。彼が近所のガソリンスタンドでアルバイトをしていたので、この人に頼んで紹介してもらいました。
1日目はとても緊張しました。
何もわからないので失敗ばかりして、その都度やんわりと注意され、「すみません!」を連発していました。
「何事も一生懸命」がモットーの私はこのガソリンスタンドでのアルバイトにも一生懸命取り組みました。
春休みの後、夏休みも、冬休みも、そしてまた次の春休みもほとんど毎日、朝早くから夜まで働きました。
手はいつも油で真っ黒でした。
冬は外の仕事は寒くて大変でした。
洗車など水仕事をしていると手が真っ赤になり、あかぎれになりました。
胸にロゴの入ったカーキ色のユニフォームは、夏は暑くて汗びっしょりでした。
仕事にも徐々に慣れてきて、ガソリンを入れるのと洗車だけでなく、リフトで車を上げてオイル交換やグリスアップ、パンク修理、その他簡単な修理までできるようになりました。
その当時のパンク修理はチューブ式のタイヤだったので、労力も時間もかかり大変でした。
でも仕事はとても楽しかったです。
そして親からお小遣いはほとんどもらっていなかったので、アルバイト代も本当にありがたかったです。


あるとき、ガソリンを入れた後、いつものようにお客さんに頼まれて洗車しました。
そして「いくら?」と尋ねられて、私はニコニコしながら
「サービスです!」
と言いました。
お客さんは驚いた顔をして、「ホントにいいの?」と言いながら、喜んで帰っていきました。
またこれでひとついいことをした。お客さんに喜んでいただけたと満足していたら、
店長に呼び出されました。
「今の客から洗車代もらった?」
「いいえ、いつものようにサービスです」
と胸を張って答えたら、
「今の人は他府県のナンバーで一元客。つまり1回限りの客。しっかりと洗車代もらわないと!」
と叱られて、「すみませんでした」。
しょんぼりしました。でも、そんなこと聞いてなかったよ...。


楽しい仕事でしたが、ひとつ大変ショッキングなことがありました。
そのガソリンスタンドでは、常連客がオイル交換を依頼して車を置いて行くと、いつも1ランク等級を落としたものを入れて、高い料金を請求していました。
また、ときにはオイルがそれほど汚れていないからと言って、オイルを足しただけで、ナットを少し緩めて油をにじませ、オイル交換をしたかのように見せかけてオイル交換の料金を取っていたこと。
私はこの頃はまだ青二才。正義の味方のような気持ちでいたので、このような不正が許せないと思いました。
でも、親子兄弟で経営している人たちに、高校生のアルバイトが何も言えるわけもなく、私は家に帰って父親に泣いて抗議しました。
すると父は、
「世の中というものはそういうもんだよ。そんなことで腹を立てていたら生きていけない」
と言って逆に私を叱りました。
私はこのとき、世の中こんなに汚いのなら自分は生きていけない、死ぬしかない、と本気で考えました。
今から考えると本当に馬鹿げているのですが、その当時の私はそれほどうぶでした。


ここでは、ほかにもいくつもの不正やうそがあり、それに嫌気が差して辞めました。
そしてその後、このガソリンスタンドはつぶれました。
というか、その跡地に今は大きなマンションが建ったので、きっと商売替えをしたのでしょう。
なにしろ地元の大地主でしたから。


真面目に一生懸命頑張り、正直に商売していたら必ず繁盛します。
うそや不正は絶対にいけません。


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ブログ投稿1周年

2009.12.05日

早いものでブログを書き始めて今日でちょうど1年になりました。
あっという間です。
最初、毎日書けるだろうか、とちょっと不安だったのですが、1年間ほぼ毎日書き続けることができました。
調べてみると、1年間365日のうち、投稿したのは348日。
20日ほど書けなかった日があるのですが、それらはいずれもパソコンが使えない状況のときでした。
親戚の家に行って親族孝行していたとき、あるいは教師会が長引いて日が変わってしまったとき、そして成績表や通信の印刷などで時間が取れなかった日などで、それらを除いてはコツコツと毎日書き続けてきました。
アクセス解析によると、1日平均30数人の人が見てくださっていることになります。
愛読してくださっている方々の顔ぶれも少しずつ広がってきているようです。
人に紹介されたと言って読んでくださっている方もあります。
そしてお陰さまで、ブログランキングの塾・予備校部門で3位にまでなることができました。
まあ、順位そのものは別にどうってことないのですが、でも多くの人に読まれるようになったということは素直に嬉しいです。


ブログを書いていると、いろいろな人からご感想をいただきます。
たいていは、「励まされた」「元気をもらった」「教えられた」「感動した」といったもので、ブログタイトルの「元気の出るブログ」がその役割を果たしているようで、とても嬉しく思います。


しかし、ほかの誰よりも一番励まされているのは私自身です。
自分で言うのも変ですが、書きながら自分が一番教えられ、元気をもらっています。
少し元気のないときは、過去ログを読み直しています。
小さい頃から今まで何度も日記に挑戦しましたが、いつも「三日坊主」に終わっていたのに、1年間も毎日書き続けることができたというのは、自分でも驚きです。


その日、その日に考えたこと、感じたこと、教えられたことを綴ってきました。
このブログを書き始めた動機のひとつは、「読む人に元気をあげたい」です。
ですからにほんブログ村のハンドル名は「元気注入」です。
もうひとつは、「自分の生きてきた証を何らかの形で残したい」ということです。
私自身、よく知っていると思っていた父や母のこと、自分の目で見てきたこと以外には生い立ちなどほとんど知らなかったということもあり、そのことがとても残念で、これまでの人生の一部を書き残すことによって子どもや孫(?)たちに自分のことを知ってもらいたいと思いました。
またひとつには、「自分の頭脳の訓練のため」です。
歳を取るにしたがって段々と記憶が薄れてきます。ブログを書きながら記憶の糸をたどることによって、頭の訓練にもなるだろうと思いました。また回想は心の栄養にもなります。
また自己表現活動をすることは、自分の頭の中の整理にもなり、老化予防にもなるだろうと思っています。
おそらくこれらの目的を全部果たしているのではないかと自己満足しています。


若いときのことはどんどん忘れていきます。
そのときどきの感動を忘れないように綴ることは自分のためにもなります。
自分の人生を大切にするために、このような形で足跡を残すことはとても大切だと思います。
自分の子どもたちにもそのように進めています。


ただ単に日記帳に出来事を記し、自分の感じたことを書いているだけではもったいない。人と分かち合うことによって、同じ行為が何倍にも活かされる、というのがブログの使命だと思っています。


これからの1年間もまた頑張りますので、ご愛読のほどよろしくお願いいたします。
またときどきメールでご感想をお聞かせください。励みになりますので。


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僕の夢は、もう僕だけの夢じゃないから!

2009.12.04日

今、テレビでフィギュアスケートのグランプリファイナルをやっています。
娘のさりが大のフィギュアファンで、今日は国立代々木競技場へ観に行っています。
男子ショートプログラムでは、日本代表の高橋大輔と織田信成がそれぞれものすごい演技をし、1位と3位につけました。
来年のバンクーバー・オリンピック出場をかけての演技です。
GPシリーズの各種目上位6人で争うだけあって、レベルが非常に高いです。


女子では、キム・ヨナを抑えて安藤美姫が1位。
今、日本のフィギュア界がとても熱いです。


高橋大輔は怪我で右ひざを手術して約1年ぶりの演技。
安藤美姫も1年365日のうち300日泣いた、という苦しいところを通ってきての演技です。
ふたりとも、これまでの競技人生、決して順風満帆ではありませんでした。
でも、夢をもち続けてここまできました。


娘のお付き合いで見始めたフィギュアですが、いつの間にか私たちもハマってしまいました。
ジャンプ、ステップ、スピン、手足の動き、表情など、一つひとつが洗練されていて、実に美しい。
フィギュアはもうスポーツの域を超えていて、芸術だと思います。


演技の間に入った某会社のCMで、高橋大輔が
「僕の夢は、もう僕だけの夢じゃないから!」
と言っていたのがとても印象的でした。
確かに、最初のうちはオリンピックに出場するのが自分の夢だったのでしょうが、これだけ多くのファン、国民の期待を集めると、もう自分だけの夢ではありません。


実は、これは誰にでも当てはまることだと思うのです。
私たちは、別にオリンピックに出るわけではありません。
また、国民みんなの期待を背負っているわけでもありません。
でも、私たち一人ひとりの夢の実現は、その背後に家族だけでなく、本当に数え切れないほどの人たちが期待していて、また必要としているのです。
(私も自分の家族のみならず、生徒の一人ひとり、そのご家族、これまで係わってきた多くの人たちのことを期待し、背後で応援しているひとりです)
そのことに気づくと、誰でも自分の人生をもっともっと大切にしなければならないということがわかるでしょう。
ひとりの人の夢の実現は、その人だけの夢の実現ではなく、家族の、友人の、学校の、地域の、国の、さらに言えば世界の、全人類の夢の実現でもあるのです。


この世の中に不必要な人など誰ひとりいません。
一人ひとりがいて、初めて家族が成り立ち、友人や部活の仲間ができ、学校や会社が成り立ち、社会が、国家が成り立ちます。
みんな必要なのです。


今日の新聞1面の隅に政府広報の「障がい者週間 (12月3日〜9日)」が載っていました。
「障がいの有無にかかわらず、誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合う共生社会は、あなたのちょっとした配慮や工夫で実現できます。
障がいのある方について知り、身近なこととして考えてみましょう」
とありました。
そうです。障がい者も健常者も関係ありません。
みんなでこの社会を構成しているのです。
みんな必要とされています。


あなたの夢は、もうあなただけの夢じゃない!


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将来の夢

2009.12.04日

一昨日、小学6年のTちゃんに「将来の夢なにかある?」って聞いたら、
「歌手になりたいです!」
という答えが返ってきました。
「へぇ〜、すご〜い!歌が好きなの?」
「はい、大好きです」
「どこかで歌習ってるの?」
「いいえ、家で自分で歌って練習しています」
「そうなんだ。あと5年ぐらいたったらオーディションを受けてみたら?」
「はい」
「実は、先生はTちゃんスマートでカッコいいし、ファッションモデルなんかが向いているんじゃないかな、って勝手に思ってたんだけど。
でも、きっと歌手になれると思うよ。歌手になったらサインちょうだいね!」
「はい」


Tちゃんは普段はとてもおとなしい子であまり話さないので、「歌手になりたい」と聞いたときは正直ちょっと驚きました。
でも、小学6年生で、はっきりと「歌手」という将来の夢を持っていたら、それはきっと実現すると思います。


1年ほど前、当時中1のK君にやはり将来の夢を尋ねたら、「プロのサッカー選手」それもJリーグではなく、スペインかイングランドに行きたい、と具体的な目標を語ってくれました。そこで、将来プロのサッカー選手になったら、サッカーボールにサインしてちょうだいね、とお願いしました。(「夢はかなう!」


このほかにも、今小5のOちゃんには将来ニュースキャスターか女優になったらサインちょうだいね、と予約してあります。
これで、TちゃんとOちゃんとK君の3人のサインを予約しました。
きっと将来、私の家は成長した教え子たちのサインでいっぱいになることでしょう。
冗談じゃなくて、本気でそう思っています。
あー、塾の仕事って、たくさんの子どもたちの成長が見られて本当に素晴らしいな、と改めて思いました。


去る5月のブログに俳優のシルベスター・スタローンの記事を書きました。
彼は障がいを持って生まれてきて、仕事がなく、貧乏のどん底の生活を送っていましたが、将来いつか俳優になりたいという夢を決してあきらめず、ついにあのアカデミー賞最優秀作品賞受賞の「ロッキー」でデビューするのです。
とても感動的な話ですので、まだ読んでいらっしゃらない方はぜひ読んでください。(「断られても、断られても...」


そういえば、中3のK君は将来、オリンピック選手になりたいと言っていました。(「目標達成に必要な3つの要素」
そうだ、K君にもサインを予約しておこうっと!


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ありがたい、ありがたい

2009.12.03日

今朝、目が覚めると突然「あ〜りがたや、ありがたや」、と小学生の頃よく聞いた「ありがたや節」のメロディーが頭に浮かんできました。
なぜ...。考えてみると、これにはいくつもの伏線がありました。


先日中1のクラスで英語を教えていたときのことです。
Thank you. というだれでも知っている表現の意味を尋ねました。
すると当然のことながら「ありがとう」という返事が戻ってきました。
そこで私が、
「じゃあ、ありがとうってどういう意味?」
と尋ねると、だれも答えられません。
「ありがとう、という言葉はもともと『有り難い』、有るのが難しい、つまり『めったにない』という意味なんだよ。
だれかが君たちに何かをくれたり、親切にしてくれたとき、君たちはその人に向かって『へぇ〜、これはめったにないことだ!』と言っているようなものなんだ」
それを聞いたS君が大受けして大声で「ありがたい、ありがたい」と言って、その日は授業が終わって帰るときもまだ「ありがたい、ありがたい」と繰り返していました。


その少し前、小学生に作文指導をしていたとき、「最近、とくに感謝できることは何がありましか」という課題があって、それに対して小5のHちゃんは「何もない」と答えました。
そこでちょっとヒントをあげたら、感謝の気持ちを伝える素晴らしい作文を書くことができました。(「感謝の心 2」

普段の生活の中で、「ありがとう」と言えること、感謝の心をもつことは大切なことです。
とかく私たちは、すごいことをしてもらったり、自分の欲しかったものがプレゼントされたりすると、「ありがとう」と言えるのですが、毎日の出来事は当たり前のように思って、「ありがとう」の言葉を忘れてしまいがちです。
また、つらいときや苦しいときに感謝するのも難しいことです。


英語の Thank you. は、日本語の「めったにないこと」と言うのとは違って、もともとは I thank you. で、「私はあなたに感謝します」という意味です。
毎日の生活の中で、「感謝します」という言葉をいつも使っていると、本当に感謝の心が湧いてきます。
これと同じようなことは、佐藤富雄さんが『あなたが変わる「口ぐせ」の魔術』の中でも書いています。


去年のことです。
夜の授業が終わり、送迎から戻って教室に立ち寄りました。
階段を上がって事務室のドアを開け、中にいる先生たちに「お疲れさま!」と声をかけました。
すぐに帰るつもりで、そのままちょっと立ち話をしていたのですが、話が長引いてきたので、事務室の中に入って10分ほど話しました。
そしてもう1度「お疲れさまでした」と言って、ドアを開けて階段の踊り場に出てふと気づきました。
ドアの入口のところに置いていた私のカバンがなくなっているのです。
一瞬頭の中が真っ白になり、どこかに置き忘れたのかと思って、事務室の中も、ほかの教室も全部隅から隅まで何度も探したのですがカバンは見つかりません。
すぐに帰るつもりだったのでドアの横にカバンを置いて中に入ったのですが、塾の前の通りを歩いていた人が階段下から見上げるとカバンがあったのでそっと上がってきて盗んでいったのでした。
すぐに警察に盗難届けを出しました。
カバンの中には電子辞書や現金、図書カードなどが数万円分入っていました。
でもそれよりももっとショックだったのは、自分の不注意でした。「ボケてきた!」と思いました。


数日、落ち込んでいました。
でも、落ち込んでいても仕方がない、起こったことは起こったこと、と受け止めることにしました。
そして、昔聞いた話を思い出しました。
19世紀のイギリスの牧師キャンベル・モルガンは、夜の祈祷会に向かう途中強盗に襲われ、着ぐるみはがされ、カバンも奪われ、その上殴られたそうです。
モルガンが教会に着くとみんな驚きました。
でもモルガンは講壇に立つと、頭を垂れて祈り始めました。
「神様、感謝します。奪われたのが金品で済んで命を奪われなかったことを感謝します。金品が盗んだ人の役に立つのなら感謝します。殴られたのがほかの人でなくて私だったことを感謝します。私が強盗でなかったことを感謝します...」。
そこで、私もモルガンに習って同じように感謝することにしました。
すると不思議なほど心が平安になりました。
数日後、私はふと思いついて、火災保険の代理店に電話をして事情を話しました。
すると、なんと盗難保険がついていたということで、図書カードの分を除いてほぼ全額保険で戻ってきたのです。


感謝はまた別の感謝を引き寄せます。
これは別の言い方をすれば、「引き寄せの法則」です。


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正人のアメリカリポート その2 後編

2009.12.02日

前編より続く


■10月末には、ハロウィンがありました。
日本ではあまりメジャーではありませんが、ディズニーランドなんかでは盛り上がるあれです。
よくアメリカの映画やドラマなどでは微笑ましい光景が描かれていますね。


この祭り、アメリカでは本当に盛り上がります。
ハロウィン前にはどこの店にも、大量のカボチャや、お化けのおもちゃ・置物、普段よりもさらに多いお菓子などが所狭しと並びます。家の周りにお化けの置物を飾るところもあります。


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そして仮装!
子どもも大人も、もうみんな本気です。
友人のホストファミリーは、夫婦で『ゴーストバスターズ』に出てくる退治人とお化けのコスプレをしていたのですが、あの掃除機みたいな道具を作るのに半日くらいかけていました。
僕はその日、毎週金曜日に行われているインターナショナルミーティングという…食事会に参加していたのですが、子どもたちが来るわ来るわ。
そしてみんな“Trick or treat!”と言ってお菓子を取っていきます。


halloween6.jpghalloween7.jpg


halloween3.jpghalloween4.jpg


もうかわいいのなんの。
いたずらされても一向に構わないとか思いながら、お菓子をあげていました。


■これは余談になりますが、先月僕は24歳の誕生日を迎えました。
こちらの友人たちにもらったのは、なんと初心者用ギターセット。それと、僕の一番好きなイギリスのバンド、Coldplayの楽譜…。
何より嬉しかったのは、まだ3か月くらいしか滞在していなかった自分にも、そんなサプライズを計画してくれたということと、ギターを練習したいと僕が何気なく言ったことを覚えていてくれたことでした。


masato2.jpg


アメリカの祝日にはまだそれほどの愛着は沸いていませんが、普段は離れている人と人とがつながれる機会だという点では、いいものだなと思いました。


こちらの人は、誰かに物をあげることにまったく躊躇がありません。
感謝祭で食事を振る舞うことにも、ハロウィンで子どもにお菓子を配ることにも。
それよりも、どんどん人との交友の幅を広げていこうということに関心を向けているようです。


誕生日には、日本にいる多くの大切な友人から、メールやメッセージをもらいました。
正直、日本人同士の親密な交友関係のほうが僕は好きです。
今でももちろん、アカデミーのイベントムービーを見ては、自分の一番落ち着けた場所を思い出して、懐かしく感じています。
日本を離れ、アメリカに来てから強く思うようになったのは、自分は24年間、周りの人たちの中で支えられて、生かされてきたんだということです。
人と人とのつながりは、本当に何にも増して、大切なんじゃないか。普段はそんなこと人に言えないし、気づきにくいけれど。文字通り、フェラーリより、ノーベル賞より、自分だけの成功より。


嫌いなものは嫌い、好きなものは好きだとはっきり言うような、アメリカ人の祝日の過ごし方は、僕にそんな風に思わせました。


長くなってしまいましたが、最後まで読んでいただけていたら幸いです。
また続きをお届けできるまで、お元気で!


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正人のアメリカリポート その2 前編

2009.12.01日

こんにちは、正人です。みなさんいかがお過ごしですか?
早いもので、もう12月ですね。あと1か月で2010年になるということが、なんだか不思議に思えます。
何より残念なのが、年末年始を日本で過ごすことができないということです。
年越しそばに、紅白、除夜の鐘、初日の出、おせち料理、お正月セール…。日本のそういった文化が、今は恋しくて仕方ありません。
恒例行事というものは、どうも年や回数を経るごとに、大切なものに思えてくるもののようですね。


それはさておき、アメリカリポート第2弾ということで、今回は最近あったこちらの行事について書きたいと思います。


■11月の第4木曜日には、感謝祭(Thanksgiving Day)という祝日がありました。
日本ではまったく馴染みがないと思いますが、この祝日は17世紀前半にイギリスからアメリカに初めて移住した人たち、ピルグリムファーザーズが、インディアンと協力して初めて収穫を得られたことを神に感謝したのが起源であると言われています。
ですが、僕にとって大事なのは、4日間の休日が得られたということに尽きます。


この日に何をするのかというと、多くのアメリカ人は親戚や友人同士で集まって、大きな食事会をします。
…はい、食事会です。
うちのホストは毎週金曜日に食事会に行っています。毎週日曜日の教会でも食事が出ます。たまに大学のスタッフでさえ無料でランチを配っています。
そして祝日にはまた食事会…。
はい、こっちの文化は本当に食べることが中心のようです。


そして僕もホストファミリーと一緒に、フィラデルフィアに住んでいる娘さんとお孫さんの家庭に、車で1時間かけて行きました。そこには親戚が13人も集まり、中にはフロリダから来たという人もいました。
なかなか時間がないと会えない家族と会うことができる。それがこの祝日の過ごし方にある本当の意義なのでしょう。
ただ、食事もやっぱり欠かせない、ということも確かなのだと思いますが。


帰ってから、ホストのお母さんと二人で話していました。お母さんの娘さんのうち、2人が離婚を経験しているということだったので、離婚問題について話しました。
よく言われるように、アメリカでは離婚が非常に多いです。こちらに来てから本当なんだなと実感しました。
彼女自身も20年ほど前に離婚をして、今の夫は再婚相手だということを聞いていました。彼女の子どもはみんな、前の夫との間の子どもだそうです。
そして彼女は何食わぬ顔でこう言いました。
「あなた気づいてた?あそこに集まった家族の中に私の前の旦那がいたのよ」


なんだって???


その前の旦那さんという人も、現奥さんを連れてきていました。日本人だったら、気を使ってなかなかそういうことは出来ないものではないかと思います…。
でも二人とも、別れてからでも娘たちの顔はやはり見たい、ということで、感謝祭の日にある食事会で、年に一度お互いに顔を合わせるそうです。気まずさを乗り越えているのか、あまり感じていないのかわかりませんが、子どものことを本当に愛しているんだなと思い、素敵だと思いました。


後編に続く


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