学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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宝探し

2009.09.30日

読売新聞に今年の3月から、「ポケモンといっしょにおぼえよう! ことわざ大百科」が日曜を除く毎日、朝刊に連載されています。
1面に「探せ!ポケモン どこかのページに『ことわざ百貨』」とあって、子どもたちが新聞を開いてポケモンたちを探します。宝探しの気分を味わいながら、ことわざを覚えてもらうという趣向です。


これは大成功を収めているようで、先日の読売新聞(9月18日17面)の「くらし家庭」欄に次のような読者の投書が載っていました。
「8歳のおいはことわざに夢中だ。読売新聞にポケモンが登場することわざコーナーが掲載されていたこともあり、毎日使うことが楽しいようだ。
自分の妹が初めての音楽発表会を前に緊張していたら『案ずるより産むが易しだよ』と励まし、両親が口げんかをしているのを聞くと『親しき仲にも礼儀ありだよ』とつぶやく。パパから『黙っていなさい!』としかられながらも、みんなの笑いを誘う。
コーナーの懸賞つきクイズに何回応募しても、なかなか当選しない。祖母から『もうやめたら?』と言われたら、『ダメ!人事を尽くして天命を待つ、だから』と切り返し、家中が大笑いに。
多少使い方を間違うこともあるが、タイミングよく浮かぶものだと感心する。その度に家族全員から笑みがこぼれ、和やかな雰囲気になる。また始まるというコーナーでクイズに当たれば、何と表現するか今から楽しみだ」


この8歳の少年は、ことわざがきっかけで、ほぼ間違いなく国語が得意になるでしょう。
現在中2のA君は小学4年生のとき、漢字を勉強したいと言って入塾し、以来ずっと漢字の勉強に力を入れていますが、その結果、国語も英語も、どの教科も得意で、学校では学年トップクラスの生徒です。
中学卒業までに漢検2級が取れたらすごいよ、と彼が小学生のとき言っていたら、去年中1で2級に合格してしまい、今は準1級の勉強をしています。


さて、今日の「ポケモンことわざ大百科」は、
「笑う門には福来る」
でした。
「『門』は、このことわざでは家のこと。笑い声がたえない家には、自然と幸福がやって来るものだ。いつもニコニコしているキマワリにも、きっと幸せが来るよ」と説明がありました。


私が高校2年生のとき、イギリスの「ミニの女王」と呼ばれたファッションモデルのツイッギーが来日しました。
その翌年の元旦、郵便受けに直径4cm高さ25cmぐらいの巻物の年賀状が入っていました。
中学・高校時代の親友、K君からは毎年意表を突く年賀状が届けられていました。
この年は、長さ4メートルにも及ぶ巻物に、筆で漢文がびっしりとしたためられていました。(以下は記憶をたどって)
「子曰、笑門福来。福曰、門狭我不可通。否、我小枝也。可能通也...」
と延々と漢文が続いた後、和訳がしてあり、
「子曰く、笑う門には福来る。福曰く、門が狭くてわたしゃ通れない。いや、私はツイッギー、通れるわい...」。
何度読み返しても大笑いしてしまいます。
これは私の宝物です。いまだに大事に取ってあります。
今日、ポケモンのことわざ大百科を見て、懐かしくなり巻物の年賀状の宝探しをしました。
以前、片づけていたところにありません。その後、どこに片づけたのか、どうしても思い出せません。
宝探しをしていたら、思いがけず懐かしい別の宝物を見つけました。
下の2枚の写真です。


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「満天の星」に書いた、ロッククライミングをしたあと、ロープを使って岩肌を蹴りながら下りていくところの写真です。照りつける日差しで半日で真っ赤に焼けてしまいました。


もう1枚は、29歳の頃、教会で通訳をしていたときの写真です。このときは、岡山県の香登教会でイギリス人の先生ご夫妻の通訳をしました。


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K君からの巻物の年賀状の宝探しはまた明日することにしましょう。


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言うべきときには自分の思いをはっきり言おう

2009.09.29日

人間関係はなかなか難しく、人のことを常に考えて行動していると、自分にストレスがかかってきます。
反対に、自分の言いたいことをいつでもはっきり言っていると、周りの人にとってはそれがストレスになります。
一般的に言うと、人のいい人は周りの人のことを気遣い、自分の言いたいことがはっきりと言えない傾向があります。
何でもそうですが、長所の裏は短所で、短所の裏は長所です。


私もどちらかというと、人を気遣って自分の言いたいことをはっきりと言えないほうです。
これを言って相手に不愉快な思いをさせるぐらいなら、自分が不愉快な思いをして、それをうちに秘めておくほうがいい、と考えがちです。
でも、言うべきときには言わなければなりません。
それを言わないと、ストレスで自分の健康を壊すことにもなります。


アメリカに滞在していた7年間には、そのような体験がいくつもありました。
普段はたいがい相手を立てて、できる限り出しゃばらないように、相手を不愉快にしないようにしていたのですが、どうしても言わなければならないときもありました。


あるとき、人からいただいたコートをクリーニングに出して、戻ってきたのを家に持って帰って袋から出してみると、何とチューインガムがコートについているではありませんか。
頭にきて、妻と一緒にクリーニング屋に持って行き、袋から出してコートについているチューインガムを見せました。
それを見たアメリカ人の店員ふたりは顔を見合わせ、「申し訳ありません」と言って謝るものとばかり思っていたら、ふたりで大声で笑い出したのです。
ますます頭にきて、「冗談じゃない!人をバカにするのもいい加減にしろ!店長を呼べ!」と大声で怒鳴ってしまいました。
でも結果的には、ただついていたチューインガムを取って、謝ってもらっただけでした。


スーパーで買って帰ったものが不良品だったことも何度かあり、そのたびに「マネージャーを呼んでくれ」と言って直談判しました。
店員ではらちが明かないことが多く、いつもマネージャに掛け合って問題解決しました。


ある雨の日、フリーウェー(高速道路)の入口の信号のところで止まって待っていたら、フリーウェーを下りて猛スピードで急カーブを曲がってきた車がありました。
直感的に「危ない!」と感じました。
案の定、ブレーキを踏んでスリップし、そのまま止まっていた私の車の横にドーンとぶつかってきました。
運転していたのは高校生の女の子です。(アメリカでは16歳で車の免許が取れるのです)
車から出てくるなり、両手で頭を抱えて、
「オー、ノー!オー、ノー!」と繰り返すばかりです。(こちらのほうが「オー、ノー」と言いたかったです)
やがてパトカーがやってきて、相手の運転者を事情聴取して、私はお互いに名前と住所と電話番号を交換して帰宅しました。
1週間経っても、2週間経っても相手からは何の連絡もなく、こちらから連絡しても通じません。
そこで住所を頼りに相手の家を訪ねました。
家の前でその女の子のお父さんが自分の車を修理していました。
そこで、彼に娘の事故のことを伝え、修理代を弁償してほしい、と言ったところ、父親は
「事故を起こしたのは自分ではなく娘だ。娘は保険に入っていなかったので保険は下りない。高校生なので修理費を払うお金はない」
と言うのです。
いくらお人よしの私でも、「ああ、そうですか」とそのまま引き下がるわけにもいかず、思い切って言いました。
「保険に入っていないのはお宅の勝手だ。しかし、私の車が娘さんによって当てられてこんなにひどくへこみ、修理してもらわなければならない。娘がお金がないのなら、お父さんが立て替えてでも支払うのが常識でしょう!」
父親は最初、私のことを甘く見ていたようですが、私があまりにも怒っていて、どうしても引き下がらないのを見て取ると、ついに折れて見積もりの修理費を支払ってくれました。


言うべきときには自分の思いをはっきりと相手に伝えることは、相手のためにも、また自分のためにも必要です。


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本物の善意

2009.09.28日

今から27年前、私は結婚して妻と一緒に2度目のアメリカ留学をしました。
最初の留学の時も貧乏学生でしたが、このときはさらに貧乏でした。
前回の留学のときお世話になっていた教会のNさんのご厚意で75ドルという信じられないほど安い家賃で一軒の家に住まわせていただくことになっていました。
友人の鶴田さんが空港に迎えに来てくださって、教会近くのその家まで送ってくださいました。
この家は、家主のNさんが建てられて、ご自分が住まれたあと、何人もの教会の人が住み、さらにその後は日本から来た留学生が数多く住んでいました。
私はその家をよく知っていたのですが、妻は私が言った「古い家」というのをどのようにイメージしていたのかわかりませんが、家に着いてリビングのソファに腰掛けたとき、そのあまりの古さに驚いて言葉を失っていました。
天井には数箇所雨漏りのしみがあり、家具は昔私自身が使っていたものでしたが薄汚れていて、ベッドのマットレスはしみだらけ、バスルームには西部劇に出てくるような脚のついたバスタブが床の上に置いてありました。
私たちはこの家に1年ほど住んでいましたが、ある日トイレで用を足して立ち上がろうとしたら、便器がドーンと大きな音を立てて横に倒れてしまいました。
Nさんに頼んでプラマー(水道屋)に来てもらったところ、倒れた便器を見て大笑い。
そして、もうこの便器は直すまでもない。家自体がもう寿命だと言いました。
無理もありません。築50数年経っていた家でしたから。
でも、この家を出て通っていたタルボット神学校の近くのアパートに引っ越すのには勇気がいりました。
家賃が75ドルから450ドルに一気に上がったからです。
このときは、奨学金が下りたり、教会の方々が神学生献金してくださったり、食料品を届けてくださったりして難局を乗り切ることができました。


そして無事卒業し、帰国しました。34歳のときのことです。
このときも無一文でした。
一緒に働かせていただいた教会の牧師先生がふとんをくださったり、さらにご自分の使っていた車までくださいました。
その後、独立して教会を始めようとしたとき、知人にある人を紹介していただきました。実力者だからきっといろいろ力になってくださるだろうと。
東京のとある駅に迎えに来てくださったその方は、最高級車のベンツに私を乗せて隣県の自宅まで連れてくださいました。
途中、「ここが私の経営している店」「ここは私のレストラン」などといくつかご自分の事業を紹介してくださいました。
「ここが私のお屋敷です」
と案内された大きな家の玄関には立派な置物があり、応接室にはトラの毛皮が敷いてありました。
お茶をいただいたあと、その方が以前経営していた工場に連れてくださいました。
「今は使っていないので、この建物を自由に使ってください。中には、狭いですが住まいもあります」
と案内された工場は廃屋で真っ暗。はしごを上がっていった2階の住まいとは四畳半ひと間の、まるでお化け屋敷のようなところ。
「家賃は安くしておきます」
と言われたとき、私はショックで言葉を失いました。
そして丁重にお断りしてすぐに帰途につきました。


ロサンゼルスでお世話になった家は確かに便器が倒れるほど古く、雨が降ると雨漏りもしました。
冷蔵庫の中にはアリが入ってきて食品にたかったりしました。
寝ていたベッドの中にもアリが入ってきました。
でも、この家は大家さんのNさんの愛情がこもっていました。
本当の善意が伝わってきました。
Nさんご自身は生涯質素な生活をし、『佐賀のがばいばあちゃん』のように、自らは貧しくしていても人のためには惜しみなく与えました。


ここに本当の善意を見ることができます。
本物の善意は人を感動させ、その人をさらに新しい善意へと駆り立てます。
これが「ペイ・フォワード」の精神です。


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距離・速さ・時間

2009.09.27日

小学生だけでなく、中学生でも算数(数学)で出てくる「距離・速さ・時間」の問題を苦手にしている人がとても多いです。
学校でも塾でも、
「距離=速さ×時間」を頭文字を取って「き・は・じの公式」を教えるケースがよくあります。
き 
はじ

これで、「速さ=距離÷時間」「時間=距離÷速さ」が出ます。
確かに、これで簡単に公式が覚えられます。
しかし、この覚え方の問題点は、ただ機械的に公式の中に数字を入れて問題を解いているだけで、意味を理解していないということが挙げられます。
もうひとつの問題は、これを「は・じ・きの公式」という人もいて、これを書くときに
は 
じき

と間違えて、とんでもない答えを出して、それでも平気な人がいることです。
そこで、「き・は・じ」のほうが間違わなくていい。覚え方は
の下にいさん」
だそうです。
何事もそうですが、意味がわからないままただ機械的に暗記するという方法は間違っているだけでなく、危険ですらあります。


昨日から今日、また東名を使ってETC土日1000円の恩恵にあずかって妻の実家の名古屋に行ってきました。
私は妻よりも少しスピードが速く、大体時速110キロから速くて120キロ。妻は大体100キロです。
走りながら、「〇〇まで33km」とかいう表示を見て、
「ああ、あと〇分だな」と想像がつきます。
上の例で言えば、「秦野中井インターまで33km」と出ると、妻が運転していたら時速100キロはほぼ99キロで、33キロの3倍。
ということは、33キロを走るのに時速100キロだと、1時間の約3分の1、すなわち60分の3分の1なので20分。果たして、ぴったり20分でした。
私が時速120キロで走っていたら、1時間たつと120キロの距離を走ることになります。
ということは、60キロは30分。
このように意味を理解して、「距離・速さ・時間」の関係を身につけていると、実際に生活の中で役立ちます。
これは「き・は・じ」の公式を覚えているよりよほど合理的で、また応用が利きます。


次男の正人が高校1年の夏休みに、朝早く(4時頃だったか?)自転車で家を出ました。私たちに内緒でした。
夜、携帯に電話して「今どこにいるの?」と聞いたところ、
「今、小田原にいる。これから自転車で広島に行く」と言うのです。
あまりの無謀さに本当に驚きました。
もともと体が弱いところにもってきて、ひとりで、ママちゃりで、しかも地図を持たず、お金もほとんど持たずに。
一晩目は小田原駅のベンチの上で寝たそうです。
翌日は自転車で箱根峠越え。
途中であきらめて帰ってくるだろうと思っていたら、どんどん先に進んでいきます。
それでこちらも放っておくわけにもいかず、携帯のメールを使って、正人の現在位置を聞き、大体の時速を把握して、夜どこまで進むか予想を立て、泊まるところをインターネットで調べて、メールで
「現在位置から約5キロ先の〇〇交差点を右折し、そこから約2キロ行ったところにカプセルホテルがある」
「〇〇町の□□キリスト教会の牧師に泊めていただくようお願いしたので、今晩はそこに泊めていただくように」
などとやり取りをして、1週間で京都に着き、京都では2日ほど親戚の家に泊めていただきながら市内観光をして、その後また出発。
マックやおにぎりやコンビニ弁当を食べながら。
そして、私の知り合いの家や教会に泊めていただいたり、食事をご馳走していただいたりして多くの人々のお世話になりながら、2週間かけてついに広島まで行ってしまいました。
ときには真夜中に目的地に着くこともありました。
箱根と関が原の峠越えが一番大変だったそうです。
そして原爆ドームと原爆資料館を見るという目的を達成しました。
帰りはさすがにもう自転車にはあきたようで、佐川急便で自転車を送り、自分は鈍行に乗って戻ってきました。


上り坂や平坦な道などいろいろあって、自転車で1日に進む距離は平均して60キロ。時速はだいたい10キロぐらいだったでしょうか。
車で高速道路を走ったら60キロは30分です。それを1日がかりで毎日、2週間走って行ったのです。
今日、東名を走りながら今から8年前の出来事を昨日のことのように思い出していた次第です。


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悪い習慣 良い習慣

2009.09.25日

「悪い習慣」というと、多くの人の頭に真っ先に浮かぶのは「タバコ」でしょうか?
ほかに思いつくままに書いてみると、
「酒」「パチンコ」「競輪・競馬・競艇」「賭け事」「宝くじ」「過食」「寝すぎ」「遊びすぎ」「時間の浪費」「遅寝遅起き」「掃除できない」「運動不足」「時間にルーズ」「子どもにつらく当たる」「暴力を振るう」「人を批判する」「嘘をつく」「約束を破る」「ゴミを捨てる」「つばを吐く」「車のスピードの出しすぎ」「人の話を聞かない」「人を自分の思いどおりに動かそうとする」「人を傷つけることを言う」「髪の毛を触る」「にきびをつぶす」「姿勢が悪い」「物を買いすぎる」「衝動買い」「ドラッグ」「盗み」「万引き」...。
挙げだせば切りがありません。私の想像もつかないような「悪い習慣」がこのほかにもまだまだあるでしょう。


そのほか、普通だったら「趣味」というようなものでも、やり過ぎてしまうとそれは「悪い習慣」になってしまいます。
たとえば、ゲームや音楽やテレビ、ネットサーフィン、物の収集。
何事も「過ぎたるはなお及ばざるが如し」で、やりすぎは「やらなさすぎ」と同様に問題になることが多く、「悪い習慣」になりがちです。


「悪い習慣」は厄介です。
良くないということがわかっていながら、ついずるずるとやってしまい、しかもやめられないのです。
ほとんどの人が、一つや二つはやめたくてもやめられない「悪い習慣」があるものです。


「悪い習慣」をやめようと思うとき、多くの人が失敗するのは、
1.初めから無理とあきらめている
2.「ぬるま湯に長い間つかっていて」、悪い習慣が心地よくなっている
3.常にそこに思いが集中して、かえってやめることできなくなっている
4.勇気がない
5.かなり強い中毒症状になっている
からです。


習慣というものはどのようにしたら身につくかと言うと、同じことを繰り返すことによってです。
実はここに大きなヒントがあります。
「同じことを繰り返す」です。
ということは、「悪い習慣」をそのまったく逆の「良い習慣」に変えてしまえばいいのです。
できることから始め、小さな一歩一歩を積み重ね、繰り返し、それを新しい習慣にします。
もちろん「言うは易く行うは難し」で簡単なことではありません。
でも、それ以外に方法はありません。


タバコを吸う人は、吸わないことを繰り返して癖をつけるのです。
たとえば、吸う間隔をあける、1日に吸うタバコの本数を減らす、タバコに意識が集中しないようにほかのことに心を向け、ほかの行動を取る。たとえばガムやアメ、禁煙グッズもそのうちのひとつでしょう。
タバコを吸わない人たちと一緒にいる、タバコが吸える環境に自分を置かない、タバコがやめられたら自分にとってどれくらいのメリットがあるか考える。
タバコをやめて「悪い習慣」に勝利した自分を頭の中に描く。


そういえば、巨人の東野投手が原監督にはふがいない投球だけでなく、「アスリートとしてたばこをやめられない意志の弱さが原因」と喫煙習慣までしっ責されました。
そこで東野投手は「言われているうちが花」とすぐに禁煙を実行し、「禁煙効果で8勝目を挙げた」と先日のニュースにありました。
このように禁煙に限らず、「悪い習慣」を脱して自分に打ち勝つことが、ほかの面でも自信につながっていくのです。


上に挙げた「タバコ」を自分の悪い習慣に置き換えると、それを「良い習慣」に変えることができます。


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アカデミーシック

2009.09.24日

正人からメールが来て、その中に
「アカデミーシックになった」
というくだりがありました。
アカデミーのスライドを ipod で観ているそうです。
「ホームシック」ならぬ「アカデミーシック」です。
アカデミーが「ホーム」になっているのですね。
嬉しいことです。
大学時代も、アカデミーの仕事と大学の勉強の力の入れ方を尋ねたら、7:3という答えが戻ってきました。
試しにほかの先生達にも聞いてみたところ、ほとんどの人が7:3とか8:2と答えました。
そこまでアカデミーの仕事に力を入れてもらっている、と考えただけで胸がいっぱいになりました。
大学生も院生も、また社会人の先生達も、そして私たちもみんなアカデミーの生徒を愛し、そして仕事にコミット(全力投球)しています。


今日から多くの中学校で前期期末試験が始まりました。
アカデミーでは2週間前から試験対策特別授業と無料補習を始めました。
補習では先生達にデータベースやプリント出してもらい、個々に教えてもらっています。連日教室が満杯になるほどの盛況です。
これも先生達が惜しみなく生徒たちにコミットしてくれているからです。
私はいつも先生達に心から感謝しています。本当に頭が下がる思いです。


アカデミーを卒塾した生徒たちも、また退職した先生達も、いつまでもアカデミーのことを愛し、Mixi とかいろいろな形でつながっていて、塾に顔を見せてくれたり、なにかあるとすぐに集合してくれたりします。
上智大学を英語で Sophia University と言い、上智大生は自らのことを Sophian (ソフィアン)と呼んでいます。
ならば、アカデミーに係わる人たちは、先生も生徒も卒塾生も、Academian (アカデミアン)です。


よく生徒が「アカデミーってどういう意味?」と私に尋ねます。
アカデミーとは、紀元前のギリシャの哲学者プラトンが設立した学校「アカデメイア」に由来しています。
ここでは、哲学を中心に数学、音楽、天文学など多くの学問が教えられていました。
また同時に、社会に優秀な人材を送り出すことも目的としていました。
今日、アメリカのアカデミー賞や、ポリスアカデミーなど、いろいろなところで「アカデミー」という名前が使われていますが、「学究」という意味が含まれていて、最高のものを追求する姿勢が貫かれています。


私のブログを「アカデミック」(学究的)だと表現してくれた人もいます。
光栄です。
アカデミーは、暗記中心の付け焼刃的な勉強を教える塾ではなく、これからも学問を追及し、社会で間に合う人材を送り出す、一度係わった人をアカデミーシックにさせる、そのような塾でありたいと願っている次第です。


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持っているものを数えよ

2009.09.23日

「取らぬ狸の皮算用」ということわざがあります。
これは、まだ捕まえてもいない狸の皮を売ることを考えること。手に入るかどうかわからないものを当てにして計画を立てることのたとえです。


これとは意味が全然違いますが、多くの人が自分の持っていないものや、失ったものを数えています。
たとえば:
自分は背が高くない、スマートな体型でない、美人(イケメン)じゃない、お金がない、運動神経がよくない、成績がよくない、友達があまりいない、いい仕事ができない、料理がうまくない、子どもの頭がよくない、子どもが素直でない、親の理解がない、夫(妻)が自分の思うように動いてくれない...
友人を失った、お金を失った、仕事を失った、客を失った...


ない、ない、ない、と持っていないものや、失ったものを数えていたら切りがありません。
さらに、どんどん気が滅入ってきます。
多くの人が幸せでない、と感じるのは「ないもの」「失ったもの」を数えているからです。


昨日の読売新聞に、20か国対象の世論調査で、自国で経済的な豊かさが公平に行き渡っているかどうかを尋ねたところ、日本は72%の人が公平でない、と感じているとありました。
これは、フランスの84%、ロシア、トルコ各77%、ドイツ76%、フィリピン74%に続いて高く、国民が「格差」を強く感じているということを物語っています。
一方、「公平だ」と感じている人は、オーストラリアで64%、カナダは58%で、インドは「公平だ」44%、「公平ではない」27%、中国は「公平だ」44%、「公平ではない」49%だったそうです。
さて、日本は本当に国民の72%の人が感じているように「格差の大きい、不公平な」国なのでしょうか?
逆に、中国やインドは44%の人が「公平だ」と感じているように「格差の小さな」国なのでしょうか?


そうではありません。
考えようなのです。日本人はないものねだりが多いのです。
インドや中国は日本とは比べものにならないほど格差の大きい国ですが、国民の多くが持っているもの、置かれている状況に比較的満足しているということです。


オーストラリアの64%の国民が自国を「公平だ」と感じているそうですが、一昨年1年間オーストラリアに留学していた田口先生に尋ねてみたところ、
「オーストラリアにははっきりした格差があると感じました。ホームレスもたくさんいて、低所得者の街もありました。
オーストラリア人は歴史的、文化的に fair go (オーストラリア英語で「公平な扱い」「公平にチャンスを与える」の意)に敏感です」
ということです。
「公平」「平等」に関してとても敏感なオーストラリア人が、大きな格差があるにもかかわらず、自国を「公平だ」「格差が小さい」と感じているのです。
一方、日本人は、一般的に報道に左右されやすい国民のようで、「格差社会」「不景気」「数多くの自殺者」「会社倒産」などの言葉を毎日耳にしているうちに、本当に自分は持っていないかのような、格差社会の犠牲者になっているような錯覚に陥っているように思われます。
平均的な日本人は世界的に見ると、とても豊かな生活をしています。
日本の国全体を見ても、均質的な、格差の小さな社会です。


「失ったものを数えるな。持っているものを数えよ」は、私の尊敬するHさんの言った言葉ですが、これは真実です。
幸せになる秘訣です。
Hさんは、日々の生活の中で、小さな幸せを見つけるよういつも努力しておられます。ご本人は病を患い、とても貧しい困難な生活をしていらっしゃいますが、その中で精一杯幸せな人生を送っていらっしゃいます。


ないものねだりは不幸の元です。
持っているものを数えましょう。そうすれば、幸せになります。


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感謝の心

2009.09.22日

どの言語でも一番美しい言葉は「ありがとう」だ、とよく言われます。
「ありがとう」は、あらゆる人間関係をよりスムーズにします。
ところが、みんなこのことがわかっていながら、なかなか言えないのが「ありがとう」です。
とくに、夫婦間・親子間・兄弟間などの家族間で「ありがとう」が言えないようです。
家族の間で「ありがとう」なんて言うのは照れくさい、言わなくても通じてる、当たり前のことだから言う必要なんかない等など、さまざまな理由をつけてみんな「ありがとう」を言いません。
でも本当は、家族間こそもっと「ありがとう」を言って、お互いにいたわり合い、感謝の気持ちを伝えたいものです。


ペットが人を癒し、和ませ、喜ばせてくれる、とよく言います。
確かに犬や猫などのペットは、飼い主に逆らわず、従順で、しかも飼い主に微笑みかけ、上手に甘えます。
ペットはこのようにして、飼い主に「ありがとう」と言っているのです。
ずいぶん前になりますが、知り合いに犬を飼っている老夫婦がいました。
ご主人も奥さんも犬とはニコニコしながらよく会話するのですが、夫婦間では一切会話がなく、本当に気の毒でした。
「ありがとう」のひと言が夫婦関係を変えたのに...。


親子間の「ありがとう」もあまり聞きません。
親は子どもに命令し、叱り、不満をぶっつけ、怒鳴りつけています。
子どもは親に逆らい、減らず口をたたき、ときに親を罵ったりもします。
「ありがとう」が言えないのです。


逆に、「ありがとう」をいつも口にしていると、不平不満、文句、相手をけなす言葉、傷つける言葉などは出てこなくなります。
そして人間関係がスムーズになるのです。
「ありがとう」は魔法の言葉です。


日本語の「ありがとう」の語源は、「有り難い」で、「めったにないこと」というような意味です。
すなわち、人が自分に何かしてくれたときに、「これはめったにないことだ」と言っているようなものです。
考えてみるとこれは相手に対して結構失礼な言い方です。
にもかかわらず、「ありがとう」が日本語で一番美しい言葉なのは、相手に感謝の心を伝えるからです。
人はみんなだれかのお世話になっています。


家族間で、親族間で、職場で、学校で、上司と部下の間で、友人同士の間で、あるゆる人間関係の中で、「ありがとう」をもっともっと言いましょう。
言って得することはあっても、損をすることは一つもありません。


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思いやりの心 2

2009.09.21日

先日(9月13日)、大和カルバリーチャペルの礼拝で、早稲田大学名誉教授で、現在恵泉女学園大学学長の木村利人先生がメッセージをされました。
私はこのときまで知らなかったのですが、木村先生はあの世界的に有名な「幸せなら手をたたこう」の歌を作詞された方です。
学生時代からボランティアを数多く体験し、フィリピンの農村復興運動に参加し、現地の青年達と一緒に汗を流して村にトイレを作る作業をしていたときに生まれたのが、坂本九さんが歌って有名になった「幸せなら手をたたこう」だったのです。


「利人」というお名前は「としひと」と読むのではなく、「りひと」と読みます。
その由来は、ドイツで医学を学んだ伯父さんがゲーテが好きで、ゲーテの最後の言葉、
「もっと光を」 (ドイツ語で Mehr Licht ミーア リヒト、英語では More Light.)
の光(リヒト)から来ているとのこと。
伯父さんが東京で産婦人科の病院を建てるときに、新しい時代に生まれてくる子どもたちが、人々に新しい光をもたらすように育ってほしいという願いを込めて「リヒト病院」と名づけ、その病院で最初に生まれた赤ちゃんが木村先生でした。ご両親は「リヒト」(光)という音と、漢籍の「損己利人」(己を損し人を利す)という字を合わせて「利人」と命名されたそうです。


木村先生はバイオエシックス(生命倫理)の研究で世界的な権威です。
日本にインフォームド・コンセントの概念を紹介されたのも木村先生です。
バイオエシックスについて木村先生は、次のようにおっしゃっています。
「命や生き物、暮らしに関するあらゆることを視野に入れた分野です。かけがえのない自他の命を守るために、一人ひとりが命の尊厳と人権の尊重について考えましょうという思いが根源にあります。人間の命のはじまりから終わりまで関連してくるすべてを扱うと言ってもいいですね。だから、バイオエシックスは、単なる学問ではなくて、『命の尊厳』を核にして世の中をつくっていく運動と考えてもらってよいと思います。
一人ひとりが自立した社会をつくるということは、お互いに一人の人間を大切にする『思いやりの心』を育てる社会だともいえるでしょう。バイオエシックスは、自立と思いやりの心を育てる運動といえるのではないでしょうか」


今の日本、また世界の国々を見回すとき、どの国も、また人々もみんな自己中心、自分の利益ばかりを追い求める風潮が強いように思われます。
自分の利益を得ることが幸せにつながる、と錯覚しているように見えます。


ご両親が「利人」と命名された願いをまさに木村先生は具現化されました。
私たちも、日々の生活の中で、人に対する「思いやりの心」を実践するものでありたいと思います。


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通訳の仕事 4

2009.09.20日

前回は、妻の出産に当たっての個人的な通訳の話をしました。
アメリカ滞在中はこのほかにも、いろいろな通訳の仕事をする機会が与えられました。
1984年に帰国してからは、カウンセリング関係の通訳やキリスト教関係の通訳の仕事に数多く携わりました。


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(イギリスから来られた宣教師ご夫妻の通訳 岡山県香登教会で)


このウェブサイトでアカデミー学院を推薦してくださっている柿谷先生とは、何度も通訳の仕事をご一緒させていただきました。
とくに印象に残っているのは、20年ほど前に初来日されたウィリアム・グラッサー博士の通訳をしたときのことです。博士は、アメリカの精神科医でカウンセリングの大家です。
グラッサー博士がカウンセリングのロールプレイをしてくださったのですが、そのとき日本人の来談者が話すことを私が英語でグラッサー博士に同時通訳し、グラッサー博士が話されることを柿谷先生が日本語で同時通訳される、という二人三脚の通訳でした。
息がピッタリ合って、まるで通訳を介したカウンセリングのロールプレイとは思えないほどスムーズにいきました。
これはとても楽しい体験でした。
ちなみに、グラッサー博士が提唱していらっしゃるクォリティ・スクールの根本的な概念を、アカデミー学院でも取り入れていろいろな場面で実践しています。


もうひとつ記憶に残っているのは、教会の礼拝でアメリカ人やイギリス人宣教師の通訳をたびたびしたことです。
あるとき、一緒に働いていた宣教師のミルビー先生が、
"This is where the rubber hits the road."
と言いました。
私はこの表現をそれまで聞いたことがなかったので思わず、
"What did you say again?"
(もう1度言ってください)
と聞き返しました。
すると、先生はニッコリしながらゆっくりと同じ言葉を繰り返しました。
言葉ははっきりと聞き取れているのですが、この表現の意味がわからないのです。ですから、どれだけゆっくり言ってもらっても、わからないものはわからない。
ようやくそれに気づいた先生が、別の言葉で言いなおしてくださいました。
上の言葉は、
「ここが肝心なのです」
というような意味です。
アメリカ人はごく普通に使う表現なのですが、初めて聞くものにとってはさっぱりわかりません。
rubber はゴムのことで、車のタイヤを指していて、「タイヤが地面に当たる」というところから「大切なこと」「理論ではなく、現実で真価が問われること」という意味になったそうですが、由来はタイヤメーカーのTVコマーシャルの一部だそうです。


いくら英語がうまくなっても、もちろん今までに出会ったことのない表現や単語は必ずあるわけで、ここが翻訳のように調べることができない通訳の仕事の難しいところです。


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通訳の仕事 3

2009.09.20日

通訳の仕事について2回にわたって書きましたが、もうひとつ忘れることのできない思い出があります。


これは実際は仕事ではありません。
アメリカに留学していたとき、妻が長男を妊娠しました。
日本では自然分娩法としてはラマーズ法が有名ですが、アメリカではブラッドレーメソッドが人気があります。
私たちは知り合いの方に紹介していただいて、ブラッドレーメソッドのクラスを取ることにしました。
クラスとは言っても、講師の資格を持った人が自宅で個人的に、数人のカップルを一緒に教えるのです。
住んでいた家の近くのサンタモニカでブラッドレーメソッドを指導している人を訪ねました。
まだ20代の若い女性で、小さなお子さんがいました。
12週間にわたるコースで費用も結構高くて驚きました。
私たちは貧乏学生でしたので、生活にゆとりはまったくありませんでした。
それを知った講師の方が、無料でいい、と言ってくださいました。
でも12週間も無料でやっていただくというのは、どう考えても虫が良すぎるので、お支払いします、と言ったところご好意で半額にしてくださいました。


ブラッドレーメソッドでは、夫の役割が大きく、夫も一緒に学ぶことになっています。
そこで私は通訳も兼ねて妻と一緒に毎週そのクラスで学ぶことになりました。
妊娠の仕組み、妊娠中の栄養、出産時のリラックス法、呼吸法、いきみかた、出産に付き添う夫の役割と仕事などを学びます。
女性の体の仕組みなど、専門用語がたくさん出てくるのですが、どういうわけかそのほとんどを既に知っていたので、結構スムーズに通訳できました。
講師の方は、コースが終わったとき、通訳をしてもらって教えたのは初めてだった、とてもいい経験になったと逆にお礼を言ってくださいました。
妻にとっても、私にとっても、とてもいい経験でした。


かかりつけの産婦人科医はユダヤ人で、1回診察に行くごとに高い費用がかかり、さらに出産には多額の費用が必要で、私たちはどうしようかと悩んでいました。
すると教会の方がかつて私が学んでいたUCLA(カリフォルニア大学)の大学病院には貧しい人たちのための特別なプログラムがあり、ほとんど費用がかからずに出産できると教えてくださいました。
それで早速UCLA病院に診察してもらいに行き、そこで次のアポイントを取りましたが、その1月のアポイントの日が来る前に出産を迎えました。
ぎりぎりセーフで、本当にただ同然で出産することができました。
そして、出産に立ち会った私は医師や看護士の通訳をしながら、ブラッドレーメソッドで学んだことをきちんと実践することができました。
妻は誕生したばかりの長男を抱いて、可愛い、可愛いとこぼれるような笑顔で喜びました。


アメリカで誕生した長男は自動的にアメリカ国籍となり、現在アメリカ留学中ですが、留学生としてではなく米国市民として安い授業料で大学で学んでいます。
ブラッドレーメソッドの学びも、出産も、現在の息子の大学の授業料も、すべて信じられないくらい安くしていただく巡り合わせとなりました。
あのときのブラッドレーメソッドの講師の方にも心から感謝している次第です。


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名物 技能4教科対策

2009.09.19日

今日は、中1・中2の技能4教科対策授業でした。(中3は一昨日実施)
アカデミー学院では、20年前の開校当初から毎年、期末テスト前に音楽・美術・保健体育・技術家庭の対策授業をやってきています。
各教科、得意な教師が担当し、4時間連続で各クラスを回って教えます。
これはアカデミーの名物のひとつになっていて、アンケートをとるとこの技能教科対策授業のことを、生徒たちは必ず書いてくれます。
実際、学校での試験の結果もなかなか良くて、生徒たちは満足し、先生達もやりがいがあってますます力が入ります。
例年、先生達は授業の前夜は徹夜して教材準備をしています。
ところが、今回は予定が入っていて早くから準備しておいた先生や、早く準備が終わった人、また事情があって今朝8時から塾に来て準備した先生など、みんなバラバラで、曾我先生ひとりが今朝4時過ぎまでひとりでもくもくと準備していたそうです。


授業は和気あいあいとした雰囲気で進められました。
教師はひと通り試験範囲のところを講義し、試験問題に出るポイントを教えたり。
音楽では音符の名前や拍子の数え方などの基本を教えたり。
問題集や過去問で問題を解いたり。
生徒同士お互いに教え合ったり、「あっ、8×4(エイト・フォー)だ!」と覚え方を考えてほかの生徒に教えたり。
保健体育の授業では本城先生が、
「ジャジャン!人が心地よく過ごせるには、温度・湿度・風の流れなどの要素があります。これらが全部そろった一番いい状態のことを何と言うでしょう」
とクイズ番組のように問題を出すと、
「至適温度!」
「ピンポン!正解」
「N、お前答えるの早すぎるよ。次1回休み!」
と、みんなが本当に楽しみながら授業に取り組んでいる様子が伝わってきます。


帰りのバスの中で、技能教科対策授業を初めて体験した中1生に感想を聞いたところ、
「楽しかったです!」
と答えが返ってきました。
「しっかり勉強できた?」
「はい!」


勉強は、英語や数学に限らず、どんな教科でも楽しみながら学ぶのが一番です。
楽しみながら学ばないと身につきません。


先生方、お疲れ様でした。


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道筋

2009.09.19日

最近、私の妻がよく「道筋」という言葉を使います。
どういう意味かというと、「あるやり方をしていたら、当然のごとく、なるべくして結果が出る」、つまりある「道筋」を歩んでいたら、行き着くところに到着する、ということです。
たとえば、お酒をたくさん飲んでいたら肝硬変などの肝臓病になるし、タバコの吸いすぎは肺がんになる。
子どもの頃、一生懸命勉強に取り組んでいたら、社会に出てからそれが実を結ぶ。
若い頃、スポーツで体をしっかりと鍛えていたら、健康な老後が送れる。
普段から真面目にコツコツ勉強していたら、試験で、あるいは受験で自分の望む結果が出る。
夫婦間で普段からいいコミュニケーションが取れていないと、やがて離婚の道をたどる。
人にいつも親切にしていたら、親切が戻ってくる。
今回の衆院選で自民党が大敗して、民主党が一人勝ちした。
イチロー選手は普段から自己管理をしっかりやっていて、米大リーグ史上初の9年連続200安打という快挙を成し遂げた。
これらは全部、「道筋」です。


8月21日に当学院で実施した漢字検定の結果が昨日送られてきました。
小学5年生のT君が、なんと2級に、しかもかなりの高得点で合格していました。
漢検2級というのは、大学生や一般社会人でもかなり勉強しないと難しいレベルです。
それを一発合格です。
これにもやはり「道筋」があります。
T君は人一倍努力家なのです。
英検や漢検を受けるときには、必ず過去問題集などを3〜5冊ぐらい徹底的にやっています。
ですから、合格すべくして合格しているのです。
T君のことをみんなが天才だと言います。
しかし、たとえT君が天才だとしても、生まれてきたときから2級の漢字を知っているわけがありません。
学校でも習いません。
自分で勉強しないことには2級の漢字は身につきません。


お笑い芸人のアントキの猪木さんは、以前町役場の福祉課で働いていたそうです。
そこでは高齢者と一緒にカラオケしたり、旅行に行ったりして、「どうやったら相手に喜んでもらえるか」ということを考えていたそうです。
これがその後のお笑い芸人への「道筋」です。


あなたは今、どんな「道筋」を歩んでいますか?


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通訳の仕事 2

2009.09.18日

通訳の仕事のエピソードをもうひとつ。


私が住んでいたところ、ロサンゼルスは映画の街です。
ある時、ハリウッドの映画関連の会社に派遣されました。
当時、スターウォーズが封切され大ヒットしていました。
従来、映画制作は35mmのフィルムで撮影されていたのですが、この会社では、スターウォーズの中の戦闘シーンをビデオで撮影して、その中からいい部分を選んで35mmフィルムに焼き直す、という画期的な技術を開発しました。
これによって無駄な時間やコストが大きく抑えられるというわけです。
そしてまたしても、日本からやってきた技術者にその機械の仕組みやシステムを通訳して教えるということになりました。
私は当時かなりの機械音痴で、通訳できる自信などまったくありませんでした。
しかし、派遣されて行って、その場でできませんと言って断るわけにもいかないので、とりあえずやってみることにしました。
私の知らない専門用語が次々と出てきて、正直焦りました。
しかし、その専門用語をそのままカタカナ語にして通訳したところ、日本人技術者達はちゃんと理解してくれたのです。
この仕事は1週間続きました。
毎日毎日、朝から晩までわけのわからない機械の説明をしていました。
ところが不思議なことに、通訳をしているうちに段々仕組みがわかるようになってきたのです。
そして、1週間の仕事が終わったときに、その会社の社長が私に言いました。
「この機械は必ず映画界に大転機をもたらす。それでなんとしてもこれを日本に売り込みたいと思っている。
現在のところ、日本人でこの機械のこと、システムを一番よく理解しているのは君だ。
そこで、うちの会社に就職しないか?」
私には自分の将来の夢、目的があるのでと言って、丁寧にお断りしました。
すると、この機械はトップシークレットの企業秘密だから絶対に誰にも口外しないように、と口止めされました。


その後、この会社がどうなったのかまったくわかりません。
時代はいつの間にかデジタルに変わってしまいました。
それ以来、ビデオから35mmフィルムに変換する機械のことも全然聞かないので、おそらく消えてしまったのでしょう。
社長のお誘いをお断りしてよかった、と思っています。


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通訳の仕事

2009.09.17日

昨日の通訳の仕事の裏話の続きです。


アメリカに留学していた時に、2つの通訳派遣会社に登録されて、アルバイトでしたが本格的に通訳する機会が増えました。
ある時、アメリカの三菱自動車の愛好者を集めて座談会が催され、日本からやってきた三菱自動車の技術者達に同時通訳する仕事を頼まれました。
テレビでよく見る警察の取調室のようなマジックミラーで仕切られた部屋で、隣の部屋で行われている座談会を日本人技術者に通訳しました。
司会者がいろいろな人に話を振り分けて意見を引き出していたのですが、そのうちにだんだんヒートアップしてきて、みんなが一斉に話し始めました。
こうなると誰も司会者の言うことなど耳に入りません。
最初のうちは順調に同時通訳していたのですが、5〜6人の人が同時に話すのを通訳することは、たとえ10人の話を聞き分けた聖徳太子でも不可能です。
ところどころ聞こえる人の話を通訳していたのですが、ついにギブアップ。
日本人技術者にこう言いました。
「要するに、ミツビシの車はカッコよくて、いい車だ。最高だ!とみんな興奮して言っているのです」
技術者の人たちはうなづきながら、「そりゃそうだ」と満足していました。
以前ある本の中で読んだ話ですが、ベテランの通訳者は日本語に翻訳できない英語特有のジョークは、『今、とても面白いジョークを言ったので、皆さん笑ってください』と言ってのけたそうです。
私もこのベテラン通訳者並みの通訳ができたわけです!?


裁判所に通訳の仕事に行ったこともあります。
もちろんアメリカの裁判所ですから、判事も検事も弁護士もみんな英語で話します。
それを日本人の証言者に通訳し、日本人の言う日本語を英語に直すわけです。
ところが、困ったことに日本人の証言者が通訳している私にいろいろと質問するのです。
「実はこうこうなんですが、そう言ったほうがいいですか?」
それで私が、その質問についうっかりと自分の意見を言って答えていると、裁判官から
「通訳者は個人的に証言者と話さないように。証言者の言うことを全部そのまま通訳するように」
と注意されてしまいました。
そのことを証言者に伝えたのですが、またしても私に個人的に話しかけてきて、それに答えて、ということを何度か繰り返し、裁判官に叱られてしまいました。
これでは通訳失格です。まあ、素人がアルバイトでやっているのだから仕方ないでしょう。


以下、続きはまた明日。


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職業インタビュー 2

2009.09.16日

夏休みに入って間もない頃、卒塾生の高1の生徒に夏休みの課題の職業インタビューを受けました。
そして夏休みが終る間近に、今度は中1のT君に職業インタビューを頼まれました。
きっと同じような質問だろうと予想していたら、
「学院長が昔やっていた通訳の仕事について尋ねます」
と言われてフェイントを食らいました。
その時T君にも話さなかった通訳の裏話です。


通訳の仕事をやるきっかけになったのは、今から40年以上も前の中学3年のときのことです。
世界エスペラント大会がアジアで初めて東京で開催されました。
中2のときの社会科の担当のA先生がエスペラント学会に入っていて、授業の中でエスペラント語のことを話してくれました。
私は英語が好きだったので、すぐにエスペラント語にも興味を持ち、さっそく放課後、A先生からエスペラント語を学ぶことになりました。


エスペラント語とは、19世紀末にポーランドの医師ザメンホフが国際共通語を目指して作った人造語です。
とは言っても、単語もスペリングも発音も文法もほとんどがラテン語をもとに作られているので、ヨーロッパの人たちにとっては簡単ですが、それ以外の国の人たちにとっては新しい外国語を学ぶのと同じです。
ただ、人造語だけあってとても規則的に、簡略化して作ってあって、英語よりずっと簡単に覚えられます。
私も基本の単語と発音と文法から始めて、数か月後には『イワンのばか』というトルストイの小説をエスペラント語で読んだり、「サンタルチア」(エスペラント語でサンクタルチーオ)を歌ったりできるほどにまでなっていました。(今でもこの歌は覚えていますし、基本的な単語や文法も覚えています)


このような時に世界大会があって、いろいろな国のエスペランチストが大勢京都にも観光でやってきたのです。
そこで、A先生に連れてもらって二条城に行き、エスペラント語を使って通訳の真似事をやらせてもらったのです。
驚いたことに、片言のエスペラント語で結構通じるのです。
楽しくて仕方ありませんでした。
この経験がきっかけで、通訳の仕事に興味を持つようになりました。


高校生の時には、アメリカから来た交換留学生をホストファミリーになってお世話し、あちらこちらに連れて行って、通訳らしきことをやっているうちに英語に自信を持つようになりました。
通訳の仕事の話はまた明日。


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積小為大

2009.09.15日

今日、小学生個別クラスで小5のS君がいきなり、
「背中に薪を背負って本を読みながら歩いていた人は誰だっけ?」
私が
「二宮尊徳だよ」
と答えると、
「二宮金次郎だ!」
とS君。
よく知ってるなぁ、と感心していたらS君が、
「金次郎は金太郎の弟だっけ?」
私は「???」


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二宮尊徳(1787−1856)は、子供の頃、わらじを編んで金を稼ぎ、父のために酒を買いました。
両親の死後、叔父の家に預けられると、寝る間も惜しんで読書をし、油代がもったいないと叔父に指摘されると、荒地に菜種をまいて収穫した種を菜種油と交換し、それを燃やして勉学を続けました。
荒地を耕して田植え後の田に捨てられている余った稲を集めて植えて、米を収穫しました。(Wikipediaより)


このような勤勉と倹約の代名詞のような二宮尊徳が残した有名な言葉が
「積小為大」(せきしょういだい)
です。
意味は、「小さなことを積み重ねれば、大きいことをなすことができる」です。
尊徳はまさにこれを自ら実践した人です。


今日の夜の個別クラスで、中2のY君に英語を教えていたら、彼があまりにもスラスラと問題を解き、しかもほとんどが正解なので感動して、「スゴーイ!」と褒めました。
中1の途中に入塾してきたY君は、英単語のスペルがつづれない、人称代名詞の変化が覚えられない、be動詞と一般動詞の区別がつかない、肯定文・疑問文・否定文の違いがわからない等など、とにかくできないことばかりでした。
正直、これは大変だと思いました。


ところが、今回の夏休みが終わって、学校のテストで英単語80問中76問、文法問題は10問中7問できた、と言ってきたときには本当に驚きました。
今ではもう単語を覚えるのもスペルをつづるのも、また文法も苦としていません。
というより、英語が得意科目にさえなりました。
自分でも、「中1のころは英語は何も分からなかったけど、今は英語がとてもよくわかるようになって面白い」と言っています。


Y君がどうやって英語ができるようになったのかというと、別にマジックでも何でもありません。
「積小為大」です。コツコツ、コツコツ積み重ねてきた結果です。
まさに「ちりも積もれば山となる」です。


イチロー選手のメジャーリーグ2000本安打も、9年連続200安打の大記録達成も、コツコツ積み重ねてきた結果です。
「成功とはあきらめないこと」です。


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餅は餅屋

2009.09.14日

今日の読売新聞15面の「人生案内」に次のような相談が載っていました。


「30歳代主婦。12歳の息子が勉強を嫌がります。特に英語が苦手。そこで夏休みには朝5時に息子と一緒に起き、単語を練習させテストを繰り返しました。
ところが3日目には『ただ書かされているだけですぐに忘れる』と口答えし、『面白かったら覚えられる。どうしたら面白くなるの?』と聞きます。私にはアイデアが浮かびません。塾や家庭教師を勧めても『嫌だ!』と拒絶します。私は勉強をみるのは苦手。つい、声が大きくなって、けんか口調になります。そうなったらもう先に進みません。
何か大きな夢や目標があれば、伸びるような気がします。息子はプロ野球選手になりたいと言い、野球の練習には休まず出かけているのですが……。夫はまじめに働いていますが、家のことはしません。家事、育児は私の担当だと懸命にやってきましたが、全責任がのしかかってくるようで胸が苦しくなります。(岡山・R子)」


この相談に対して、スポーツ解説者の増田明美さんの答えは:
「お子さんの夏休みに早朝から英単語の練習をさせたあなたの努力が伝わります。野球の練習は休まずに行くのに、英語の勉強が続かないというのは、“好き”という気持ちが持てないからなのでしょうね。
先日ベルリンで行われた世界陸上の日本代表に、ある高校のOGが3人もいました。その高校の陸上部監督に指導で一番大切にしていることを伺うと「陸上競技を嫌いにさせないことですよ」と答えました。勉強でもスポーツでも、伸びる人はきっと根底に好きだという気持ちがあるのだと思います。
プロ野球の選手になりたい」というお子さんに『大リーグに行く時のために英語も必要よ』という動機づけはどうでしょう。机に向かい英単語を暗記させるよりも、例えば英語で放送されている大リーグ中継を見せて、英語に慣れるようにするなど。今は英語に対する拒絶感をなくし、興味を持たせることが大切です。あなた自身が肩に力を入れて英語の勉強を強要するのは逆効果。あなたも一緒に楽しんで下さい。ご主人にも参加してもらい、家庭の中で簡単な英単語で会話することもお勧めです」


上の増田さんの答えは正答です。
私も以前、以前このブログの「学問に王道あり」で書きましたが、勉強は楽しむことが一番大切です。
この点において、多くのお母さん・お父さん方が、子どもの教育に対して熱心なあまり、子どもに過剰な期待をかけて、叱ったり、脅したり、褒美でつったりと、という方法で子どもを自分の思うように操ろうとしています。これらは逆効果です。


親にできることは子どものための環境づくりです。
増田さんの回答にあるように、家族でゲーム感覚で英単語で会話するのもひとつの手です。
また、子どもを塾に通わせる、というのも選択肢の中のひとつです。
「餅は餅屋」ということわざがありますが、やはり専門家に任せるのが一番です。家族だとどうしても感情が先立って喧嘩になってしまったりするからです。
「面白かったら覚えられる」−まさにそのとおりです。
私は面白く覚えられるようにいろいろと工夫しています。
たとえば、May I 〜? 「〜してもいいですか?」というのは、
「メイ、愛してもいいですか?」
と教えます。英語が嫌いな生徒でも一発で覚えます。


11年半前、家を建てたときに植えた庭木が大屋根を越える8mほどの大木になり、根が周囲に張って周りのインターロッキングを持ち上げるという事態になって、今年の夏、妻が私にこの庭木を抜いてくれと言いました。
ところが、どう考えても素人の私にできそうもありません。
そこで、専門家の庭師にお願いすることになりました。
昨日枝払いに来て、今日は朝から抜根の仕事にみえました。さすがに専門家、七つ道具をたくみに使い、技術と力と経験で数時間でものの見事に完全に根を抜いてくださいました。
そして、はがしたインターロッキングもきれいに平らに戻してくださいました。
もしも、素人の私がやっていたらぎっくり腰になって、しかも全然歯が立たないうちにギブアップしていたことでしょう。


なにごとも「餅は餅屋」、専門家に任せるのが一番だとつくづく思いました。
勉強のことも専門家に任せるのが一番です。
アカデミー学院に来た生徒はみんな、「塾ってもっとつまらないところ、というイメージを持っていたけど、来てみたらとても楽しい。こんなんだったらもっと早くに来てればよかった」と言います。
そんな塾がきっとあなたのお住まいの近くにもあるでしょう。


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永遠に生きると思って学べ

2009.09.13日

インド独立の父と呼ばれるマハトマ・ガンジー(1869-1948)の有名な言葉に、
「永遠に生きると思って学べ。明日死ぬと思って生きよ」
(Learn as if you'll live forever. Live as if you'll die tomorrow.)
というのがあります。


子どもたちの多くが勉強嫌いで、「何のために勉強するの?」と尋ねます。
私も子どものころは同じように勉強が大嫌いでした。
でも、今は学ぶことがが楽しくて仕方がありません。死ぬまで学ぼうと思っています。
上に引用したガンジーの
「永遠に生きると思って学べ」
は、まさにそのような意味です。
一生涯、死ぬまで学び続ける。あたかも永遠に生きるかのように。
これが学ぶ正しい姿勢です。
試験のために、受験のために勉強することは、学びのほんの小さな一部でしかありません。


「明日死ぬと思って生きよ」
一日一生の気持ちで、毎日を一生懸命生きる。明日、死んでもいいように。
これが正しい生き方です。


今日の明け方、大学時代の恩師、福田恆存先生に夢の中でお会いしました。
福田先生は、評論家、劇作家、翻訳者で、シェイクスピア全集を翻訳しておられます。(私の書棚にも福田恆存訳『シェイクスピア全集』が並んでいます)
福田先生の「英文学特論」の授業は、ソクラテス、プラトン、アリストテレスというギリシアの三大哲人の話から始まりました。
その後、シェイクスピアの英文学に移り、劇作家として作中人物の台詞をどのように訳したか、などお話しくださり、私はすっかり魅了されました。
今日の私の学問に対する目を開いてくださった、と言っても過言ではありません。
学生時代はとても可愛がっていただき、お食事にもよく招いていただき、いろいろなお話を伺いました。
福田先生が演出された「劇団雲」の「ヴェニスの商人」の舞台では、私が小学生の頃テレビで共演させていただいていた「くるみ座」の北村英三さんがシャイロック役を見事に演じておられ、息をのみました。
大学卒業後、アメリカに留学するときには推薦状を書いていただき、大磯の先生のお住まいには3度訪ねさせていただきました。
もっともっとお会いして、学ばせていただきたいと思っていましたが、1994年にお亡くなりになりました。
尊敬していた福田先生に夢の中でお会いできたので、嬉しくて嬉しくて、途中何度も目が覚めたのですが、このままお別れしたくないと思っていたら、なんと4回も夢の続きを見ることができました。
レストランでご馳走していただいたチキンカレーの味がとてもリアルで、夢とは思えないほどでした。


福田先生はまさに、「永遠に生きると思って学べ。明日死ぬと思って生きよ」を実践されたような方でした。
私も福田恆存先生の弟子の端くれとして、先生のスピリットを受け継がせていただいたと感謝しています。


そういえば、アメリカの映画俳優ジェームズ・ディーン(1931-1955)も似たようなことを言っていました。
「永遠に生きると思って夢を見よ。明日死ぬと思って生きよ」
(Dream as if you'll live forever. Live as if you'll die tomorrow.)


永遠に生きると思って夢を見、学び続ける。
そして、明日死ぬと思って今日を生きる。
素晴らしい生き方ではありませんか。


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天才少年、18歳で博士号

2009.09.12日

私は天才脳について研究しています。
今日の読売新聞2面に興味深い記事が載っていました。
「米シカゴ大史上最年少で博士号を取得した矢野 祥さん」
「医学の道を夢見て9歳で大学生となった少年は9年後、『細菌のDNA複製を阻止するウィルスたんぱく質』に関する論文で分子生物学の博士号を取得、夢に向かって着実に歩を進めている。...18歳での博士号取得は1890年創立の名門シカゴ大史上最年少」


矢野さんは3歳でショパンのワルツをピアノで弾き、4歳のときに作曲を開始し、リサイタルを開く、プロ並みの腕前。
9歳のとき、『僕、9歳の大学生 父・母・本人「常識」との戦い』 (祥伝社)を執筆。
12歳で大学を最優秀で卒業。
13歳でシカゴ大学医学・科学者課程に全額奨学生として入学。
3年後の21歳には医学博士号も取得する予定。


13歳のときのインタビューでは次のように答えています。
「苦手な科目はありますか?」
「特にありません。勉強をすることがすごく好きなので、とても広い範囲で色々なことに興味を持っています。ロヨラ大学では生物学を専攻しましたし、物理、数学、科学も好きです。今はもっと範囲を絞って専門的な勉強していきたいと思っています」
「趣味は何ですか?」
「読書。医学や生物、科学などの専門書も好きですし、小説なども読みます。その他ピアノや絵画鑑賞、ガーデニングも好きです。野菜や花などを植えて育てています。体を鍛える為にテコンドーもやっています」


母親は次のように答えています。
「何か特別な教育、育て方はされたのですか?」
「特に何もしていません。ただその場に応じた教育をさせてあげることが本人にとっても楽ですから、カリフォルニアにいた時にIQの高い子供たちを集めている学校に通わせました。そこでもスキップして進級しましたから、中学くらいまでは学校は遊ばせるために行って、もっぱら勉強はホームスクールで母親が教えていました」
「何かご苦労されたことは?」
「ないですね。祥も含めて我々家族は皆前向きで明るい性格をしていますから、どんな時でも明るく、楽しい生活をしています」


以下は17歳のときのインタビューです。
「勉強の秘訣は?」
「他の人よりも本を読むスピードが何倍も速いことが秘訣といえば秘訣。子供のころ、母親と一緒に15分間速読をした後、本の要点をまとめるという訓練を繰り返しました。
そして、古典を常に欠かさず読んでいます。最近はボッカチオの『デカメロン』を読んでいます。5歳のころから読んでいた聖書は3度通読しました。1週間に新しい本を1冊、前に読んだことのある本を2‐3冊ずつ必ず読むようにしています。
週末2日間のうち1日は必ず休息をとり、休みの日には自転車に乗りミシガン湖沿いを5キロほど走ったり、水泳をしたりして過ごしています。睡眠時間は1日8-9時間くらい。よく寝てこそ勉強もはかどるものです」


上の13歳時と17歳時の、そして母親のインタビューからわかることは、
1.勉強をすることがすごく好き
2.広い範囲で色々なことに興味を持っている
3.専門書、小説、古典など幅広い本を数多く読む。本を読む速度が速い
4.ピアノや絵画鑑賞、ガーデニングなど幅広い趣味をもっている
5.テコンドー、サイクリング、ジョギング、水泳など運動をしている
6.睡眠時間をたっぷりとって1日はしっかり休息している
7.その場に応じた教育を受けている
8.どんな時でも明るく、楽しい生活をしている


ここに天才脳づくりのヒントが見えます。
天才は生まれつきのものではなく、訓練して、育てるものです。


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暗記と記憶

2009.09.11日

アカデミー学院の中学生が通うほとんどの中学校では、今月24日から前期期末テストが始まります。
今日、早速いくつかの学校の生徒が試験範囲表を塾に届けてくれました。
この試験範囲表をもとに、試験対策授業をするわけです。とくに19日には午後に4時間取って、アカデミーオリジナルの技能4教科(音楽・美術・技術家庭・保健体育)の対策授業をするのですが、各学校によって異なる試験範囲に合わせて先生達が前日徹夜してプリント教材を作成します。


さて、試験が近づいてくるとみんな試験勉強に取り組むわけですが、社会や理科などいわゆる暗記科目と呼ばれる教科は、試験直前まで置いておいて、一夜漬けあるいは2〜3日で集中して徹底的に覚えるという作業を多くの生徒がします。
これを暗記といいます。
この暗記が得意な生徒と苦手な生徒がいます。
当然、暗記が得意な生徒は試験で高得点が取れ、いい成績がつきます。
実際のところ、日本の教育システムでは、試験はほとんどが知識を問う問題で、「知識=暗記量」になり、生徒たちの間では暗記が得意で高得点を取る生徒が頭がいいということになっています。
確かに、「知識量=頭の良さ」の面もありますが、「考える力」がなおざりにされている節が見られます。


「暗記」は辞書の定義では「文字・数字など、書いたものを見ないですらすらと言えるように、よく覚えること」とあり、その例として、「英単語を暗記する」「丸暗記」「暗記力」などが挙げられています。
一方「暗記」と同意義でよく使われる「記憶」は、「過去に体験したことや覚えたことを、忘れずに心にとめておくこと」と定義され、「少年時代のことを今でも記憶している」という例が挙げられています。


確かに、「丸暗記」は手っ取り早く、得点にもそのままつながります。
私も中学・高校の頃はよくこの「暗記」をテストのときに活用しました。
ときには、「アキストゼネコ」式に頭文字を暗記し、問題用紙が配られたら忘れないうちにすぐにその頭文字を書いて、それから試験問題を見たりしました。そして予想が見事当たっていたら、その頭文字を頼りに答えを思い出して答案用紙に書き、得点することができました。私は結構この作業が得意なほうでした。
しかし、困ったことは、この「丸暗記」は試験が終わるときれいさっぱり忘れてしまうことでした。
多くの人が経験していることだと思います。


これに対して、「記憶」は時間はかかりますが、上の辞書の定義のキーワード「体験」「忘れずに」にあるように、「心に刻み付けられ」ていて、歳を取ってもしっかりと残っているのです。
社会に出てからどちらが役立つか、と言えばもちろん「記憶」のほうです。
実際、「暗記」は社会ではほとんど役立ちません。
であれば、初めから安易な「丸暗記」をするよりも、少々手がかかってもしっかりと「記憶」するほうがいいに決まっています。
数学で公式を忘れても、理屈がわかっていれば自分で公式を導き出して問題を解くことができます。
また、英語で get well という熟語を「元気になる」と丸暗記していると、忘れてしまったらアウトですが、 get=「〜になる」、well=「よく、元気に」と理屈がわかっていれば、忘れるということがありません。
このような覚え方は、get dark は「暗くなる」、get hungry は「お腹がすいてくる」というふうに応用も利きます。


生徒の皆さん、勉強するとき「暗記」より「記憶」するよう心がけましょう。
これが正しい勉強法です。
どの教科でも得意な人は決して暗記に頼っていません。みんな記憶しています。
今回の試験でも、「記憶力」を鍛えましょう。


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iPod vs. Sony Walkman

2009.09.10日

今日の読売新聞夕刊の1面に
「携帯プレーヤー戦争 過熱」
という記事が載っていました。
米アップル社が、デジタル音楽プレーヤー「iPod」シリーズの普及型「ナノ」の新製品を日米で同時発売したそうです。
「新たに動画撮影とFMラジオ昨日を追加し、使い勝手を高めた。同時に他のiPod製品の値下げや、音楽やソフトウェアの管理ソフトの機能向上も発表、世界市場での占有率拡大に向けた戦略を打ち出した」
と記事にありました。
一方、ソニーもiPodに対抗して、16日に新製品を発表するそうです。
「年末商戦に向け、携帯音楽プレーヤー市場を二分する両者の競争が激しさを増す」とのことです。


デジタル音楽プレーヤーはiPodが大きなシェアを占めていますが、ソニーが巻き返しを狙う格好です。
もともと、ソニーが1979年に世界で初めて外に持ち歩くことのできるステレオカセットレコーダー「ウォークマン」を売り出し、世界を驚かせました。
以来、この類のものは他のメーカーのものであってもみんな「ウォークマン」と呼ばれるようになり、ヘッドホンステレオの代名詞になったほどです。
それまで、音楽や学習テープなどは家で座って聞くもの、というのが常識だったのですが、世界の常識を破ったのがソニーのウォークマンでした。


さて、時代は移り変わり、ヘッドホンステレオもどんどん改良され、カセットテープからCDに、CDからMDへと進化しましたが、これらはとっくの昔に姿を消し、デジタル式のものに代わりました。
そしてアップル社がiPodを出したときは、その新機能で業界を揺るがすほどのショックを与えました。
今やiPodがメインのブランドとなりましたが、でもいかに機能がたくさんついてもコロンブスの卵です。
やはり最初のウォークマンは、それまで考えられなかったまったくの新しい発想の商品でした。


しかし、競争の社会。ソニーがいかにエポックメイキングなものを作ったとしても、その後は各社が競い合って、少しでも良いもの、売れるものを開発します。
これで安泰、ということはどの世界にもあり得ません。


私たちも常に上を目指して、切磋琢磨しなければなりません。


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新型インフルエンザ対応策

2009.09.09日

今日の新聞に、先週(8月30日〜9月5日)の1週間で、インフルエンザが原因で休校や学年・学級閉鎖の措置を取った保育所・幼稚園・小中学・高校などが772施設に上ったということで、前週の2.8倍になったという記事が載っていました。
多くの地域で新学期がスタートしたことが急増の原因と見られています。
平塚市内でも現在、いくつかの小中学校で学級閉鎖・学年閉鎖の休業措置が取られています。
ブラジルやアメリカではすでに死者数が500人を越えており、国内でも12人目の死者が出ています。
本格的な流行はまだこれからということで、アカデミー学院でも生徒の皆さんの安全面を考慮して、感染の拡大防止と同時に、授業カリキュラムへの影響を最小限に抑えるために、以下の対応策を取ることにしました。


 1.アカデミー学院の講師・スタッフは、自ら率先して手洗い・うがい等を励行し、健康管理に留意して、毎日始業時には健康チェックを行います。
 2.教室入口のドアノブ、水道の蛇口、トイレ等、多くの人の手の触れる部分はアルコール消毒を実施します。
 3.感染予防のため、塾内での飲用の冷水サービスおよびコップの共用はすでに中止しています。各自、自分の水筒およびコップを持参してください。
 4.塾内でもうがい・手洗いを励行してください。
 5.休み時間等を利用して、こまめに教室の換気を行います。
 6.体温計を常備し、体調の悪い生徒は即座に検温して、異常が見られたときは速やかにご家庭に連絡し、迎えに来ていただきます。
 7.生徒の感染予防策として、日常から手洗い・うがいの励行、マスクの着用、くしゃみをする時にはハンカチやティッシュを口に当てる、十分な睡眠・休養・栄養の摂取、毎日体温を測定し体調の変化に気をつける等を実施していただきます。
 8.通塾前に発熱・くしゃみ・悪寒など、少しでも兆候が見られたときには無理をせず通塾を控え、電話で欠席の旨ご連絡ください。
 9.学校等でワクチンの集団接種を行う場合もありますが、そうでない場合は早め(11月〜1月)に近所の医療機関で予防接種を必ず受けてください。(今年はワクチンが足りず、早い時期に品薄になる可能性が高いです)
10.当学院に通塾する生徒の通う小・中・高校において、学級閉鎖・学年閉鎖もしくは学校閉鎖などの措置が取られたときには、学校の措置に準じて当学院においても同様の措置を取ります。
すなわち、当該生徒は閉鎖期間、通塾を控えていただき、自宅学習をしていただきます。
この場合は、当学院より自宅学習のプリント教材等を生徒の家にお届けし、電話・メール等による学習フォローを行います。
11.休講措置を取った場合は、のちに振替授業を行います。
12.万一、長期にわたって通塾ができない場合は、該当月の月謝はいただきません。
13.ご家族の中で新型インフルエンザに感染した人が出た場合、接触していて感染している可能性が高い場合は、たとえ症状が出ていなくても2〜3日様子を見てください。潜伏期間もありますので、感染を広げないためにも安全を期してください。


以上、文書でも生徒の皆さんに配布しますので、ご協力のほどよろしくお願いいたします。
(インフルエンザは「もらうのも、あげるのも」どちらもよくありません!)


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もらうのとあげるの、どっちが得?

2009.09.09日

「もらうのとあげるの、どっちが得?」
と聞かれたら、まずほとんどの人が「もらうほうが得に決まっている」と答えるでしょう。


私は貧しい子ども時代を過ごしました。
いつでも人からいろいろなものをもらっていました。
洋服は従兄弟のお下がり。机もお下がり。
自転車もお下がり。自転車はもうさびていたので、上から白いペンキが塗ってありました。まさに、「白バイク」でした。
それでも初めて自転車を持ったときは嬉しくてたまりませんでした。
学校でいつも流行るおもちゃもいつも友達からもらっていました。
家の中の家具や家電なども親戚からもらったものがたくさんありました。
だから、人からもらうのが当たり前のように思っていました。
逆に、いつもおもちゃやお菓子などを人にあげる人がいました。
私はそのような人からいつももらう側で、もらって嬉しかったのですが、同時に「気前がいいなぁ」と不思議に思ったものです。
「人にあげたら損じゃないか」と考えていたのです。


アメリカ留学時代も本当に貧しかったので、多くの人たちのお世話になりました。
今日の私があるのは、これら数え切れないほどたくさんの親切な人たちのお陰だ、といつも感謝しています。


さて、今の学習塾の仕事も20年あまりやってきて、決して豊かというわけではありませんが、人にお返しができる立場になりました。これは「ペイ・フォワード」の精神です。
今年の正月に『ペイ・フォワード』の映画を観て、いたく感動し、自分もそのような生き方をしたい、これを今年の目標にしよう、と心に決めたのですが、それがいろいろな場面で実践できる機会に恵まれるようになってきたのです。
できていることはまだまだわずかですが。
そして、ようやくわかったことは、「もらうより、あげるほうが得」だということです。
「人からもらうよりも、人にあげる」ほうがはるかに喜びが大きいのです。


そういえば、世界中でもっとも貧しい人生を送ったマザー・テレサも、日本の賀川豊彦も、一番豊かな、幸せな人生を送った人たちです。


聖書の
「受けるよりも与えるほうが幸いである」 (使徒20:35)
という言葉は真実です。


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無限の可能性

2009.09.08日

私の知り合いにCさんという人がいます。3人のお子さんがあり、今ではみんな成人しました。
次男のRくんは、仮死に近い状態で生まれ、黄だんがひどく、生まれたときから点滴を受けていました。
退院するときには、医師から知能の保障はできないと告げられ、Cさんご夫妻はどん底に突き落とされたように思ったそうです。でもふたりでこの子を精一杯育てていこう、最善を尽くそうと誓い合いました。
Rくんの発育は他の子どもと比べると確かに遅く、お座りがいつまでたってもできませんでした。遅いながらもやがて、座れるようになり、次に立てるようになり、歩けるようになりました。でも言葉はなかなかしゃべれず、3歳になっても「うーうー」としか言えなかったそうです。
ところがある日突然食事中に、「マンマおかわり」と言って両親を驚かせました。
4歳になって保育園に入りましたが、保育園の先生からも言葉が遅れているので言葉教室に通うようにと勧められ、このときからRくんの長い訓練が始まりました。


5歳のときの彼の夢は、道路工事をする人になることで、近くの工事現場には雨の日にも見に行き、いつもアスファルトやコンクリートのかけらを家に持って帰ってくるのでした。
やがてRくんは小学校に入りました。両親は彼が普通の小学校に入ることができ、ランドセルを背負って、学校で給食を食べてくるだけでとてもうれしかったそうです。


テストで0点を取ってきても、お母さんは、
「すごいね。テストを受けてきたんだね」
と言ってほめました。
小学校に入って2年間1度も手を上げたことがなく、Rくんは他のみんなが勉強がわかるのが不思議だったそうです。
3年生になったある日、先生の持っていた教科書(教師用指導書)をたまたま目にしたところ、答が印刷されていて、「そうなんだ。先生も答を見ているんだ」と、Rくんは自分に自信をもったそうです。
ちょうどその頃、自分が読んでいた本の内容がテストに出て100点を取ったのがきっかけで、Rくんは勉強するようになりました。
勉強がおもしろくなり始めて、5・6年生の頃は親が心配するほど勉強をしました。


中学校はその当時校内暴力で荒れていて、Rくんはあまり学校に行かずに、塾だけで勉強して地元で1番の高校に進学しました。
コツコツと努力した結果、彼は現役で学習院大学に合格。
その後大学を卒業し、学習院大学の大学院に進学。
2年の時には、岩手大学で物理学会の発表、翌年はウィーン大学での学会発表。博士課程にも進んだそうです。


知的ハンディをもっていると覚悟していたご両親は、常にRくんに、
「人の役に立つ人になってほしい。日本だけでなく、世界中どこにいても人の役に立つためにあなたは生まれてきたんだよ」
と言い続けていたそうです。
Rくんは口が重く、自分の思ったことをしゃべれなかった分、人の話をよく聞く子になりました。
そして、いつも上を目指して努力し続けました。まさにご両親の励ましと彼の努力の結果です。


人はみんな無限の可能性をもっています。
それを見出し、引き伸ばすのが親の、そして教育の務めです。


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クラシック音楽の効用 3

2009.09.07日

私はクラシック音楽が好きです。
先日ブログに書いたノーベル賞受賞者の益川さんもバッハ、ベートーベン、バルトークが好きとのこと。
天才アインシュタインもクラシックを愛し、ヴァイオリンを生涯演奏していたそうです。


これまで私は何となく波長が合うという感じで、クラシック音楽を聴いていたのですが、NHKの番組「名曲探偵 アマデウス」を見るようになって、クラシック音楽の面白さ、深さを改めて知るようになり、ますます好きになりました。
これは娘のお気に入りの番組で、私も一緒に見ているうちにすっかりとりこになってしまいました。
一つひとつの曲に名前がつけられていて、その音楽の中に曲名に表された意味が込められているということを、この番組で初めて知りました。
そして、作曲者や曲のバックグラウンドの知識があると、今まで以上に音楽を楽しめるということを発見しました。
昨日はロシアの作曲家ボロディンの「ダッタン人の踊り」でしたが、曲の背景を知ると今まで以上に面白くなりました。(再放送 9月8日(火) 午前8時00分 BShi,9月11日(金) 午前8時15分 BS2)


クラシック音楽と聞いただけで、眠くなるとか、退屈だとか、つまらない、という人がよくいるのですが、このTV番組は、そのような人にとってもクラシックの入門になると思います。
お薦めの番組です。
このほかにも、NHKではいろいろなクラシック音楽番組を毎週やっています。


のだめカンタビーレというアニメで、日本でも今やクラシック音楽がブームになりました。これはTVドラマ化されるほどの人気でした。


クラシック音楽は、頭を良くし、集中力を高め、心を和ませ、病気を癒してくれる効用すらあります。
ぜひ、クラシック音楽に親しんでください。


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是々非々

2009.09.06日

世界でも類例を見ない、50数年に及ぶ自民党の長期政権に終止符が打たれ、民主党政権が日本に生まれます。
戦後の復興と経済発展に大きく寄与し、国民に支持されてきた自民党でしたが、この10数年は世界的な不況の影響もありましたが、やはりそれ以上に長期政権の特徴である馴れ合い、腐敗、沈滞などで閉塞感が国民の間に充満していました。
そういう中で、民主党がこれらを全部打破する、新しい政治を生むと言って、年額31万2000円の子ども手当てや高校無償化、出産費用自己負担なし、高速道路無料化、農家の戸別所得補償制度、中小企業の減税、最低賃金引き上げ等など、国民の心を惹くマニフェストを次々と打ち出しました。
これで民主党が勝たなかったら嘘です。


今、民主党は社民党、国民新党と連立を組むことで話し合っています。
しかし、新聞などで報じられてるように、外交政策や安全保障面で大きな隔たりがあり、それぞれの党首は自分達の立場を主張して「是々非々」で事に当たると言っています。


最近良く耳にするこの「是々非々」は、
「善いことは善いとし、悪いことは悪いとするのを知といい、善いことを悪いとし、悪いことを善いとするのを愚という」とうい内容の荀子の故事成語から生まれたもので、「公平無私に、善いことは善いとして賛成し、悪いことは悪いとして反対すること」
を意味します。


これは民主党と連立を組む社民党や国民新党だけの問題ではなく、日本の国益のために、国民の益のために自民党も同様に、「是々非々」の立場で当たらなければなりません。
これまで民主党にやられてきたことのしっぺ返しのような気持ちで、民主党の足を引っ張ることばかりしていたら国民から本当にそっぽをむかれてしまいます。


「是々非々」はなにも政治の世界だけではありません。
会社や学校や、さらには家庭においても大切な心構えです。
家庭においても、「子育て」「子どもの教育」「夫婦関係」「親戚関係」など数え切れないほど難しい問題がどこにも存在しますが、夫婦・親子・兄弟・親族みんなが「是々非々」の精神で、いかに良いものを作り上げていくかということが大切です。


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日本よ、どこへ行く?

2009.09.05日

アメリカに留学していたときのことです。
親友のポールの家に遊びに行った時、彼のお父さんとゆっくり話す機会がありました。
日本の家族・家庭について尋ねられて、私は当時の日本の家族関係について話しました。
お父さんは私の話を聞いて言いました。
「アメリカも昔はそうだった。自分の子どもの頃の家族関係はまさにそんな感じだった」
今から30数年前のアメリカの家庭では、母親が働きに出て、家族は食事もバラバラ、生活時間帯もみんなバラバラで、お互いに顔を合わさないこともしょっちゅうという感じでした。
ポールのお父さんは、日本の家庭がうらやましい、と言っていました。


同じ頃、私は文化人類学のクラスを取っていました。
教授はハンガリー出身のDr.Sadovsky (サドフスキー)という先生で、ひどいハンガリー訛りの英語で話していました。
このクラスでは前半はアメリカインディアンの歴史や文化、生活などについて学びましたが、後半は学生一人ひとり、レポートを書いてクラスの前で発表するという課題が与えられていました。
私はアメリカと日本の人間関係の違いについて、言語の違いや文化の違いを交えてプレゼンテーションしました。
アメリカ人の学生はみんなとても興味をもって話に聞き入ってくれました。
そしてプレゼンテーションが終わると、一斉に質問を浴びました。
最後に、サドフスキー教授が締めくくりをして言いました。
「ありがとう、ジョージ。
実は、君の話を聞いていて、自分が住んでいた昔のハンガリーを思い出していた。
人間関係が君の話した日本のそれとそっくりだ。
しかし、今日ではハンガリーはもうすっかり変わって、アメリカと同じようになってしまった」


今日、ふとこのクラスの光景を思い出しました。
そして、今の日本の人間関係・家族関係を考えると、なんと当時のアメリカのそれとそっくりになっているではありませんか。
日本も遅ればせながら、欧米と同じようになってきた。しかし、残念なことに日本の昔の良さを失ってしまった。
まさに、ポールのお父さんが、そしてサドフスキー教授が嘆いていたのと同じことが、今日の日本でも起こっている。
私は愕然としました。


日本でも、パーティをしたり、旅行に出かけたりと、生活スタイルは欧米化したのですが、家族関係・人間関係が希薄になり、表面的になってきたような感じがしてなりません。
昔は近所の人たちとの係わりがもっと親密で、作った料理のおすそ分けを隣近所に持って行き、その器にお返しの手作り料理がのって戻ってきたものです。
近所の家族構成や一人ひとりの名前も知っていました。
ところが今はどうでしょう。
近所の人の家族構成どころか、誰が住んでいるかすらわかりません。
ほとんど顔も合わさないし、挨拶さえしない。
他人に干渉されたくない、という個人主義が、いつの間にか冷たい人間関係になってしまいました。
これからの日本は果たしてどうなるのでしょうか?


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朱に交われば赤くなる

2009.09.04日

最近、「受動喫煙」という言葉がよく使われます。
知ってのとおり、タバコを吸わない人が吸っている人の煙を間接的に吸うことです。
オーストラリアでは、職場での受動喫煙が原因でガンになったといって裁判に訴えた人が、46万ドルという多額の賠償金を勝ち取ったという話がニュースになったことがあります。


8月27日の読売新聞の記事によると、タバコの喫煙が原因で毎年600万人が死亡していると、米国ガン協会が発表したとのこと。喫煙が世界経済に与える損失は毎年5000億ドルにのぼるそうです。


私のお気に入りのレストランは分煙にはなっているのですが、ただ席がほんの少し離れているだけなので、煙は自然とレストラン内を行き巡ります。
私の体はタバコの煙にアレルギー反応を示し、目や喉が痛くなったり、ときには声が出なくなったりします。
アメリカのように、公共の場での喫煙を完全に禁止すれば別ですが、分煙ぐらいでは受動喫煙から完全に逃れることはできません。
でも、できる限りタバコを吸っている人には近寄らないようにして自分を守るようにしています。


話は変わりますが、いつも不平や文句ばかり言っている人がときどきいます。
そのような人のそばにいて、いつも文句ばかり聞かされていると、こちらまで気が重くなってきます。
これは一種の「受動うつ病」のようなものです。
「受動うつ病」にかかりたくなかったら、そのような人に近づかないのが一番です。


逆に、とても明るい、積極的な人のそばにいると、不思議なことにこちらまで気分が明るくなってきます。
これは「受動楽天症」とでも言うのでしょうか。
このような人とはむしろ積極的にいつも係わりたいものです。


「朱に交われば赤くなる」ということわざがあります。
人は交わる相手によって善人にも悪人にもなるという意味です。
消極的・否定的な人といつも一緒にいると、こちらまでそれがうつって否定的になる。
悪い仲間とつるんでいると、悪くなる。
賢い人と行動を共にしていると、賢くなる。
先日のブログ「成功の背景」にも書きましたが、『天才! 成功する人の法則』の著者マルコム・グラッドウェルは、たまたま親友ふたりがとても優秀な人たちだったので、そのお陰で自分もできるようになった、と言っています。


あなたはどのようになりたいですか?
あなたは誰と交わりますか?


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身につけるために必要な時間

2009.09.03日

今日は高校3年生のMさんに個別で英語を教えました。
Mさんは小学5年生のときから、もう7年以上アカデミーに通っています。
高校生になって個別部に入り、英語と数学を学んでいますが、最初の頃は英語が随分苦手でした。
しかし徐々に力がついてきて、今日は教えていて本当にその成長振りに驚かされました。
Inspire という高校生向けの文法書を使って教えているのですが、今日は先週に引き続き動名詞をやりました。
最近は文法問題はほとんど全部解けるようになり、たとえ間違っていてもちょっとヒントを与えるとすぐに気づいて自分で訂正することができます。
今日はほぼ100%正解で、私は
「すご〜い!パーフェクトじゃん!」
と何度も感激して大声でほめました。
そのたびにMさんはにっこり微笑んで、自分でも達成感があってとても喜んでいました。
ただ、応用の英作文の問題になると、ほとんどできているのですが、ほんの少しずつ小さなミスがあります。
そこでMさんに言いました。
「英作文の問題がスムーズにできるようになると、本物の力だよ。あと一歩だ。
Mさんの得意なのは何?」
「何もありません」
「中学の時には部活は何をしていた?」
「ソフトボールです」
「ソフトは得意?」
「いいえ、それほどでもありません」
「何か得意なものはないの?」
「...」
「たとえば、自転車はどう?上手に乗れる?こけないでしょ?」
「はい」
「小学校のとき初めて自転車に乗ったときから上手に乗れた?」
「いいえ」
「じゃあ、どうして上手に乗れるようになったの?」
「今までたくさん乗ってきたからです」
「そう。それそれ。最初から何でもできる人なんかいない。数をたくさんこなしていくうちにうまくなっていく。勉強も同じだよ。Mさんもこれまでたくさん英語をやってきたからここまでできるようになった。同じように、学んだことを何度も繰り返してしっかり復習すれば、どんなことでも身につくんだよ」
「はい。頑張ります!」


世界でトップクラスの億万長者のビル・ゲイツは、1968年、彼が13歳だったとき、大学のコンピュータを好きなだけ使わせてもらうことができました。
当時、大学のコンピュータの専門家でもそれだけの時間、コンピュータを使うことはできませんでした。
彼が21歳になったとき、一般大衆向けのパソコンが出たのですが、その頃までに彼は何千時間、いや1万時間以上もコンピュータに触れていました。
そして21歳でマイクロソフトの会社を立ち上げたのですが、世界中で彼ほどたくさんコンピュータのプログラミングをやっていた人は誰もいませんでした。
これが、以前このブログに書いた「1万時間の壁」です。


スポーツでも楽器でも勉強でも何でもそうですが、プロになろうと思ったら1万時間の壁を超えなければなりません。
しかし、Mさんのように、たとえ1万時間を超えなくても、やればやるだけ力がつくのは当たり前のことです。
何事も身につけるためには時間が必要なのです。


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何事も一生懸命 2

2009.09.02日

今年の1月2日にこのブログに「何事も一生懸命」という記事を書きました。
私は「一生懸命」が好きです。


アメリカにいたときパサデナ大学で日本語を教えていたのですが、そのとき学生のひとりが私をパーティに招待してくれました。
アメリカではほとんどの人が毎週末どこかのパーティに行くほどパーティは人々の生活の一部になっています。
私もしょっちゅうあちらこちらのパーティに呼ばれていたので、気軽な気持ちで行きました。
するとそこには知らない人ばかりいて、このパーティは一体何なんだろう、と思っていたら、おもむろにひとりの人が前に立ってビジネスの話を始めました。
「自分は昔はエンジニアでした」と言って、その人はなぜこのビジネスを始めたか、という話を始めました。
私はビジネスにはまったく興味がなかったので、大変なところに来てしまった、と後悔しました。
そしてパーティが終わって、あなたもこのビジネスを始めないかと勧められたとき、私はすぐにお断りしました。
ところがその後、パーティに招待してくれた学生が何度も何度も私にそのビジネスを勧めるので、仕方なくその人を助ける気持ちで始めることにしました。
やり始めると結構面白くて、そのうち一生懸命やるようになり、ちょうど1年後にはトップに達して本社に招待されて表彰されました。
その頃、同じビジネスをしている大金持ちのご夫妻が私の家族をご自分の家に招待してくださいました。


dallas.jpg
(玄関の前で)


その家にはプールはもちろんのこと、テニスコートまであり、バスルームも4つありました。マスターベッドルームのバスルームは10畳ぐらいの広さで、大理石のバスタブやシャワールーム、壁一面の鏡、トイレがなぜか二つ並んでいるという超豪華なものでした。
玄関入ったところにはイタリアから輸入したという大きな彫刻があり、その横には壁の上を水が流れているバーがあって、とにかくアメリカの金持ちというのはけた違いだと驚かされました。
さぞかしこのご夫妻は優雅な生活をしていらっしゃるのだろうと思っていたら、おふたりがおっしゃるには、池の上を優雅に進む水鳥が目に見えない水面下で必死で両足で漕いでいるのと同じように、自分達も毎日一生懸命だ、ということでさらに驚かされました。
私は日本に戻ってからもこのビジネスを続け、成績優秀でグアムやフィリピンへ招待されました。


今晩、中1の英語のクラスを教えているとき、easy という単語が出てきました。
生徒たちはみんな「簡単」という意味を知っていました。
そこで私が「じゃあ、難しいという意味の単語は何?」と尋ねると、答えられる生徒がいませんでした。
私がホワイトボードに difficult と書くと、みんな一斉に「難しい!」と叫びました。
私は difficult という単語が難しいんだったら、これはどう?と言って次の単語を書きました。
「pneumonoultramicroscopicsilicovolcanoconiosis 。これが英語で1番長い単語」
「うわ〜!長い!何て読むの?」
「ニューモノウアルトラマイクロスコッピックスィリコウヴォルケイノウコニオウスィス」と私。
「どういう意味?」
「塵肺症という病気の名前」
すかさず私はホワイトボードに書きました。
「llanfairpwllgwyngyllgogerychwyrndrowbwllllantysiliogogogoch」
生徒たちはみんな圧倒されて???
「これはイギリスにある町で、世界で1番長い名前。ネットで調べたら出てくるよ。
さあ、difficult は難しい?」


difficult が簡単だと思わせるために、私も一生懸命この長い名前を覚えて書けるようにしておいたのです。


「何事も一生懸命」―これは大切なことです。
一生懸命取り組んでいると、結果はついてきます。


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知能発達の鍵 好奇心

2009.09.01日

昨日のブログに8月30日の読売新聞に載っていた益川さんの記事のことを書きました。
昨日のテーマは「親の子どもに対する影響力」でした。
今日は、同じ記事から「好奇心」を取り上げます。


益川さんの専門は物理学です。
しかし、専門以外に、益川さんは教育、平和問題、音楽、脳科学など幅広いことに関心を持っておられます。
実は、これこそ知能を発達させる鍵となるものなのです。
益川さんは子どもの頃のことを次のように語っています。
「あまり勉強した覚えはない。成績は真ん中。それでも理科と数学はわかった。実験でモーターを作ると、僕のが1番最初に回る。原理をつかんでいるから。...
物理一筋ではなく、浮気もずいぶんした。大学院に進んでからも、意識がどうして生じるのか興味があった」


いつも言っているように、勉強とは決して机に向かって、ただひたすら暗記し、問題を解いてテストの点数を上げることではありません。
大切なのは、原理をつかむことです。
また、いろいろなことに興味を持つことです。


益川さんはまた、
「考える時、頭の中で自分と自分が会話している。中学生ぐらいからそうなった。一人の自分が何か言うと、それを聞いたもう一人の自分が『ちょっと違うでしょ』と反応する」
と言っています。
これもとても大切なことです。
さらにこれを日記やブログのような形で、文章に残すことも頭脳にとても良い刺激となります。
お試しあれ。


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