学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
読む人に元気を注入します。

ジョージ学院長 元気の出るブログ

ブログに関するご意見・ご感想は、こちらのフォームからお気軽にどうぞ

魚の獲り方を教えよ

2009.07.31日

今日の読売新聞朝刊1面に「09衆院選 視点4  給付より仕組み作りを」というインタビュー記事が載っていました。
インタビューに答えているのは昭和女子大学長の坂東真理子氏。
坂東氏は69年に総理府(現内閣府)に入り、初代の男女共同参画局長、埼玉県副知事を務め、著書『女性の品格』はミリオンセラーに。
この記事の中で同氏の言っていることは一つひとつ全部もっともなことばかりです。
その中でもとくに私の目を引いたのは、次の箇所です。
「小泉改革の反動で、自民党が定額給付金を支給し、民主党も政権公約(マニフェスト)で現金給付を目玉にしてばらまきを競っている。両党とも力を入れている子育て支援に関して言えば、本当に必要なのは、現金よりも子育てがしやすいサービスを提供するシステムを整備することだ。...現金給付など短期的なメリットや表面的な政策ではなく、中長期的に見て、日本が必要としている社会をどう構築するかを考えることが重要だ」


私も坂東氏の言っていることにまったく同感です。
今回の衆院選は、未曾有の経済危機の中、これからの日本の社会の方向性を決める大切な選挙ですが、残念ながら自民党も民主党もお互いに中傷し合い、相手の足を引っ張ることばかりに腐心しています。
そして政権をとるか、守るかの瀬戸際で両党が出したマニフェストは、まさに打ち出の小槌の大盤振る舞い。
あれだけ国民の間で不評だった定額給付金も、結局のところただでもらえるものをいらないという人はいません。無駄だ、意味がない、とわかっていてもやはり現金をもらえるのは誰でも嬉しいものです。
民主党は、自民党の定額給付金やETC装着車土日の高速道路料金上限1000円を「バラマキ」だと言って非難しながら、いざ民主党のマニフェストを見ると、それ以上の「大ばらまき」。
確かに、これは国民にとってはありがたいものばかりでしょう。背に腹はかえられませんから。
でもこれらのばらまきの公約は、政権をとりたいがための鼻先にぶら下げたニンジンで、対する自民党も負けじと「ばらまき」政策をあげました。


しかし、本当に大切なことは、坂東氏が言っているように、「現金給付など短期的なメリットや表面的な政策ではなく、中長期的に見て、日本が必要としている社会をどう構築するかを考えること」です。
つまり、よく言われることですが、飢えている人たちに魚を与えることは手っ取り早いし、とりあえず飢えはしのげますが、またすぐに飢えます。
必要なのは、魚の獲り方を教えることです。魚の獲り方を覚えれば、その人は一生自分で魚を獲って飢えることはありません。
そのために必要なシステム作りをすることが政治家の仕事だと思うのですが...。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

力を抜け!

2009.07.30日

野球選手がホームランを打ったとき、よく言う言葉が
「力を抜いたらうまく打てた」
です。
実際、選手がホームランを打つ瞬間を見ていると、実に軽くバットを振っています。
逆に力が入っていると、素人目にもよくわかります。そしてたいがい、ボテボテのゴロになってしまいます。
ピッチャーもマウンドの上で、よく大きく呼吸をして肩の力を抜いています。
昔、英会話を教えていたひとりの人は、大手商事会社を定年退職した人で、会社では空手部で活躍し、退職後もずっと現役で空手をやっていらっしゃいました。
この人がいつも言っていたのは、
「空手のコツは力を抜くこと。力を抜くのを覚えるのに10年かかる」。
スポーツ選手はほとんどみんな、試合前に大きく呼吸して力を抜くようにしています。


実は、この「力を抜く」ことの大切さは、スポーツに限らず、ほとんどどの世界にも当てはまります。
音楽でも、勉強でも同じです。英会話も同じです。
前にこのブログにも書きました(「1万時間の壁」)が、かのビートルズが世に出たのは、やはり1万時間以上の練習を積んで力が抜けたときです。
1万時間は、毎日3時間の練習を約10年間続けると達成できますが、スポーツでも音楽でも、学問でも、プロの世界で活躍する人は、ほとんどのケース、1日に5〜8時間ほど練習に費やしています。
これは成功するのに必要な練習時間が得られるという面と同時に、力を抜くコツを身につけるのに必要な時間でもあるのです。


何事も必死でやっているうちは、まだ力が入っています。
そして、力が入っているうちは本当の持てる力は発揮できません。
力が抜けたとき、本来の力が100%発揮できます。
「力を抜くのに10年かかる」というのは、実に真理をついています。


あなたのやっていることがたとえ何であっても、それが勉強でも、スポーツでも、音楽でも、仕事でも、家事でも、1日に何回も意識して力を抜くよう努めましょう。
行動心理学では、何事であれ、やればやるほどその結果が出る、と言っています。
力を抜くコツを体得しましょう。
自分でも驚くほどスムーズに、自由に、うまくできるようになります。そのようになったときが本物です。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

ジョーク

2009.07.29日

次のような英語のジョークがありました。
Three old guys are out walking.
First one says, "Windy, isn't it?"
Second one says, "No, it’s Thursday!"
Third one says, "So am I. Let's go get a beer!"


これを直訳すると:
3人のお年寄りが道を歩いていました。
ひとりが言いました。「風が強いね」
2人目が言いました。「いいや、今日は木曜日だよ」
3人目が言いました。「ああ、俺も。ビールを飲みに行こう」
となり、さっぱり意味がわかりません。


蛇足ながら説明を加えさせていただくと、
最初のお年寄りが言ったのは “Windy” で「風が強い」。
2人目はこれを “Wednesday” 「水曜日」と聞き違えて、 “Thursday” 「今日は木曜日」だと訂正します。
それを3人目は “Thirsty” 「喉が渇いた」と聞き違えて、「自分も喉が渇いた。ビールを飲みに行こう」と言います。


このようなジョークを日本語に訳すのは至難の業です。
そこでたとえば、
3人のお年寄りが道を歩いていました。
ひとりが言いました。「風が強いなぁ」
2人目が言いました。「ホント、カズは強い」
3人目が言いました。「俺は家事は弱い」
のように意訳すると、3人の耳の遠いお年寄りのトンチンカンな会話が復元されます。


コンビニで。
「あっ、ヤバイ!俺、財布持ってくるの忘れたよ。悪いけど立て替えてくれない?」
「ああ、いいよ」
「ちょっと待て。おい、それ、俺の財布だぞ。なんでお前が俺の財布を持ってんだ!」
「...」
これはジョークではなくて、実際にあった話。


次の話も実話。
先日、小学5年生のT君に英語を教えていたときのこと。
「T君。genius の意味は?」
「...」
「忘れた?じゃあ、英語で言うよ。
“People call you a genius.”  (人は君のことを genius と呼んでいる)
天才!」とT君。
私は思わず吹き出してしまいました。


このような楽しい話、ジョークは人の心を和ませてくれます。
何かうまくいかないときや、気持ちがくしゃくしゃするときなど、このような面白い話を思い出すと思わずニンマリしてしまいます。
それがある意味、精神の健康維持の秘訣です。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

職業インタビュー

2009.07.28日

今春卒塾した高1のYさん、Tさん、Mさんが、昨日塾にやってきて、夏休みの学校の課題である職業インタビューを私にしました。本当はIちゃん、Yちゃん、Aちゃんとこれまでのように名前で呼んだほうがピッタリくるのですが、さすがに高校生になるとみんな立派になって、こちらもちょっと構えてしまいます。


最初の質問は、
「仕事の内容はどのようなものですか?」
私の答え。
「塾の運営、経営全般。具体的には、生徒の勉強の指導、教材作成、時間割作成、チラシ・通信・成績表作成、三者面談、バス送迎、そして講師の管理・育成など」


次の質問。
「この仕事を選んだ理由は何ですか?」
「先生は小学生、中学生、高校生までずっと勉強が大嫌いだった。勉強というものは、試験のために、受験のためにやらなければならないものと思って、いやいややっていた。でも、大学に入ってから勉強の面白さがわかるようになり、それから勉強にハマってしまった。だから、小学生・中学生・高校生に勉強の楽しさを知ってもらいたいと思って塾を始めたんだよ」


「仕事に必要な能力・適性は何ですか?」
「まずは教育に対する熱意、次に教える専門分野に対する知識、そして子どもに対する愛情。これが塾の教師に求められる適性」


「学生時代にはどのような勉強をしましたか?」
「子どもの頃は、勉強とは暗記だ、と思っていたけど、大学に入ってからは、すべてのことに原因や理由があることがわかり、意味がわかるようになって勉強が面白くなってきた。学生時代はいろいろなことに興味をもって自分から勉強した」


「仕事に必要な資格・免許は何ですか?」
「うちの場合は、大学生、大学院生、大学卒です」


「仕事やっていて大変なことは何ですか?」
「そうだねぇ...。う〜ん...。
強いて言えば、優秀な講師がそろっていて、よその塾に負けないようないい授業をしていても、塾の外の人にはなかなかそれがわからない。それで、ブランドで塾を選ぶ人が多くて、アカデミーの良さを外の人にも知ってもらえるようにすることが一番大変かな」


「この仕事のやりがいは何ですか?」
「一番のやりがいは、生徒の成長が見られること。勉強嫌いだった子がアカデミーに来て、勉強の楽しさがわかり、一生懸命勉強に取り組むようになって、成績が上がり、自信がついていく、これを見るのが最高のやりがいです。ちょうどIちゃんのように」


「この仕事のイメージとギャップはありますか?」
「塾という仕事は特別に免許や資格などは要らないので、結構甘い考えで塾を始める人がいるんだよ。そういう人たちが勉強とは暗記して、試験で点を取るものだ、と考えていたら、当然そのような教育しかできない。今やっている仕事がうまくいっていないから塾でもやろうかとか、そのような考えで塾をやると絶対にうまくいかない。先生は、塾とはとても大切な仕事だと思っている」


「高校生へアドバイスをお願いします」
「去年ノーベル賞を受賞した益川さんが、『日本語の勉強という言葉には苦しみを強いる意味があって私は大嫌い。でも英語のstudyには知る楽しみという意味がある。本来、知ることは楽しいこと。ぜひ楽しみ方を覚えてください』と言っていたけど、先生も同じ考えで、高校生にただ機械的に暗記して覚えるつまらない勉強をするのではなく、勉強を楽しんでほしいと思っている」


というようなインタビューがあったわけですが、私はこれを素晴らしいことだと思っています。
最近は、中学生の修学旅行もグループ別行動で、研究テーマを決めて、様々なことを体験したりできるようになっています。昔のようなただの観光旅行はつまらないです。
また、中学生の職業体験というのもあり、パン屋さんや花屋さんのようなお店やスーパー、保育園、老人ホーム、病院などで現場の仕事を1日体験するというのもあります。
これこそ新しい学びの形だと思います。
今回の職業インタビューも、生徒にとってはいろいろな仕事を知るきっかけになり、このような経験は社会に出る前に不可欠だと思います。


インタビューしてくれた生徒たちのこれからの成長が楽しみです。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

思いわずらうな

2009.07.26日

「余の辞書に不可能の文字はない」と豪語していたフランス皇帝ナポレオン・ボナパルトも、さすがにエルバ島に追放されてからは運が落ち始め、最後にセントヘレナ島に流されて一生を終えます。
その時のナポレオンの言葉が “Able was I ere I saw Elba.” 「エルバ島を見るまでは私には不可能はなかった」という回文(前から読んでも後ろから読んでも同じ)と言われていますが、果たしてフランス人のナポレオンが英語を話したのでしょうかね...。


さて、そのナポレオンがとても示唆に富む次の言葉を残しています。
「私は何か問題を考えたい時、心の引き出しを一つ開ける。問題が解決するとその引き出しを閉め、また次には別のを開ける。眠りたい時には全部の引き出しを閉める」


これは実に賢い人生訓です。
私たちは何か問題が起こると、そのことに心奪われ、夜も眠れなくなります。
ナポレオンの言った「眠りたい時には全部の引き出しを閉める」は、不眠症の人にも勧めたいアドバイスです。


今から約2000年前、イエス・キリストは言いました。
「空の鳥を見るがよい。まくことも、刈ることもせず、倉に取り入れることもしない。それだのに、あなたがたの天の父は彼らを養っていてくださる。あなたがたは彼らよりも、はるかにすぐれた者ではないか。あなたがたのうち、だれが思いわずらったからとて、自分の寿命をわずかでも延ばすことができようか」(マタイの福音書6:26,27)


実際には思いわずらっていると、かえって寿命は短くなります。
将来のことは誰にもわかりません。神様の手に自らを委ねること、これが一番です。


私も以前は夜なかなか寝つけないことがよくありました。
考え事の引き出しを全部開けたままにして、その中に頭を突っ込むので眠れなくなっていたのです。
でも最近は、先日のブログ「苦しみの意味」に書いたように、眠るとき意識的に、自分にリラックスするように言い聞かせ、全身の力を抜いて、静かに呼吸し、頭の中を空っぽにするようにしています。
すると、不思議なほどスムーズに眠りに陥ることができます。


「だから、あすのことを思いわずらうな。あすのことは、あす自身が思いわずらうであろう。1日の苦労は、その日1日だけで十分である」 (マタイの福音書6:34)


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

考え得ることは...

2009.07.25日

昔、私がアメリカに留学して言語学を学んでいた頃、コンピュータによる機械翻訳は可能かどうかが論じられていました。
当時のコンピュータは現在のスーパーコンピュータと同じくらいの大きさでしたが、パンチカード方式で、その性能は今の家庭用のパソコンよりはるかに劣っていました。
“It’s one thirty.” をコンピュータに翻訳させると、
「それは1と30だ」と出てきました。
“Time flies like an arrow.” は
「時ハエは矢が好きだ」と翻訳されました。
そして、機械翻訳は不可能だ、と結論されていました。


35年後の今日、パソコンは一家に1台どころかひとりに1台並みに普及し、インターネットで世界中のパソコンとつながっていて、調べたいことがあれば瞬時に答えが出てきますし、地球の裏側の人ともリアルタイムでチャットしたり、テレビ電話で顔を見ながら話したりすることができるようになりました。
無料の翻訳ソフトもインターネット上にあります。
上の2つの例文を翻訳ソフトを使って試してみるとそれぞれ、
「1時30分です」
「時間は矢のように速く過ぎます」
とかなり正確に訳せるようになってきました。
すごい進歩です。
試しに、英字新聞の記事を訳させてみました。
“With an eye to winning power, the Democratic Party of Japan has decided to accept the Maritime Self-Defense Force's antipiracy mission in its basic policies.”
「権力を勝ち得ることへの目で、民主党は、基本方針で海上自衛隊の「反-著作権侵害」任務を受け入れると決めました」
もちろん正しくは
「政権獲得を視野に入れ、民主党は海賊対策のため自衛隊派遣を容認することにした」
となります。
ちょっと難しい文章や文学的、あるいは詩的な文章になると、10万円以上する高価な翻訳ソフトでも実力は似たり寄ったりで、正直なところまだまだ実用的と言えるところまできていません。


それでは機械翻訳は不可能か、と言えばそうとは思いません。
時間の問題で、これから先どんどん改良されて、実用的なレベルまで引き上げられていくと思います。


以前、アカデミーでコンピュータ関連の仕事の責任を持っていた先生に尋ねたことがあります。
「先生、〇〇をコンピュータでやることは可能ですか?」
「考えられることは基本的にはどんなことでも可能です」
という答えが即座に返ってきました。


考えてみると、ちょっと前まで不可能だと思われていたことが、最近の技術の発展でどんどん実現されてきています。
100年前はおろか、50年前でも今日の生活は誰も想像もつかなかったことでしょう。


しかし、なんと今から500年ほど前、かの有名なレオナルド・ダ・ヴィンチは、すでにヘリコプターや飛行機、計算機、太陽熱利用温水器等などを考えつきデザインしていました。
小さなことですが、私も小学生の頃、手元のボタンを押すことでパッと傘が開くジャンプ傘を発明しようと思っていましたが、高校生のときに誰かほかの人が発明して実用化されました。
中学生の時には、降る雨の量によって自動的にスピードが調節される車のワイパーを考えていましたが、つい最近それが実用化されたというニュースを見ました。
今、私が考えているのは、道路の凸凹の状況によらず飛行機のように揺れずにスムーズに走行する自動車、ワイパーのない自動車、自分の望む色の髪の毛が生えてくる発毛剤などですが、これらも時間の問題で必ず誰かが発明してくれるものと思っています。


詰まるところ、人が考え得るものはどんなことでも実現可能だ、ということです。
ジュール・ヴェルヌが19世紀後半に書いた『月世界旅行』は当時夢物語でしたが、1969年に実現されました。
あなたの頭の中で考えていることも、実現可能です。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

勤勉と浪費

2009.07.23日

あるゴルフクラブのロッカールームでの出来事。
ベンチに置いてあった携帯電話が鳴りました。
すぐ横にいたひとりの男性がゴルフシューズを履きながら、スピーカーフォンのスイッチをオンにして電話に出ます。
周りにいる何人かの男性が一斉にそば耳を立てます。
「もしもし」
「あなた?私。今クラブにいるの?」
「ああ、そうだよ」
「私今買い物に来てるんだけど、とっても素敵なコートがたったの500ドル(5万円)なの。買ってもいい?」
「いいよ。そんなに気に入ったのなら」
「ありがとう。それからここに来る途中、ベンツのお店に寄ったら新しいモデルが出てて、もうすっかり気に入ちゃったの」
「いくらだ?」
「8万ドル(800万円)」
「ああ、いいよ。でもその値段だったら、オプションを全部つけてもらうんだぞ」
「よかった!あっ、それからもうひとつ。去年私たちが見ていたあの家。今、また売りに出しているの。150万ドル(1億5000万円)よ」
「よし。じゃあ、125万ドル(1億2500万円)以内で交渉しろ」
「わかったわ。ありがとう。またあとでね。愛してるわ」
「おれも愛してるよ。じゃあ」
周りにいた男性達はあっけにとられて彼を見つめています。
男はにっこり微笑むとみんなに尋ねました。
「この携帯、誰の?」


まあ、もちろんこれは笑い話ですが、世界中が不況のこの時代、お隣の中国ではこの話のような成金さんがいっぱいいるそうで、高級車や高級マンションが飛ぶように売れているそうです。


「三代目は身上をつぶす」と言いますが、初代が一生懸命働いて築き上げたものを、その苦労を見てきた二代目はなんとか維持し、苦労知らずの三代目になると浪費してたちまち食い尽くしてしまう、ということです。
勤勉と浪費。両極端ですが、誰でも気をつけないとこの罠にはまってしまいます。


金持ちの人に金持ちになる秘訣を聞くと、返ってくる答えは必ず「浪費しないこと」だそうです。
普段から勤勉に働き、コツコツと貯めるなら誰でも豊かになれます。豊かになれないのは浪費するからです。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

苦しみの意味

2009.07.22日

今日聴いていた The Einstein Factor  (邦題 『アインシュタイン・ファクター』)の中で著者のDr. Win Wenger がリラックスしてイメージストリーミングするトレーニングをしていました。
BGMで美しい音楽を流し、彼が小さな声でビロードやシルクのようなスムーズな呼吸法を教えます。
「継ぎ目なく静かに呼吸し、体の中の老廃物を全部一気にハーッと吐き出してください」。
次に、「あなたがリラックスした状態で目をつむって、今見ているもの、聴いているもの、感じているもの、触れているもの、味わっているもの、臭いを嗅いでいるものをできる限り詳しく描写してください」とか語りかけます。(これは書籍にはない部分で、オーディオCDの利点です)
本来、この部分は家で実際にリラックスしながら聴くことになっていて車を運転しながらやってはだめなのですが、運転しながら聴いていても、やはりかなりリラックスすることができました。
ところが、これを聴いているとき、ふと今から30年前にフラッシュバックしました。


タルボット神学校での授業の1シーンです。
Dr. Conway という教授のカウンセリングのクラスだったのですが、教室の電気を消して学生達に床の上(と言っても全面カーペット敷きですが)に仰向けに寝そべらせ、教授が静かに語りかけて学生をリラックスさせるというそっくりの状況でした。
このとき、私を含めほとんどの学生が完全にリラックスして眠ってしまいました。
教授はこのあと、自己紹介のスライドショーを見せてくれました。
自分が昔、牧師をしていた教会の人々の写真や、自分の家族の写真などを見せながら説明し、学生達を楽しませてくれていました。
娘さんの紹介をしているとき、高校生の娘が陸上部で活躍している写真が次々とスクリーンに映し出されました。
ところが次の瞬間、スキー場で娘さんが片足でスキーの上に立っている写真が画面に出てきました。
私はジョークだと思って、思わず吹き出してしまいました。
教授が写真の説明をしました。
「娘が手術をして足を切ってしまいました」
私たちはみんな「えっ!」っと息をのみました。
娘さんは足に悪性の腫瘍ができて片足をひざから下、切断しなければならなくなったそうです。
医者からそのように宣告されたとき、彼は教会の牧師をしていましたので、絶対に奇跡が起こり、癒されると信じて疑わなかったそうです。
しかし結果的には足の切断ということになり、教授とその一家は悲しみと苦しみのどん底に陥れられたということです。
教授はこのとき涙を流しながら話をしておられました。聞いていた私たちもみんな泣きました。


ところが娘さんは、足の切断という大変な経験をしたにもかかわらず、そこから完全に立ち直り、もう1度一からスポーツに挑戦して、義足を使ってバスケットをしたり、片足でスキーをしたりしてハンデを克服されたのです。
鳥肌が立ちました。


私たちはこのような出来事が自分の身内に起こると、「神様、どうしてですか!?」と神様に食ってかかりたくなるものです。
しかし、すべてのことには神様の無限の知恵にかなった素晴らしいご計画がある。そのときには分からなくても、のちになってその意味がわかるようになる。このようなことは私たちもよく経験します。


先日のブログ「悲しみと苦痛...」でも書きましたが、人生の中の苦しみや苦痛に意味がある、とわかっているのとわからないのでは、私たちの生き方は大きく変わってきます。
Dr. Wenger のCDを聴きながら、Dr. Conway のことを思い出し、昔の思い出にふけりました。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

見たい夢を見る!

2009.07.21日

目が覚めて妻が興奮して夫に言いました。
「ねえ、私すごい夢を見たの。あなたが私にダイヤモンドのネックレスをプレゼントしてくれたのよ」
「...」
「この夢、どういう意味だと思う?」
夫が微笑んで答えました。
「今晩その夢の意味がわかるよ」
妻はこの夫の言葉が1日中頭から離れず、首を長くして夫が帰ってくるのを待っていました。
果たして、夫は手に小さな包みを持って帰ってきました。
妻は感激に涙しながら包みを開けてみると、中から1冊の本が出てきました。
その本のタイトルは
『夢の意味』!


自分はたまにしか夢は見ていない、と思っている人が多いことでしょう。
しかし、人は一晩に最低でも5つの夢を見ていて、その夢を全部合わせると何と2時間に及ぶ、と睡眠研究者たちは言っているそうです。ただ見た夢を覚えていないだけなのです。
今聴いているオーディオCD The Einstein Factor (Audio CD) (邦題 『アインシュタイン・ファクター』)の中で著者が上のように言っています。


見る夢は普通、自分でコントロールすることはできません。
しかし、以前ブログ「すごい夢を見よう!」に書いたように、四六時中ひとつのことを考えていると、それを夢に見る確率は非常に高くなります。
前述書に出てくる話ですが、昔、発明家のエリアス・ホーという人がミシンの開発に長歳取り組んでいたのですが、どうしてもうまくいきませんでした。
そんなある夜、彼は恐ろしい夢を見ました。
彼は人食い人種に追いかけられて必死で逃げていたのです。ふと、人食い人種が振りかざす槍の先を見ると、そこに穴が開いていることに気づきます。
そのとき彼は目覚めるのですが、実はこれをヒントにそれまでミシン針の真ん中に開けていた穴を針の先端に移動させて、ミシンの発明に成功するのです。


心理学者によると、私たちは1日のうち50%を空想に使い、8%は睡眠中に夢を見ているそうです。
ということは、人生の何と半分以上の58%を夢を見ることに費やしているのです。
ならば、夢をもっと活用させないと損です。
慣れてくると、見たい夢を見ることも可能なのです。
私はこれまで何度か、夢の途中で目が覚めたとき、その夢があまりにもいい夢だったので、もう1度続きを見たいと思って眠ったところ、首尾よく続きを見ることができました。
これも訓練です。
そして、いつも心に思い描いていることを夢に見ると、それが潜在意識として働き、実現することが多いのです。
ぜひお試しください。


今晩はどんな夢を見ましょうか。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

アラジン効果

2009.07.20日

前にこのブログで「マタイ効果」について書いたことがあります。
「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」(マタイ福音書25:29)
という聖書の箇所から命名したもので、
「豊かな者はますます豊かになるが、貧しい者はますます貧しくなる」という社会現象から、音楽やスポーツの才能等など、いろいろな分野にこのことが当てはまります。


また、「魔法のランプ」についても書いたことがあります。
アラジンの魔法のランプのように、真剣に願うことはかなう、といった内容です。


今日のブログに書くことは、人間関係においての「アラジン効果」です。
「成功の9つのステップ」で有名なジェームス・スキナーさんは、7つ目のステップのところで「思い切った行動」について語っています。
そのひとつの例として、私たちはとかく人にお願いするのを遠慮したり、初めから無理だろうと思い込んであきらめてしまったりして、人にお願いすることを躊躇します。
「聞きもしないであきらめるな」とジェームスは言います。
聞いてみると案外うまくいくことがある、これを「アラジン効果」と彼は呼んでいます。


さて、人間関係において、私たちは人にこうしろ、ああしろ、と命令することがよくあります。
とくに会社などの組織内では上司が部下に、学校では先輩が後輩に(教師も生徒も含めて)、家庭では夫が妻に、親が子に、兄姉が弟妹に、と上下関係が存在するところでよく見られます。
上の立場にいる人は下の人になかなかお願いしにくいものです。
たとえば、親が子どもに向かって注意するとき、ついつい感情が先に出てしまって、怒鳴ったり、叱ったりとなりがちです。
怒鳴られたり、叱られたりして嬉しい人はいません。
でも、このようなときに、ひと呼吸おいて冷静に、
「〜してほしいんだけど」
「〜してくれたらありがたいんだけど」
というふうにお願いに変えると、相手もスムーズにその願い事を聞き入れ、応えてくれるものです。
これが良好な人間関係につながっていきます。


これもひとつの「アラジン効果」です。


今日からアカデミーの夏期講習が始まります。
この夏大いに飛躍するのを目標に授業に集中するように、毎日規則正しい生活を送って悔いのない夏にするように、生徒たちにお願いしましょうか...。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

ヘボン式ローマ字

2009.07.19日

日本では中学1年生になると、英語の時間にヘボン式ローマ字というのを学びます。
ところが、小学4年生のときに習った日本式ローマ字が尾を引いていてヘボン式がなかなか定着しません。
中1生に最初ヘボン式を教えると、みんなヘボン式をもじって「へぼい!」と言います。
確かに、日本式ローマ字だと
sa, si, su, se, so
ta, ti, tu, te, to
ha, hi, hu, he, ho
da, di, du, de, do
za, zi, zu, ze, zo
sya, syu, syo
tya, tyu, tyo
zya, zyu, zyo
dya, dyu, dyo
などのように非常に規則的で、見た目きれいです。


しかし、これを外国人が見て発音するとなると、
サ、スィ、ス、セ、ソ\
タ、ティトゥ、テ、ト
ザ、ズィ、ズ、ゼ、ゾ
スャスュスョ
ティャテュテョ
ズャズュズョ
ディャデュデョ
となります。
「じゃがいも」は「ズャガイモ」、「順序」は「デュンデョ」、「父」は「ティティ」。
「ティティがスョクズィをたべるときのデュンデョはズャガイモからです」
聞いている私たちは「一体、何語だ!?」と言いたくなります。「じゃがいも」は「ズャガイモ」、「順序」は「デュンデョ」、「父」は「ティティ」。
「ティティがスョクズィをたべるときのデュンデョはズャガイモからです」
聞いている私たちは「一体、何語だ!?」と言いたくなります。


ヘボン式ローマ字だと上の表は次のようになります。
sa, shi, su, se, so
ta, chi, tsu, te, to
ha, hi, fu, he, ho
da, ji, zu, de, do
za, ji, zu, ze, zo
sha, shu, sho
cha, chu, cho
ja, ju, jo
ヘボン式を使うと、正確とまでは言わないまでも、一応日本人の耳に日本語らしく聞こえるようになります。
外国の映画俳優などが日本に来ると、記者会見などでよく片言の日本語を話しますが、これは日本語が話せるわけではなく、意味がわからないままヘボン式ローマ字で書かれたものを丸暗記して言っているだけです。
でもちゃんと日本語に聞こえます。これはヘボン式ローマ字のお陰です。


さて、今年はプロテスタント宣教150周年ということですが、このヘボン式ローマ字なるものを発案したのが、1859年に最初に医療宣教師として日本に来たアメリカ人医師、ジェームス・カーティス・ヘップバーンです。女優のキャサリン・ヘップバーンは、同じ一族だそうです。
実際に英語で発音すると「ヘップバーン」とは聞こえず、「ヘボン」のように聞こえ、彼自身自分のことを「ヘボン」と呼び、日本に同化するために「平文」という漢字名も使っています。
Hepburn-JamesCurtis-large.jpg
ヘボン氏


ヘボン氏は日本滞在中に5人のお子さんを亡くしておられるそうです。
そのようなご苦労の中で日本の医療、教育に多大な貢献をされ、彼が設立した学校のひとつはのちの明治学院大学に、もうひとつはフェリス女学院になっています。
「コレハナンデスカ?」という日本語を覚えて、なんでもかんでも聞いてまわってメモし、それをもとに日本最初の和英辞典も作ったそうです。
宣教師、医師、教育者として、自分の生涯を捧げ、日本とアメリカの架け橋となってくださいました。


ヘボン式ローマ字は、「へぼい」どころか、外国人の日本語学習者にとっては素晴らしい助けとなっています。
ヘボンさん、ご苦労様。そして、ありがとうございました!


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

個性の違いを認めよう

2009.07.18日

今日、ひとりの生徒のお母さんの面談をしました。
お母さんのお話を聞いていて、本当にお子さんのことを心にかけておられるのが痛いほどよく伝わってきました。
昨日、学校でも面談があったそうで、担任から結構痛いことを言われたみたいです。
「授業中よく発言する。4回のうち2回はすごくいい発言をするが、あとの2回はふざけ半分。それがなくなれば素晴らしい」と。
同じことを小学校のときからずっと言われ続けてきたそうです。
確かに学校の先生から見れば、普通からちょっとはずれた生徒というのはどうしても目につき、集団で授業を進めるため、足並みを乱す生徒はやりにくい、というふうに目に映るのでしょう。
でも、この子は同じ年齢のほかの子と比べると、心身ともに少し成長が遅れているのです。
成長の度合いの違い、これはいわば個性の範囲内であって、どうしてもみんなが同じようにならなければならないわけではありません。
一般的に、親も教師も、どうしても子どもを枠の中にはめたがる傾向があります。
「〇〇さんは〜なのに、あなたはなぜ…なの?」
「もう少し落ち着きなさい」
「もう少し誰それさんを見習いなさい」
「おとなしくしていないで、もっと積極的に発言しなさい」
「もっと積極的にほかの生徒と係わりなさい」
「△△さんは勉強がよくできていいわね」
等など。


でも、この子にはほかの子にない、素晴らしいものがたくさんあります。
高い潜在能力があることも私にはよくわかります。
焦ることはありません。
これらはみんな個性の許容範囲内のことであって、どうしてもほかの子どもと同じようにならなければならないようなことではありません。
みんな顔が違うように、性格も違えば、能力も違います。
みんなが同じである必要は全然ありません。
むしろ、みんな一人ひとりが違うからこそ、この世の中はバラエティに富んでいて面白いのです。
個性の違いをもっと認めてあげましょう。
誰にでも弱いところはあります。でも、それも個性のうちです。
弱いところをそのまま受け入れてあげましょう。
そうすることによって、子どもは安心します。
精神的に安心すると、もっている能力が発揮されやすくなります。
注意ばかりしていると、もっている能力が摘み取られてしまいます。


子どもの弱いところ、欠点ばかりに目をやらないで、いいところに目を向けましょう。
そして、もっともっとほめてあげましょう。
子どもはほめられるのが大好きです。
ほめられればほめられるほど、一生懸命頑張ります。そして大きく成長します。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

アインシュタイン・ファクター

2009.07.17日

昨日、 Outliers のオーディオCDを聞き終わり、今日から The Einstein Factor (Audio CD) (邦題 『アインシュタイン・ファクター』)を聞き始めました。
著者のウィン・ウェンガー自ら朗読しているのですが、教育学博士というだけあって大学の講義を聴いているような感じで、昔の留学時代を思い出しました。
内容はかなり専門的なのですが、冒頭で著者は次のように語っています。
「私は、ここ何年間かの研究を通して、ある一つの重大な結論にたどり着きました。それは、天才と呼ばれる人たちは特別な人間ではなく、私たちと何ら変わらないということ。ただほんの少しだけ違うのは、彼らは意識のチャンネルを広げるテクニックやコツを知っていて、自分の潜在意識からの直観につねに注意を払っている、ということです。...
人間には多くの可能性が秘められており、学習や訓練をすればするほど、努力すればするほど、きっとそれなりの良い結果が得られるでしょう。
しかし、あなたがもし、もっともっと、“天才”になりたいのなら、肉体や意識、心からくる真実の声に静かに耳を傾けてください。そこにはきっと、あなたを天才へと導く大切なヒントが隠されているはずです。これこそが、天才になるためのトリック、あるいはコツであり、私が『アインシュタイン・ファクター』と呼んでいるものなのです」


著者は「肉体や意識、心からくる真実の声」をイメージ・ストリーミングと呼んでいますが、これはまさに潜在意識のことです。(これについては、ブログ「潜在意識の力」「すごい夢を見よう!」を参照)


このことは、これまで私がこのブログで度々強調してきたことで、『天才! 成功する人々の法則』の著者、マルコム・グラッドウェルの言っていることとも合致します。
興味のある人はぜひ一読をお奨めします。
私自身は、教育関係者のみならず、子育て中の方々の必読書だと思っています。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

予想外の早い効果

2009.07.17日

この1週間ほどの間に、5人のお母さん方からお電話で、あるいは来塾して面談の際に、
「入塾してこんなに早く効果が表れるとは思ってもみなかった」
と言っていただき、とても嬉しく思いました。
5月に行われた中学の前期中間試験の結果が戻ってきての感想です。
教師にとってこれほど嬉しい言葉はありません。
この5人の生徒に限らず、ほかに何人もの生徒が今回の試験で素晴らしい成果を上げています。
学年でトップクラスだった生徒が何人かいます。
しかし、私はこれらを「予想外」とは思っていません。
いわば「想定内」の結果です。
なぜでしょうか?
それは、普段の生徒たちの勉強に取り組む姿勢を見ていればすぐにわかることだからです。
いつも言うように、この世の中偶然起こることというのはまずなく、そのほとんどは「起こるべくして起こっている」「なるべくしてなっている」のです。
普段からしっかり勉強していれば、当然その結果が試験に表れます。


昨夜個別で教えていた小学5年生のT君はこれまでにもこのブログで紹介したことがありますが、去年小学4年生ですでに英検準2級に合格し、今は2級(高校卒業程度)の勉強をしています。
毎回、単語を覚えてくる宿題を出して、次の授業のときにどれだけ覚えているか確認するのですが、大学受験レベルの難度の高い単語を1週間に50語でも覚えてきます。
昨夜、「subscribe の意味は?」と尋ねると、「描写する」という答が即座に戻ってきました。
「描写するは describe だよ。subsribe はこのように使う。
I subscribe to the Yomiuri Shimbun.」
「あっ、定期購読する!」
「正解!」
これを横で聞いていたほかの先生や生徒が舌を巻いていました。
単語テストをしていると、私の期待する答でなく、別の同意語の答を出すこともしばしばあり、語威力の豊富さに驚かされます。
さらに、すぐに答が出ないときに、上のように英語で例文を出すと即座に答が返ってくる、これもすごいことです。
T君はこのほか、漢検も今回2級(高校卒業、大学生程度)を受験します。
塾に来るといつもホワイトボードに難しい漢字をいっぱい書きます。
昨夜は授業後、新月、満月、月の満ち欠けの周期などを図入りでホワイトボードに細かく書いていて、それをあとで見たほかの先生達が、うちの理科の教師が授業で書いたものと思っていた、と言ったほど専門的なことがぎっしりと書かれていました。
うちの先生達やほかの生徒たちはT君のことを「天才」と呼びます。
将来医者になりたいという彼は確かにすべての面でスバ抜けています。いわゆる Outliers のひとりです。
しかし、これとて決して生まれつきの能力というよりも、むしろ幼児時代からの訓練の結果です。
記憶力がいいのも訓練の結果です。
これまでコツコツと積み重ねてきたことの結果が今ここに来て表れているのです。


昨日、送迎バス運転中に Outliers のCDを聞き終わりました。翻訳本の『天才! 成功する人々の法則』は、毎日細切れの時間に読むので少しずつしか進みませんが、オーディオCDならすぐに聞き終わります。
最後のまとめのところで筆者が言っていることは、この世の中で天才といわれるような人々は、実際には歴史と社会、好機と遺産の産物である。その成功は異例のものでもなぞに満ちたものでもない。複雑に編み込まれた、優位性と彼らが受け継いだ遺産(生まれた時代、場所、肌の色等々)から生まれる。
すなわち、生まれつきの天才などはいない。天才になる法則が存在するのだ、ということです。


私もそのとおりだと思います。
しかし、私は敢えてさらに一歩進んで、私たちはみんな天才になる要素をもって生まれてきている、と言いたいのです。環境次第で、誰でも「天才」になる可能性を秘めている、ということです。
「サヴァン症候群 天才か?」「あなたも天才!」 参照)


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村


夏休みの活用法

2009.07.15日

先日から聞いている『天才! 成功する人々の法則』のオーディオCD Outliers がいよいよ最終章に近づいてきました。
今日聞いていたところに面白い話がありました。
アメリカの学校は5月に年度が終わり9月の新学期まで約3か月の長い夏休みがあります。
この話をうちの生徒たちに話すと、みんなとてもうらやましがります。そこですかさず、「じゃあ、一生懸命英語を勉強してアメリカの学校に行ったら?」と言うわけですが、実際にはアメリカの学校の長い夏休みは大きな問題があります。
そのことが今日聞いたオーディオCDの中でも語られていました。


9月に新学年を迎えたとき、裕福な家庭の子どもは読む力がテストで15ポイント以上上昇しているのに対して、貧困家庭の子どもは4ポイント近く落ち込んでいるそうです。
貧困家庭の子どもの読む力は夏休みの間にわずか0.26ポイントしか上昇していないのに対して、裕福な家庭の子どもは52.49ポイントも上昇したといいます。
つまり学校で学んでいる間よりも、夏休みの間の過ごし方のほうが、学力の差が大きくつくのです。
その原因をさぐると、裕福な家庭の子どもは夏休みに親に美術館に連れてもらったり、さまざまなプログラムやサマーキャンプに参加させてもらったりしている。家には読む本がたくさんある。
それに対して貧困家庭の子どもは、サマーキャンプには参加させてもらえない、家には読む本もない、ほとんどの時間をテレビを見たり、外で遊んだり、映画を観たりして過ごしている。
この2つのグループの子どもたちの夏休みの過ごし方が大きな学力格差を生む、というのです。


実際、アメリカの子どもたちは1年に180日間(365日の半分!)しか登校しないのに、韓国の子どもは220日、日本は243日登校しているそうです。
つまり、勉強時間がそのまま学力格差につながっているというわけです。


子どもたちの夏休みの過ごし方が、成績に大きな違いを生み出すのです。
塾の夏期講習に通って毎日勉強する生徒と、夏期講習に通わないで毎日ゲームをしたり、テレビを見たり、外で遊んでいる生徒では学力格差が開いて当然です。


しかし、ここで気をつけなければいけないのは、一般に言われるように貧しい家庭は子どもを塾の夏期講習にやるお金がないというわけではなく、貧しくても子どもの教育費を優先する親もたくさんいるということです。
逆に、夏期講習のお金を出せないと言いながら、子どもの携帯のお金に1万円、外食に〇万円、ゲーム機やソフトに〇万円と、いわばどうでもいいようなことを優先する親もいるということで、結局のところお金の使い方の優先順位、価値観の違いが子どもの学力格差を生み出している、ということです。
私たちはこの事実を心に留めるべきではないでしょうか。
夏休みをどのように活用しますか?


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

徹底的に...

2009.07.14日

先週の土曜日、夜の個別の授業が始まる前に高校2年生のFさんが学校の化学の勉強がわからないと言って塾に質問に来ていました。
応対したJ先生が昔の記憶をたどりながら一生懸命教えているのですが、どうしても思い出せないところがあり、携帯でN先生の助けを求めながらの指導でした。
そのうちに、N先生が塾に行くよ、と言って飛んできてくれました。
かばんから取り出した1冊の参考書というか資料集。N先生曰く
「これは俺の汗と涙の結晶の本」。
N先生がパラパラとページをめくると、何と全ページぎっしりと細かい字で書き込みがしてあり、さらに全ページにやはり細かい字で書いた付箋がいっぱい貼りつけてあるのです。
「現役の時にはこれはほぼ全部完璧に覚えていたよ」
私はこれを聞いたときに思いました。
「さすがにトップ校を受験する人は勉強に取り組む姿勢が違う!」


これはうちの塾生でも同じことが言えます。
トップ校を目指す生徒はみんな例外なく、教わったことは全部もれなく完璧に理解し、覚えようという姿勢が見られます。
そして当然のことながら、塾内で毎月やる月例テストでその結果が表れ、さらに学校の定期テストで、そして受験でその努力の成果が思う存分発揮されます。
つまり、トップ校に合格する生徒は、合格すべくして合格している、ということです。
やったらやっただけの結果が出る。当たり前すぎるほど当たり前のことなのですが、これがなかなか普通の生徒にはできません。


私の場合は小さい頃、大きくなったら絶対に英語が話せるようになりたいと思い、小学校のときに英単語をかたっぱしから覚え、そして中学に入ってからはレコード盤が擦り切れるほど繰り返し繰り返しアメリカ人の発音する英語を聞き、録音しているアメリカ人と同じ発音ができるようになるまで何度も何度も練習しました。(ブログ「意思あらば道通ず」
そして高校生のとき、同時通訳の先生にも、アメリカから来た交換留学生にも、アメリカ生まれかと尋ねられるほどにまでなりました。


何事もそうですが、徹底的にやること。そして、途中であきらめないこと。
その積み重ねが人生での成功をもたらします。
成功は決して偶然や幸運によるものではありません。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

きれいな街づくり

2009.07.13日

アカデミー学院のすぐそばにある、平塚駅行きのバス停「山下団地入口」は小さな橋の上にあります。
バスを待っている人たちがこのバス停付近にタバコの吸殻や空き箱、菓子の包み紙、空き缶、空きペットボトルなどを捨てて、いつも汚くなっていました。
家から塾に歩いていくとき、いつもここを通りかかるたびに、眉をひそめて「常識のない人たちだなぁ」と不愉快に思っていました。
ところが、もう随分経ちますが、ある日、このバス停のすぐ後ろの橋の欄干にビニール袋が針金で結び付けられるようになりました。さらにその横にも、大き目の空き缶がやはり針金でくくりつけられました。すると、人々は吸殻をこの空き缶に、空き缶やペットボトル、ゴミ類はビニール袋に入れるようになり、バス停付近がとてもきれいになりました。
誰か近所の人がボランティアで毎日、新しいビニール袋をくくりつけ、空き缶の中の吸殻を空けてくれています。
私はこれを見て、心温まる思いをしました。
と同時に、眉をひそめるだけで何もできなかった自分が恥ずかしくなり、ボランティアで陰のボランティア活動をしてくださっている方に頭が下がるようになりました。
本当に偉いと思います。
私の尊敬するM牧師はかなりのご年配ですが、大きな袋を持ってゴミを拾いながら散歩するのを日課にしておられます。


でも、そもそもゴミをあちらこちらに捨てる行為自体が間違っていて、本来タバコの吸殻は携帯灰皿に、また空き缶やペットボトルは自販機のそばにある回収箱に入れるか、もしくは持ち帰るべきではないのでしょうか。
ボランティアでゴミ回収をしてくださっている方は素晴らしいのですが、その人の厚意に甘えてゴミを捨てていくということ自体がやっぱり間違っていると思います。


ときどき、量販店の駐車場などで車から降りてくる人が車の中では靴を脱いでいて、降りるときに靴を履いている光景を見かけます。車の中をきれいにしようと気持ちはよくわかりますが、そのような人が車の中の灰皿の吸殻を車の外に捨てているのを見ると幻滅してしまいます。
信号待ちしている車のドアが開いて、同じように灰皿の中の吸殻を空けている光景もときどき見かけます。
本当に残念です。
大人がこのようなことをしているので、小学生や中高生までが同じように、空き缶、ペットボトル、菓子の包み紙を平気で道路に捨てていきます。中には、よその家の庭に投げ込んでいく人もいます。
本当に心が痛みます。
駅の構内やホームは履き捨てられたガムの跡がこびりついて黒くなり、まるで水玉模様のようになっています。
一般的に日本人はこのような公衆道徳の意識が低いように思われます。


シンガポールを旅行や商用で訪れた人はみんな口をそろえて街がきれいだと言います。
道路にゴミひとつ落ちていないそうです。
そして、みんなこれだけのことでシンガポールのファンになります。


富士山が世界遺産になれないのは、登山者の捨てるゴミのせいだと言われています。
一人ひとりの人が、ゴミを出さないように心がけ、そしてゴミを見つけたら拾うようにすれば、私たちの街は一体どれだけきれいに、そして気持ちよくなることでしょう。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

安かろう 悪かろう

2009.07.12日

「安かろう 悪かろう」とは、「安いものに良い品物はない」「値段が安い品物は、それだけ品質も悪い」という意味です。
今や「メイド・イン・〇〇〇〇」は粗悪品の代名詞のようになり、敬遠する人が多いのですが、それでも私たちの日常の生活の中でこの国の物にお世話にならないことはできないほど、食品から衣料、様々な電化製品、コンピュータに至るまで浸透しています。


しかし、今からほんの数十年前、「メイド・イン・〇〇〇〇」は「メイド・イン・ジャパン」でした。
今や世界のトップブランドとなったトヨタでさえ、当時アメリカに「トヨペット」の名前で車を輸出したとき、「トイペット」(おもちゃのペット)と揶揄されたほどでした。
私が最初に留学した頃も、日本の量販店や百円均一ショップに当たるような店で売られているものの多くがメイド・イン・ジャパンでした。
ところが、数年後2度目の留学をしたときには、なんと「メイド・イン・ジャパン」は高級品の代名詞になっていて、高級デパートにしか売っていませんでした。
今日アメリカでは、日本製品は「クール」(カッコいい)と呼ばれるようになり、品質も世界トップレベルにまでなりました。
ここに至るまでは長い道のりがありました。
私たちの親の世代が日本の高度成長時代を支え、勤勉に働いてきてくれたお陰です。
「安かろう 悪かろう」の汚名が返上できたわけです。


「安くて品質が悪い」のはもちろん話になりません。
また逆に「高くて品質が高い」のも当たり前のことです。それだけお金をかけているのですから。
しかし、中には「高くて品質が悪い」ものや、「安くても品質のいい」ものもあります。
今日、私たちがみんな求めているものは、「安くて品質のいい」ものです。
同じものを買うなら、少しでも安く、またサービスのいいもののほうがいいに決まっています。


先日、夏期講習の申し込みに来られた方がおっしゃっていたのですが、今まで通っていた塾の夏期講習費は30万円ぐらいは当たり前だそうです。
昨夜、塾生のお母さんのお話を聞いていたら、その塾では子どものニーズに合わせてと言ってクラスを組んで見積もりがなんと70万円になった人がいるというのです。実際にはもっと高い人もいるらしいのですが。
大学受験の予備校が高いと言っても、年間100万円ちょっとです。
中学生の夏期講習だけで70万円というのは理解しがたい数字です。
それで、その塾の指導の質が高ければまだいいのですが、話をきいているとどうやらそうでもないらしい。
それでは「安かろう 悪かろう」ではなく、まるで「高かろう 悪かろう」になってしまいます。


今や消費者の目は肥えてきています。
少しでも質の高いもの(サービス)を少しでも安く提供しないと、日本の社会では競争していけません。
どの業界であれ、もっと消費者の目線に立って、消費者に満足してもらえる商品、サービスを提供していかなければなりません。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

QOL

2009.07.11日

QOLという言葉が使われ始めて久しくなります。
当初、ほとんどの人がこの言葉にはなじみがなく何のことか分からなかったのですが、最近はガンなどの終末医療でよく使われるようになってきて、一般の人も認知するようになりました。
QOLは英語の Quolity Of Life (生活の質)の短縮形で、主に医療の現場において、治癒率・延命率の向上にともない、患者の日常生活での充実感・満足感を向上させる、というような意味で使われています。
今では福祉の現場においても同様の意味で使われ、さらに一般市民の生活においても道路や公園、公共の施設などでも使われ始めています。
かつてないがしろにされていたこのような分野にスポットライトが当てられて、人がどれだけ人間らしい、望みどおりの生活を送ることができるか、ということが重視されるようになってきたことはまことに望ましいことです。
今後、まだまだQOLの範囲は広がっていくことと思われます。


しかし、QOLを語るとき、ただ単にこのような「システム」や「箱物」の改善だけで終わることに危惧を感じるのは私だけでしょうか?
もっと精神面でのサポートも重視されるべきではないかと思うのです。
たとえば、新聞の人生相談に毎日のように載る相談内容を読んでいると、この「QOL」が低くて、多くの人が苦しんでいるのがわかります。
「自分の周囲の人を嫉妬して、毎日苦しい」「不倫した夫(妻)が許せない」「夫(妻)に満足できず、ほかで不倫関係を持っているが、苦しんでいる」「子どもが可愛くなくて、ついつい辛くあたってしまう」「姑(嫁)と険悪な関係だ」「自分に自信が持てない」「いつまでたっても自立できない子どもにイライラする」「職場の人間関係で苦しんでいる」「親戚関係がうまくいっていない」等など、挙げれば切りがありません。
これらは全部QOL(生活の質)が低くて、みじめな人生を歩んでいる人たちの魂の叫びです。
そして、毎日のように新聞をにぎわす事件のほとんどは、これらが原因あるいは引き金となっているものと思われます。


アメリカや日本、ヨーロッパのような先進国では、社会が成熟していくにしたがってこれらの問題がますます増えていきます。
私たちの身の回りにもこのような人はきっと大勢いるはずです。
このような現実の問題で苦しんでいる人々に助けの手を伸べる方法・手段を考える、また予防策を講じるなど、これこそ本当のQOLではないでしょうか。
そのためには、家庭、学校、社会、みんながこのような問題から目をそらさずに、みんなで協力して一つひとつ身近な問題に当たっていく、これしか方法はないと思います。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

核のない世界

2009.07.10日

イタリアのラクイラで行われた主要8カ国(G8)首脳会議が10日閉幕しました。
首脳宣言・声明骨子の中に、「核兵器のない世界に向けた状況を作ることを約束する」というのがありました。
今日の読売新聞のUSO放送に「核のない世界  うちのことか?  自民党員」とあって、思わず笑ってしまいました。
それはさておき、冷戦時代と呼ばれた20世紀後半は、核による抑止力という名目の下で核兵器がどんどん作られエスカレートしていきました。
冷戦時代は1989年に終わりましたが、21世紀に入ってからはイランや北朝鮮などの核拡散問題が新たに浮上し、人類は常に核戦争の脅威にさらされてきました。
しかし今年初めに誕生した米オバマ政権は前政権と異なり、力によらない和平交渉を軸にした外交を進めようとしています。そのひとつが、今回の「核のない世界」を目指す、というものです。


現在のアメリカはまだ世界で最大の核保有国であり、そのアメリカがそんなこと言ったって現実味が薄いと感じる人が多いことと思います。
しかし、これは「核のない世界」づくりに向けた大きな一歩です。
何事も最初の一歩を踏み出すのが難しいものです。
今回、アメリカとロシアが「核のない世界を目指す」で一致したのは素晴らしいことです。
現在保有する核を即座に全部廃棄する、というのは確かに現実的に困難でしょう。
でも、それに向けたスタートを今切ろう、という決意がなされたことは大いに評価されるべきでしょう。


「千里の道も一歩から」とか、「ローマは1日にしてならず」、「ちりも積もれば山となる」等など、古人の素晴らしい格言が私たちに与えられています。
平和を築くのも一歩からです。
核を世界からなくすなんて不可能だ、と言っていたら、確かに永遠になくならないでしょう。
核のある世界よりもない世界のほうがいいに決まっています。
ならば、なくすための第1歩を踏み出すことが大切なのです。たとえ道は遠くても。


この1か月余り平塚と名古屋の間を車で何度も往復しています。
ときに夜中に家に戻ることもあります。
夜間、高速道路を走るのはとても神経を使い、疲れます。
名古屋から平塚に向けて夜走るとき、絶えず40m先しかヘッドライトは照らしませんが、絶えずその40m先を見ながら運転を続けます。
40mが80mに、やがてそれが4kmに、80kmにというふうに積み重ねていくうちに、いつの間にか350km先の平塚の我が家に着くのです。


平和への道も同様です。
たとえ小さな一歩でも、積み重ねて前進していくことが、やがて「核のない世界」へと導いていくのです。
今回のG8で「核のない世界」を目指していくと宣言されたことは、まことに人間に与えられた知恵の結果だと思います。


「平和をつくり出す人たちは、さいわいです。
彼らは神の子と呼ばれるであろう」 (マタイの福音書5:9)


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

IQよりもEQ

2009.07.09日

長男が一昨日アメリカから帰ってきて、お土産(と言っても私がネットで注文したもの)の Outliers のオーディオCDを早速、昨日から送迎バスの中で聴き始めました。
これは、『天才! 成功する人々の法則』の原版を著者自ら朗読しているものです。
やはり翻訳本を読んでいるのと、原著を著者が朗読しているのを聴くのとでは大違いで、すごく説得力があります。


この中に、IQ195のクリス・ランガンという超天才の話が出てきます。
普通の人のIQ(知能指数)は100、かのアインシュタインが150と言いますから、彼のスバ抜けた天才振りがわかります。
ランガンは、生後半年で言葉を話し始め、3歳のときにラジオ番組を聴きながら、アナウンサーが読み上げるコミックのアルファベットを目で追って字が読めるようになったといいます。
学校では、外国語のテストのとき、ほとんど勉強しないで試験直前の数分間、教科書にざっと目を通しただけで成績はいつもA。10代で理論物理学の本を読み始め、SAT(大学進学適性試験)では途中で居眠りしても満点を取ったそうです。
ところが、ランガンは人間関係が苦手で、大学を卒業できず、建築現場で働いたり、漁業に就いたり、工場で働いたり、酒場の用心棒になったりして、現在は牧場で馬を飼育して暮らしています。
彼は今でも言語学や物理学、哲学などの本を読み漁って勉強を続けています。
「世間に僕より頭のいい人間はいないと思う。僕みたいな人間に会ったこともないし、僕より理解力の優れた人間がいるという兆しさえ見たことがない。1度もないし、これからもないだろう。会ってみたいものだね。誰かに挑まれたら、僕はいつでもそいつを負かしてやれる」
と本人は言っているのですが、その非凡な頭脳を活かすことがまったくできていません。
ランガンの生い立ちは不幸でした。彼が生まれる前に父親は姿をくらまし、2番目の父親は殺され、3番目は自殺、4番目は無能な父親。
「今日まで、僕たちほど貧しい家庭で子ども時代を過ごした人間に会ったことがない」と言っているほどです。


10年余り前に出た『EQ こころの知能指数』は示唆に富んだ本です。
著者の心理学者ダニエル・ドールマンは、この世の中で成功し、幸せになれるのはIQの高い人ではなく、EQ(こころの知能指数)の高い人だ、と言っています。
こころの知能指数は、自分うまく制御でき、良い人間関係を築くことができる能力です。


前述の『天才! 成功する人々の法則』には、神童と呼ばれる小学校時代ずば抜けた高いIQを持つ人たちの追跡調査をした結果が載っています。
上位20%のグループの人たちは、弁護士、医師、エンジニア、学者などになり、真ん中の60%のグループの人たちは十分に豊かな暮らしをしています。ところが、下位20%のグループの人たちは、貧困にあえぎ、職にあぶれ、家のソファでのらくらする人たちだったそうです。
上位グループと下位グループの差は、遺伝子の問題ではなく、家庭環境にあったとこのとです。


子どもたちのために私たちにできること、それは環境を整えてあげ、豊かな人間性を育むことではないでしょうか。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

井の中の蛙大海を知らず

2009.07.08日

アメリカ留学中の長男が1年ぶりに昨夜帰国しました。
とは言っても、この夏だけの帰国で、8月末にはまたアメリカに戻ります。
久し振りに家族みんなそろって、いろいろな話に花が咲きました。
1年間会ってなかったなんてまるで嘘のよう。まるで昨日の続きのような感じの再会でした。
昨年に引き続き、今年もアカデミーの夏期講習の手伝いをしてくれます。
夏はとても忙しいので、本当に助かります。
いつも帰国すると、日本の良いところがたくさん見えるようで、「日本のこういうところが素晴らしい」「日本人はすごい」「日本食は本当においしい」「日本の景色は美しい」「日本の製品はとても優れている」等など、私たちも話しを聞いていて日本を再発見するような思いです。


そういえば私自身、今から35年前、日本の大学を卒業してアメリカに留学したとき、目に入るものすべてが珍しくて、すっかりアメリカびいきになってしまいました。
食べるものがみんなおいしくて、毎日アメリカ人と同じように食べていたらあっという間に体重が5キロ以上増えてしまいました。
アメリカ人の気さくな性格が自分にはとても合っていました。
大学院の勉強も大変でしたが、とてもやりがいがありました。
親しい友人もたくさんできました。
アメリカの生活を満喫していました。
あっという間に半年が過ぎました。
ちょうどその頃から、ぼちぼちホームシックになってきました。
日本、日本人、日本食がむしょうに恋しくなってきたのです。
留学していた大学の新聞でインタビューを受け、その記事が1面トップで紹介されました。
その中で、「日本の自然や友人・知人たちが恋しい」と言っています。


img256.jpg
若かりし頃の私


そして3年後に1時帰国したとき逆カルチャーショックを受け、ちょうど息子のように、目に入るものすべてが新鮮に映り、「ああ、やっぱり日本はいいなぁ」と心から思いました。
その後、何度か日本とアメリカの間を往復し、最終的にアメリカには7年余り住んでいましたが、帰国してやはり日本が一番だと思うようになりました。
一時期はアメリカに永住することも考え、永住権の申請までしていたのですが、今となっては「あの時はまだ若かったなぁ」という甘い思い出です。


「井の中の蛙大海を知らず」ということわざがありますが、本当に自分の世界を出て、外から見直すことはとてもいいことです。それまで見えなかったいろいろなものが見えるようになってきます。
ですから、私は若い人に外国に出ることを薦めるのです。
これまでアメリカに限らず外国に行くことを勧め、その結果、実際に国外に出た人の数は30人を越えます。その中には、アメリカの大学や大学院に留学した人も何人もいます。
しかし、何も外国に行くことだけが視野を広げる唯一の方法ではありません。
本を読んだり、映画やTV番組など、視野を広げることはいくらでもできます。
いずれにせよ、「井の中の蛙」にならないため、外に目を向けること、そして外から内を見直すことはとても大切です。


昨夜、大学の教え子のひとりでやはりアメリカに留学し、その後も韓国との間をたびたび往復して、今も韓国で学んでいる中藤弘彦君からメールが入りました。私のブログを毎日、それも1日に最低3回読んでいる、と言ってきてとても嬉しく思いました。「毎回、感じること、多々あり、人生の糧にいたしております」とあり、恐縮至極でした。
私のこの「元気の出るブログ」がひとりでも多くの人の助けになっていたら、私にとってこれ以上の喜びはありません。
長男も毎日欠かさず読んでいると言ってくれ、そのほか塾生のご父母の方々で、ブログを読むのが日課になっている、と言ってくださる方が何人もあり、本当に何らかの形で少しでも視野を広げるお力になっていれば幸いです。


長男とのこの1か月余りの交わりを大いに楽しみ、彼からも多くのことを学びたい、「井の中の蛙」になってはいけないと思った次第です。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

韓国大統領、ペイ・フォワードを実践

2009.07.07日

「韓国の李明博(イミョンバク)大統領が、自宅を除く全財産331億4200万ウォン(約25億円)を、青少年の奨学事業のために寄付する。
6日、寄付金を運用する民間組織が発表した。
李大統領は貧しい家庭に生まれ、マッチやのり巻きを売り歩き、苦学して名門大学に進学。財閥企業の会長まで上り詰めた。
2007年の大統領選で、「妻と暮らす家があれば十分。全財産を寄付する」と公約していた。寄付金は、学生の奨学金などに活用される。
大統領は同日発表したコメントの中で、かつて大学登録料を立て替えてくれた人や学費稼ぎのための仕事を与えてくれた人たちに感謝しながら、『貧しくても一生懸命生きている人々のため、財産を使いたい』と述べた」(7月6日 読売新聞6面)


この記事を読んだとき、心に温かいものを感じました。
自ら貧しい中を通ってきて、そのような時に支えてくれた人々に対する感謝を表すために、ほかの貧しい人たちを援助する、これこそまさに「ペイ・フォワード」の精神です。


私自身も幼少時代、とても貧しい生活をしてきて、多くの人たちに支えられてきたので、この気持ちがよくわかります。(「不景気なときの最高の投資」「Needy Student」


私は今年の1月3日のブログ『ペイ・フォワード』に、正月に見たこの映画の感想を次のように書きました。
「心温まる、お奨め映画です。この新しい年、アカデミー学院でもこのような運動が広げられていくといいなと思います。そのためにはまず、私自身からその運動を始めないと」
果たして、学院の中でもいろいろな場面で実践され始め、そして私自身の私生活の中でも実践できるようになってきていて、そしてこの運動が世界中で進められてきていることをとても嬉しく思っています。


世の中、みんながこのような気持ちでお互いに助け合うようになれば、本当に平和な住みやすいところになることでしょう。
一歩、一歩。一人ひとりの行動からです。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

夏期講習のチラシができあがりました!

2009.07.06日

今年も恒例の夏期講習が7月20日から始まります。
カラーのきれいなチラシができあがりました。
集団部チラシはこちらから。
個別部チラシはこちらから。
少しでも経費を抑えるため、印刷を除いて、写真撮影から文案、配色、レイアウト、すべて自分で作る本当の手作りチラシです。
できはまあまあかなと思います。
両面カラーは少し贅沢かとも思いますが、よその塾のように夏期講習のチラシだけでも1か月以上にわたって毎週毎週入れるという贅沢をしない代わりに、1回勝負のチラシを出すわけです。
アカデミーのチラシについては以前にもこのブログで書いたことがあります(「アカデミーのチラシの歴史」)。


毎回チラシを作るごとに、少しずつ進化させるよう努力しています。
心がけていることは、
1.わかりやすいこと
2.見やすいこと
3.正直な(誇大広告をしない)こと
4.生徒の生の声を入れること
5.教師や生徒の写真を入れること
6.通常の授業料を入れて安心してもらうこと


というように、できる限り塾をオープンにして、新しい人が入りやすいよう工夫しています。
毎回、塾生がけっこう友達を紹介してくれるのでとても嬉しく思っています。
今回の夏期講習のために、そして夏合宿のために、10Hours のプログラムのために、すでに先生達は何度も集まって話し合い、準備を進めています。
ご期待ください。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

お薦めします!

2009.07.05日

昨日、妻と一緒に名古屋郊外の義母を訪問して一泊し、今朝はみんなで岩倉キリスト教会の礼拝に出てきました。
渡辺牧師は説教の中で、自分の気に入ったものは誰でも人に薦めるものだと語って、ご自分の体験を話されました。
高校2年生の16歳のとき、社会科の授業で「キリスト教の自由について調べてレポートを書け」という課題が与えられたそうです。ほかの生徒は、仏教とかほかの宗教だったり、哲学だったりしたそうですが、たまたま渡辺牧師にはキリスト教が当たったそうです。
そこで図書館に行っていろいろ調べたそうですがよくわかりません。
住んでいた町にキリスト教会があったので、そこを訪ねて「キリスト教の自由」について尋ねることにしました。ご主人はスイス人、奥さんはドイツ人の宣教師ご夫妻で、応接間に招いてとても丁寧にキリスト教のことを話してくださったそうです。
このとき、キリスト教には何かある、あのご夫妻が持っているものは何だろう、それを見つけるまでしばらく教会に通おうと思って毎週日曜日にその教会を訪れたそうです。
そして、そこでキリストの救いにあずかり、半年後に洗礼を受けてクリスチャンになられました。
その後、これは本物だ、ぜひともひとりでも多くの人にこのキリストの救いを伝えたいと願うようになり、牧師になられたそうです。


iwakurachurch.jpg
愛知県岩倉市 岩倉キリスト教会

pastorwatanabe.jpg
岩倉キリスト教会の礼拝の様子


去る5月に岩倉に来たとき、隣町の一宮でおいしいラーメン屋さん「麺屋 花月」を見つけました。それで義母を連れて行ったところ、義母もこんなにおいしいラーメンは初めてだと言ってとても喜んでくれました。
昨夜は、ちょうどそのラーメン屋さんの向かいの回転寿司屋「いき魚亭」(国道22号名岐バイパスと国道155号の交差点)で義母・義妹と一緒に食事をしたところ、ここがまた大当たりで、本当においしかったのです。
そして今日のお昼に食べた「木曽路手打ちそば 玉川」のうどんがまたおいしくて、驚きました。
私の住んでいる町にはこんなおいしいラーメン屋、寿司屋、うどん屋はありません。


今朝の渡辺牧師の話じゃないですが、自分が気に入ったものは人に薦めたくなるものです。
たまたまこの近くに住んでいる方で、このブログを読んだ方がいらっしゃったら、ぜひともお奨めします。
と同時に、岩倉キリスト教会もとてもいい教会です。ぜひ訪ねてください。


渡辺牧師は高校2年のときにキリスト教会を初めて訪れたとおっしゃっていました。
実は私もちょうど同じ高校2年生のときに、通っていた中学校のすぐ近くにあったキリスト教会を訪ねました。
私はその教会の牧師に尋ねました。
「先生、神ってほんとうに存在するのですか?」
牧師から返ってきた言葉は今でもはっきりと覚えています。
「私たちの顔を見てご覧なさい。目があって、鼻があって、口がある。
食べ物を食べるとき目で見て、鼻で臭いを嗅いで、そして口に運んでいって食べます。
もしも鼻が頭の後ろにあったら臭いを嗅ぐのも大変です。口が後ろにあったらうまく食べ物を口に運べませんよ。
これを見るだけでも神様の存在ははっきりとわかります」
私はこの答えを聞いたとき、「この牧師バカじゃないか」と思って、教会に行くのをやめてしまいました。
そしてその10年後、アメリカに留学していたとき、再びキリスト教会を訪ねてそこで信仰を持ったのでした。10年間回り道をしたなって思います。今になって、上の牧師の言葉は言い得て妙、真理だと思います。


今日の渡辺牧師の説教題は「いのちのことばがある」でした。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

小さな負荷をかけよ!

2009.07.04日

「自分にできる限度をほんの少し越えたことを、毎日一つ実行せよ」
アメリカの作家・従軍記者ローウェル・トマスが言った言葉です。
ローウェル・トマスは『アラビアのロレンス』を書いたことで有名な人です。


自分にできることだけをしていたら何の成長もありません。
勉強でもスポーツでも仕事でも、その他どんなことでも、「自分にできることをほんの少し越えたことを、毎日一つ実行する」なら、たとえそれが目に見えないほどの小さな変化であっても、必ず一歩一歩前進し、成長します。
人間は一般的に楽をしようとする本質があります。辛いこと、苦しいこと、大変なことを避けて通ろうとします。
しかし、小さな負荷を自分にかけることなら誰にでもできます。
その小さな負荷の積み重ねが大きな実を結ぶようになるのです。


漢字が苦手な人は普段の生活で漢字をできる限り使わないようにします。ですからいつまでたっても漢字が読めないし、書けません。
漢字の勉強を始めるのに手遅れということはありません。今日から早速、何かひとつでも新しい漢字を覚えればいいのです。


英語が苦手な人は、ほとんどのケース、基本的な単語や熟語、文法を身につけていません。英語ができるようになりたければ、今日から単語のひとつでも覚え始めることです。単語と熟語をひとつずつ覚えていくなら、英語は必ずできるようになります。1度にたくさん覚える必要はありません。少しずつでいいのです。
次に英文を少しずつ読みましょう。最初は学校の教科書の学んでいるところでいいでしょう。黙読、音読をし、次に英文の書写をすると効果があります。これを繰り返していると、英語の文の型が自然と身についてきます。


数学が苦手な人は、毎日の生活の中で数字に少しでも触れることです。
新聞の記事に出てくる様々な数字をひとつでも覚えるのです。
買い物するときに暗算で合計金額や消費税を計算します。これらの積み重ねで少しずつ数字に強くなり、これが数学の力につながっていきます。


社会が苦手な人は、生活の中で触れる様々なニュースに目を留めましょう。
そうした中で地理や歴史や公民(政治・経済・法律)などの感覚が自然と身についていきます。


理科が苦手な人は、ニュースの中で扱われる地震や気象、天体などに関するものに目を留め、季節の草花、身の回りの生物・動物、生活の中で触れる洗剤などの化学薬品、様々な物質の仕組み、などに興味を持つこと、これらが理科のセンスを磨きます。


焦らずに、少しずつ負荷をかけましょう。
「自分にできる限度をほんの少し越えたこと」を「毎日一つ実行」、これがコツです。
負荷のないところに進歩はありません。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

やる気が起きないときは...

2009.07.03日

人間はロボットじゃないから、誰でも精神的に、また肉体的にアップダウンがあります。
ときにスランプに陥ることもあります。
三者面談をしていると、よくお母さん方から、
「うちの子、やる気がないんです。どうやったらやる気が出ますか?」
という質問を受けます。
多くのお母さん方が、「もっとやる気を出しなさい。やればできるでしょ!」と発破をかけます。
しかし、「やる気を出しなさい」と言われて簡単にやる気が出るなら誰も苦労しません。
「やる気を出しなさい」と言われると、逆にやる気をなくすことさえあります。
このような時はどうすればいいのでしょうか?


答えは簡単。
何でもいいからやるのです。つまり行動を起こすのです。
「えっ?やる気がでないから困ってるんじゃない?」
と言われるかもしれませんが、「やる気が出ない」と言って、何もしないでいるといつまでたっても「やる気」は出てきません。
何でもいいので、できること、簡単なことから始めるのです。
人間というのは不思議なもので、たとえやる気がなくても、何か始めるとやっているうちにだんだんリズムに乗ってきて、徐々に「やる気」が起こってくるのです。


わかりやすい例を挙げると...
朝、目覚ましがなります。眠くて起きられません。「起きたくない」「もっと寝ていたい」と思いますが、思い切って起きてしまうと、最初は頭がぼんやりしていても、しばらくするとだんだん頭も体も機能するようになってきます。


勉強や仕事なども同じです。
最初、やる気が出なくても、やっているうちにだんだん楽しくなってきて、いつの間にかやめられなくなってしまうことさえあります。


「やる気を出す」秘訣は、何か行動を起こすこと。
うつも同じです。
うつ状態で何もやる気がしない時、何もしないでじっとしていると、いつまでたってもうつ状態から脱することができません。
うつから脱する方法も行動を起こすことです。
お試しください。きっとその効果に驚きますよ。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村

脳の老化現象?

2009.07.02日

今日の個別のクラスでひとりの高校生が、自分の脳はもう老化現象が始まっている、と言ったので思わず笑ってしまいました。


アインシュタインが亡くなったとき、彼の脳は特別に違いないと言って、研究対象になりました。
ところが解剖してわかったことは、普通の人と脳の構造自体は何ら変わることがない。違っていたのは、シナプスという脳細胞と脳細胞をつなぐシナプスの密度が一般の人よりも濃かった、ということです。
大脳皮質には誰でも約140億のニューロン(神経細胞)があり、1個のニューロンからは2000〜20000のシナプスが出ているといわれています。
ですから、シナプスの数が多ければ多いほど、情報伝達のスピードが速くなります。
アインシュタインの脳は、このシナプスの数が多く、神経細胞同士の結合が普通の人よりも格段に進んでいたわけです。


%83V%83i%83v%83X.jpg


このシナプスの数はどうやったら増えるのでしょうか?
頭を使えば使うほど増えるのです。
つまり、体を訓練すればするほど強くなり、反射神経も鋭くなるのと同様、頭も使えば使うほどシナプスの数が増えて、情報伝達速度も速くなり、その結果頭がよくなるわけです。
頭の良い人を調べてみると、例外なくよく訓練しています。訓練しないで、生まれつき頭の良い人というのは存在しません。
訓練次第で「あなたも天才!」になれるのです。


多くの生徒たちが部活に夢中です。ゲーム感覚で楽しみながらスポーツをして、練習すればするほど強くなるのですから面白くて当たり前です。
でも、勉強にも同じことが当てはまります。ゲーム感覚で楽しむこと。このような勉強法をすれば、知らず知らずのうちに学んだことが身についていきます。
歴史が得意な子はみんな歴史が好きです。無理やり覚えようとしなくても、知らないうちにどんどん頭の中に入ってくるのです。これはどの勉強も同じです。


そして、さらに素晴らしいことは、勉強すればするほど頭が良くなるのです。
脳の老化現象はまだ始まっていません!


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村


今日は失敗しました。

2009.07.01日

「大きな過ちを多く犯さないうちは、どんな人間でも偉人や善人にはなれない」
19世紀のイギリスの政治家、ウィリアム・グラッドストンが言った言葉です。
今日は、この言葉が私の大きな励みになりました。


今日、バス送迎をしているとき、道路幅の狭いところで対向車と行き違うことができず、ほんのしばらくですが、立ち往生しました。毎日送迎しているとこのような状況にはしょっちゅう出くわします。
たいていの場合、私は相手に譲って結構長い距離でも大きなバスをバックさせて退避します。
絶対に自分のほうに優先権があると思っても、相手に不愉快な思いをさせたくありませんし、また自分の我を通してその結果自分もあとで不愉快な思いをしたくないので、譲ることにするわけです。
しかし、今日は見事に失敗しました。
いつもちょっと幅の広い小さな橋の上で先に来た車が退避するので、今日も相手がそこで退避するものと思い込んで直進していったら、相手がその橋を渡りきって私のほうに突っ込んできました。
私はあわててそこで止まってしばらく待ちました。相手がちょっとバックしてくれると思っていたからです。
しかし相手はバックしようとしません。そのうちに、相手の車がどんどん詰めてきました。
こうなると今さらバックすることもできず、仕方なく少しずつ進んで、なんとかぎりぎりで行き違うことができました。
相手の車には横に奥さんと小さな子どもさんも乗っていたので、きっとおとなしい人だろう、と思い込んでいたのですが、すれ違うとき窓を開けて私をにらみつけ悪態をついていました。
しばらくの間、私も不愉快で、絶対に相手が悪い、と決め付けていました。


しかし、頭の血が下りてくると、やっぱり自分が先に手前で止まって待っていればよかった、あるいは広いところまでバックすればよかった、と後悔しました。
相手に不愉快な思いをさせたことを本当に申し訳なく思いました。
それは、バスに「アカデミー学院」という看板がついているからではありません。
たとえ乗用車に乗っていても、やはり自分の優先を主張するより、相手に譲るほうが賢明だという結論に達しました。
これまで、このような状況で、「バカヤロー!」と大声で怒鳴られたことが何度かあります。
相手の人は、こちらが塾のバスで絶対に逆らうことはないということがわかっているので、つい怒鳴りたくなるのでしょう。これが黒塗りのベンツのような外車だったりするときっと対応も異なってくるのでしょうが。


いずれにせよ、今日はこのことがずっと心に引っかかっていました。
自分の高慢さを示された思いでした。
これからはもっと自ら進んで相手に譲ろうと心に決めました。
そして、このようなときに、冒頭の言葉にめぐり会いました。
別に偉人や善人になりたいから、というわけではありません。
人間というものは日々の生活の中で大小様々な間違いを犯します。そのようなとき、謙虚にそれを認め、その間違いから学ぶ、そしてそこから成長することができる。人間というのはなんて素晴らしいんだろうと、思いました。


↓ブログランキングに参加しています。よろしければクリックして応援してください。↓


にほんブログ村 教育ブログ 塾・予備校教育へ
にほんブロ グ村