学院長元気の出るブログ

日々の随想。教育問題、子育て、英語、積極思考、人間関係、霊想等など。
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ジョージ学院長 元気の出るブログ

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悲しみと苦痛...

2009.06.30日

「悲しみと苦痛は、やがて『人のために尽くす心』という美しい花を咲かせる土壌だと考えましょう。心を優しく持ち、耐え抜くことを学びましょう。……強い心で生きるために―言い換えれば、あせらずに、苦情を言わずに生きるために―できる限りの努力をすれば、いつかは楽しい満ち足りた生活を送れる日がやってきます」


上の言葉を言ったのは誰だと思いますか?
なんと、盲・聾・唖という三重苦をなめたあのヘレン・ケラー女史の言葉です。
ちょっと想像してみてください。
真っ暗な世界、何も聞こえない世界、自分の意思を伝えられない世界。
私は幼稚園の頃、毎晩布団の中にもぐって、目を固く閉じて、両手で鼻と耳を押さえて何も見えない、聞こえない、息のできない状況を自ら作って、きっと死というのはこのような苦しいものだろうと想像しました。(ブログ「訓練していたことを実践しただけです」
ヘレン・ケラー女史はまさにそのような苦しみを味わった人です。
『奇跡の人』はお奨めの映画です。ぜひご家族でご覧ください)


まさに「悲しみと苦しみ」をなめ尽くした人の言っている言葉が冒頭のものです。
私たちは、とかく自分だけが悲しい目、苦しい目に遭っていると思いがちです。
「隣の芝生が青く見える」のです。
この世の中、悲しみ、苦しみを経験せずに生きることができる人など一人もいません。
悲しみや苦しみがないのは墓場だけだ、とある人が言いましたが、本当にそのとおりです。


悲しみや苦しみから逃れることができる人など誰ひとりありません。
しかし、その同じ悲しみや苦しみを味わっていても、受け止め方でひとつで人生は180度変わってきます。
ヘレン・ケラー女史が言っているように、「悲しみと苦しみは、やがて『人のために尽くす心』という美しい花を咲かせる土壌。心を優しく持ち、耐え抜くことを学びましょう。できる限りの努力をすれば、いつかは楽しい満ち足りた生活を送れる日がやってきます」。


悲しみ、苦しみには意味があります。
悲しいとき、苦しいとき、辛いときは上のへレン・ケラーの言葉を思い出しましょう。
道は必ず開けます。


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顔の表情が変わってくる

2009.06.29日

教師なら誰でも気づくことですが、勉強がよくわからないとき、できない間は、一般的に言って顔の表情が暗く、硬い雰囲気です。
ところが、少しずつわかるようになってきて、できるようになってくると、それにしたがって顔の表情が明るくなってきます。またクラスのほかの生徒や教師とも積極的に係わるようになってきます。


中1のW君はほかの生徒より一足遅く入塾しました。小学校のときに英語を学んでいなかったようで、最初のうちは英語がなかなか分からなくて苦労していました。
その頃のW君は塾でほかの生徒とほとんど話すこともなく、授業中も表情があまりありませんでした。
ところが、わかるようになるにしたがって、徐々に顔の表情が明るくなってきました。
塾内の月例テストの成績も大きく伸びてきました。
W君の学校は、ほかの中学校より一足遅く、明後日から前期中間テストが始まります。
彼がテスト対策の補習に来始めたのは、1週間少し前からです。土曜日も日曜日も毎回欠かさず来るようになり、自分からプリントを要求したり、質問したり、熱心に勉強に取り組むようになりました。
そのような彼に私は言いました。
「W君、勉強がわかり始めてきて、楽しくなってきたんでしょう」
彼はにっこり笑って答えました。
「うん。そんな感じ」


このブログにこれまでにも何度か書いてきましたが、勉強とは決してつまらないもの、苦痛なものではありません。
わからないからつまらない、苦痛なだけです。
わかるようになれば、誰でも楽しくなってきます。


もう十数年も前の生徒ですが、塾には遅刻してきて、授業中は寝ていて、そのうえ早退する子がいました。
生徒と親と三者面談を何度もしても効果がありません。
お母さんは、家でしょっちゅう子どもと喧嘩をしているそうで、ときには馬乗りになって子どもを殴ることもある、と言っていました。
いつ塾を辞めても不思議でない生徒でしたが、親に言われて仕方なく塾に来ているという感じでした。
この子が笑っているのを見たことはありませんでした。まったく無表情でした。
ところが、中3の夏休みの始まる少し前、ちょうど今時分ですが、この生徒が私にボソッと言いました。
「先生、俺〇〇高校に行けるかなぁ...」
「今からでも頑張ればもちろん行けるよ」
「でも学校の先生は△△高校ですら無理って言ってるんだ」
「いや。賭けてもいいよ。君が今から本気を出して頑張るなら、必ず〇〇高校に行ける!」
その次の日から彼の授業態度が変わりました。
初めて私の目を見て授業を受けるようになりました。
さらに、私の寒いジョークにも笑ってくれるようになったのです。
遅刻も、授業中の居眠りも早退もなくなりました。
夏期講習は1日も欠席することなく、どの授業も真剣に受けるようになりました。
彼の成績がみるみる上がってきたのは言うまでもありません。
表情がどんどん明るくなってきて、ほかの先生たちとも話すようになってきました。
そして入試を迎えました。内申点が悪かったので、学校の進路相談では絶対に無理と言われていたのですが、彼はどうしても〇〇高校に行きたい、と言って受験しました。
そして見事合格!合格の挨拶に来られたとき、ニコニコしている本人の横で、お母さんは泣いていらっしゃいました。
その後、念願の高校に通い始めた彼と何度かバス送迎の途中会いました。
彼はそのたびに、自転車を止めて大きな笑顔で私に手を振ってくれていました。
ときどき彼のことを思い出し、今頃どうしているのかな、と考えます。
志望校に合格したのが彼にとって大きな自信になったのは間違いありません。
きっと社会人として頑張っていることでしょう。


人はチャレンジ精神で困難に立ち向かっているとき、美しいです。
そして、わかるようになり、できるようになってくると、楽しくなり、顔が輝いてきます。


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敵は本能寺になし?

2009.06.28日

明智光秀は、主君の織田信長より備中の毛利を攻めるように命じられていましたが、光秀の軍勢は討つべき敵は本能寺にいる信長である、として急に進路を変えて本能寺に向かい、信長を襲って自害に追いやります。
「敵は本能寺にあり」は、このとき明智光秀が発したとされる言葉で、今日もよく引き合いに出される有名な言葉です。


ハニカミ王子こと石川遼選手が、昨日のミズノオープンよみうりクラシック第3日で、2位スタートから5バーディ、1ボギーで、2位に3打差の通算14アンダーで単独トップに立った、と今日の新聞に報じられていました。
そして、今日の最終日を迎えるに当たり石川遼選手が言った言葉は、
「戦うのは相手じゃなく、自分自身」
でした。
明智光秀の「敵は本能寺にあり」を塗り替えるまさに歴史的な言葉だと思いました。
果たして、今日16番で劇的なイーグルを奪うなどして劣勢を盛り返して初優勝。全英オープン選手権出場を決めました。日本選手としては最年少出場といいます。


今の競争社会において、多くの人が敵は周りにいる同僚や級友、仲間だと思い、いかにしてこれらの競争相手に勝つか、ということを考えています。
しかし、「敵は本能寺になし」。
遼君の言うとおり「敵は自分自身」なのです。


私たちもこの新しいことわざ「敵は自分のうちにあり」を肝に銘じるべきだと思います。
学業においても、部活においても、仕事においても、そして人生においても一番の敵は常に自分自身です。
自分に打ち勝つことができるなら、自然と相手に打ち勝つことになります。


遼君、おめでとう!そして、ありがとう!
同じスピリットで、ぜひとも大きな夢をかなえてください。


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老いの達人

2009.06.27日

昨日はポップ界の王様、マイケル・ジャクソンさんの急死とアメリカの国民的人気女優、ファラ・フォーセットさんの死亡がニュースで伝えられました。
マイケル・ジャクソンさんは50歳、あまりにも早すぎる死でした。原因究明に6〜8週間かかるということですが、鎮痛剤の多用や数十回におよぶ整形手術の感染症の疑いも出ています。
ファラ・フォーセットさんは62歳。ニュースで報じられる写真はいずれも若い頃のもので美しい彼女の早い死が悼まれます。


そういえば、ロック界の王様、エルビス・プレスリーは42歳で、日本を代表した俳優、石原裕次郎さんと女優・歌手の美空ひばりさんも52歳の若さで亡くなっています。
酒とかタバコ、栄養のかたより、短すぎる睡眠時間、過労等など、不摂生によるところも大きいのでしょう。


一方、同じ昨日の読売新聞18面には「医療ルネッサンス 老いの達人  102歳 世界回って講演」という記事が載っていました。
福岡市の昇地三郎さんは102歳、8月には103歳を迎えます。
「長生きすればいいことがある」「99歳までは助走。100歳からが本番です」
沖縄で800人の聴衆を前に1時間半、熱く語ったそうです。
その前日、ホテルで対談した米国の長寿研究家で心理学博士のレオナルド・プーンさんは、
「これまで100歳以上の人をたくさん見てきたが、これほど活動的な人に出会ったのは初めて」
と語っています。


昇地さんは、ふたりの脳性小児麻痺のお子さんを持ったことから48歳のときに知的障がい児通園施設を創立し、50歳からは研究などで海外に出かけるようになったそうです。
99歳だった2005年に世界講演旅行を始め、昨年まで4年連続で35カ国64都市を回ったとのこと。
海外に行く前には、必ずその国の言葉を勉強するそうで、英語、ドイツ語をはじめ、65歳から韓国語、95歳から中国語、100歳からロシア語。毎朝、中国語のラジオ講座で勉強し、101歳から始めたポルトガル語で日記もつけている、といいます。


前述のプーン博士は、「長寿に関する家系・遺伝の要素は3割。残りの7割は、本人の努力、生活態度や周囲の環境、支えが影響する」と言っています。


7〜8年も続いている五十肩の左肩の痛みが以前より少しましになってきた、あと少しかなと思っていた矢先、3日前から今度は右肩が急に痛くなり始めました。
しかし、こんなことは言ってられません。
私もかつて、学生時代にフランス語、スペイン語のほかに、中国語、韓国語、ドイツ語、ロシア語、ポーランド語、タガログ語、ヘブル語、ギリシャ語、エスペラント語を少し勉強したことがありますが、今の忙しさが一段落したらまた外国語の学習にチャレンジしようと思いました。


昨日のふたりの死のニュースと老いの達人の記事を読んで、私ももっともっと頑張ろう、身体だけでなく、霊も心も頭脳も生涯現役を目指そうと思った次第です。


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Win-Win の関係

2009.06.26日

「早起きは三文の得」というのを英語で
"The early bird catches the worm."
(早起きの鳥は虫を獲る)
と言います。


次はアメリカでのジョークです。
遅寝、遅起きで夜中に遊び歩く息子に父親が説教して言います。
「早起きの鳥は虫を獲る」って言うだろう?
すると息子が父親に尋ねます。
「じゃあ、鳥に食べられてしまう虫はどうなの? 早起きするから鳥に食べられるんじゃないの?」
すかさず父親が答えます。
「よく聞きなさい。この鳥に獲られる虫は早起きしたんじゃないんだよ。夜通し遊んでいて、朝帰りする途中だったんだ」


なるほど。ものは言い様です。
上の英語のジョークを日本語に翻訳するときに、"The early bird catches the worm." を「早起きは三文の得」と言ってしまうと、このジョークは相手に通じません。


確かに、世の中を見回すと、一方で得する人がいれば、他方で損をする人がいます。
いつもそうと言うわけではありませんが、そのようなケースが多いようです。
でも、知恵を用いると、両者とも得をすることもあります。
これを英語で Win-Win の関係と言います。

いくら自分が正しいと思っていても、それを相手に主張することによって角が立つようであれば、結果的には自分も傷つき、損をすることになります。
人は元来自己中心なので、自分が折れることは好ましく思わないものです。
しかし、「負けるが勝ち」という言葉があるように、言いたいことをあるときには呑み込むことによって、相手の気分を害することをせず、自分も傷つかず、良好な人間関係が築けるということがよくあります。
これもある意味 Win-Win の関係です。


私たちは毎日、一瞬一瞬、絶え間なくAかBかという選択を迫られています。
このようなときに、賢明な選択をすると、良い結果がついてきます。
感情に振り回されるのではなく、できる限り理性的に、相手にとっても、自分にとっても益となるような選択をしようではありませんか。


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日々リセットの大切さ

2009.06.25日

今日の読売新聞夕刊2面に「気持ち 日々リセット」という記事が載っていました。
この中でジャイアンツの原監督が、指揮官にとって最も大切な試合前の準備とは何か、という問いに対して、
「毎日リセットして、ニュートラルな状態で試合に入ること」と答えています。
「2位と6ゲーム差に広がっても、貯金が19に増えても、『それは過去』と取り合わなかった。勝ち負けに一喜一憂せず、傾向と対策を尽くして次戦に挑む」


6月7日のブログ「過去を振り返らない」でも原監督の同じ言葉を引用しました。
勝っても負けても、「それは過去」と言って、気持ちを毎日リセットする、これは大切な心構えです。


これは何もスポーツなどの勝負事に限ったことではありません。
勉強においてもリセットは大切です。
中間テストが終わって、「できた」、「できなかった」と言って一喜一憂するのは、テストの目的から言っても愚の骨頂です。
「できた」と言っている人は油断してしまって、次回のテストで落ちることになります。
「できなかった」と言って腐っていると、ますますやる気をなくし、これからのテストにも悪影響を及ぼします。
できた人は、「勝って兜の緒を締め」てリセット、できなかった人は、なぜできなかったのか、どこができなかったのか、ということをしっかりと反省してリセットしなければなりません。
受験においても、志望校に合格できても合格できなかったとしても、それで人生が決まるわけではありません。合格はゴールではなくスタートです。合格できなかった人は、現実を潔く受け入れて、リセットし、新しいスタートを切らなければなりません。


人間関係においてもしかり。
仲が悪くても、たとえ喧嘩してもリセットして、新しい関係を築くよう努めることが大切です。


自分に自信のある人も、自信のない人も、過去を引きずっていてはいけません。
あるのはただ「過去の自分」だけです。「今の自分」はもうすでに「過去の自分」です。
この世の中、何ひとつ変化しないものはありません。自分を含め、すべてのものは絶えず変化しています。
原監督の言うように、「連勝していても、連敗していても、それは過去のこと」です。


日々、考えをリセットして将来に向けて新しいステップを踏み出しましょう。


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はげの女神?

2009.06.24日

女神というと、ヴィーナスのような美人を想像するのですが、実ははげの女神がいるのです。


ローマ神話に登場する、フォルトゥナ(Fortuna)は、豊穣多産の女神。英語の Fortune (幸運)の語源です。このフォルトゥナがギリシャ神話のテュケー (Tyche) と同一視され、運命の女神とされるようになります。


さて、ギリシャ神話には概念の異なるふたりの 「時の神」が存在しました。計ることのできる、流れる 「時間」 を意味する「クロノス」(Chronos) と、一瞬の「時」を意味する「カイロス」(Kairos)です。
カイロスは、頭にひとつかみの前髪だけが生えていて、肩とかかとに翼を持っています。
一瞬にして目の前を走り抜ける「カイロス」 を捕まえるには前髪をつかむしかありません。通り過ぎた後を追いかけても、後ろ髪がないので捕まえられません。すなわち、「チャンス」を失うことになるわけです。


レオナルド・ダ・ヴィンチは、このカイロスとテュケーをおそらく意図的に合体させて、「幸運の女神の前髪」説を作り上げたと言われています。
かくして、前髪だけがあって後ろ髪のない「はげの女神」が誕生するわけです。


なぜこのような話をしたかと言うと、チャンスはあっという間に目の前を通り過ぎていき、そのときに手を伸ばしてつかまないと、するっと逃げていくということを、この「はげの女神」が教えているからです。
今、読んでいる『天才 成功する人々の法則』の中に、このチャンスのことが書かれています。
すなわち、天才といわれる人たちは決まって、生まれた時代や場所などが恵まれた環境にあって、素晴らしいチャンスが与えられていた、というのです。
私もそのとおりだと思います。


しかし、ひとつ見落としてはならないのは、同じ時代、同じ場所にいても、そのチャンスをものにしたのはごく一部の人で、その他の大多数の人たちはチャンスの存在すら気づいていないということです。
チャンスをものにするのは、環境にもよりますが、結局のところ本人の意思です。


私の場合、幼少の頃から将来は英語ができるようになりたい、という熱い思いがあったので、そのためには何でもやろう、と心に決めていました。
大学在学中は、キャンパスで見かける外国人講師にはほとんどみんなこちらから声をかけて、知り合いになりました。
中にはポーランド人やポルトガル人もいましたが、そのときはその人たちからポーランド語やポルトガル語も学びました。
アメリカ人やイギリス人の講師とは友達になり、毎週家に遊びに行ったり、家に泊めてもらったり、一緒に食事に行ったり、旅行に行ったりもしました。
このような貪欲さが功を奏して、英語ができるようになりました。
同じ環境の下にいたほかの学生達はこのチャンスをものにしませんでした。あるいは、そのような欲がなかったのか、チャンスの存在に気づかなかったのか...。


つまり、時代や場所を越えて、チャンスはいつでも周りにあるということです。ちょっと気をつけて辺りを見回せばいくらでも見つかります。
それをものにするかどうかは、あなた次第です。


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練習の成果

2009.06.23日

ここしばらく毎日のように練習の大切さをこのブログで訴えてきました。
授業時間中も、生徒に教えているときに、
「覚えることがたくさんあるけど、どうやったら覚えられると思う?」
と尋ねると、戻ってくる答えは決まって、
「練習」「繰り返し」
です。
「そのとおり。完璧に覚えなければ点数は取れない。完璧に身につけるためには、君たちの部活と一緒で、繰り返ししかない」
と教えます。
1万時間の話もしました。
みんな納得します。
それで、みんな言われたとおりに「練習」「繰り返し」をするかと言えば、パレートの法則じゃないですが、やるのは大体20%。残りの80%は、「分かっちゃいるけど」やりません。
やったら必ず結果がついてくるのに、と思うのですが、「言うは易く行なうは難し」。
そこで、練習がどれほど大きな成果を上げるかを、ここにその見本を示したいと思います。


私の長男、直人は高校生の頃、よく自分の部屋で大きな声で歌を歌っていました。
階下で聞いていて、正直なところ、近所迷惑じゃないか、と思うぐらい音痴でした。
音痴の私にそのようなことを言う資格はありませんが、素人耳にも直人の歌を聞いていて音痴ということはよくわかりました。「奇声を発している」と言ったほうがより正確かもしれません。


アメリカ留学中の直人から先日、メールが届き、6月6日にコンサートをやったので見て欲しい、と言ってきました。そこに貼りつけられていたYouTubeの動画がこれです。



やはり私は素人なので、この直人の歌がどれくらいうまいのかよくはわかりません。
プロから見れば、まだまだ、あるいは全然だめなのかも知れません。
しかし、少なくとも素人耳にはそこそこうまく聞こえます。
とくに、高校生の頃の彼の歌を聞いていた者にとっては、驚き以外の何物でもありません。
いつの間にこんなに歌えるようになったのか?
答えはやはり「練習」です。「繰り返し」です。
でも、練習時間はおそらくまだまだ1万時間にはほど遠く、この調子ではもちろんプロにはなれないのでしょう。本人もプロになるとは思っていないでしょうが。
昨日のブログにも書いたように、プロになれなくても、ならなくてもいいのです。
練習してきたことは決して無駄にはなりません。
趣味でもいいのです。
もしプロを目指すなら、ポール・ポッツさんのように、夢をあきらめずに練習し続ければいいのです。


「練習の成果」はあなたもあげることができます。どのような分野であれ。


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プロになる必要あるの?

2009.06.22日

今日の読売新聞15面に載っている記事「まず好きになること」を紹介します。映画字幕翻訳者 戸田奈津子さんのインタビュー記事です。


「英語を習得するコツは何ですか―。間髪を入れずに答が返ってきた。『まず好きになることです』
戦後間もない小学5年生の頃、掘っ立て小屋の映画館で父親に肩車されて初めてスクリーンを見た。大きな家、庭のプール、自家用車、豪勢な食卓……。『夢のような世界』を目の当たりにし、外国映画と英語のとりこになった。
大学卒業後、当時まだ『男社会』だった字幕の世界に飛び込んだのは、そこに大好きな2つの接点を見出したからだった。だが、字幕デビューまでに10年、フランシス・コッポラ監督『地獄の黙示録』でブレイクするまでにさらに10年かかった。その後は年間50本をこなす売れっ子に。『字幕 戸田奈津子』のクレジットは、映画ファンならずともおなじみになった。
英語への情熱で自信を支えてきた経験があるから、英語学習者への励ましも熱を帯びる。『好きなもの得意なものを大切にして、努力を続けること。それが英語ならどこでも勉強できる。人生に成功のマニュアルはないんだから』」


私はこれまでにもブログで「好きこそ物の上手なれ」「引き寄せの法則 2」「学問に王道あり!?」などで<好きこそ物の上手なれ>の大切さを繰り返し述べてきました。


果たして、字幕翻訳家の戸田奈津子さんが同じことを言っています。また、戸田さんも「1万時間の壁」をはるかに超える訓練を下積みしてきた結果、今日があるということを証明しています。


確かに、プロになるためには1万時間の壁を超えなければなりません。
しかし、みんながプロになる必要はあるのでしょうか?
答えはもちろん「ノー」です。
それぞれの分野で、1万時間の壁を突破できなくてプロにならない人は大勢います。というより、むしろ大多数の人はプロにはなりません。
その人たちは敗者でしょうか?
決してそうではありません。


私もアメリカ留学時代、通訳や翻訳の仕事をたくさんしました。
しかし、今日、通訳や翻訳の仕事を本業としていません。
人にはそれぞれ自分の生き方があります。
1万時間に達しなくて、その道でプロになれなくても、やってきたことが無駄になることは決してありません。
それを趣味にするのも良し、地域の少年〇〇クラブのコーチになるのも良し、それぞれその持ち場立場でできる最善のことをする、それはある意味やはり「プロ」です。このような生き方もあるのです。
スポーツにしても、楽器にしても、勉強にしても、やってきたことすべてがその人を形成し、それがその人の人生で必ず役立ちます。


「人生の成功のマニュアル」はあります。
それは、たとえ何であれ、好きなこと、得意なことをコツコツ努力し続けること、そしてそれを活かすことです。


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父の日

2009.06.21日

「舟田、明日は何の日だ?」
6月のある土曜日のホームルームの時間でした。
突然、担任のY先生が私に尋ねました。
私は心臓がドキドキし始めました。
「えっ!? なんで? なんで? ...なんで先生知ってるの?」
私は勇気をふるって震える声で答えました。
「明日はぼくの誕生日です...」
クラスは一瞬静まり返ったかと思うと、次の瞬間大爆笑になりました。
私は何のことかさっぱりわからずきょとんとしていました。
Y先生があきれ返って言いました。
「お前、明日は父の日だぞ」
みんなから笑われて、私は顔から火が出るほど真っ赤になりました。
中学2年のときのことです。
私はこのときまで「父の日」の存在すら知りませんでした。そんなぼんくらでした。


今日は父の日です。
何年かに1回、父の日と私の誕生日が重なります。
もともと父の日だから、誕生日だから、といってプレゼントとか特別なことは何もしない我が家のやり方なので、別に何も感じません。
ただ、歳を取るにしたがって正直、誕生日はあまりありがたくありません。
子どもの頃、誕生日がきて1つずつ歳を取っていくのが楽しみだったのがうそのようです。
でも、別の面で誕生日を感謝する心がいつしか生れてきました。
それは、この1年間も無事守られた、成熟することができた、素敵な家族ややりがいのある仕事が与えられていて感謝だ、というような気持ちです。


昨夜、というか、日が替わった真夜中のことですが、娘が
「パパ、お誕生日おめでとう」
とひとこと言ってくれました。やはり嬉しかったです。


今日は「父の日」ということもあって、一昨日から我が家を訪問して、昨日のディズニーランド遠足に参加してくれた妹と甥っ子と一緒に、老人ホームにいる父を訪ねました。
父がすっかり年老いて、認知症のため私たちのことがまったく分からなくなっているのを見て、甥はとても驚き、言葉を失いました。
妹も私も何度も涙しました。
訪問するたびに本当に辛いです。
昔の元気な頃の父のイメージがあまりにも強くて。
でも、これが人生なのですね。


地球上の動物の中で、年老いた親の世話を子どもがして看取るのは人間だけだそうです。
これは実に神の智恵にかなった、私たちへの配慮だと思います。
普通、動物は自分の子どもを産み、子孫を残したことを知ると、自らの役目を果たしたということで死んでいくのですが、私たち人間は親子、孫まで3代、場合によってはひ孫まで4代にわたって共に生き、子ども、孫、ひ孫が年寄りをいたわり、助けていく、というのは実に素晴らしいことだと思います。
私の家庭も妹の家庭も事情があって父と同居できず、直接世話をすることもなく、施設の人たちにお任せしていて本当に申し訳なく思っているのですが、それでもやはり年代の若い者が年寄りの面倒を見るというのは同様にすごいことです。


今日、誕生日と父の日を同時に迎えて、この世に生を与えてくれて、さらに愛情をかけて育ててくれた父に感謝するとともに、神の愛も強く感じて感謝した次第です。


と、ここまで書いたとき、本城先生が
「学院長、すみません。A教室の窓がちょっと変なんです。見に来てもらえませんか?」
と言うので、教室に行ってドアを開けると、いきなり拍手の音とともに「ハッピーバースデー」の歌が耳に飛び込んできました。暗い部屋の中に何と高1・高2の卒塾生たちと先生たちが集まっていて、真ん中にロウソクをつけたバースデーケーキが。
「お誕生日おめでとうございます!」
私は一瞬、心臓が止まるかと思ったほど、見事にサプライズパーティにはめられてしまいました。
しばらくポカンとしていて、ロウソクの火を吹き消すと、感激で涙があふれてきました。
そして、誕生プレゼントと言って素敵なネクタイをいただきました。


birthday2009a.jpg
早速、プレゼントされたネクタイをして、みんなで記念撮影。


これほど感激した誕生日は生まれて初めてでした。
父の日と誕生日が重なった今日は2回泣かされました。
先生方、卒塾生のみんな、そしてお父さん、本当にありがとう!


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ディズニーランド遠足

2009.06.20日

今日はディズニーランド遠足の日でした。
アカデミーの遠足は最初の頃は小学生を対象にしたもので、近くの湘南平のアスレチックや平塚総合公園、隣の二宮町の吾妻山公園、小田原城址公園などに始まったのですが、そのうち横浜のズーラシア、八景島シーパラダイスと少しずつ足を伸ばし、最終的にディズニーランドに落ち着きました。
昨日のブログにも登場した小6のM君は、小学2年生時から毎年ずっとこのディズニーランド遠足に参加しています。
ディズニーシーにも1度行きましたが、やはり子どもたちの間での人気はディズニーランドです。


ディズニーランドの魅力はもちろん乗り物やアトラクションにもありますが、それだけでなく、園内のレストランやフードスタンドなどの品質、さらに従業員の徹底されたサービス精神など、学ぶべきことは本当にたくさんあります。
この不景気な時代にディズニーランドがひとり勝ちしているというのもうなずけます。


今回は、小学生が6名と、かつてなく少ない参加者でしたが、代わりに中学生と高校生が31名、講師が5名、我々を含め総勢45名という大所帯でした(これまでの最高は60数名で、副学院長とふたりでの引率は本当に大変でした)。
残念ながら風邪の人がひとりと、寝坊して参加できなかった人がひとりいましたが、参加した人はみんな大満足の1日でした。


disneyland1.jpg


disneyland2.jpg


私たちはいつものように小学生の保護者役で、生徒のために園内端から端まで歩いてファーストパスを取ったり、炎天下長い行列を並んだり、お土産の運び屋をやったり、とディズニーランドの精神に習ってサービスに徹しました。


ディズニーランドの良さは一口では語れませんが、その大半がリーピート客というだけあって、確かにあらゆる年齢層の人たちを魅了して、飽きさせません。うちの生徒の中にも、1年に何度も行くという子がいるぐらいです。
このように人を惹きつけるところを私はほかに知りません。
ディズニーランドから学ぶことは本当にたくさんあります。


かつてディズニー・ワールドがフロリダに誕生したとき、ウォルト・ディズニーのお兄さんにある人がお祝いの言葉を贈ったときに言ったそうです。
「ウォルトがこのディズニーワールドを見ることができなくて残念でしたね」
すると兄が答えました。
「弟がディズニー・ワールドを見なかったですって?とんでもない。弟が夢の中で見ていたから、今日このようにディズニー・ワールドが誕生したのですよ」


ディズニーのメッセージ、それは「夢は必ずかなう」です。


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1万時間の壁

2009.06.19日

今日は送迎バスの中で、M君が一緒に乗っていた友達にPSPでディズニーランドの動画を見せていろいろ説明していました。
明日のディズニーランド遠足で自分の乗る乗り物などをあらかじめパソコンからダウンロードして、見せていたのです。
これまでにも、「クレヨン新ちゃん」や「ドラえもん」などをやはりPSPに入れて、友達と一緒にバスの中で何度も見ています。
私がM君に、どのようにしてPSPに入れたの?と尋ねると、
パソコンのYouTubeからダウンロードして、PSPで見られるようにファイル交換ソフトを使って変換して、それをメモリースティックに入れて、PSPで見ていると言います。
隣に座っていたA君は「...」。
誰かに教えてもらってやっているの、と尋ねたところ、ホームページで調べて全部自分でやっているとのことです。
「M君はきっと将来、パソコン関係の仕事か、ソフト開発か、そのような仕事につくんじゃないの?」と言うと、M君はとても嬉しそうな顔をしていました。


今読んでいる『天才 成功する人々の法則』の中に、ビル・ゲイツがやはり中学・高校時代からコンピュータ漬けになっていたと記されています。
そして、彼がハーバード大学を2年で中退し、自分のソフトウェア会社に全力を注ぎはじめたときには、7年間ぶっ続けでプログラムの開発に取り組んでいて、その頃までにとっくに1万時間を超えていたといいます。


ビートルズも初めは下手なグループだったらしい。クラブのライブを1日にぶっ続けで8時間も演奏していて、その演奏時間がやはり1万時間を超えた頃、プロデビューしているといいます。


音楽家、スポーツ選手など様々な分野を調べていくと、いわゆる「生まれつきの天才」というのは存在せず、みんな例外なくとてつもない時間を練習・訓練に費やしているのです。
「1万時間より短い時間で、真に世界的なレベルに達した例を見つけた調査はない」とこの本には書かれています。


今晩、テレビ東京の「世界を変える日本人」で取り上げられた「神の手」と呼ばれる脳外科医福島孝徳さんもやはり「人の2倍も、4倍も練習してきた」と言っていました。


「1万時間の壁」
これは確かに大変な時間です。
しかし、これだけやるなら、ほとんど誰でも天才の領域に達することができるということは、生まれた環境や遺伝にとらわれる必要がないということで、これは誰にとっても福音です。


あなたも1万時間にチャレンジしませんか?


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あなたも天才!

2009.06.18日

5月19日のブログに「サヴァン症候群 天才か?」という記事を書きました。少し長い記事ですが、まだ読んでいない人はぜひ読んでください。あなたの人生が変わるかもしれません。
さて、この記事の中に、「人間の脳は世界最高のスーパーコンピュータよりもはるかに優れている」と書きました。
しかし、そんなこと言っても信じる人はほとんどいないことでしょう。
ところが、今読んでいる『アインシュタインファクター』(6月19日のブログ「天才はつくられる」で紹介)の中に次のような箇所がありました。以下に引用します。
「数学者のジョン・フォン・ノイマンの計算では、人間の脳は280,000,000,000,000,000,000ビットのメモリーを保存できるとしており、さらに、最近ではこれよりもっと新しい次のようなデータが報告されています。脳の作業速度は100から最高では100,000テラフロップ(1テラフロップはコンピュータの処理速度である1フロップの1兆分に当たる)だというのです。世界最新のスーパー・コンピュータCM-5の速度は100ギガフロップ、または100ビリオンフロップですから、頭脳とコンピュータを比べると10の17乗対10の11乗フロップで、頭脳の勝ちということになります」


さらに続けて、次のように書いてあります。
「私たちの脳はこんなにもすごいコンピュータがあるのに、計算機に頼らず2桁の割り算をやすやすとできる人はそう多くはいません。また、『ニューヨーク・タイムズ』に載っているクロスワード・パズルを解いたり、先週の水曜日の夕食に何を食べたかを覚えているとなると、さらに難しいのです。
こう考えてみると、私たちの多くは頭脳をフルに活用していないことがよくわかります。あの偉大なモーツァルト、アインシュタイン、ダ・ヴィンチは、私たちよりもはるかに頭脳を効率よく使っていましたが、それにしてもそのうちのごくわずかしか活用していなかったという証明さえあります」 (同書p.14より)


先に挙げた「サヴァン症候群 天才か?」の中に私は次のように書きました。
「20世紀最大の科学者、アインシュタインが生きている間に活用したのは、脳のわずか30%だったとかよく言われますが、これは俗説で、人によっては10%だと言ったり、15%だと言ったりで、まったく根拠のない数字です。
しかし、かのアインシュタインでさえ自らの持てる能力すべてを活用したわけでないというのは疑いようのない事実で、そうであるならばましてや我々凡人の活用している脳など確かにほんの数%に過ぎないことでしょう」


私たちは「勉強はつまらないもの」「勉強は苦痛だ」という先入観を植えつけられているため、内にすごい才能を持っているにもかかわらず、ほとんど訓練しないままの状態で、宝の持ちぐされになっているのです。何ともったいないことでしょう。
この事実に気づいた人たちが、普通の人たちよりも少し勉強して頭が良くなり、さらにもっと勉強した人たちが社会で活躍して、色々なものを作ったり、発明したり、発見したりして、そのうちの一部の人たちがノーベル賞を取っているのです。


そうです。天才はつくられるのです。
あなたも天才の素質を内に秘めているのです。
これを知ると知らないとでは、人生は180度変わってきます。


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あなたの大切なものは?

2009.06.17日

中学1年の英語教科書 NEW CROWN の LET'S READ 1 に次のような箇所があります。
"My name is Geraldo.
I am from Mexico.
What do you treasure?
I treasure my school."
「ぼくの名前はジェラルドです。
ぼくはメキシコの出身です。
あなたは何を大切にしていますか?
ぼくは学校を大切にしています」


"treasure" という言葉はもともと「宝物」という意味です。
ここでは動詞で使っているので、「宝物にする」とか「大切にする」という意味になります。


メキシコの少年、ジェラルドの宝物は「学校」です。
TVで外国を紹介する報道番組などを見ていると、子どもたちが「学校に行きたい、行きたい」と言っています。
学校に行きたくても行けない子どもたちが世界にはたくさんいます。
アフリカや東南アジア、中東、中南米などの国々では、子どもたちは勉強することに飢えています。
掘っ立て小屋、あるいは青空教室の学校で、子どもたちは目を輝かせて、一生懸命勉強しています。
日本から贈られたランドセルやノート、鉛筆などがこれらの国々ではとても感謝して使われています。
一般的に言って、発展途上国ほどこのような傾向が強いです。
これに対して日本やアメリカ、ヨーロッパの国々など、成熟した経済環境にある国では勉強に対する意欲が低い傾向があります。


聖書に次のような言葉があります。
「天に、宝をたくわえなさい。 あなたの宝のある所には、心もあるからである」 (マタイの福音書6:20,21)
つまり、誰でも自分の大切なもの、宝物があるところに、常に自分の心が向かっている(常に頭の中で考えている)ということです。


冒頭のメキシコのジェラルド君は「学校が大切なもの」と言っていますが、彼の心の中に学校が大きな割合を占めているのです。学校が好き、学校が楽しい、学校が生活の中心みたいな感じです。


日本の小学生、中学生、高校生はどうでしょうか?
学校が宝物になっているでしょうか?
甚だ疑わしいです。
なぜでしょうか?
日本の生徒、学生は、勉強をしなければならないもの、強制されてやらされている、というふうに思っているからではないでしょうか?


これに対して、わがアカデミー学院の多くの生徒が、また卒塾生がアカデミーを「宝物」にしてくれているのを私は本当に嬉しく思っています。(このウェブサイトの「塾生・卒塾生の声」を参照)
今週の土曜日は毎年恒例のディズニーランド遠足ですが、今年は初めて今春卒塾した高校生も大勢参加します。講師も6名参加します。きっとみんなで楽しいときを過ごせることと今から楽しみにしています。


あなたの「宝物」「大切にしているもの」は何ですか?
あなたの宝のあるところに、あなたの心もありますよ。


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正直者はバカを見る?

2009.06.16日

先日、中学1年生のクラスで、英語の月例テストを返却して、答え合わせと解説をしていたときのことです。
Sさんが手を挙げて大きな声で言いました。
「先生、私の答え間違っているのに◯がついています!」
私はまじまじとSさんの顔を見て言いました。
「あなたは正直です。正直者には金の斧を上げます。間違ってつけた点はプレゼントです」


これはご存じ、イソップ物語の「金の斧と銀の斧」をもじって言ったものです。
私はこのような正直な子が大好きです。


実は私にはとても苦い思い出があります。
小学4年生のときのことです。
住んでいた家のそばに教育大学付属小学校がありました。夏休みにほんの1週間ほどでしたが、近所の子を集めて無料のサマースクール(夏期講習)がそこで開かれました。教育大学の学生が実習で教えるわけです。
当時は塾などはなく、サマースクールがどのようなものかもわからないまま、私は親の許可をもらって通うことにしました。
この頃の私は勉強はあまりできませんでした。というか、全然勉強をしていませんでした。できなくて当たり前です。
そんな子が行ったのですから、正直大変でした。
そして、サマースクールの最後の日にテストがありました。
このときも勉強していなかったので、あまりできませんでした。
テストが返ってきたとき、点数を少しでも上げたくて、間違っていた漢字に棒を1本足して正しい漢字にして、先生に言いました。
「先生、この答え合っているのにバツになっているよ」
すると先生が言いました。
「舟田君。先生はあなたの間違いをちゃんと覚えているよ。あなた自分の答えを直したでしょう」
顔が真っ赤になりました。先生がそこまで見ていたとは考えてもいませんでした。
私はその若い、優しい女性の先生が大好きだったのですが、最後の日に大変なことをしてしまいました。
本当に、穴があったら入りたい、とはこのことです。
その先生の名前も、悲しそうな顔も今でもはっきりと覚えています。
そして、その後ずっとこの思い出が心の傷となって残っているのです。
このことはこれまで誰にも話したことがありませんでした。あまりにも恥ずかしい話なので。


ですから、中1のSさんのように勇気を持って正直に言ってくれる子がいたら、本当にうれしくなります。


アメリカに留学していたとき、スーパーで食料品を買ってレジでお金を払ったところ、レジの人が10ドル札を20ドル札と間違って、払ったよりもたくさんのお釣りをくれました。
あわててレジの人に間違いを指摘して、余分にもらったお金を返したところ、その人は
"Oh, my God! Oh, my God!"
「まあ、なんてことでしょう!」
と言いながら、両手で頭を抱えて、信じられないという顔をしていました。
あまりに気が動転していたので、私にお礼を言うのさえ忘れていました。
もし黙っていたら、私は10ドル(当時のお金で多分2000円ぐらい)儲けていました。
そして、そのレジの人はあとで、自分の間違った分を店に弁償しなければならなかったことでしょう。


「正直者はバカを見る」とよく言います。
確かに、表面的に見るならそのようなことはよくあります。
先ほどのSさんは正直に自分の間違いを言ったために、テストの点数が下がって損をしていたかも知れません。
レジの人の間違った余分のお釣りをそのままもらっていたら、私は得をしていたかも知れません。
でも、大切なことを見失ってしまいます。
正直に言って、たとえ点数が少し下がったとしても、そんなことは何の意味もありません。
むしろ、小学4年のときの私のように、うそを言って恥をかくほうがよっぽど損です。(金の斧・銀の斧の物語に出てくる欲張りなきこりのように)
お釣りを余分に受け取っていて、あとで良心の呵責を感じるようなら、正直に返すほうがよっぽど自分のためです。


正直者はバカを見ません。絶対得をします。
Sさん、ありがとう。


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天才はつくられる

2009.06.15日

私たちは天才とは生まれつきのものだと思い込んでいます。
頭のいい人を見ると、「あの人は天才だから」と言います。
そして、「私は凡人だから...」「私は頭は良くないから...」と言います。


私はこのブログでこれまで何度も、「人間はみんなものすごい能力を持って生れてきている。みんな天才の要素を持っている。あとはそれをいかにして引き伸ばすか、そのためには時間が必要だ」ということを繰り返してきましたが、最近出会った2冊の本が私の持論の正しいことを証明してくれています。
1冊は『天才 成功する人々の法則』で、もう1冊は『アインシュタインファクター』です。


いずれの本もつい最近出たばかりで、数多くの例を引いて傍証している科学的な本です。
2冊の本を同時進行で読んでいますが、これは教師、教師を目指す人、子育て中の人の必読書だと思います。
これらの本の中に書かれている根本的な考え方を知っているのと知らないのとでは、生徒・子どもに対する接し方、教育に対する考え方、取り組み方、姿勢が180度変わってきます。
読んでいて、一つひとつ納得のいくことばかりで、「私の言いたかったことはまさにこれだ!」と思わず叫びたくなるぐらい、私は今興奮しています。いずれも私の考えを見事に代弁してくれています。


本の中に書かれていることは、これからのブログの中でも追々ご紹介していきますが、ぜひ皆さんにも一読をお勧めします。
子育て観、人生観、教育観ががらっと変わってしまいます。


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宇宙船「地球号」

2009.06.14日

宇宙航空研究開発機構は6月11日、2007年9月14日の打ち上げ以来、17か月余りにわたり月の全球を観測した月周回衛星「かぐや」を月に制御落下させた、と発表しました。
TVのニュースでは、宇宙航空研究開発機構の職員達が手をたたいて、落下の成功を祝っていました。
確かに、月に関する貴重な観測データを数多く地球に送り、素晴らしい成果を上げました。
しかし、衛星を「かぐや」と命名して、「かぐや姫 月に帰る」というニュースの見出しには、何か人間のエゴのようなものを感じてしまいます。
たとえ名前は「かぐや」でも、もともと月のものではなく、人間が月に持って行ったもので、いわば月に産業廃棄物を残してきたのです。


宇宙航空研究開発機構によると、「かぐや」は月面に衝突しないよう常に軌道修正をかけていたそうで、そのための燃料がつきてしまったので、落下させたということです。
まあ、確かに仕方ないことなのかもしれませんが、しかし今後、日本を始め他国が同様に、月や火星などに衛星の残骸を残してくると、今問題になっている宇宙ゴミと同じことになると思います。


宇宙ゴミは、地球から高度2000キロ以下のところに何と4500トン以上も浮遊しているとのことです。地表から300 - 450kmの低軌道では秒速で7 - 8kmという高速で移動していて、宇宙船に衝突すると大きな損傷を与えるといいます。5 - 10mmのデブリ(宇宙ゴミ)と衝突するのは大砲で撃たれるに等しい(Wikipediaより)そうです。


spacedebri.jpg


宇宙ゴミのイメージCG(Wikipediaより)


それはさておき、月面近くの「かぐや」から送られてきた満月ならぬ「満地球の出」は実に美しい画像でした。


fullearth.jpg


YouTube の動画はこちらから。


果てしなく広がり続ける無限の宇宙に、こんなに美しい地球が浮かんでいるのです。
宇宙から見た美しい地球の姿。
こんなに美しい地球上で、戦争や殺し合い、憎しみ合い、飢餓などが毎日起こっているというのは実に残念なことです。


私たちはみんな、いわば運命共同体である宇宙船「地球号」に乗っているのです。
誰かが痛み、苦しむことは、ほかの人にとっても同じ痛み、苦しみを味わうことなのです。
私たち人間は、もとをたどれば、みんな兄弟、姉妹、親戚です。
宇宙船「地球号」を、みんながお互いにいたわり合い、助け合う、そのような平和なものにしたいものです。


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言語と文化は切り離せない

2009.06.12日

中学1年生の英語の教科書の真ん中あたりに「命令文」が出てきます。
最初に「〜しなさい」「〜してください」という意味で、
"Study English.", "Open the window."
などの文が出てきて、その後で、
"Please open the window.", "Open the window, please."
のような please をつけた文が出てきて、「please をつけると丁寧な命令文になります」と教えます。


しかし実際には、please をつけた命令文は「丁寧」というよりもむしろ「お願い」という感じです。
「ねえ、お願い。〜して」のような意味合いです。
以前聞いた話で、アメリカの会社に出張していた日本人が、アメリカ人の女性秘書がいつも自分に対しえてプンプン怒っている。理由を聞くと、話し方が乱暴だという。本人は心当たりがなくてよくよく尋ねてみると、たとえばコピーを取ってくれと言うときに、please をつけて丁寧に言っているつもりだったけど、相手には全然丁寧に聞こえていなかった、というのがありました。
そうです。英語では please は丁寧な命令文になっていないのです。
この場合、
"Would you make three copies of this?" 「これ3枚コピー取って」
のように言います。
あるいはもっと丁寧に "Would you mind making three copies of this?" とも言います。
日本では、 Would you 〜? や Would you mind 〜?  は日本語の敬語のようなものだと教えますが、これも違います。
アメリカでは、夫婦間や親子間でも普通に Would you 〜? や Would you mind 〜? を使います。


やはり中1の最初に出てくる表現で、
"Are you from China?"
があります。
これを「あなたは中国出身ですか?」と意味を教えますが、これもあまり正確ではありません。
"Where are you from?"
と尋ねられたら、私は
"I'm from Hiratsuka."
と答えます。
しかし私の場合、生まれは横浜で、育ちは京都です。
日本語だと「京都出身です」というところですが、英語では出生地や育ちを尋ねるというよりも、むしろ現在住んでいるところを問題にしています。
強いて言えば、
"I was born in Yokohama and raised in Kyoto, but I'm from Hiratsuka."
のようになります。


同じく中1で扱う疑問文のイントネーションについて、学校では What や Where のような疑問詞で始まる疑問文は語尾が下がるが、それ以外の疑問文は語尾が上がる、と教えます。
しかし実際には、疑問詞で始まる疑問文で語尾を上げることはしょっちゅうです。
たとえば、
"What's your name?"
を語尾を下げて言うと、
「名前は?」
というような感じで乱暴に響きますが、語尾を上げて聞くと、
「お名前は何ですか?」
という丁寧な言い方になります。
逆に、疑問詞で始まらない疑問文なのに語尾を下げることもあります。
"Did you see it?"
語尾が上がると「見ましたか?」と尋ねる意味合いになりますが、語尾が下がると、「見たんだろう?」というようなすご味を利かせた言い方になります。


上のような例は枚挙にいとまがありません。
言語を学ぶときに大切なことは、言語と切り離せない異文化も同時に学ぶということです。


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読み書きはできるが、英会話は...

2009.06.11日

「英語は読み書きはできるが、会話はできない」
という話をよく聞きます。
確かに、日本ではほとんどの人が最低でも中学・高校で6年間、さらに大学まで進むと10年間か、それ以上英語を学んでいます。


高校生を教えていると、高校で使っている英語の教科書はかなりレベルが高く、また大学入試となると、英語を母国語としている人でも難しいと感じるほどです。
大学受験には普通4000語程度、難関大学で5500語以上の英単語が必要と言われています。
これほど英語を勉強してきているので、みんな自分は読み書きはできると思っています。


今から20数年前、中央大学で英文専攻の学生に英語を教えていたとき、彼らの語彙力不足に驚きました。
彼らに、大学受験でたくさん単語を覚えてきたでしょう、と言うと戻ってきた返事は、
「受験が終わると全部忘れてしまいました」。
英作文をさせると、書く文章は中学生並みの稚拙なもの。しかも、単純な文法間違いやスペリングミスもいっぱいあります。


昔、外資系の企業に勤めていたとき、東大出の部長レベルの人やそれ以上の人たちの英語の読み書きも実にあやしいものでした。
でも、みんな自分は英会話は苦手だけど、読み書きはできる、と言っていました。


「英語の読み書きができる」とは、辞書を片手に縦の文章(日本語)を横(英語)に、横の文章を縦にする、というのではありません。これは「暗号解読」のようなものです。
「英語が読める」というとき、辞書の助けなしに新聞や本が読める、ということです。私たち日本人が日本語で書かれた新聞や本を読むときに、よほどのことがない限り辞書を引かないのと同様です。
「英語が書ける」というのも、辞書なしにスラスラと自分の言いたいことを文章にできる、ということです。
今はemailやチャットがあるので、気軽に外国人とリアルタイムで「書いた文章」で会話をすることもできます。


W.A.グロータース氏はその著『誤訳』の中で、最善の英語勉強法は辞書を引かずに英語で書かれた推理小説を読むことである、と言っています。
まったく同感です。私のお奨めは「明日がある」の中でご紹介したシドニィ・シェルダンの小説です。息もつかせないスピーディーなストーリー展開で、読み出したらやめられなくなります。まどろこしくて辞書など使ってられなくなります。


ときどき社会や英語は暗記科目だ、と言う人がいます。確かに、社会では地名や人名、出来事など覚えることがたくさんあります。また英語も、単語・熟語・文法など覚えなければ読むことも書くこともできません。
しかし、本当に社会や英語ができる人は、これらが暗記科目とは絶対に思っていません。
暗記科目と思っている間は、ただ試験のための勉強をしているに過ぎません。これでは使い物にならないのは当然のことです。
本当に英語の読み書きができるというのは、これまでに学んできたことを総合的に活用して、自由自在に自己表現したり、相手の言わんとしていることを理解する、ということです。そのためには、異文化の理解も必要です。


つまり、日本人の言う
「英語は読み書きはできるが、会話はできない」
というのは、日本人の美しい誤解なのです。
もし、英語の読み書きができれば、会話だって少し耳の訓練をし、発音の訓練をすればできます。
「読み書きはできる」と言う前に、まずは読み書きの本当の力をつけましょう。
それが英会話の第1歩です。


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ダイヤモンドの原石

2009.06.11日

携帯電話のセールスマンから世界的スターとなったイギリスのオペラ歌手、ポール・ポッツ(38)が来日し、昨日東京・丸の内の丸ビルでプレミアム・ライブを開催しました。
2000人の聴衆で埋め尽くされた丸ビルは大きな感動の渦に包まれました。涙を流している人も。


生い立ちが恵まれなかったポールは、周囲からいじめられ続けていました。そのため自分に自信がもてず、気が小さく、いつもおどおどしていました。
しかし、彼にはひとつの夢がありました。
それはオペラの歌手になることでした。
生活のためにいくつもの職を転々とし、最後は携帯電話のセールスの仕事をしていました。
ポールの半生を描いたテレビ番組はこちら。



そして今から2年前、イギリスのタレント発掘オーディション番組 『Britain's Got Talent』 に応募して、オペラ 『トゥーランドット(誰も寝てはならぬ)』 (荒川静香さんが2006年のトリノオリンピックで金メダルをとったあの曲)を熱唱しました。



最初これを見たときは、やらせ番組じゃないか、と思うほどで、まるでドラマの1シーンのようでした。
最初、小ばかにした態度を取っていた審査員が、ポールの歌を聞くうちに徐々に顔の表情が変わっていくのです。そして最後には、聴衆全員がスタンディングオベーション。拍手の嵐。
感動で鳥肌が立ちました。



最初に出したCD『ワン・チャンス』(視聴用サンプル付き)は何と全世界で400万枚も売れる大ヒットになりました。


上のビデオの中で審査員のひとりが、
「これはまさにダイヤモンドの原石を掘り当てたという感じね」
と言っています。


「玉磨かざれば光なし」ということわざがありますが、私たちはみんなうちに素晴らしい玉(宝・才能)を持っています。そのダイヤモンドの原石も磨かなければ美しい光を発しません。


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パズルのワンピース

2009.06.09日

「世界の真ん中に自分がいるからどうしても行き詰まる
ほんとはだれもがパズルのワンピース
神に置かれた場所で隣の人と手をつなぐ
でこぼこばっかでみんな変な格好
そう言う自分もやっぱ変な格好
ほんとはだれもがパズルのワンピース
神に置かれた場所で隣の人と手をつなぐ


それぞれ得意と苦手があるからみんなが助け合える
たがいにつながればイエスさまのつくった
ひとりひとりの命の素晴らしさが見えてくる
ひとりだけではなんかあじけない
でこぼこなのはつながるためだから
ほんとはだれもがパズルのワンピース
神に置かれた場所で隣の人と手をつなぐ」


去る5月31日、愛知県岩倉市の岩倉キリスト教会でイースター礼拝を守りました。
礼拝の中で小さな子どもたちが可愛い賛美をしました。
上の歌詞がそれです。
みんな笑顔で、手話で歌詞を表しながら、踊って賛美していました。
とくに最後の「でこぼこなのはつながるためだから
ほんとはだれもがパズルのワンピース
神に置かれた場所で隣の人と手をつなぐ」
のところを聴いたとき、感動して胸がジーンとなりました。


今、バッハの全作品集CDを送迎バスの中で毎日聴いています。
小さくて目立たない楽器から、スポットライトを浴びるような楽器まで、一つひとつの楽器がそれぞれのパートをきっちりとこなしています。
どれひとつが欠けてもバッハが心に描いていた曲にはなりません。


私たちもそうです。
俳優、女優、歌手、モデルのように脚光を浴びるような美しい人もいれば、そうでない人もいます。
体が大きくてスポーツが万能の人もいれば、そうでない人もいます。
ノーベル賞を取るような頭の良い人もいれば、そうでない人もいます。
金持ちの人もいれば、そうでない人もいます。
しかし、この世の中は、こういった人たちみんなで成り立っています。
みんなでこぼこだらけです。
でも、でこぼこだからこそ、一人ひとりがくっついて大きな絵になるのです。不必要な人などひとりもいません。
私たちはみんなパズルの中のワンピースです。


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学習の大切さ

2009.06.09日

「学習」と言うと「勉強」というイメージでとらえる人が多いかと思います。
一般には、学んで知識を得たり、理解したり、記憶したりすることを学習といいます。
しかし、「学習」という言葉は、もっと幅広い意味で使われます。
たとえば、ピアノが弾けるようになるとか、泳げるようになる、というのも学習です。
犬が芸を覚えるのも学習です。
さらに、あることで失敗したりすると、そこから何か学び取ることも「学習」といいます。

今からちょうど10年前に我が家で犬を飼い始めました。盲導犬によく使われている頭のいいラブラドールレトリバーです。でも赤ん坊のときからトイレのしつけや、いろいろと芸などを教えようとするのですが、なかなか覚えてくれません。
そこでついに、調教師の人に来てもらうことにしました。
最初にその方が次のように尋ねられました。
「犬は何歳まで学習できると思いますか?」
私はちょっと考えて、
「3歳ぐらいですか?」
と言うと、
「いいえ、死ぬまで学習します」
という返事が戻ってきました。


犬ですら死ぬまで学習するなら、ましてや人間においておやです。
すなわち、人は生まれてから死ぬまでずっと学習し続ける、ということです。


新刊書の案内に『頭のいい夫婦 気くばりのすすめ』というのが紹介されていました。
目次には、
1. なぜ、夫婦間に亀裂が起こるのか?
  これだけは知っておきたい夫婦間のタブー
2. 夫をやる気にさせる会話の仕方とは!?
  「愛・トーク」をマスターすれば二人に幸せがやってくる
3. 夫婦に幸せをもたらす8つの愛情表現
  夫には賞賛を、妻には愛情を
4. 意外と知られていない男女の性欲の微妙な違い
  二人で極めよう「愛と性の喜び」
とあります。


目次を見ただけで大体内容がわかってしまいますが、これは「学習」を基本とした教えで、非常に健全な本であることは容易に察しがつきます。私はまだこの本を読んでいませんが、安心してお勧めすることができます。


そもそも、学校では算数(数学)・国語・理科・社会・英語・音楽・美術・保健体育・技術家庭、とたくさんの教科を学びますが、どういうわけか、社会に出てもっとも必要な人間関係について、あるいは夫婦関係、子育てなどに関しての学びは一切なく、みんなあっちで頭をぶっつけ、こっちで頭をぶっつけ、というふうにして失敗しながら学んでいきます。


車の運転をするためには自動車学校に通い、学科と実習を学び、運転免許試験に合格しなければなりませんが、ほとんどの人が何の学習もしないまま結婚してしまいます。そして失敗する人が大勢います。
学習していれば、離婚を防ぐこともできますし、幸せな家庭を築くこともできます。
仕事でも、人間関係でも成功することができます。
人生、何事も学習が大切なのです。


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クラシック音楽の効用 2

2009.06.08日

一昨日の土曜日、うちの塾から中高生11人が教師ふたりに引率されて、藤沢市民会館で開催されたエスター・キムのバイオリン・リサイタル「100万人のクラシック」に行ってきました。
私は残念ながらまた仕事で名古屋へ行っていたので行けませんでした。
昨日塾に戻ってきて、コンサートに行った生徒に感想を聞いたところ、「楽しかった」「良かった」「ビビビーときた」など、みんな満足していたようです。
早い学校は今週から中間テストで、テスト前ということもあって、直前に行けなくなったという生徒も何人かいました。また、試験がまだ来週以降の学校はまだ部活があって、試合で行けなかった生徒も何人かいました。
でも、クラシックを体験してもらえてよかったです。招待してくださった中大時代の教え子に心から感謝した次第です。


たまたま昨日の新聞に次のような記事が載っていました。
「世界的に有名なウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のバイオリニストらが白血病患者の病室で生演奏する実験を行ったところ、血圧の低下が持続するなど症状が大幅に改善したとウィーン医大の研究チームが発表した。ストレス軽減効果があったとみられる。地元メディアが6日までに伝えた。
 実験は2年前に始まり、骨髄移植を受けた患者15人とバイオリニストら楽団員6人が参加。移植手術の数日後、楽団員がそれぞれ病室を訪ねてベッド脇で約20分間、バッハなどの曲を演奏した。
 患者の緊張は音楽とともにほぐれ、演奏中から血圧が下がったほか、心拍数も安定し、その状態は演奏後も続いた。演奏はCDに録音され、患者がCDを聴いて演奏を思い返すたびに良好な結果が出たという。患者からは精神的な効用を強調する声が上がった。
 チームは「白血病患者は膨大なストレスを抱えているが、15人全員から非常に前向きな反応が得られた」と説明。楽団員らも「コンサート会場にいるよりも(聴き手との)強いきずなを感じた」と話しているという」
「クラシックの効用」も参照


また、今日の読売新聞夕刊にはトップ記事で、バン・クライバーン国際ピアノコンクールで全盲の日本人ピアニスト辻井伸行さん(20)が優勝した、と報道されていました。
インタビューに辻さんは、
「毎日約8時間練習しているが、疲れないし飽きない。今やピアノは体の一部。目の見えないことがハンデとは思わない。ピアノを弾くことに困難を感じたことは一度もない」
と答えています。


これはまさに、私が最近ブログに書いてきた、「人間みんなに与えられている無限の可能性」「1万時間の練習」「体の一部になるまで」とも完全に符合しています。


クラシックは頭脳も心も体もリフレッシュします。


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話せば長い話

2009.06.08日

昨夜(というか今朝方)夢を見ました。
なぜかアメリカで車を運転しているのです。
一方通行の道から両方通行の広い道路に出てきて、少し走るとすぐにパトカーが赤色回転灯を回してウーウーとサイレンを鳴らし、中の警官が私に止まれと合図をしています。
私は車を道路際に寄せながらふと気づきました。
「しまった。アメリカは右側通行なのに左側(対向車線)に入ってしまったんだ」
パトカーから警官が降りてきて、私の車のドアの横に立ちました。
私は車から降りて事情を説明しようとしました。
"It's a long story. I used to live in Culver City about 36 years ago and ..."
「話せば長い話なのですが、私は36年ほど前カルバーシティに住んでいて...」


話している途中、はっと気づきました。考えてみたら、警官にとってはそんなことは全然関係ない話です。
要するに、日本からやってきて右側通行の交通規則に慣れていなくて、ついうっかりと反対車線を走ってしまった、というだけのことです。事情を説明してもまったく意味ない。
実は、この反対車線を走るということをアメリカで昔やったことがありました。そのときは運よく警察には捕まりませんでしたが。
そして、日本に帰ってきたときも、やはりアメリカの癖で右側を走ったことがありました。
これほど危険なことはありません。
全世界共通にしてもらえば1番いいのですが、今さら日本も右側通行にできないのと同様、アメリカも左側通行に変えることはできません。
昔、沖縄がアメリカから日本に返還されたとき同じことが起きましたが、幸い混乱は最小限で抑えられたようです。


また話が長くなってしまいました。
要するに、今日言いたかったことはひと言、私の話はいつも長すぎるということです。
あれもこれも、と思うと、ついつい話が長くなってしまうのです。
でも、大切なのは、いかに簡潔にわかりやすく自分の言いたいことを相手に伝えるかということです。
これからはできる限り、手短に要領のよいブログを心がけようと、上の夢を見たことで決心した次第です。
これまで長いブログにお付き合いいただいた皆さん、どうもすみませんでした。


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過去を振り返らない

2009.06.07日

ジャイアンツの原監督が試合直後のインタビューに答えてよく次のように言っています。
「それはもう過去のことです。明日また新たな気持ちで試合に臨むだけです」
連敗していようが、連勝していようが関係なく、原監督はいつも同じことを言います。
これは大切なことです。
私たちはとかく、何かよいことがあるといつまでもそれに執着して、よい思い出に浸ろうとします。
そして、何か悪いことがあると、またそれに浸って、いつまでもくよくよと後悔します。
以前のブログ「賢者は〇〇、愚者は△△」にも書いたのですが、反省することは大切ですし、その反省をもとに次の新しいステップを踏み出さなければなりません。
しかし、後悔することは過去を振り返ることであり、後ろを見ている限り前進はありません。
イチロー選手の連続試合安打記録が27でストップしました。
ファンもみんながっかりしましたが、誰よりも本人が1番がっかりしていることとでしょう。
しかし、これをあとにひきずらないで、またここから新しい一歩を歩み始めることです。


私は中学1年の英語の時間に「現在進行形」を学んだときに、人生の教訓を得た思いがしました。
「そうだ。人生は常に現在進行形だ」と。
たった1分前、1秒前の出来事すら過去のことで、私たちはもうこの過去の世界には生きていません。
生きているのは常に、現在です。未来にも生きていません。
ただ現在の延長線上に未来があるだけです。
ですから、良い未来を期待するなら、良い現在を進行形で精一杯生きることしかないのです。
これは私にとって大発見でした。
そのとき以来ずっと、常に、「すべては現在進行形」の人生観で今日まで生きてきました。
そして、この人生観は決して間違っていないと思っています。


過去を振り返っている暇があったら、現在を一生懸命、精一杯生きましょう。
それが明るい未来につながります。


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あとちょっとの詰めが足りない

2009.06.06日

中学生は来週から前期中間テストに入ります。
今回は中3生の修学旅行と重なり、早い学校から最後の学校までテスト期間が1か月近くに及びます。
塾では今、試験対策授業や補習をやっていて、連日大勢の生徒が教室にやってきています。
先週から今週にかけては月例テストを行いました。
この月例テストを見ていていつも感じることは、
「あとちょっとの詰めが足りない」
ということです。


たとえば、中1の英語では、
「単語、ことば」に当たる英単語の word を書くときに、wrod と書いている生徒が何人もいました。
これは典型的な「何となくこんな感じ」でうろ覚えしているケースです。
授業中何度も、wor という綴りは er, ir, ur, ear とともに、口をあまり開けずに奥のほうでこもった音で「ア〜」と発音するのに対して、ar は口を大きく開けて澄んだきれいな音で「アー」と発音する、と教えています。
たとえば、
her, bird, hurt, heard などは口の奥のほうでこもった「ア〜」という音を出しますが、
park, art などは口を大きく開けてきれいな「アー」という音を出します。
ar は純粋で、ほかは濁っている、と覚えやすく教えているのですが、これがなかなか覚えられません。
英単語のスペリングを覚えるときは、目で見た感覚で覚えてはだめ、音で覚える、と何度も言うのですが、先ほどの wrod などはまさにその「感覚で覚えた」ケースです。
これをフォニックスにしたがって発音しようとすると、「ゥロッド」のようになります。
音で覚えれば、絶対にこのようなスペリングは書けません。
r と l のスペリング間違いも多いです。
これも最初から、r は舌の先を口の中のどこにもつけずに発音し、l は舌の先を上の歯茎に当てて発音する、と覚えていれば、r と l を間違えることはありません。


あるいは、To不定詞と動名詞のケース。
to のあとは動詞の原形、〜ing には頭に to はつかないのですが、これをあいまいに覚えているので、to 〜ing のようにやってしまいます。


英語に限らず、ほかの教科も同様です。
同じ覚えるなら、きちんと正確に覚えないと意味ないです。
「あとちょっとの詰めが足りない」ために、ほとんどの人が点を落としています。
実は、この「ちょっとした詰めの足りなさ」が、入試では合否を決めるのです。
あいまいなまま放っておいてはいけません。
自分の知識があいまいだなと思ったら、完璧に覚えるまで何度も繰り返し、目で見て、口で言って、同時に耳で聞き、手で書いて、というふうに五感を総動員します。


とどのつまり、どんなスポーツでも、楽器でも、どれだけ時間をかけて、徹底的に練習するか、これがプロとアマの分かれ目になります。
先日のブログ「能力と自信」でも書いたように、これが10000時間の壁です。


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負のスパイラルから正のスパイラルへ

2009.06.05日

「負のスパイラル」
最近よく使われる表現です。
何か悪いことが始まると、どんどん悪いほうに進んでいってなかなか抜けられない、というような意味です。
昔の言い方だと、「泣きっ面に蜂」「踏んだり蹴ったり」「弱り目に祟り目」。
ただ、負のスパイラルはさらに悪く、悪いことが2度3度起こる、というよりむしろ、どんどん悪くなっていく、というようなニュアンスです。


生徒や学生であれば、自信をなくすとどんどん成績が落ちていき、スランプに陥ります。
すると、本来持っている力も発揮できなくなってしまいます。
スポーツの世界も同様です。一旦スランプに陥ると抜け出すのが大変です。


このようなとき、焦りは禁物です。焦るとますます負のスパイラルにはまってしまいます。
忍耐強く、待つのが一番です。
トンネルはたとえどんなに長くても、やがて必ず一条の光が見え始め、進んでいくと必ず出口に達します。スランプも同じです。


逆に、スランプを脱したとたんに正のスパイラルに入ることもしばしばあります。
今のイチローがそうです。
連続試合安打記録は自己の記録を抜き27としました。
すごいことです。
しかし、上には上がいて、日本では33試合、アメリカのメジャーリーグでは何と56試合というから驚きです。
これはまさに正のスパイラルです。
優勝するチームは、勝ち進んでいるとき決して負ける気がしない、と言います。
精神面がいかに大切かということの表れです。


イチローが記者に、安打記録が伸びていることについて尋ねられたとき、次のように答えています。
「不思議ではない。自分のやっていることが不思議に思えているようでは、終わっている」
これはまさにツボを得た答えです。
これは多くの人が経験していることです。
たとえば試合で勝ち進んでいるとき、もうぼちぼち負ける頃じゃないか、とふと不安になると、たちまち負けてしまいます。


昔、大学で教えていたとき、前週にやったことの確認テストを毎週行っていまし。10問のT/F(True or False 正誤)クイズです。
1度、答が全部 T の問題を出しました。
すると、初めのうちはいいのですが、7問目、8問目当たりになるとだんだん不安になってきて、もうぼちぼち F に違いないと思って、自分では答えは T だと思っているのに、F と書いてしまうのです。
全問 T の答を書いて満点だった学生は数人しかいませんでした。


大切なことは、自分のやっていることに確信を持つことです。
これが正のスパイラルを引き寄せます。
負のスパイラルのただ中にいるときは、悪いことばかり考えてしまいます。
このようなとき、10の悪いことを考える代わりに、1つでも良いことを考えるといいです。
その1つの良いことが2番目の良いことを引き寄せます。そして2番目が3番目を、というふうに次々と良いことを引き寄せます。
そして正のスパイラルに入るのです。
人間、誰しもいつも順風満帆というわけにはいきません。ときには、負のスパイラルに陥ることもあります。
しかしそのようなとき、思い出してください。
ちょっとしたきっかけでそこから抜け出すことができるということを。


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勉強にハマる?

2009.06.04日

新聞の新刊書の案内に『勉強にハマる脳の作り方』というのがありました。
私の興味を引くタイトルです。
そこで早速、アマゾンで調べてみました。


目次を見てみました。
納得のいく内容ばかりです。私が常日頃言っていることもたくさん書いてあります。
そこで、この本を読んだ人のレビューを見ました。
「パチンコと勉強は比較対象として同じ条件なの?同一視するのはおかしくないの?
ハマる仕組みは同じかも。けど勉強は苦痛を伴うし続けるのが大変。快楽は他に一杯あるし
教育者が書いてるのに突っ込みどころ満載の非論理的な内容で、暗澹たる気持ちになった」


「けど勉強は苦痛を伴うし続けるのが大変」というところを読んだとき、「やっぱり」と思いました。
ほとんどの人が、「勉強」=「苦痛」と考えています。
日本の教育制度、学校の教育の仕方、教師の態度などにも一因がありますが、私たちは「勉強とはつまらないもの」という先入観を植えつけられています。
このことについては、これまでにもこのブログで何度も書いてきました。
「勉強を楽しむとは」「学ぶ楽しさを」「勉強は苦痛?」「面談」


でも、私たちの周りに、たとえば日本全国の鉄道の駅の名前を覚えることが楽しくて仕方がない、という人がいます。
また、植物の名前や犬の種類、猫の種類をとてもよく知っている人がいます。


今から9年ほど前、小学生だったN君は文字通り「社会博士」でした。
学校の教師も、塾の教師も舌を巻くほど、社会に関しては本当に物知りでした。
送迎バスの助手席に座って、いつでも私と知恵比べでした。
最初は富士山の高さとか、エベレストの高さなどでしたが、そのうちに段々エスカレートしていきました。
世界最大の湖、最深の湖の名前、その深さ、世界および日本国内の主要都市の人口、果ては平塚や大磯の人口、平塚の旭地区の人口、等など何を聞いてもN君は見事に答えます。
地図帳を趣味で見ているだけで、国名・都市名やその人口、海山川などの自然などがどんどん頭に入ってくるそうです。
さらに、死海の話から、ヨルダン川西岸地区のパレスチナ問題について尋ねるとこれも知っているし、イスラエルの建国の年を聞いても知っています。
本当に驚きました。
「なぜ、社会に関してそんなによく知っているの?」と尋ねたところ、幼稚園のとき親から誕生プレゼントに日本地図のジグソーパズルをもらったそうで、それがきっかけで社会が好きになったとのことです。
そして小学校に上がってからは、土曜日午後6:10からのNHK総合「週間こどもニュース」を毎週欠かさず見ていると言います。
なるほど、それで合点がいきました。
鍵は「興味」です。興味のあることは、苦労しなくてもどんどん頭に入るし、むしろ快感さえ覚えます。
つまり、勉強にハマるのです。


昔の知り合いにマラソンにハマっていた人がいました。
私などはマラソンどころか、ちょっとジョギングするだけでも心臓が爆発しそうになって苦しくて仕方がないのに、この人はマラソン中毒にかかっていました。
あるとき、箱根の山を苦しみながら走っていたとき、ふと気づくと自分の魂が抜けたような感じになって、上から苦しみながら走っている自分の姿を見下ろしていたそうです。そのときに、ランニング・ハイを味わって、それからマラソンが病みつきになったと言います。
「ランニング・ハイ」とは、苦しみの限界を超えたときに脳内快感物質が分泌されて、最高の快感を味わうことを意味します。
この人はその後40代後半にガンを患い、胃の全摘出手術を受けました。
しかし、それでもなおマラソンがやめられなくて走っていました。


勉強もハマることは可能です。エンドルフィンという脳内快感物質が分泌されます。
このようにしてやめられなくなった人が、アインシュタインであり、また多くのノーベル賞受賞者であり、また様々な研究者達です。
勉強はつまらないもの、苦痛なもの、というのは先入観・偏見です。
同じやるなら、このように楽しんで勉強しなければ損です。


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アブナイ話

2009.06.03日

6月1日のブログThink, Food.に身の周りで見るちょっと変な英語を紹介しましたが、今日はその第2弾です。


10数年前になりますが、新聞に折り込まれた近所の塾のチラシに次のように書いてありました。
「ある日本人がアメリカを旅行中、自分のすぐ横をすれすれで車が通り過ぎたので、思わず日本語で
『危ない!』
と怒鳴ったところ、運転していたアメリカ人に通じた。
日本語の『危ない!』が "Have an eye!" (ハブアンナイ)とアメリカ人の耳に聞こえた。
これは日本語の『危ない!』という意味だ。
英会話とはこのようなものだ」


私はこのチラシを見たとき、正直、「危ないな」と思いました。
Have an eye. に「危ない」という意味はありません。 have an eye は熟語で「鑑賞力がある、眼識がある、見る目がある、見識がある、目が肥えている、目が利く、目をつける、目星を付ける」というような意味です。
アメリカの新聞の見出しに
"The Obamas have an eye for art."
とありました。これは、「オバマ一家は芸術に眼識がある」という意味です。
聞き覚えをそのまま借用するのはとても危険です。英会話とは決してこのようなものではありません。
とくに、塾という英語を教える立場にいる人がこのような間違った英語をチラシに書いていたら「危ない」と思ったのですが、案の定、その2年後にこの塾は廃業してしまいました。

平塚にあるショッピングセンター「オリンピック湘南平塚シティ」に買い物に行ったとき、エレベーターに乗ったら、"Food Coat" と書いたポスターが貼ってありました。"Coat" はもちろん「外套」「コート」のことです。
ショッピングセンター内の軽食をとる所のことなので "Court" (中庭)とすべきだったのですが、日本語では両方「コート」なので、このような間違いになってしまいました。
"Food Coat" は外国人には「食べ物で飾りつけたコート」のように見えて、意味不明です。


平塚駅の近くに高層分譲マンションが数年前にできました。高層と言っても21階ですが。
工事中、現場の周りにこのマンションの完成イメージ図のポスターが貼ってありました。
マンションの入口の写真には "Entrance Hole" とあり、エレベーター前のホールの写真には "Elevator Hole" と書いてありました。
"Hole" はもちろん「穴」のことです。ホールは "Hall" と綴らなければなりません。
これも同じ「ホール」なのでスペリングを間違えたのでしょうが、
"Entrance Hole" "Elevator Hole" だと、「穴」に落ちそうで「危ない」話です。
このマンションのホームページには、きちんと "Entrance Hall" "Elevator Hall" と直してあったので安心しました。


20数年前のこと。近くのあるレストランに入ったら、メニューに "Stake" と書いてありました。
「ステーキ」のつもりなのでしょうが、同音異義語で正しくは "Steak" と綴られます。
"Stake" は「杭、棒」という意味です。
このレストランでは「杭」を食わせるの?このレストラン「危ないな」と思いました。
やはり数年後、姿を消してしまいました。


随分前のことですが、アメリカの高校生が1年間日本にホームステイに来ることになりました。
私はホストファミリーを紹介したのですが、その高校生から「自分の bike を持って行きたい」という手紙がホームステイをお世話していた会社に届きました。
その会社の担当者は手紙を見て「高校生のくせしてけしからん」と言って返事を書きました。
「日本では高校生は bike の免許を取ることは許されていないから、あなたの bike を持ってきてはいけません」
「えっ!? 日本では高校生が bike に乗るのに免許がいるの!?」
この高校生は???の状態で日本にやってきました。
この話を聞いたとき、私は思わず吹き出してしまいました。
「日本ではバイクというのは、オートバイ、スクーターのことを言うんですよ。あなたの書いてきた bike を担当者は自転車ではなくオートバイだと思ったのです」
これもバイクは「危ない」と思った日本人の勘違いによる「危ない」話でした。


わかりきっている、と思っていることでも、思い込みや勘違いということがよくあります。
使う前には確認しましょう。


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起死回生

2009.06.02日

ここ数日、アメリカの自動車メーカーGM(ゼネラル・モーターズ)の破綻の記事が新聞の第1面のトップを占めています。
GMといえば、かつて1950年代から70年代にかけては、世界最大の企業。
それがわずか30年後に破綻とは誰が想像し得たでしょうか?
私が子どもの頃は、「サンセット77」「サーフサイド6」「パパは何でも知っている」「奥様は魔女」「ペリー・メイスン」「ベン・ケーシー」「パパ大好き」「可愛い魔女ジニー」等など、アメリカのドラマに釘付けで、その中に出てくるばかデカイアメ車は憧れの的でした。
そして、私のアメリカ人の叔父が乗っていたオールズモビルは、当時日本では考えられなかった、パワーステアリング、パワーウィンドウ、2ドアハードトップでホントにカッコよかった!


oldsmobile.jpg


この写真のように白と黒のツートンカラーだったので、よくパトカーに間違えられたり、街角で駐車するともの珍しそうにたくさんの人が集まってきて車を取り囲んだものです。
GM全盛時代の車でした。


さて、オバマ大統領は国民向けの演説で「新GMは再び米国経済の将来に不可欠な存在になることを強く確信している」と述べました。
新GMは国を挙げて起死回生を目指します。
起死回生は辞書に「死に瀕したもの、滅びかかっているものを再び生き返らせること」と定義されています。
よく、「野球は9回裏、ツーアウトから」と言います。
今日の読売新聞23面に「1976年6月8日 末次が逆転サヨナラ満塁弾」という記事があり、その中にも「まさに起死回生の1発だった」とあります。「このとき、巨人ファンは負けを覚悟し、後楽園を埋め尽くした観客が、席を立って帰り始めた」そうです。まさに、絶体絶命、もうだめ、というときの1発。
これが「起死回生の1発」です。


しかし、物事には何でも伏線というものがあります。これはただ単に運がよかったとか、偶然の結果、とかではありません。このときまでに、末次選手にしても、その他の選手も、みんな準備万端、すべてお膳立てできているのです。


塾の仕事をしていると、親御さんから「今からでも間に合いますか?」という質問を受けます。
「もちろん。手遅れということは決してありませんよ。思い立ったが吉日。今日がその大吉の日ですよ」と私は答えます。
大逆転劇はいつでも、どこでも起こり得ます。しかし、そのためには伏線が必要です。
それは普段からの努力の積み重ねです。
何もしないで、棚からぼた餅、ということはありません。


あなたも「起死回生」。
今からでも決して遅くありません。
チャンスはいくらでもあります。


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Think, Food.

2009.06.01日

壁にカレンダーをつるす釘を打とうとしていた太郎君がお父さんに言いました。
「お父さん、トンカチがないよ」
お父さんが言いました。
「太郎、頭を使いなさい」
太郎君、しばらく考えていましたが、やがて頭を使い始めました。
「太郎、何をしてるんだ!?」
「頭で釘を打ってるんだよ」


随分昔に聞いた話を少しアレンジしました。
上の「頭を使いなさい、太郎」を英語にすると、
"Think, Taro."
となります。


5月に入って連休と週末土日を利用して、所用で東名高速を使って名古屋の方に今回を含め3度出かけてきました。
もちろん、ETCで片道1000円という恩恵に与っています。通常料金だと7200円、行き先の小牧までだと7700円。これが1000円ですから本当に助かります。
不思議なことに東名を利用するたびに、 "Think, Food." と横に大きく書いたトラックを毎回見かけます。
その下に「食文化を考えることから始めよう」と書いてあります。
ところが、英語の "Think, Food." を日本語に訳すと、
「食べ物よ、考えなさい」
です。「トンカチ」ならぬ「トンチンカン」な話です。
ちょうど、先ほどの
"Think, Taro." 「頭を使いなさい、太郎」
と同じ理屈です。
英語では命令文は動詞の原形で始まります。そして、相手の名前を呼びかけるときには、上の例のように
"Think, Taro." か
あるいは名前を先に出して、
"Taro, think."
のように、名前の前か後にカンマ(,)をつけます。
そうすることによって、"Taro thinks." 「太郎は考える」という普通の文と区別します。
ですから、上の "Think, Food." は本来、
"Think about food." としなければならないのです。


これと似たようなケースで、ある塾のチラシにその塾のキャッチコピーが毎回載っています。
"Your Will, Come True."
下に「君の想いは実現する」と書いてあるのですが、これもやはりカンマが入っているので命令文になります。
これを強いて訳すと「お前の意思よ、実現せよ」と相手の意思に対して命令する変な文になります。
もしも、「君の想いは実現する」と言いたいのであれば、
"Your dreams will come true."
とでもしなければなりません。
おそらく「想い」という言葉を Will としたので、
"Your Will Will Come True."
とすると語呂が合わなくなるので、上のようにしたのでしょう。


そういえば、以前ある塾の階段下の郵便受けのところに、
「階段上がって右」
"Please up and right."
と書いてありました。
Up は動詞ではないので、このような命令文は不可能です。


東名高速を走って平塚に帰ってくる道、通過する街の名前を見るたびに、いろいろな思い出がよみがえってきます。
「新城」は関西聖書神学校でお世話になった有賀喜一先生が校長をしていらっしゃるリバイバル聖書神学校のあるところ、「豊川」は、次男正人が高1のとき自転車で広島まで行った時に途中で泊めてもらった教会があるところ、「浜名湖」は今から9年前に家族旅行で泊まったホテルのあるところ、「静岡」は30数年前に知り合いがいて何度か行ったところ、「清水」は大学のときの友人が今、短大の先生をしているところ、「富士」はやはり30数年前に仕事の関係で何度か行ったことがあるところ、「裾野」は昔、腰痛で苦しんでいたとき、高速を使って2か月ほど通ったカイロプラクティックの医院のあるところ、等など。
こういった記憶はなかなか消えません。
これを「エピソード記憶」と言いますが、勉強でもこの記憶法を活用すると、単なる暗記と違っていつまでも印象に残っています。


さて、高速を走るときいつも思うことですが、ドライバーのマナーが悪いこと。
サーキットでレースでもしているかのような走り方。ジグザグにほかの車を追い越したり、追い越した後の急な割り込み、時速150キロ以上の超高速運転、100キロで走っていながら車間距離が10メートルなど、危険極まりない。
これで事故が起きないほうが不思議です。しかも、万一事故が起きると玉突き衝突で大惨事になります。
ドライバーの人たちに、それこそ
"Think, drivers!"
と、もっと頭を使った運転をしてもらいたいものです。


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