学院長元気の出るブログ

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サヴァン症候群 天才か?

2009.05.19日

昨年(2008年)1月4日の読売新聞一面に「日本の知力」と題して、次の記事が載っていました。少し長くなりますが、一部を抜粋します。


「野良犬がウイスキー飲んだ。ふらふらしてどうなる? 13億6747万3723.75。まむしは猛毒? 2億7349万4744…」。男性(33歳)がとりとめのない話を間断なくしながらボードを数字で埋めていく。彼が「大きい数」と呼ぶ9から11ケタの数と、大好きな「0.0625」との掛け算だ。
愛知県内の授産施設で働くこの男性を30年近くみてきた神野秀雄・愛知教育大教授(障がい心理学)は、人並みはずれたこの計算能力の正体を「記憶」と見る。3〜9ケタと1ケタの掛け算も1〜2秒で即答でき、「計算にしては反応時間が短すぎるから」だ。
記憶だとしても驚異的だ。「9ケタ×1ケタ」の問題は約90億通り。神野さんは「人間がこんなに記憶できると言い切る自信はない」。男性の口からその奥義が説明されることはない。
「こんな才能は25年の臨床経験で1人だけ」。次良丸睦子・聖徳大教授(発達心理学)は1999年、6歳の男児に出会った。4歳でピアノを始め、幼児向けの「アイネクライネ・ナハトムジーク」を一度聞いただけで弾きこなした。
3週間前の演奏会。幼児向けの楽譜に見向きもせず、母親が前夜にCDで聴かせた大人向けのバージョンを弾き、周囲を唖然とさせた。
「サヴァン」…電光石火計算、再現演奏など狭い分野で特異な才能を発揮する人々をこう呼ぶ。これらの才能は孤立しており、創造性の発露は見られないのが普通だ。対人関係が苦手で、自閉症などと診断されるケースが多い。
サヴァンが広く知られるようになったきっかけは、驚異的な能力を持つサヴァン男性をダスティン・ホフマンが演じた88年の米映画「レインマン」だ。モデルの男性は9000冊もの本を写真のように忠実に記憶している。
サヴァンは知的障がいが「あるにもかかわらず」ではなく、「あるからこそ」能力を発揮する。アラン・スナイダー豪シドニー大教授(脳科学)は「人はみな同様の能力を潜在的に持つが、普段は封じ込めている」とみる。サヴァンの場合は障がいのため鍵が外れ、脳がのみ込んだ情報を抽象化も取捨選択もしていないナマの状態で出し入れできるというわけだ。実際、脳機能の一部を抑える実験でサヴァン的才能が現れた。
ニコラス・ハンフリー英ロンドン大教授(進化心理学)は「進化の過程で人類はサヴァンのような能力を積極的に放棄した」と考える。人類は集団を形成するようになったが、社会生活を送るうえで「あまりにも大きな能力」はかえって邪魔になる可能性がある。人類は、より抽象的で総合的な言語能力、対人能力を優先させたというのだ。
絵画の才を示すサヴァンもいる。幼児、自閉症と診断されたイギリスの人気画家スティーブン・ウィルトシャー氏(33)は2005年に来日。六本木ヒルズ屋上から東京を30分ほど眺めて景色を頭に焼き付けるとスタジオに1週間こもり、縦1メートル、横10メートルの細密なパノラマ画をサインペンで描き上げた」


Stephen_in_Tokyo.jpg
(スティーブン・ウィルトシャーのウェブサイトから)


上に引用した記事中、アラン・スナイダー教授が言った「人はみな同様の能力を潜在的に持つが、普段は封じ込めている」という言葉に私は着目しました。
「封じ込めている」というところにひっかかりがあるのですが、私は基本的に「人間は誰でもとてつもない能力を持っている」という考え方をしています。
一説によると、私たち人間は誰でも生まれて以来この世に生を受けている期間に見聞きしたこと、体験したこと、学んだことは全部脳の中に記憶されているといいます。


20世紀最大の科学者、アインシュタインが生きている間に活用したのは、脳のわずか30%だったとかよく言われますが、これは俗説で、人によっては10%だと言ったり、15%だと言ったりで、まったく根拠のない数字です。
しかし、かのアインシュタインでさえ自らの持てる能力すべてを活用したわけでないというのは疑いようのない事実で、そうであるならばましてや我々凡人の活用している脳など確かにほんの数%に過ぎないことでしょう。


すなわち、サヴァン症候群の人たちが示すずば抜けた才能は、天才と言われるような特別なものではなく、もともと私たちみんなが持っているものだと言うことができるのです。
天才と呼ばれるような人も、確かに普通の人と比べると能力は桁違いに高いのですが、やはりもともと人間すべてに与えられている能力なのです。


そういえば、エジプトのピラミッドやペルーのナスカの地上絵、バビロンの空中庭園、ペルーのマチュ・ピチュ、中国の万里の長城等など、世界中には今日の技術をもってしても解き明かせない不思議な建造物や遺跡などがたくさんあります。
これらも昔の人たちの卓越した能力を表しています。ということは、大昔から、否、人間の歴史が始まったときから、人にはものすごい能力が備わっているということの証ではないでしょうか。昔も今も、人間の能力はもともととてつもない可能性を秘めているのです。


私たちはコンピュータは頭がいい、と思っています。どんなに頭の良い人でもコンピュータにはかなわないと思い込んでいます。
しかし、実際は人間の脳は世界最高のスーパーコンピュータよりもはるかに優れているのです。
なぜなら、そのスーパーコンピュータを設計し、造り、活用しているのは人間だからです。


roadrunner_m.jpg


(世界最高といわれるIBM社のスーパーコンピュータ「Roadrunner」)


アカデミー学院のホームページの「学院長ごあいさつ」のところに私は次のように書きました。
「教育」という言葉は英語でeducationといいますが、これはラテン語のeducare(訓練する、の意) とeducere(引き出す、の意)という両方の言葉から派生しています。教育は「訓練する」面と、子どもが持っている能力を「引き出す」面の両者があいまって初めて最大の効果を上げます。


読み・書き・計算・暗記ももちろん学習活動の大切な一面です。
テストで良い点を取らせ、良い成績を上げさせ、志望校に合格させることは確かに塾の仕事です。
しかし、私はそれ以上に、一人ひとりが持っている能力を最大限に引き伸ばすことが教育の1番の目的だと思っています。
35年余り教育に携わってきて、数え切れないほど多くの児童、生徒、学生、一般社会人を指導してきてつくづく感じるのは、今日のテーマである人間の持つ「無限の可能性」です。
これをいかにして引き出し、伸ばすか、それが私たち教育に携わる者の課題であり、使命であると思っています。


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