学院長元気の出るブログ

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意思あらば道通ず

2009.01.14日

ちょっと生意気なようですが、私は自分のことを「英語の達人」と自称しています。
なぜ、敢えてそのようなことを言うかといえば、英語にかける意気込みが違うからです。
英語が得意な人や英語が読み書きできる人、会話ができる人はいくらでもいるでしょう。
それでは、私の「英語にかける意気込み」とはなんでしょうか?


私は幼稚園の頃、父がアメリカ人と英語を自由に話しているのを見て、自分も大きくなったら絶対に英語が話せるようになりたいと思いました。それで幼稚園の頃、描いた絵には「ABC」とか「NHK」とか自分の知っているアルファベットを必ずどこかに書いていました。それを見た幼稚園の先生が、赤でコメントを書いてくれました。「譲二君は大きくなったら英語がペラペラになるんだね」。
私はこの言葉を信じていました。
そして小学校の4年生頃には、学校の図書館にあった英語関係の本を全部借りて読んでいました。
『小学生のための楽しい英語』と書かれていたものがありました。楽しみにして借りて家に持って帰って見ると、全然楽しくありません。それでも、その本の中に書かれている英語の言葉を全部覚えました。


私の場合、叔母(母の妹)がアメリカ人と結婚していて、毎年夏休みはその叔母の家でずっと過ごし、そこで叔母や叔父の話す英語に触れる機会があったことが本当にラッキーでした。また横須賀の米軍基地にしょっちゅう連れてもらって、基地のPX(デパート)やcommisary(カマセリ − スーパーマーケット)の買い物に付き合わせてもらったり、将校クラブのBingo gameに参加させてもらったり、当時まだ日本にはほとんどなかった基地内のボウリング場でボウリングをさせてもらったり、とほかの人が経験できないことをさせてもらったことが私の人生に大きな影響を与えました。叔父の友人のアメリカ人の家に泊めてもらってそこの子どもと遊んだり、一緒に旅行に行ったり、と数え切れないほどの思い出ができました。そのとき、とくに英語がペラペラと話せたわけではありませんでしたが、聞いていてなんとなく言っていることがわかったものです。


このようにして小学校の頃覚えた英語の単語の数は中学、高校時代ほとんど間に合うほどでした。
高校生の頃、アメリカ人高校生の交換留学生をうちでお世話しましたが、この経験も私にとってはかけがえのないものとなりました。


Ed.jpg


手前一番左が交換留学生のエド君、その隣が私。小学校、中学校、高校時代の友人たちと一緒に京都の愛宕山に登ったとき。一番後ろの左の人は関係ない人。なぜか一緒に記念写真の中に収まりました。


当然のことのように大学では英語を専攻し、大学卒業後はアメリカの大学院に留学することになりました。このような機会が与えられたことは、すべて両親のお陰と心から感謝しています。


さて、英語の話に戻りますが、私の場合はどうしても英語ができるようになりたい、という熱意が小さい頃からありました。そこで中学校に入ったときには、学校の英語教科書(Standard Jack and Betty)準拠のレコード(当時はフォノシートと呼ばれたペラペラの薄いレコード盤)を擦り切れるほど繰り返し聴き、録音されているアメリカ人の発音と同じ発音ができるまで練習しました。高校生のとき、うちに来た交換留学生が私に最初に言った言葉は、「君はバークレーで生まれたの?」でした。私は当時、バークレーがどこにあるかも知らず、一体何のこと?と不思議に思いましたが、今考えると、レコードに録音していたアメリカ人がきっとバークレーの人だったのでしょう。
アメリカに留学したとき、アメリカ人は最初から私のことをアメリカ生まれの日系人と思っていました。


私の「英語にかける意気込み」、この意思が道をどんどん開いていきました。つまり「引き寄せの法則」です。


「意思あらば道通ず」  これは何事にも当てはまります。また誰にでも当てはまります。
要は「固い意志があるかどうか」です。


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